Episode52 ~2つの決意~

「……よく頑張ったな」


「……うん」


 ガンとエリーシャとの死闘が終わり。優しい声色で発せられたカイの声が沈黙を破った。

 ノア達は今、円形闘技場コロッセロの脇道で座り込んでいる。

 ノアが口を開けなかったのは、僅か10分程度の戦闘だったのに衝撃的な事態がありすぎたからだ。


 《生成術せいせいじゅつ》の発覚。ペンダントの謎の力。

 特に前者の事を考えると、ノアは胸が締め付けられるような罪悪感を感じた。彼に《生成術せいせいじゅつ》を使わせてしまったのは、間違いなく自分の責任なのだから。


「……カイ。私の所為で……」


 ごめんなさい。と続く言葉を、カイはノアの頭を撫でて止めた。


「もし、ここにいられなくなったら……二人で中央エリアに向かおうか」


「……!?」


 予想外の言葉にノアが顔を上げて両目を見開いた。


「どうなるか分からないけど、記憶を取り戻せたら、そこで新しい生活を始めるんだ二人で」


 どこまで包み込むような優しい言葉に、奥底から涙がこみ上げてくるのを感じた。

 反面カイは、ふはっと笑うと。


「アンリには、怒られるだろうけどな……わっ!?」


 カイの身体を柔らかく暖かな感覚が包んだ。足の治療が終わったノアが、飛び込んできたのだ。

 口元にふっと笑みを浮かべながら顔の横にある艶やかな髪を撫でようすると。


「よォ」


 隣からぶっきらぼうな声が耳に入ってきた。気づけば、ノアが目に見えない速さで抱擁と解いている。指先で髪を弄りながら顔を赤くしていた。

 若干名残惜しさを感じながら、カイは声の正体に目を滑らせた。


「何か用か? ガン」


「少し言いたいことがあってな」


 少しも気まずさなど感じていない様子で、拳士けんしは言葉を続けた。


「お前は弱くねェ。他の奴はお前の見下すだろうが、戦いにおいてをお前は持っている」


 意外過ぎる言葉に、思わずえっ? と疑問符を浮かべるカイ。


「強ェ奴は力を誇示すべきだ。オレに勝ったんだ。お前の強さを全魔術師に見せつけてやれ」


 そう言って、カイはやっと彼の心意に気付いた。

 これは敬意だ。全力でぶつかり、尚も負けた敗者が勝者に対する彼なりの敬意なのだ、と。


「……ありがとう」


 カイは立ち上がり、彼に手を向ける。ガンがニヤリと笑い。

 剣士と拳士けんしは、お互いに固い握手を交わしたのだった。



 ※ ※ ※



 グラーテ魔術学園の学長室。

 数分前に魔術決戦トーナメント予選が全て終了したというのに、各クラスの講師たちがその部屋に集っていた。


「本選に出場するのは、アン・リーネットとノア・エルメル。

 そしてノア・エルメルのペアであるカイ・フェルグラントが外部保有者アウターだと発覚した。間違いないかね?」


 長机の最奥に腰かける学長のへイヴが厳かに口を開いた。そして一番近くに座っている教頭と思わしき人物がそれに応える。


「左様でございます。既に予選に参加した生徒には他言はしないよう伝えております」


「思わぬ所から情報が洩れるのも時間の問題かもしれんなぁ。

 事前に気付けなかったものかね。スィート講師?」


 学長席と対角に位置する講師たちが座っている場所。その一角にスィートが立ち上がった。


「……カイ・フェルグラントは実技でも威力が極端に弱い違和感はありましたが、個性だと思い報告していませんでした。申し訳ございません」


 深々と頭を下げるスィート。そんな彼にへイヴは更に厳しい言葉を投げかけた。


「過ぎた事は仕方がない。一先ひとまず、彼がこの学園に存在している事実は隠さなければならん。

 即刻退学と補填の手続きを進める。ノア・エルメルの方には、異例ではあるが新たなペアを申請してもらう」


「お待ち下さい!!」


 バン! という机を叩く音と共に叫び声が学長室に響いた。声の主は当然、スィートその人だ。


「……彼は実力で本戦の出場権を勝ち取ったのです。それを破棄し、なおかつ退学というのは、あまりに酷ではありませんか?」


 その言葉に応じたのは、学長の隣にいる教頭であった。


「君は新任だから知らないだろうが、魔術式典は空挺軍だけでなく、様々な重鎮が視察しにくるのだ。当然、我が学園に援助している人物もいる。そこに外部保有者アウター……いわば失敗作を見せろと?

 そうしたらこの学園がどうなるか、分からないわけはあるまい」


「彼が外部保有者アウターだとしても好成績を残せば、誰も落ちこぼれなんて思わないでしょう。あの二人は絶対に本戦で結果を残してくれます。

 一同見たはずです。彼の決死の行動を! それに呼応してノア・エルメルが目覚ましい活躍を見せた姿を!」


「…………」


 スィートの訴えに講師一同と教頭が口を閉ざした。そう。予選を席を外して見ていなかった学長以外は、あの死闘を目撃しているのだ。

 仲間を死に物狂いで助ける魔導士たる行動を。普通なら勝てるはずのないペアに勝利ジャイアントキリングしてしまった生徒の姿を。

 それを見て、心が少しでも動かされなかった者はいないだろう。


「むしろ好機なのです。

 彼らが本戦で結果を残せば、グラーテ魔術学園はたとえであったのとしても、高水準の魔術師に成長させる技量があるとアピールできるのではないでしょうか」


 今度は学長の眉がピクリと動いた。スィートはそれを見逃さず、間髪入れず頭を下げて言う。


「責任は全て私が取ります。どうか、どうか寛大な処置をお願い申し上げます」


「…………よかろう」


 たっぷり数秒置いて、学長が重い口を開いた。そして、ただしと前置きして続ける。


「結果がそぐわなかった時は、全ての責任を君に押し付けさせてもらう。我々は何も知らなかった、責任は管理不足の君にあるとな。それで問題ないかね?」


 まさに悪魔の取引だ。成功すれば全て学園側の手柄となり、失敗すれば責任を全て押し付けられるのだから。


「……承知しました」


 しかし、スィートは決然とした意志を両目に宿らせながら、力強くうなずいた。

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剣の生成術士と記憶回廊(メモリーロード) はまち @hamati

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