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青年はいつものように丁寧に心の傷を縫い上げた。少女は今まで出会った人々と同じように礼を言った。
「ありがとうございます。本当に心が軽くなったみたいです」
「それはよかった。でも本当に治ったわけじゃないからね」
「はい、分かりました」
彼女は笑顔でそう答えると、いつもの人々と同じように立ち去るのだと彼は思った。だがこの少女は違っていた。少女は立ち去らず青年の瞳の奥を覗き込むように、尋ねてきた。
「どうして心の傷を縫う仕事をしようと思ったのですか」
今ままで心の傷を縫ってきた青年は、驚きの眼差しで少女を見つめた。長い間心を縫い続けてきたが、このようなことを聞かれたたのは彼女が初めてだった。そこで青年は、なぜ自分が魔法の針と糸を持つようになったか、その一部始終について彼女に話した。もちろん、心の傷となった一番最初の些細な言葉についても、なぜかこの少女には一切残らずしゃべっていた。 すると少女は突然、わっと泣き出した。
「ひどいわ。そんなこと言われたら、誰だって傷つくわ。その人にとってはなんともない言葉だったかもしれないけれど、それでもやっぱりひどいわ」
そう言うと少女はまた泣き出した。
少女が自分のために泣いてくれている、その純粋な涙を見て、青年の心は、少しずつ、少しずつ、揺り動かされた。硬く固まっていたものが、心の中でほどけていく。けれども実際の彼の目には一粒の涙も浮かんではこなかった。代わりにその少女が幾千粒の涙を落としてくれていた。おかげで彼の心にあったひび割れた灰色の線はいつしか完全に消え去り、痛みを伴うことはなくなっていった。
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