夕暮れ

細矢和葉

あなたは今日、

 「律ちゃんは、今日幸せだった?」


この子は何を言っているんだろう。


 日直の仕事が遅くまで終わらなくて、日が傾いてやっと帰ろうとしていた私のところに、同じクラスの何某とかいう女子が声をかけてきた。普段は必要なこと以外話さない間柄で、でも家の方向が一緒だったから自転車に乗った後ろ姿はよく見ていた。


そんな子が、何故か今日は自転車を押して私と一緒に歩いている。何故だろう。部活の終了時間と重なってるのは分かるけど。


「うーん……別に普通かな」


その問いにはとりあえず、曖昧に笑ってみせた。こういう笑い方って、地味な人間に共通の特技だと思う。


「えぇー。誰に聞いても『普通』って言うんだけどー」


ケラケラと笑う。そうだ、この子はいつも笑い声を響かせている。明るくていいな。それからその子は息を吸うと、


「私は幸せだったよ!」


はぁ。それを言うためについて来たのか。

 それでも、明るく告げたその言葉が、嫌味っぽく聞こえないのはどうしてだろう。この子の人柄のおかげかな。


「何かいいことでもあったの?」


そう聞くのが一般的だと思ったから、私はそう聞いた。


「えーっとね、特になかった」


また笑う。本当に幸せそうな笑い声だ。


「でも幸せだったんだ?」


話が止まらないように、あくまで当たり障りのない質問を重ねてみる。

うん、とその子は頷いて、


「ご飯が食べられて、学校行って、部活行ったら十分かなって!」


そう言った。

 考えることなく食事をして無意義に学校に行って、そんな私と、行為自体は同じことをしているのに?

 ああ、と少し思うことがあって冗談めかして訊いてみる。


「部活に、好きな人がいるんだっけ?」


「そうそう、あはは、私自分で墓穴掘っちゃった」


その明るい話し方に、私とは対照的な生き方をしていて、対照的なものの考え方をしていることがよく出ていた。

 羨ましい。

 そんな話をしているちに、分かれ道にたどり着いた。私は右に、その子は左に行く道だ。


「じゃあ私、こっちだから! じゃあね」


そう言うと、その子は自転車に跨って行ってしまった。

 気がついたらもうすっかり暗くなっていた。 家の方に曲がって、ゆっくりと歩く。

 空には星が見えた。吐いた息はもう白くなる季節だ。それから、あの子の言葉をもう一度なぞってみる。



「今日、幸せだった?」

なんかいいなって思った。

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