第2話 生きる理由

この世界でも、地球は地球らしい。こちらの地球では、五十年ほど前から『外から来た者』に脅かされている。それは数百年に一度現れる怪物で、あの光の柱を中心にした結界の外からやってくるとのことだ。

 この地球の住民でも倒せなくはないようだが、オレたちの世界の人間の方が魔力と言うものの扱いが得意な為、オレを呼び出したらしい。

「貴方の世界の人間は、魔力の器はあっても魔力を取り込んだり生み出したりする魂の器官がありません。なので、この世界に来ていただいた時に、こちらの世界の住人と契約を交わし、貴方に魔力を譲渡し続けます。そうすることで貴方の世界の人間は戦えるのです」

 どうして、オレが呼ばれ、オレが世界を救わなきゃいけないのか、それについて彼女は丁寧に説明してくれた。

 別にオレが救世主的存在だから、というわけでなく、純粋に彼女の魔力と一番相性のいい人間がオレだったようだ。

 ちなみに、傷が治ったのも、体力とかが上がったのは彼女が封印されていた刀を手に取ったことで、仮契約されたから、とのこと。魔力によって内側から肉体が強化されるらしい。

 魔法とか魔力とか、いまいちよくわからないけど、異世界なら仕方がない、と思って飲み込むしかなかった。

 炎から出てきたとか、そういうあり得ない現象は、こっちの世界の常識だったらありえるので、気にしてはいけない。めっちゃ気になるけど。

「大体わかった」

 オレは地面に胡坐をかいて座っていた。彼女はオレが敷いてあげた制服の上に正座で座っている。

 まあ、今までがチュートリアルってところか。死にかけたけど。

「で、帰り方は?」

「帰っちゃうんですか!?」

 驚いたからか、彼女が膝立ちになる。

「……オレはそういう人間じゃない。さっきだって死にかけたし、君と相性がいいかもしれないけど、オレに世界を救える気はしないな……」

「そ、そんなことないですよ! きちんとは見てはいませんが……貴方が生きるために立ち向かうかっこいい人だって私、知ってます!」

 封印されていても、なにかしらで情報が伝わるのだろうか? さっきの戦いを知っているようだ。

 ……こんなかわいい子に、かっこいいって言われるとドキドキするなぁ。

「それに……帰る方法しらないんです」

 彼女は、ぺたんと正座に戻ると俯く。

「ごめんなさい……! 私は、呼ぶ方法を教えてもらっているももの、戻す方法は知らないんです……」

 本気で反省というか謝っている子をこれ以上は責められなかった。

「大丈夫、知らないなら探せばいいさ。どっかにあるでしょ」

「……たぶん私の父に教えてもえば帰れるかもしれないです……」

 オレは、彼女に近づいて言う。

「オーケー。じゃあ、君のお父さんに会いに行こうか。それまでにオレの気が変わったら世界を救うよ。だから、オレがこの世界を救いたいくらい好きになるように、いろんなことを教えて」

 そういうと、彼女は顔を上げると、笑顔で「分かりました! きっと貴方に気に入って貰います!」と言うのだった。

 ……その笑顔が、とても暖かった。今まで好きになったどの女性よりも、可愛い笑顔だと思う。

「……自己紹介がまだだった。オレは、赤井紅よろしくね」

 オレは立ち上がり、彼女に手を差し出す。手は差し出したが……触れるのを少し戸惑ってから握り返してくれた。ひっぱって立ち上がらせる。

「私は、朱祢です。名字はないです。これからよろしくお願いします!」



 

 落とした銃や刀を拾い、オレと朱祢は神社を出る。

 服もボロボロなので早く新しいものを着たい……。ちなみに財布はどこかへ消え、スマートフォンは画面がバキバキに割れている。

 さっきまでの話を簡単にまとめると、オレはこの世界を救いたいと思っている朱祢に呼ばれた。その朱祢と契約というものをすると、戦う力が手に入る。古来からの敵である外から来た者を殲滅してほしい。

 と言ったところだろうか?

 しかし、オレはただの一般人。さっきも生きることで必死だった。気が変わらない限り、そんな危険なことはしたくはない。

 したくはないのだが……正直、朱祢の気持ちに応えて、戦ってもいいんじゃないかと揺らいでる。

 朱祢の世界を救いたいという気持ちは、本物だった。それが痛いほど伝わったのだ。仮契約というものでオレと彼女は繋がっているようだが、それとは違う心に響く言葉だったのだ。

 ……答えを出すのは後でにしよう。オレは可愛い女の子に弱い。もっと見極めるべきだ。それに決意したところですぐに世界を救えるわけではないのだから。

直ぐ近くに村があるそうなので、そこに向かう。そこまでちょっぴり整った道が続いていた。さっきまで森の中をかけめぐっていたオレは、どうやら気付かないうちにこの道に出て、あの神社に辿りついたらしい。

 紅葉が舞っていて、風流って言う言葉が似合いそうな景色だった。

「わ、私、あの神社で三年間眠ってたんです」

 道中、無言だったのに耐えられなかったのか、彼女は自分のことを話し始める。

「魔法の一種でその刀を起点に封印といいますか……眠っていたんです。いつか、私の力を一番引き出せる人に会えるように。あとは、あの神社で父が貴方を召喚する魔法陣を作っていたんです。扉は開いたものの、場所は大分ずれてしまったようですが……」

 どうやら彼女のお父さんはすごい魔法使いというものなのだろう。

「三年間眠ってたってことは、朱祢は見た目通りの年齢じゃないってこと?」

「いえ、肉体は見た目通りですよ。一応成長していたので……。ただ心は眠ったままなので、精神年齢的には幼いかもです。ちなみに、今十六歳です! 赤井さんは……?」

「紅でいいよ。オレは十八歳。……魔法って便利だなぁ」

 そこで会話が止まってしまった。

 二人分の足音が響くだけの時間に今度はオレが耐えきれなくなり、話題を振る。

「そういえば、なんでオレと朱祢は会話できてるんだろう?」

「……どういう意味です?」

「いやさ、別の世界なら、別の文明の発展があって、言語とか違いそうじゃない? なのにオレと朱祢は日本語で会話してる」

 今更ではあるが、オレと朱祢は普通に会話していた。

「ああ、私の話している言葉が紅さんと一緒、っていうことですね! オーブ共通言語というものですが、たぶんベースは紅さんの言うニホン語で間違いないと思いますよ? 私たちの文明は、紅さんの世界の文明を元に出来ている部分もありますから」

「どういうこと……?」

「何かや誰かを選んで呼ぶ魔法は大変高度な技術が必要とされるのですが……なんでも良ければ、簡単にあちらからこちらに呼び出せるんです。紅さんの世界から私たちの世界には、一方通行な穴……吸水口のようなものだと思ってください。それが、誰かの意図的にも、自然現象的にも起こりえるんです。その穴をとおって紅さんの世界の技術や文化、または人そのものが流れてきます」

 朱祢は楽しそうに話す。学校や本で知ったばかりの知識を親に話す子供のような無邪気さだった。

 その話が本当なら神隠しとか行方不明になった人、無くしたものとか、案外こっちの世界に流れているのかもしれない。

「そうしたものは私たちの時間軸とは関係なく現れますから……このオーブ大陸に人類が文明を築き始めてすぐにニホン語を教える物か人が、こちらに現れたんだと思います。服やその他の技術もきっと紅さんの世界に通じるものがあるんじゃないですか?」

 朱祢は両手を広げると、くるりと一回転した。赤い花が咲いたようだった。

 ……きれいと見惚れつつ、ノースリーブゆえに、男としては一転に少し視線が行ってしまうのは、ちょっと申し訳なかった。

 でも、この朱祢の服装にも少し納得がいった。日本周辺の文化と、海外の文化が混ざった結果が、朱祢の和洋折衷ともいえる服装につながったのだ。

「なるほど……大体わかった。ありがとう」

 この世界の言葉は、日本語を大元して作られた言語で、だからオレと会話ができるのだ。

 ……基礎になる言葉が英語やロシア語じゃなくてよかった。

 しかし、文字は別の言語を当てているようだ。少なくとも見覚えのない文字だった。

「言われるまで、私も気付きませんでした……。異世界からの人なんて全くいない訳じゃないですが、そこまで考えが回ってなかったです……」

 急にしょぼんとし出す。喜怒哀楽が激しいな。感情が表に出てるのは気持ちが良いけど。

 とあるゲームで、言語の話が出てきたのを思い出す。ある哲学者の言葉を引用して、人は国家ではなく国語に住むのだと。

 人の思考、思想は自分の知る言語の範囲のみでだから違う言語同士で争うとか、そんな話。

 共通言語を持つこの世界は、外から来る者という敵との戦闘以外は、平和なのだろうか……?




「やったわ、キーがついてる。鍵をつけっぱなしなんて不用心だなぁ……」

 ぶぅんと言う音を立て、エンジンが唸ります。

 私と紅さんは神社の近くの村に来たのですが……建物は壊れ、人はいないゴーストタウンと化していました。

 紅さんが上手く視線を逸らしてくれたので、私は見ていないですが、まだ白骨化していない遺体が幾つかあったそうです。

 おそらくさっきの外から来る者に襲われたのでしょう……。小さいものであれば倒せたでしょうけど、あそこまで大きい怪物には、相当な腕を持つ魔法使いか、戦士がいなければ勝てません。

 紅さんの提案で、食糧と水、そして車など脚として使えるものを拝借しようと言うことになりました。

 私はちょっと気が引けたのですが……確かにあの砂漠を歩きまわるのは一苦労ですし、喉が渇いたりお腹がすいては、世界を救うどころではありません。

 罪悪感にさいなまれながらも、いくつか大丈夫そうな食糧や水をいただき(勝手に持っていてごめんなさい!)脚になりそうな乗り物を見つけます。

 あと、紅さんは洋服がボロボロで……その、お腹とか胸とか見えちゃってたので、同じようなワイシャツを拝借していました。

 荷台のある四輪車です。確かピックアップトラック、という種類でしょうか。砂漠でも走れるように車高が高く、タイヤが大きいものでした。

「ガソリンも問題なさそうだ。一応予備を乗せておくとして、きちんと人のいる村を目指そう」

「わかりました! ところで紅さんって運転できるんです……?」

「免許は持ってないけど、動かし方は分かるよ。……問題は、文字が読めないことぐらいかな。さっき確認したガソリン残量メーターみたいに絵やだったらいいんだけどなぁ……」

 必要なものを荷台に乗せ、私は助手席、彼は左の運転席に座ります。

 本当に、持ち主の方、勝手につかってごめんなさい……!

 そして彼はレバーを操作し、アクセルを踏み込みます。

 次の瞬間、車は勢いよくバッグし、民家の壁にガッシャン!!と言う激しい音を立ててぶつかりました。

 その勢いで私は背中の座席にドンとぶつかります。

「ちょ、ちょっと! 紅さん!!」

 これには私も怒らずにはいられません。運転出来るって言ったじゃないですか!

「ごめん……。次は大丈夫だから……!」

「もうっ、気を付けてくださいね!」

 ふんっ、と私は怒って頬を膨らまします。

 今度は問題なく前進し始めました。……ここから、私と紅さんの旅が始まるのです! まだ、世界を救う旅ではないですが、きっとつらいことがあっても最後に笑っていられる旅になるような、そんな気がしました。

 でも、いくつか心にとげが刺さっていて、それをいつか取り除けたらな、と思いつつ紅さんを横眼でちらっと見るのです。




 どうやら、オレが今までいた砂漠は砂が柔らかいところ……砂砂漠にいたようだ。車で走りながらそのことに気づく。

 森の中にあった道を通り、そのまま砂漠の道を走っているのだが、そこそこ固く、ほとんど土のようになっていて、車や馬の通った痕が残っていた。岩石砂漠、というものだろう。

 こっちに来ていれば、あの怪物に襲われないで済んだのかなぁ、と今更なことを考えてしまう。

 まあ、朱祢に会わなければ、そのうち別の危機にあって死んでいただろうから、あんな目にあったのが正しいのかな。

 どうやら、乗り物もこちらの文明レベルに近いようで、現代ほどではないが、そこそこエアコンが効いていた。なんとなく懐かしい気がしたので、十八年から二十年以上前の技術レベルなんじゃないだろうか?

 ふと、後ろに広がる景色を、サイドミラーで見て気になったことを朱祢にたずねた。

「そういえば、砂漠の横に森があるのは、あり得なくはないんだけど、紅葉までしてるのは不思議だったんだ。神社の辺りって少し涼しかったし、そういうのが関係あるのかな?」

「神社の辺りが涼しいのは、あの辺りは秋だからですよ。この砂漠の地域は夏ですから、大分気温差があると思います」

「季節って、太陽の関係……つまり月日によって変わるものじゃないのか……?」

「季節は、場所で変わるものですよ? オーブ大陸はあの柱を中心にしている大陸なのですが、東西南北で季節が違いますし、地方の中でも季節が違う部分があります。神社の辺りからさらに先に進めば、春になっていましたね。で、今いる砂漠を越えれば、冬の地域です」

 どうやら、季節という言葉は一緒ようだが現象としては少し違うらしい。

 もしかしたら今後も同じ言葉でも別の言葉があるかも知れない……。忘れないでおこう。




 道を走っていると、遠くの方に壁が見えた。木製の壁だ。高さは2,3メートルほど。

 近づいていくと、道はそのまま壁の中に続いていることが分かった。壁の中は村のようだ。

 しかし、門のようなものはなく、人間が立っていた。砂対策を兼ねたターバンなどの布を何重にも重ねている服装だ。その服装のせいで、性別は分からなかった。

 ……朱祢とはずいぶん違うな。この辺りの出身ではないのかな?

 そんな風に思いつつ、車を止め、運転席の窓を開ける。

「その様子だと賊の類じゃ、ないようだな」

 声の低さ、そして口元を隠していた布の下から出てきた顔から、男だと分かった。

「ええ、見ての通り旅人です。最近、この辺りはそんなのがいるのですか?」

 オレは丁寧な口調で、門番をしていた男にたずねた。

「まあね。この村への荷物とかを運んでるときに襲いにくるんだ。今のところはそれくらいの被害で済んでるが……近くの村はそいつらのせいで壊滅している場所もある」

 もしかして、オレが最初に倒れていた場所がそうだったりするのか? なんとなく、風化した建物を思い出す。

「とにかく、旅人なら大歓迎だ! 宿屋や料理屋が喜ぶよ。ゆっくりしていってくれ」

 門番に通してもらい、壁の中に入っていく。村の風景は何処となくウエスタンを思わせる様な木造の家が多い。

 車は、門のすぐ近くに村人共有の駐車場があるのでそこに止めさせてもらう。全部で、四台しかない辺り、まだ普及しきっていないのかもしれない。

 隣に馬小屋があるしね。

 荷台の荷物を取り、まずは宿屋を探そう、そう目的を決めたところ、門番が、村の中にかけ込んで来て叫ぶ。

「盗賊だ! 盗賊が来がぼぉ……」

 その門番は背中から剣で貫かれる。馬に乗って攻めてきた盗賊たちにやられたのだ。

 剣は重ねた布の服と、門番の体を貫通し、荒い大地に赤色が滴り落ちていた。貫かれた勢いのまま、門番は倒れる。

 オレは慌てて後ろから目の前にいた朱祢の目を覆ったが、間に合ってはいないだろう。

 車で死角になっていたのか、盗賊たちはオレたちに気付かず村の中へとはいっていく。

 ……そうか、人殺しもしないといけないのかな……?

「ねえ朱祢。盗賊のような人殺しも朱祢のいう救いたい世界に含まれる……?」

 オレは、朱祢に質問する。

「もちろん。あの人たちでも私の救いたい世界の一部です。だから……この世界に生きる人の法で裁かれるべきだと思います」

 戸惑うことなく、朱祢は応えた。……人殺しのような悪は切り捨てて当然とは思わないのか。かといって、改心すると信じているほど夢を見てないのもいい。

 きちんと現実と向き合って、世界を救おうとしているのかもしれない。

 オレの好感度が上がった。朱祢となら世界を救ってもいいんじゃないかと、少し思ってしまった。

 可愛い女の子だからでなく、考えた末に行動してもいいなら、身を任せてもいいんじゃないかと。

 ……一度死んだようなものだし、この子のためにもう一度捨ててもいいんじゃないか、なんて思ってしまっている。

 夢もなにもなかったからな。ただ生きたいだけだった。

「わかった。じゃあ、まずあいつらを止めようか。朱祢は車の陰に隠れていて。オレが呼びに来るまで出てきちゃダメだからね」

 オレは、朱祢の目隠しを止め、荷物の入っている袋とは別に用意した銃を入れている袋から、銃を取り出す。刀は腰に差しているので、接近されたら切り替え、こっちで戦おう。

 万が一に備えてサバイバルナイフも、腰にさしておく。背中側に差しておき、何かがあったら対応できるように。

 オレは、ストックを回しきちんと構える。村人たちに襲いかかったり、馬から降りて建物を物色している奴らの背中が見えた。

 まずは、馬に乗っている奴から。馬を攻撃するのは少しかわいそうに思えたので、人の方を狙って引き金を引いた。

 銃弾は馬に乗っている盗賊の背中に吸い込まれる。心臓があるだろう場所は外したので、適切な処置をすれば死なないだろう。

 少し視力が良くなった気がする。銃の反動でも全然ブレることはない。仮契約、というものがなされているようだが、魔力が体に入ることで、肉体が強化された影響なのだろう。

 きちんと契約とやらをすれば今以上に強くなれるのか……。

 一人目が馬から落ちたところで、足元を狙って、二人目と三人目を撃つ。敵は銃を持っていないようなので、反撃はされないだろう。

 意外と銃も、貴重だったりするのだろうか?

「あそこだ! あそこにいるぞ!」

 盗賊たちもバカではなく、オレの方を指さし、散っていたやつらが集まってくる。銃でどれほど減らせるか……。さっきみたいに全く動いてないのなら自信があるが、動く敵に当てられない気がする。

 まず五人ほど一斉に襲ってくる。そのうち馬に乗ってるのは二人。まず厄介な馬に乗ってる敵を撃ち落とそう。と思ったものの、銃弾は外れ、一人しか落とせないまま交戦に入る。

 まず、馬に乗った敵が最初に襲ってきた。敵は西洋の騎士が使うような馬上槍で突きに来る。オレは、銃を投げ捨て、横に飛び退くことでそれを回避した。

 態勢を整える共に刀を抜く、振り向きざまに接近してきた盗賊の腕を斬り上げた。

「ぎぃぎゃあっ!」

 浅かったからか、腕は斬り落ちず、骨が見える程度に裂いた。血が空に向かって吹き出る。べちゃっという音が大きく響いたので、いくらか肉も飛んだのだろう。

 峰打ちとかできるものならやってみたいが、自分の技量ではできるはずもなく、とりあえず致命傷にならないように気をつけながら斬るしかない。

腕を斬られた盗賊は、腕を抑えながら地面でジタバタしていた。こいつはもう戦闘できないだろう。

続けて、斧を振り下ろしてきた盗賊の攻撃を躱し、太ももを切りつける。

なるべく外側を狙って斬ったため、こちらも骨が見える程度に傷を負わせた。鮮血が地面に向かって飛び散る。

さっきの盗賊と同じように地面を転がった。

あとは、馬に乗った敵が人と乗ってないのが1人の計三人。

今の様子を見て、警戒していた。迂闊に突っ込むと、返り討ちにされるのは目に見えているので、放り投げた銃を拾いに駆け出す。

釣られて敵も動き出した。同士討ちを避けることもあり、馬に乗っていない盗賊が突撃してくる。

刀を左手に持ち、右手で銃を拾い上げるが、標準を合わせる間はなく、盗賊の武器が振り下ろされる。

反射的に刀で受けたが、肉体が強化された言えど、利き手ではない左手ではあまり力を込められず押し切られる。

相手の武器が斧だったせいもあるだろう。刃が右肩を斬りつける。

「うっつぅ…!!」

すぐに身を引いたため、右肩を切り下ろされずに済んだが、切り傷をつけられた。

血が腕を伝い、銃を伝い、地面に流れる。

左手では傷口を押さえつけたい衝動にかられるが、それを抑え、刀を構える。右手は痛みで満足に動かせないだろう。ここぞという時まで動かすのは危険だ。

……ふと、冷静な判断ができている自分に驚く。思ったより傷が痛くないような……?

焼けるような痛みに、溢れ出す熱と粘着質な液体の不快さがあるが……。余計な考えを振り払うように、刀を薙ぐ。

右手ほどの力は入らないが、かえってそれが功をそうした。

相手の腹を切り裂いたが、肉の壁を切っただけで、中は出てこなかった。うげええと呻きながら目の前の敵が、腹を抑えて前のめりに倒れる。

残りあと二人。近距離なら銃も当ると考え、右手で辛うじて握っていた銃を左手に持ち替える。刀は地面に突き刺して固定した。

グリップに血がたっぷりと付いていて、握った時の粘着質な感覚が不快だった。

その行動を察して、一人はこちらに攻撃を仕掛け、もう一人は距離を取ろうと馬を後方に向かせる。

まず接近してきたやつを狙って射撃。銃弾が的中し落馬する。

 そして、次に背中を向けた敵に向かって引き金を引く。これで取りあえず、ここにいる敵は倒せたかな……?

 すると、ズドンッという音が響く。その方向を振り向くとオレに銃を向けている敵がいた。他の盗賊と少し違い、装備がきちんとした鎧で、馬にも装飾が施されていた。そして何より銃を持っているのがその証拠だろう。ここを襲った盗賊たちの頭だろう。

「武器を捨てろ。そして手を挙げろクズ野郎」

 オレは、指示通りに銃を手放し手をあげる。

 ……敵の武器は水平二連ショットガン、さっき一発撃っていたから、おそらく残弾一発……。

 この距離なら撃たれても致命傷にはならないだろうが、まともに受けたらダメージで次の行動へ移せないだろう。

 一つ、策を思いついたのでそれを試してみようと思う。素人がどこまでできるか分からないが、ただ死ぬよりはましだろう。

「地面に伏せろ」

 指示のまま、しゃがみつつ中腰になったところで、さっと左手を背中に回しサバイバルナイフを抜き、投げナイフのように投げる。

 しかし、技術は無いのでナイフはくるくる回転し、さらに敵からは少しずれた位置へ飛んで行った。

 でもそれでよかった。「うおぉ!?」と驚いた盗賊の頭は引き金を引く。オレではなくナイフへ向かって。

 銃弾はナイフに当らなかったが、それとは関係なくナイフは明後日の方向へ飛んで行く。その隙をついて、オレは左手で地面に刺さっている刀を抜き、盗賊の頭へ向かっていく。すぐにオレに気付いた敵は腰の剣に手を伸ばすが、少し遅い。オレは馬の側面に回り、下からそいつの脇腹に向かって刀を突き刺した。返り血が飛ぶのは分かっていたので右手を無理に動かして顔を少しだけ覆い、ちょっとだけ防いだ。

 オレが居ない方へ脇腹を押えながら盗賊の頭が落馬していく。

 これで全員かな? そう思った途端、急に頭がふらふらしだし、脚が震え、どてっと尻餅をつく。貧血かな……?

 ちょっとだけ這って、建物の壁にもたれかかる。早く朱祢を呼びに行かなきゃなぁ……。

 戦闘の興奮のせいか、傷の痛みのせいか、少し呼吸が浅かった。はぁはぁと息苦しい。

「紅さん!」

 小さな人影が見え、可愛い声が聞こえた。戦闘が終わったのを察したのだろうか? どうやら心配で来てしまったらしい。

「呼ぶまで隠れてっていったじゃん……」

「そんなこと言っても! 心配でたまらなかったんです! 実際ひどい怪我じゃないですか! 今手当しますね……!」

 そう言って、荷物袋を開けた時、複数の雄たけびが響いた。声の方を見ると、村人たちが棒や農具を片手にこっちに押し寄せてきていた。

 そして、地面に転がる盗賊を袋叩きにしていく。

「……まあ、田舎じゃ法の徹底とかされてないだろうし、これが村としての法の裁きかな……」

「……村の人たちが選んだなら、私はそれでいいと思います」

 すると、担架を持ってきた若い村人二人と老人が一人、オレたちに近づいてくる。

「この村の村長です。貴方の活躍を見ていた村民がいましてな……ぜひ、お礼をしたい。まず、医者に診させるようにお願いできますが……如何ですかな?」

「お願いしてもいいですか?」

 答えたのは朱祢だった。オレとあった時、挙動不審というか人に慣れていない印象を受けたのだが、きのせいだったかな?

 オレは担架に担ぎこまれ、医者の下に向かった。


 

 

「どうぞ、召し上がってください。妻の料理はこの村一番といってもいいくらい美味しいですので、きっと満足していただけるかと」

 オレと朱祢は治療を受けたあと、村長の家に招かれた。村の危機を救った人に、宿屋でお金を払わせるなんてとんでもない、ということらしい。

 まあ、そのお金を一銭も持っていないので大変ありがたかった。

 ボロボロになった服の代わりも用意してくれて大助かりだ。

「い、いただきます!」

 さっきと打って変って朱祢は借りてきたネコみたいにおとなしく、おどおどしていた。

 料理は至ってシンプルだが、この砂漠で汗と共に流れた塩分が補充できるような濃く美味しい食べ物だった。パンと野菜のスープとオムレツにお肉。

 時々、右肩の痛みが走って満足に味を楽しめないのが難点か。

「……大丈夫ですか?」

「ちょっとつらいかも。まあ、ゆっくり食べれば問題ないから」

「……あーんとか、どうですか?」

 朱祢は席を立ち、オレの分の肉を一口サイズに切るとフォークを刺して、口元に運んできてくれた。

 ちょっと恥ずかしかったが……好意には甘えるべきだろう。オレはありがたく食べる。

 ……さっきよりも美味しい気がした。

「恥ずかしいから、これっきりで……」

 オレが言うと朱祢も「……はい」と静かに自分の席に戻った。なんとなく朱祢の顔も赤い気がした。

「ほほえましいですね……。旅人と聞いていましたが。もしや駆け落ちとかで?」

 村長が、にっこりと笑顔で聞いてきた。否定しても、説明が難しいので「まあ……そんな感じです」としか答えられなかった。

 ……照れ隠しか、それとも本当に猫舌なのか、朱祢はふうふうとスープを冷ましていた。

 そこから村長ののろけ話と、村の興りを話してくれた。

 横にいた村長夫人のつっこみが時々入りつつ、村長が村を作った理由、そしてその秘話、夫人との出会いから大河ドラマにできそうなくらい壮大な話を聞きながら、食事の時間は過ぎていった。




「どうしましょう……」

「どうするか……」

 私と紅さんは部屋に入ってすぐに立ちつくします。案内された部屋は息子夫婦の部屋で、今は使ってないからどうぞ、とのことでした。

 つまり、ベッドは一つだけです。

 勘違いされてしまったので仕方がないものの……どうしましょう……?

「……オレはそこのソファで寝るよ。朱祢はベッドを使って」

「い、いえ! でも!」

「いいって。年頃の男女が同じに布団に入ってちゃまずいだろ」

 そう言って彼は、ソファの上に寝転びます。

 だったら一緒に寝ませんか、という言葉は私の口から、出てきませんでした。出せませんでした。

 彼がいい人だと知っていても……きっとベッドで寝ても手を出してこない人だと分かってもいます。でも、純粋に人とそんなに近づくのは怖いな、と思ってしまったのです。

 きっと私はまだ、彼に心を許しきれてないんだろうな……。その証拠に今も私は、頭を隠したままでいるのだから。

 私は、お風呂に行く仕度をして、部屋を出ました。




 翌朝、私は早起きをしてしまい、一階に下りるともうすでに朝食の準備を始めているお婆ちゃんが居ました。

「あらあら、早起きですね。一緒に料理でもいかが?」

 そう誘われて、断るわけにもいかず料理を手伝います。

 でも、そもそも経験がないので、色々教わりながら作ることになってしまいました。

「彼には、作ってあげたことないの?」

「ないですね……」

「きっと作ってあげたら喜ぶわよ。男って単純ですから。機嫌が悪いときのお爺さんも手料理を作ってあげればすぐに良くなりますから」

「そういうものですか……」

 私は相槌を打ちつつ、つい、昨日の夜のことを思い出し、呟きます。

 きっと、誰かに聞いて気持ちを楽にしたかったのでしょう。人間のお婆ちゃんに聞かせる様なことでもなかったかもですが。

「私、まだ彼のこと信じ切れてないんです。いい人だって分かってるし、彼が居ないとダメだって分かってるのに……絶対的に信じきれなくて」

 それに一つだけ、騙していることがある。だから私は、暗い気持ちになるのです。

「……大丈夫、色々不安なこともあるだろうけど、少しでも信じられる部分があればきっと、そのうち全て信じられるわ。私も最初、お爺さんが村を作ることなんて信じられなかったもの。出来るわけないーって思ってたのよ」

 料理を作りながら、私はお婆さんの思い出話を聞きました、

 きっと気持ちを紛らわせてくれるために入ったお話しだったんだと思います。その気持ちが、とてもうれしかった。




「うわーお、もうすでに傷がふさがってる……」

 包帯を剥がし、傷跡を確認してみると少し赤い痕があるが、ほぼ完治していた。

 よくあるファンタジーものに出てくるポーションと、仮契約の力なんだろう。ちょっと苦いポーションをもう一瓶飲み干し、村長に用意してもらった服を着る。

 どうやら息子さんのお下がりらしい。ワイシャツと、砂の町に似合うカーゴパンツにフード付きのジャケットをいただいた。

 ふと、ベッドの方を見る。今朝まで、朱祢が寝ていたベッドだ。

 ……もし、どっかのギャルゲ―みたいに一緒に寝るとかになってたらやばかったな……。あんな可愛い女の子が隣で寝てたら、なにもせずにはいられないだろう。

 ……昨日のいい方、不自然じゃなかったかな?

 少し気になるが、そんな考えを振りきり、今日の出来事に備え、仕度をする。

 ……どうやら、昨日の盗賊には仲間がいるらしい。あの偉そうなのもボスではなく幹部だった。大分大きな規模の盗賊だったようだ。

 今日、報復に来るだろうと考え、村中警戒している。

 オレは村長から受け取った新しい武器、アサルトライフルの調子をたしかめる。とはいっても引き金を引くわけにもいかないので、手に持って構えるだけだが。

 オプションでサイレンサーにスコープがあるため、狙撃も可能。射撃のモード切り替え集団戦闘でも役立つ。サブマシンガンも使えたが、こっちの方がこれから有利になるかもしれない。

 肩ひもをかけ、装備する。ジャケットのポケットには予備のマガジンを仕込む。

 刀にアサルトライフル……逆にファンタジーかもしれない。

「紅くん、起きてくだ……って起きてたんですね」

 すると朱祢が部屋に入って来た。

「朝食できましたよ」

「分かった。食べに行くよ。……ところで朱祢、魔法の使い方教えてもらってもいい……?」

「教えるのは問題ないですが……まだ、使えないですよ? 本当に契約しないと……」

 なんでも、魔力は譲渡できるが、契約しないとオレの魔力として扱えないらしい。

 じゃあ、戦術に組み込むのをやめておこう。

「村のために戦うのって、なんかヒーローみたいです」

 朱祢は子供のような可愛い笑顔でそう言った。

「報酬にお金や物を貰うんだ。見返りを求めちゃヒーローじゃないよ」

 なれるもんならヒーローになりたいけどなぁ……。

 世界を救うこととヒーローになることは別かな? 

 ……とりあえず、世界を救うなら人を殺さず、法の裁きに任せるべきなのか。ヒーローにならなくても、善人として世界を救うならね。

 不殺、というやつか。こういう世界では難しいことだろうけど、それくらいやれなきゃ世界を救う人にはなれないのかもしれない。

 ……すっかり世界を救おうって考え始めちゃってるな。今回の騒動が治まったら、きちんと朱祢に伝えよう。 

「……やっぱり、紅さんはいい人ですよね」

 どこをどう取ったのか、朱祢は優しくほほ笑むのだった。

 すると、鐘が鳴り響く。一つが鳴ると、もうひとつ、続けていくつもの鐘が連鎖的になる。

「行ってくる。朱祢も襲われないように気をつけてね」

「はい! いってらっしゃい、紅さん!」




 村長宅を飛び出し、鐘が最初になった方向へ向かう。そこではバリケードを築き、弓や銃で応戦する村人の姿があった。

 今は辛うじて、戦線を保っているようだ。オレも、バリケードに身を寄せ、アサルトライフルで応戦する。

 村人たちは、殺傷をしているようだが、オレは殺さないように気をつけつつ戦闘をする。アサルトライフルをフルオートではなく、三点バーストで狙撃する。セミオートでは、撃ちすぎて殺してしまうかもしれないからだ。

 なるべく脚や腕など、致命傷にならない場所を狙って撃つ。

 敵も銃を持っている敵はいるが、立地的な問題で向こうの攻撃は有効なダメージを与えられてなかった。

「魔法だ! 魔法が来るぞ!」

 一人の村人がそう叫ぶ。次の瞬間、バリケードの半分ほどが爆裂し、村人たちが吹き飛ぶ。

 敵の方を見てみると、一番後ろに杖のようなものを持った男がいた。奴が魔法を放ったのだろう。

 詠唱? のような言葉をぶつぶつ呟いている。その男の目の前に、よくあるファンタジーもので見る赤い光の魔法陣のようなものが浮かんでいるので、魔法を編んでいるのだろう。

 もう一発食らったら戦線は完全に崩れるだろう。

 オレは、魔法使いを切り捨てるために抜刀しバリケードを飛び出す。

 魔法使い以外の盗賊は、あまり相手にせず、攻撃を仕掛けてきたら切り捨てる。腕を斬り、胴を裂き、怒号と悲鳴と、剣戟が鳴り響く、戦場をかける。

 魔法使いの護衛役であろう鎧をまとった男が、ハンマーを振り下ろしてくる。オレはそれを避け、鎧の隙間に刀を突き立てる。切っ先は敵の肩を貫き、男が悲鳴を上げる。

 すぐさま抜き、後ろにいる魔法使いを、魔法陣越しに斬る。どうやら詠唱は途中でやめられないらしい。魔法使いは斬られる恐怖にかられつつも、詠唱を続けたが、オレに斬られ、詠唱は悲鳴に変わった。

 それにより、村人たちの士気は上がり、逆に盗賊たちは逆転の一手を潰され、戦闘の流れが村人たちの優勢へと変わる。

 無理に、魔法使いを斬りに来たのも正解だった。乱戦に切り替わる前に、オレと村人たちで挟み打ち出来る格好だ。

 オレに気付かず背を向けている兵士を次々と斬っていく。

 ……武士道や騎士道から外れた外道の戦法なのは分かっているが、これも死人を減らすためだと分かってほしい。

 十五人前後の盗賊が、この十数分の戦闘で倒れた。村人も無傷ではなく何人か死傷者が出ているようだ。

 しかし、息を吐く間もなく爆発音が響いた。それも遠くの方から。

「もうひとつの門が突破された……!」

 村人の誰かがそう叫んだ。もしかしてこっちは陽動……?

 そんなに大規模な集団だとは聞いていなかったが、その可能性も考慮すべきだった。

 それにあの方向は……。

「朱祢……!」

 あの方向は、朱祢のいる村長宅だ。オレは、慌てて駆け出す。




 黒い煙と赤い炎がこの場所の全てだった。木造の家は良く燃える。

 そして時々うごめく黒い塊は――……いや、凝視するのはやめておこう。さすがに吐く。

 盗賊たちの姿はもうすでになかった。目的を達したのだろうか……?

 村長宅は燃え落ちていた。辛うじて場所が分かったのは……その手前に村長が倒れていたから、頭を殴られたのだろう。出血をしていた。それ以外に目立つ怪我はない。

 オレは駆け寄り、大丈夫ですか? と声をかける。

「私はどうでもいいのです……! 妻と、貴方の……!」

 そこで、村長の意識が途絶える。脈はあった。恩人とはいえほっぽって追いかけたい衝動に駆られてるとき、村人がやってきたので、その人に預けて先ほどとは違う門へ向かう。

 そこは乱戦になっていた。盗賊の撤退を阻むために村人が戦っている。

 オレは、肩にかけていたアサルトライフルを腰で構え、撃ちながら進む。ほとんどの銃弾は当っていないが、進む邪魔になるものの牽制になれば問題はない。

 そのまま戦闘の中を突っ切り、門から出る。すると門に沿って銃で支援している村人がオレを呼びとめた。

「盗賊は、馬車で村人と金品を持って逃げた! あんたも馬を使って追いかけてくれ!」

「いいね、ゲームじみてきた」

 軽口でも叩いておかないと、気がどうにかなりそうだった。今にも暴れ出しそうなくらい心が、心臓が動いている。

 朱祢が心配でたまらない。きっと傷つけられているだろう。生きているかどうかもわからない。たまらなく……不安だった。

 オレは、馬に跨り村人が指差す方向へ走った。

 正直、馬の操り方なんてゲームや映画でしか見たことがないが、この子はいい子なのか、素直に駈けてくれる。

 すると、先頭を走る村人たちが見えた。そしてその先に馬車と護衛の盗賊たちがいる。

「あそこに攫われた人たちが……!」

 村人たちに追いつくと指をさして教えてくれた。銃で撃とうかと思ったが、誤射で朱祢を傷つけてしまう恐れがある。

 そう迷っていると、護衛の盗賊が立ち止り、オレたちに襲いかかってくる。

 目の前にいる村人二人が銃を撃つが、それは当らず接近され、剣で斬り殺された。

 オレは、馬から飛び降り銃を構える。先頭の二人に銃弾を撃ち、落馬させた。

 ……護衛はあと五人、殺さないで戦うとしたら、時間がかかるな。

 盗賊も馬から降りて、それぞれ武器を構えた。

 ああ、早く朱祢を助けないと……。こんなやつらにかまってる暇はないのに。

 朱祢を傷つけたくない。あんな、人のため、世界のために動ける純粋で、尊い人を……。

 そう思った途端、心のダムが決壊した気がした。


 なにをしてるんだと。


 自分にとって何を優先すべきか。世界の救済? 法を守ること? 違う。今、オレがすべきことは、オレを生かしてくれた命の恩人を、あの優しい女の子を守ることだ。

 この見知らぬ世界で、一番最初に手を差し伸べてくれた女の子を、助けなくてどうする。

 ここにいるやつらの命より、あの子の命の方が大切だろう……?


オレは銃を構え、盗賊の頭を撃ち抜いた。


 最初の一人目は、茶髪の男だった。筋肉は少ないだろう。装備もボロボロの皮の鎧で、盗品であることがうかがえる。そいつの顔面に撃ちこまれた三発の銃弾が、ぐちゃぐちゃに潰したトマトに変え、倒れていく。

 正直、吐き気がした。でもそれを抑えつけるほどの怒りがある。あの子を傷つけた盗賊への、そして今更覚悟を決めた自分自身への怒りが。

 世界を救う人になるよりも、ヒーローになるよりも、あの小さな少女を守る男でありたい。

 ここからは、ただの人殺しでもいい。朱祢を助け、守れるなら。

 突然の銃撃に驚いている隙をつき、一気に接近する。抜刀した勢いのまま、刀で首を撥ねた。荒い大地に命の雫がまき散らされ、吸われていく。

 それが倒れるよりも早く、反射的に武器を振り上げた盗賊の胸に血の花を咲かせる。切っ先を深く突き立て、感通させた。

 口から血が零れる姿を醜いと思う。

 一度、刀から手を離し、再び銃を構え掃射する。倒れる味方を見ていた残りの二人が銃弾を食らい、断末魔を上げて崩れていく。

 五つの死体は、血と共に、命の残り香を流していった。

 その光景を見てオレは、大きく息を吐いて興奮を落ちつかせる。人は簡単に殺せるのだと改めて実感したのだ。

 近くで待っていてくれた馬に乗り、オレは馬車の跡を辿っていく。




「さっさと入れ!」

「きゃっ」

 私たち、攫われた人は昔の戦争で使われていたと思われる廃墟につれてこられました。その中で一番大きく堅牢な砦にある牢に詰め込まれます。

 どうやら、あの村の人だけでなく他の村からも攫ってきているらしく、大勢の人が牢の中にいました。

 年齢も性別もバラバラです。私よりも幼い男の子や女の子が居ました。 

「大丈夫よ、きっと彼氏さんが助けに来てくれるわ」

私と一緒に、連れてこられた村長夫人さんが、そう勇気つけてくれます。

「おい、ボスからここから男女四人ずつ連れてこいって命令だ」

看守をしていた男に、連絡係の男がそう声をかけました。

「なるべく年齢はバラバラにな」

その八人の中に……私は選ばれてしまいました。

何をされるかわからない恐怖で、身体が震えます。

看守の男が、私の腕を引っ張り、連れて行こうとしたとき、

「こんな、若い子より、私のような婆を連れて行ってください。殺すのなら、老い先の短い婆を!」

と村長夫人さんが私を庇ってくれました。

「なんだこのばばあ! ひっこんでろ!」

看守の男は、汚い言葉を使ったあと、村長夫人さんを殴りました。

村長夫人さんは、地面に倒れ、痛みでおきあがれないようでした。

「夫人さん!」

私は、今すぐにでも側に寄りたかったですが、看守の腕を掴む力は弱まりません。

むしろ、痛いほどに締め付けます。きっとあざが出来ているでしょう。

無理矢理引っ張られて連れて行かれる中、暴行の音に混じって、「ごめんね」という声が聞こえて気がしました。




連れて行かれたのは、大きな部屋でした。

部屋のつくりから、最上階だと思われる場所です。窓の外を覗くと大分小さくなった廃墟が見えます。

連れて来られた、八人は、男女ふたりずつの四人に分けられ、右と左に分けられます。

そして、男女交互に手枷にはめられていきます。

この手枷が、天井からぶら下げ、両手を挙げさせてはめるタイプで、私達が丁度、つま先で立つように調整されていました。

私の服装は袖なしなので、腋が見えて、とても恥ずかしいです……。

中心にある机を囲むようにして座る二人の男のうちの一人が、私達、女性をなめるように見ていって言います。

「どの女も愉しみがいがありそうだぁ!たまんねえなぁおい」

と、ぎらつく欲望をそのまま形にしたような下品な笑みを浮かべました。

……もしかして、この人は私達を陵辱するつもりなのかもしれません。

さっきとは違い、明確な悪意と、その方法を聞き、確かな恐怖が私の心を支配します。

私の尊厳や大切なモノを穢そうとする汚い感情に私は怖くなります。

いや……! こんな悪人に好き勝手されるなんて……! 好きでもない人に触られる嫌悪と恐怖で激しい動悸に襲われます。

今すぐにでも気を失ってしまいそう。

「おい」

その時、低い声が、この場を支配しました。

声の主は、長身の変にやせこけた男です。

ここのボス、その人だと私は判断しました。その声に子の場に見える盗賊たちが全員振り向いたからです。

「我らの主の教えを忘れるな。たとえ人でも、半人種でも我らと同じ神を信じないものは、人ではないのだ! そして神は人以外との交わりを禁じている!」

 ……特殊な宗教思想にとらわれているようです。その眼はお酒の酔いだけでなく、なにかにうかれてるようでした。

 半人種……人とそれ以外が交わった種族は分かるのですが、異教徒と言うだけで差別する宗教はあまりみませんでした。

 つまり、私たちを凌辱するのは宗教上ダメだと言うことでしょうか……?

 そう、思ったのも束の間。

「殺して魂を神に赦してもらうのだ! さすれば肉体は浄化され人となる! 好き勝手するならそのあとだぁ!」

 狂気と狂信に歪む表情に、私を含む全員が恐怖しました。

 今言った言葉全て本気で言っているのだと理解してしまったのだ。

 女性も、男性も全員が恐怖で泣き、叫びます。

 私も……頬を涙が伝いました。恐怖で体中が震え、手枷の鎖がちゃりちゃり鳴りました。

 きっと、彼が助けてくれる。夫人さんがそう言ってくれました。私自身、彼はきっと助けてくれる、そう思っているものの……信じきれないのです。

 私自身が全てを話していないから……信用しきれてないから彼が助けに来なくても仕方ないと思うのです。

 どこかで胡散臭いと思われていたのなら……それは怖いけど仕方ないと……。

 でも……でも、私は彼に助けに来てほしい。自分勝手なのは分かってるけど、紅さんを信じたい。

 来てくれたなら、私は全てを打ち明けて、謝罪しよう。そう、考えながら祈るのです。

 後悔、絶望、恐怖、諦め、色んな負の感情が私の心を染め上げます。

 来ないかもしれない、間に合わないかもしれない……絶望的な、悪い考えばかりが浮かんできます。

すると、目の前に椅子に男二人が机を挟んで向き合ってカードゲームを始めます。

 その机は、私たちを半々に分けるかのように置かれていました。

私たちは何も分からず、ただただ怯えながら見ています。

 それから五分ほどして、決着がついたようです。

「あー、くそ負けかぁ」

 そう言って男は、ポケットから何かを取り出すと、それを自分側にいる女性に向けます。次の瞬間、パンと軽い音が響きました。

 びちゃ、という音が聞こえた時に私は何が起きたのか理解します。

 ……男の手には銃が握られていて、女性を撃ったのです。

 半々に分けられている私たちはチップで……負けるごとに一人ずつ殺されていくのだと理解してしまいました。

「おいおい、顔は撃つなよ……」

 ……殺すことを愉しんでる……。

他の男が、女性の遺体を手枷から外し、丁度、私達の死角になる場所に運びました。

そこに何人かの男達が、まるで餌を貪る肉食獣のように群がっていきます。

そして、聞こえてくるのは、布が破られる音と、木がきしむ音、そして、男達の下品な声でした。

見えないことにより、音で恐怖を想像させられます。

なんで、どうして……!

怖い……怖いよ……!

絶望、恐怖に震えながら、まだ続くトランプゲームを、まるで死刑のためのギロチンを待つように、怯えながら見るのでした。

「いやだよ……」

あんな風に、簡単に殺されて、そのあと弄ばれ、けがされるなんて……。

この数分で、私は人間の悪意、残酷さ、その全てを見た気がしました。

次のゲームが終わったとき、それは自分が殺されるときだと考えて、恐怖します。

トランプが一枚一枚こすれる音が、弾をこめる音や、刃物を研ぐ音と変わりはありませんでした。

そして、また五分が経ち、今度は左側、私の方です。

 男性に銃口が向けられ、散々命乞いを聞いたあと引き金を引くのです。

 こちら側の盗賊の銃は、大口径のハンドガンでした。その威力で、男の頭は吹き飛び、その人を挟んでいる二人に、その人の肉片と血が飛び散ります。

 その悲惨な有様に、何人かが嘔吐してしました。その人たちに、きたねえなどの罵倒を浴びせながら盗賊たちは暴行を加えます。

 私も嘔吐感がこみ上げたものの、それよりも恐怖に支配され、ただただ泣くことしかできませんでした。

 ここが夢であったらいいのに。手枷の痛みが、ここは現実だと囁いていました。

 




 何人ものいかつい連中が出入りする石の砦に、オレは到着した。

どうやら、ここが敵のアジトらしい。

近くの廃墟で身を隠しつつ、馬を降り、様子を確認する。

砦の入り口に見張りが二人、雑談していた。隙がありすぎる。

砦の横に並べて、馬小屋と馬車が置いてあった。これで、朱祢たちを連れ去ったのだろう。

 オレは、見張りから死角になるように、隙をつき、廃墟を壁にして近づいていく。

 十メートルほどの距離まで慎重に近づく。会話に夢中で、きづいた様子がない。

 オレは、サプレッサーをアサルトライフルに装備する。これで銃声を最小限にとどめて、見張りを誰にも気づかれないように排除する。

 照準を敵の頭部に定めて、引き金を撃つ。

 パスン、と言う小さな音がかろうじてオレの耳に届き、次にぬれた板が割れたような音が辺りに響き、敵の頭部を撃ち抜いた。

 そして、地面に力なく崩れる。脳漿や血が、砦の壁に付着し鮮やかに染めた。

「あ、え……?ど、どうした?」

 いきなりの出来事で、もう一人は、目の前の現実を理解できてなかった。

 それをいいことに、オレはソイツに照準を合わせなおし、トリガーを引いた。

 銃弾は眉間に吸い込まれるように直撃し、さっきと同じ結果を生み出した。

 辺りを再度見直してから物陰から飛び出し、死体をその物陰に隠しておく。

再び入り口のほうに行く。入り口は少し開けられていて、様子を確認することができた。

壁に密着しながら、中を覗き込む。

1階には、三人の男が、円卓で酒を飲んでいた。その側に階段があった。奥にもスペースは続いているようだが、この三人を始末すれば問題はなさそうだった。

この階の高さから、砦の大きさを計算すると、五階建てのようだ。

おそらく盗んできた金品や食糧が入れられている木箱や樽などが陳列しているので、それを利用することにした。オレは、すぐ近くの木箱の陰に潜む。

ここから、前を向いている二人を狙い撃ち、後ろを向いている敵の首を刎ねる。そう、段取りを考えていると奴らの会話が、耳に入る。

「うっく……おい、見たか?今回の奴隷ども」

「見たぜ、良い女が揃ってた。さぞ、気持ちよくさせてくれるだろうよぉ」

「とくに、一番若い、赤髪の女!あれは、最高だろうな!」

ぐっへっへ、などと言う性欲にまみれた下品な笑い声をあげていた。朱祢が、ここにいる確証は取れた。

……男だから、多少女性に対して、そう言う欲を持つのは仕方ない。

だけど、無理矢理とか、欲のはけ口だけを考えるのは間違ったことだと思う。性欲は、それ単体じゃただの汚い感情なのだから。愛しあった上でお互いの欲を満たす、それが正しい形のはずなのだ。

オレは、ろくに照準もあわせず、センスだけで、引き金を二回引く。それが、二人の頭を貫いた。

「ひい!」

残りの一人が悲鳴に近い声を上げて、立ち上がる。

その背中に向かってオレは直ぐに接近し、居合い斬りの要領で、首を刎ねた。

直ぐに、刀を払い、血を飛ばし、鞘に戻す。……朱祢は、テメェらなんかに穢させやしない。

オレは、すぐ近くにあった階段をゆっくり上る。どうやら、侵入者対策でもあるのか、階段は二階までしか続いていなかった。ちょっと不便だと思う。

二階に到着して、様子を見る。今度は、監獄エリアらしい。見張りが二人、この牢屋の中に三十人近くの村人。

朱祢が、この中にも居るかもしれない。

 ……監獄が地下にないとは。こっちはこういうのが基準なのか……?

焦る気持ちがあるからこそ、慎重に見張りを排除することを心がけた。

オレは、鼻をつまみ声をなるべく低くして、言う。

「おーい、ちょっと来てくれー!」

「なんだー? 捕ってきたモンから美味い酒でも見つかったのかー? 直ぐ行くから待ってろ!」

敵は、オレの声とは知らずに返答した。流石に今覗き込むのは、危ないので音と気配に集中してタイミングを測る。すると、一人分の足跡が、聞こえてきた。

そして、階段の壁を曲がってきたところを、オレは敵の首と腕を掴み、階段に向かって投げる。

「ウワァアア―ッ?」と悲鳴を上げて、頭から階段を転げ落ちていく。

頭を割ったらしく、血液の水溜りが広がっていった。

「おい! 大丈夫か!?」

仲間が階段から落ちたのだと誤解し、もう一人が駆け寄ってくる。オレは、刀を抜いて、タイミングを狙う。

曲がってきた瞬間に、オレは敵の喉下を狙って突きを放つ。

敵は血液を吐き出し、絶命する。敵を蹴り飛ばして刀から外す。丁度、今の見張りが鍵を持っていたようで、それを拾った。その鍵で牢屋の鍵を開けつつ、人の顔を確認する。

朱祢は、この中に居なかった。

……もうすでに、殺害、もしくは強姦されてしまったのか? そんな不安を、オレは首を振って直ぐに否定する。まだ、間に合うはずだと。その時、唯一見覚えのある人を見つける。村長夫人だ。

顔は腫れあがって変わってしまっているが背格好に見覚えがあった。オレは、牢屋を開けると、鉄格子の扉をくぐり、側に近づく。

「だいじょ―――」

助けおこそうとして、腕に触れたときに、理解する。

ここに命は無かった。

「村長夫人、赤髪の女の子を殺さないでって、必死にお願いしていたら……こんなことに……」

直ぐ側に居た村人の女性が、オレに説明してくれた。

良い人だったのに。オレは心の中で、手を合わせ、その村人に聞く。

「その女の子はどこへ?」

「たぶん、ここの最上階だと思うわ。連絡役の男がいつもそう言ってるから……」

最上階か……。オレは、場所を確認し、目的を更新する。

もう、時間がない。

こんな風に、潜入していったらあと何分経つか……。

かと言って、大暴れして言っても、ダメージを受けすぎるだろうし、なにより朱祢が危険になる。

いくつもの方法を、オレは考える。ふと、視界に一つのものが入る。外につながる窓を。

「……今なら、大丈夫か」

手を開いたり閉じたりして、感覚を確かめる。

オレは、そうつぶやき、最善と考えられる作戦を実行することにした。

「これ、外に出たら使ってください。そうすれば村の人が気付くはずです」

村人にそれを渡す。救援信号を送るための銃だ。あらかじめ村長に渡されていたもののひとつである。

「わかりました……貴方はどうするんですか?」

オレは、誰かを縛っていたであろう血のついたロープを担ぎながら応えた。

「ちょっと高い景色を楽しんできます」




 あれから、二回ゲームが終了しました。

左右から、二人の犠牲者を出し、一人は男性、もう一人は女性でした。

男性のほうは一人目と違い、命乞いを長くさせ、痛めつけてから殺したのです。

女性のほうは一人目と同じように、殺したあと、陵辱されたようです。

そして、今、五回目のゲームが終わりました。


私が……殺される番でした。


男は、銃に弾をこめながら、私のほうに近づいてきます。

「いや……いやぁ……!」

悲鳴に近い拒絶の声を、私は上げました。

情けないけど、懇願するように、拒絶するように、首を振ってしまいます。

涙は、枯れることなくあふれます。

「今までの中で、間違いなく一番の上玉だぜぇ。できれば、生きてるまま好き勝手したかったなぁ!」

興奮しきった声で、そう私に言ってきます。

欲望で固まった気持ちの悪い笑みを浮かべながら、私の身体を、ねっとりとした視線で、なめまわします。

恐怖、絶望、嫌悪、それら負の感情が、私の中で形を作っています。

そして、それは確実に私の全てを支配していました。身体は恐怖で震え、心は絶望に沈み、もう、壊れそうなくらい辛い状況でした。

男が、銃を構えます。

ハンマーを親指で引き降ろし、私の心臓の辺りに狙いを定めました。

男は、あえて直ぐ撃たず、私の悲鳴を愉しむつもりです。

そう……解っていても形を持った殺意に、恐怖に私は叫ばずにはいられませんでした。

「いやだよ……! 殺されたく、ないよ……! 悪人、なんかに……汚されたくない……」

どうしたら、こんなことにならなくてすんだのだろう……。

私は、封印が解けてからのことを、まるで走馬灯のように、思い出します。

紅さんを巻き込んだ。そして私の願いを教えた。でも、私は彼を騙し、それと隠し事もした。

……彼を信じきれてなかった。過去のトラウマだけでなく、純粋に信じ切れなかった。

そんな……この二日の出来事が、紅さんとのことだけが、鮮明に思い出されます。

引き金にかけた男の指に力が、こもります。

「……けて……」

身勝手だと知っていても、都合がよすぎると解ってしても、私にはその人以外に、神様やほかの何者にさえも、頼ることは望むことはできませんでした。

今の私には、彼しかいません。私が心の底から縋るのは、彼だけでした。


ああ、私は彼と一緒に世界を救う異常に……側にいて、欲しかったんだ。

「紅、さんっ……!」

まるで、祈るような、悲痛で、わがままな声で、その名前を呼びました。

でも、引き金を引く指は、止まることなく―――


その指の持ち主ごと、瓦礫の下につぶれました。


天井が崩れ、瓦礫の中で、私の目の前を炎が焼き尽します。男の悲鳴が土ぼこり越しに聞こえてきます。

この男に対する罰なのかもしれません。

ここに居る敵のボスと私達囚人以外が瓦礫に埋もれ、私の前に人影が飛び降りてきました。彼は、私に「もう大丈夫だ」と安心させるように、優しく微笑みます。

「……待たせたな」

こんな私に、紅さんは救いをくれます。彼を、信用しきれなかった私に。

「紅さん……っ」

より多い涙が、私の頬を伝います。さっきまでの恐怖ではなく……喜びの涙でした。

ああ、彼は、まるで、ううん、まさに……――ヒーローだ。私は、自分の心臓が、さっきとは違う動悸の早さになっていることに気づきます。興奮……? それに近いものでした。胸の奥のほうから、暖かい気持ちがあふれてきます。

ああ……とても、幸せだな。と、こんな状況で、そう思ってしまうのでした。




 牢屋の窓から、壁にナイフを突き刺し屋上まで上がり、窓からそっと中を確認しつつ、天井を手榴弾でぶち抜き。オレは朱祢を助けに来た。仮契約とは言え、身体強化されてなかったら絶対にしないだろう。時間を短縮できたが、とても疲れる。

オレは、朱祢の手枷を壊す。なるべく、朱祢に傷をつけないように。

……その紅いの瞳が、涙でぬれていて、ルビーが水で濡れながらも輝いているようだった。

悲しみで流した涙なのに、それがとても儚く思えてしまう。

それに、恐怖で出た汗が、白い肌を滑っていくさまや、同じような状態の腋はとっても扇情だった……。

ごめん、朱祢……! こんな状況なのに!

 朱祢を救いたい一心でここまできたせいか、なぜか朱祢に目が惹かれる。

その手枷をゆっくり丁寧に壊していたのが、今、終わった。

鎖を刀で壊すのは意外に難しい。

ずっとつま先立ちだったためか、手枷が外れた途端、倒れこみ、オレに身体を預ける形になってしまった。

その身体は、小刻みに震えていて、変に熱を帯びていた。近距離のため、朱祢の、女の子特有の甘い匂いがしてくる。石鹸だけでなく、たぶん汗の香り。それを意識して、変にドギマギしていると、朱祢がオレの服を掴み顔を埋めてくる。

「怖かった、怖かったよ……っ」

くぐもる泣き声で、オレにそういった。

間に合ったんだな。救うことができたんだな。そう安堵し、オレは紅葉の華奢な身体を抱きしめる。

「ごめん、遅くかったな……」

「ううん……助けてくれてありがとうございますっ……」

オレの服を掴み朱祢の手首には、痣ができていた。痛くて怖くて辛い目にあったんだ。

そう思うと、自分がもっと早く来られれば、奴らが朱祢を傷つけたという二つの怒りがわきあがってくる。

左手を朱祢から離し、アサルトライフルを持ち、他の囚人たちをつるしている鎖を撃ち抜く。このタイプは、両手が、別々になっているモノなので、鎖を断ち切るだけで問題ない。

……朱祢と扱いが違うのは解っているけど……。

ガラガラと瓦礫が崩れる音が聞こえた。オレはパッと朱祢から離れて、銃を構える。

一人の細い男が立ちあがっていた。装備が充実していて、装飾品が豪華なのでここのボスなのではないだろうか?

 オレは、とりあえず引き金を引いた。敵の顔を砕き、体をズタズタにする。

 しかし、男は立ったままだった。マガジンが空になるまで撃ったが倒れる様子はなく、血が溢れ続けるだけだった。

 そして、その血もおかしかった。赤色から突如黒い石油のような液体に変わるのだ。

「あ……ぅ……」

 うめき声と共に、右手を突きだしてくる。反射的に朱祢をかばいつつ伏せた。すると、さっきまでオレの頭が合った位置に、何かが襲いかかり壁を貫いた。

 ……黒い棒のようなものだった。それは奴の右腕を覆い、そこから伸びていた。

「もしかして……外から来た者……?」

 朱祢が起き上がりながら、呟いた。

「それって怪物なんだろ……? なんで人間がそれになるんだ?」

「わかりません……寄生されていたとか……」

 敵は腕を元に戻し始める。オレはそれがチャンスだと思い声を出した。

「みなさん! 今の内に避難を! 朱祢も逃げて。オレが何とかするから」

「……分かりました。紅さん、待ってますからね」

 辛うじて形の残っていた階段を使って皆が逃げていく。登ってるい途中に信号弾も確認したので、救助もすぐ来るだろう。

 オレは、問題を頭の中で一つ一つ解決して、目の前の敵に集中した。あの化け物の仲間だと言うなら、斬り捨てるのみ。

 抜刀し、一気に距離を詰める。今度は両手を前に突き出して攻撃してきた。それをしゃがんで避け、刀を上に向け、伸びた腕に突き刺す。そしてそこを起点に、刀を振るった。

 右腕の半分が斬れ、黒い血液が零れる。切断には至らず、相手の元へと戻った。しかし、右腕を見ると切れ目が入っているので、全く無意味ではなかったようだ。

 だが、このままでは倒しきる自信がない……。

 その時、強い風が吹いた。そういえば、ここって最上階だったよな……。

 一か八か、手段を思いついたのでオレは試すことにした。アサルトライフルを構え、ひたすら敵に撃つ。

 さっきよりも近距離だからか、ダメージはなさそうだが、後ずさっていた。これなら行ける。そう確信したオレはもう一度距離を詰めるために駆ける。

 そして全体重をかけた突きを食らわせる。

 ドン、という音ととに敵の体を貫き、黒い血液が噴き出す。そしてそのまま後ろに倒れ……床に倒れ込むことなく、外へ落ちていった。

 オレと一緒に。

 この高さから突き落とせば、この怪物もさすがに応えるだろう。だが、このままでは心中になってしまう。オレは、刀を引きぬくために、敵に脚を乗せ一気に蹴り飛ばす。その勢いで刀を引きぬき、砦の壁に突き立てた。大体二階辺りだ。怪物は腕を伸ばし何かを必死に掴もうとするが、宙を切るだけだった。

 そのまま落下し大きな砂埃と音を立てる。

 やったか……?

 砂埃が落ちつくまで、オレは刀をもち宙ぶらりんのまま、地面を見つめる。二分くらい緊張が続いた。砂埃が落ちついたころ、何かの影がうごめいた。

……どうやら落下ではダメだったようだ。切り込みを入れた右腕は千切れていたが、弱弱しくも経ちあがっていた。それに、黒い血液に体が覆われていて、人の部分はもうなかった。

まあ、この高さならやれるか。オレは振り子の要領で壁から刀を抜き、飛ぶ。

両手で刀を持ち、上段の構えを取る。飛ぶ先は、あの怪物だ。

敵は、落下するオレに気付いた様子はなかった。そして、怪物に向かって刀を振り下ろした。

重力による加速により、その勢いのまま、頭から股まで一気に怪物を切裂いた。大切断だ。

 断面から黒い鮮血が吹き出し、雨のように降り注ぐ。黒い雨……いやなものを連想させるな。

 顔についた感触が気持ち悪くて袖で拭くが、きりがなく、そして体中濡れたのでそれっきりで諦めた。

……毒とかないといいけど。

 一分も満たない時間で雨は止んだ。オレは刀を仕舞い歩き出す。

 すると、近くに馬車がやってくる。ばっと赤い影が飛び出してきた。

 朱祢だ。笑顔で、でも泣きながらオレの元へ駆けよってくる。

「紅さんっ!」

 と、感極まってハグしようとしてきたので、オレは一歩引いて「止まって」と言ってしまう。

 その行動にショックを受けたのか、「え……」と悲しそうな声をあげてかたまってしまった。

「いま、すっごい汚れてるからさ……朱祢の服を汚したくないなって」

「そ、そうでしたか。それなら今は我慢します。……砦の方に村人が押し寄せて盗賊たちは壊滅したそうですよ?」

「そっか。なら、よかっ――……」

 急に視界がくらっとして、ひざをつく。やっぱり、毒でも入って……。

 意識がブツンと切れた。




 目が覚めたら、見知らぬ天井を見ていた。すぐそばで朱祢が付きっきりで看病していてくれたらしく、ここが宿屋で気絶したオレを運んで来て貰って、村の医者が適切な処置をしてくれたらしい。

 あの黒い血液は人体になにも影響がないことは実証されていたようだ。

 つまり、オレが倒れたのはそれ以外の原因。限界以上に肉体を行使した疲労と、緊張状態が続いたことによる精神的な疲労のダブルパンチだったそうだ。

 そこから半日ほど経ち、窓の外から微かに黒い煙が上がっているものの火はほとんど収まったらしい。完全に収まったら、復旧活動が始まる。

 朱祢はつきっきりの看病で寝てなかったようでオレの太ももを枕にして寝てしまっていた。くーくーと言う可愛い寝息を立てて、可愛い無防備な寝顔で。

 その顔を見てるといやされて……でもドキドキして……。

 ああ、なんだ。オレ、朱祢のことが好きなんだ。そう気付かされる。ここまで朱祢を守りたい。救いたいって思ったのは、朱祢が大好きでたまらないからなんだ。

 世界を救うっていう大きくて儚い夢を持っていて、優しくて明るくて可愛い朱祢が好きなんだ。そんな、彼女の願いをかなえたいって、生きたいだけだったオレが恩とか言いわけにして支えたいって思ってしまったのだ。

 ……オレの生きる理由、生きたい理由になっていたんだ。

 そう思うと愛おしくて、思わずきれいな赤い髪に手が伸びる。さらさらしていて触り心地がいい。高級な絹の服のようだ。

 にしても、ずっと頭にかぶったままなんだなぁ……。なにか理由があるんだろう。気にはなるが触らないでいた。

 人間、誰しもコンプレックスはある。

 髪に関する悩みがあるのかもしれない。

 ……まあ、髪ふさっふさだし実際頭巾? も、もさっと髪の毛で少し盛り上がっているし禿とかそういう問題じゃなさそうだけど。

 しばらく撫でていると、朱祢が目を覚ましてしまった、

「ごめん、起こした」

「いいえ、気にしないで良いですよ。心地よかったです」

 朱祢はそういうとほほ笑んだ。やさしく嬉しそうに。まるで、恋人みたいな心底幸せそうな笑顔だな、と思った途端、顔が熱くなる。

「もっと……続けてくれませんか……?」

「……喜んで」

 ちょっと照れていることを隠して、もう一度朱祢の髪に手を伸ばし、優しく梳くように撫でる。

 気持よさそうな、幸せそうな顔が愛おしい。

「……きちんと、頭巾の下も撫でて貰いたいかもです。なので……紅さんに少しお話があります」

 朱祢はオレの手を包み込むように両手で握って体を起こす。

 その顔は真剣で……瞳は不安そうに揺れていた。

「……まず、一つ。少し騙していたことがあります。……お父さんに会えば帰る方法が分かるかも、についてですが……実は私の世界を救う旅の目的としてもお父さんに再開するのがまず一つでした。この三年間の間にお父さんが情報収集したものと、そこにたどりつくまでに見つけた情報を照らし、あの外から来た者を排除する手段を見つけようと……」

 そこまで言って、朱祢は俯く。

「大丈夫。目的が一致していたってやつだ、騙されたとは思わない。気にしなくてくれ」

 オレがそう言うと、朱祢は呟くように「ありがとうございます……」と言った。

 もう一度、顔をあげて朱祢は続きを話し始める。

「それともう一つ。話してなかったことがあります。……トラウマのせいにするのはずるいとは思うのですが、どうしても怖くて言いだせなかったんです。実は、私……」

 朱祢は、右手だけオレの手から離し、頭巾に手をかけ、外す。

 一緒に包まれていた髪がふわっとほどけ、頭巾の下からは――……。

「私、人間じゃないんです」

 

 ……――ケモノの耳が生えていた。


 ファンタジーでよく見る獣人、というものなのか……? 朱祢と髪の色と同じ赤毛と内側は白い毛におおわれた三角の耳だった。

 そして、スカートに、お尻に手を伸ばすとどこからか、尻尾が出てきた。上手くスカートの中に隠していたのかもしれない。

「……今までずっと黙っててごめんなさい。やっぱり半人は不気味ですか……?」

 その言葉が、朱祢が言いだせなかった理由の全てだろう。この世界では獣人……いや、半人というものは差別の対象なのだ。

言語は同じでも差別や争いはなくならず、か。

「いや、そんなことはない。オレの世界には、君のような存在は架空の存在だった。むしろ、嬉しいくらいだよ」

「本当ですか……?」

「ああ。オレの世界はもっと醜い。肌の色による差別、国による差別。そして同じ国の中ですら差別はあった。……だけど、オレは君を差別しないよ。……耳を、頭を撫でていいか?」

「……はい」

 オレは、小さくて柔らかい手に包まれていた右手を、朱祢の可愛い耳に伸ばす。もふもふだった。最初に触れたとき「ひゃっ」という可愛い声が漏れ、触れるたびにビクビクと朱祢の体が震えた。

「ちなみに、なんの半人なの? 犬?」

「オオカミです! がるるー!」

 質問すると、オオカミのモノマネをしてくれた。

「……本当に、良かった。紅さんに受け入れてもらえて」

 朱祢は安心したように呟く。オレの手をもう一度取ると、今度は頬に添えた。朱祢のほっぺは柔らかかった。

「大きくて……優しくて暖かい手です。私のために頑張ってくれた手……」

「でも……人殺しの手だ」

 朱祢を守るためなんて言い訳はしたくない。生きるために人を殺した。そういう男の手だ。

「でも、私にとってはヒーローの手です。見返りを求めたらヒーローでないなら、今、私に見返りを求めていない紅さんは、私のヒーローです」

 尻尾を振って、幸せそうに朱祢は言うのだった。

「……可愛い朱祢にそう言われたら弱いな。思わず、一緒に世界を救ってしまいそうだ」

 その言葉に尻尾をピンと伸ばし、同時に立ち上がり朱祢は声を上げる。

「本当ですか!?」

「ああ、本当だとも。……世界を救う手助けをさせてほしい。オレと、契約してくれ」

 オレがそう言うと、朱祢は涙を流す。

「はいっ……はいっ! 私と一緒に世界を救いましょう!」

 頬に触れているから涙がオレの手に伝う。暖かい涙だった。




「で、契約ってどうやるんだ? 血でなんか書いたりとか詠唱とかするの?」

「いえいえ、もっと簡単ですよ? ただ、ちょっとだけ恥ずかしいかもです」

 私と紅さんはベッドに座って向かい合います。

「で、では失礼します」

 私は、紅さんの左胸に手を当てます。心臓に触れるように。

 そして、彼の大きい手を……私の左胸に触れさせます。

 それだけで、触れている部分が熱くて……意識してしまって溶けてしまいそうです。

紅さんの顔を見ると少し赤くなっていました。

 ……そこまで大きい胸じゃないけど……異性として少しは意識してもらえてるのかな……?

「で、ここから、どうするんだ?」

「わ、私に任せてください。目を閉じて私の鼓動を感じてください……」

 何か恥ずかしいことを言ってる気がして、顔が熱くて汗が出てきます。

 気にしないように、彼の胸に、鼓動に私も意識を集中させます。彼の命を感じるように。

 そして頭の中でイメージするのです。私の心臓と彼の心臓……つまり心が見えない糸で繋がれる光景を。

「……紅さん、もう一度聞きます。私と契約して世界を……いいえ、私の側にいてくれますか……?」

「ああ、契約するよ。君の側にいる。世界を救う支えになるために」

 言葉と共に糸が私たちの間に紡がれ、そして心臓と心臓を結びつけます。決して離れない魔力の糸が。

 その瞬間、彼の心が、感情が流れてきます。それは、優しくて暖かくて、でも激しく甘い――……。

「こ、これで契約完了です。……なんとなく繋がりのようなものを感じませんか?」

「……言われてみればかな」

 ぱっとお互い手を離します。

「な、なんかお腹すいたな。ちょっと注文してくるよ」

「わ、わかりました。待ってますね」

 そう言って彼は部屋を出て行こうとした。その扉をしめる前に彼は言った。

「あと、契約もしたんだ。さんづけも敬語もやめてくれないか?」

「はい……じゃなくて、うん、分かった。これからは紅くんって呼ぶね?」

 おう、と彼は返事をすると扉をしめた。

「……う~……」

 彼が居なくなったのを確認してから、感情を爆発させます。ベッドの上で枕を抱きしめごろごろ転がるのです。

 契約をするとき、お互いの気持ちを少し感じる時がある。お父さんからそう聞いたことはありました。だけど、まさか……。

「まさか、あんなに優しくてドキドキする感情を向けられてるなんて……!」

 守りたいと言う強い気持ち、側にいてほしい言う激しい気持ち。人によって感情のズレはあるため、これを恋と断言することはできないけど……少なくとも紅くんに、いい感情を抱いてもらえている。

 その事実がたまらなくうれしかった。幸せだった。

 頬に触れた手の温もり、髪に触れた手の感触、今もはっきりと思い出して、幸せにつつまれる。

「ああ、私はきっと紅くんのことが好きだ。大好きだ……」

 ぎゅっと枕を強く抱きしめて私は呟いた。

 伝わって来た彼の気持ちが、保護欲に近いものでなく、恋愛感情だったらいいな、なんて思ってしまうのだった。少なくとも嫌われていない、むしろ好ましい気持ちを抱いているだろうと言う事実に、舞いあがりそうだ。尻尾が無意識に動く。

 半人種の私を受け入れてくれた紅くん、優しくてかっこよくて……私のために尽くしてくれる人。いつか私も、そのお礼ができたらいいな……。




 その日の夜、オレは寝つけずバキバキに割れたスマートフォンから小さな音で音楽を流していた。

 ……今更ながら人を殺した事実を受け止めきれずにいるようだ。寝ようとするたび、夢に斬った人間の断末魔が耳の中にこだまする。鼓膜に焼き付いているようだ。

 すると、音楽が止まり、スマートフォンの画面にバッテリー切れのマークが表示される。異世界じゃ、スマートフォンは使えないな。充電できないし。

 オレは、枕元にほっぽって寝っ転がる。

「……どうかしたの……?」

 朱祢が心配そうな声をかけてくる。今日は宿屋なのでベッドは二つあり、もう一つのベッドで寝ていた朱祢が眠気まなこをこすりながら、上半身を起こす。ピンクの可愛いパジャマに身を包んでいた。

「いや、ちょっと寝れなかっただけさ」

「……もしかして、昨日の戦闘のこと……? 人を、殺めたんだもんね」

「まあ……そんなところだ」

 どうやら察してしまったらしく、いい当てられてしまった。

 すると、朱祢はベッドから出てきてオレの方に寄ってくる。そして、オレの後頭部に手を回し、朱祢の胸に抱き寄せられた。昼とは違い、着物のような服越しではなく、もっと薄い布越しに、つつましいがきちんとある胸の柔らかさを感じる。

「あ、あかね……?」

「人をころすことって異常者じゃないかぎり、重荷になるんだと思う。正義のためだとしてもいけないことなんだて。……こうくん、わたしもいっしょに背負うから。わたしが側で、こうくんの手はただの人殺しじゃないって言ってあげるから」

 眠くて少し優しい声音に、暖かい朱祢の体温に、オレは心が落ち着いてくる。甘い香りと彼女の体温は、心を癒してくれた。

 このまま、自分を正当化してしまいそうなくらいに。だからこそ、強く自分は手を汚したことを意識することにした。

 だけど、受け入れてくれたこと、それだけで心が満ち足りた気がした。好きな人にだからというのもあるけども、自分がなんのためになら、人を殺せるのかを理解できた。

 朱祢も受け入れてもらったことで、幸せになれたのだろうか。

 この温もりのためになら殺せる。一殺多生の活人剣ならぬ多殺一生の活人剣でいい。自分の我儘だ。人を殺してでも守るなんて。でも、それでいいと思えた。

 朱祢が正しい道を歩めるならそれでいいと。幸せに生きてくれるならそれでいいと思ってしまったんだ。

 人殺しの理由は、朱祢のためなんかじゃなく、自分のエゴのためだと再認識して、オレは朱祢の背中に手を回し、呟いた。

「朱祢はいいお母さん……いや、いいお嫁さんになれそうだな」

「もう、なにそれ? 落ちついたっていうことなの?」

「ああ、すごくね。いい夢が見られそうだ」

「そっか……紅くんのためになれたなら良かった」

 すっと朱祢が離れていく。だけど、温もりはオレの腕の中に残っていた。

「じゃあ、おやすみ、紅くん」

「ああ、おやすみ、朱祢」

 オレは布団を被り、こんどこそ眠りにつく。


 オレは、オレのために刀を振るう。朱祢を守るために、この儚い少女を守るために、オレ自身のために守るんだ。


 一緒に罪を背負うと言ってくれたが、これはオレの罪だ。その言葉だけで罪の重荷を背負って往ける。


 オレが生きる理由には十分すぎる。自分自身のために、誰かを守りたいと思うなんて、最高じゃないか。


 愛おしい寝顔を見つめながらオレは最期の最後まで、彼女を守り抜くと他でもない自分に誓った。それが異世界にきた理由で、生きたいだけだった、死にたくないだけだった、オレの生きる理由なんだ。

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STAGE GEAR 綾崎サツキ @holic_maple

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