ビヨウヤナギの約束
あたしの話を聞いてくれる?
それはまだ、あたしたちのクラスが平凡で平和だった頃の話。
**
確か六月の中旬ぐらいだったと思う。
雨が降っていた昼休みだった。晴れていれば外にバレーをしに行くけど、雨だったから仕方なく教室に残ってて暇潰しに本を読んでいたの。
「面白そうなの読んでるね」
本から視線を声の主に移すと、水野だった。手には数冊の本があったから多分図書室の帰りだったのだと思う。あたしの横を通りすぎて、前の自分の机の上に本を置くと、席に座りつつ後ろを向いた。
「うん、誕生日辞典。なんか色々載ってるの。水野はなに借りてきたの?」
「適当に写真付きの詩集。次の絵のヒントにならないかなーって」
「美術部だもんね」
「こんな本より、エリーの本の方が面白そう。誕生石とかは知ってるけど。へー、一日事決まってるんだ」
「そうなの! あたしこういうの好きなんだよね。読んでて面白いし。そうだ、水野の誕生日っていつ?」
「九月二十日」
その日のページをめくり読み上げる。
「花は彼岸花。花言葉はまた会う日を楽しみにだって。彼岸花かぁ、不吉そうなイメージだけど、明るい花言葉だね」
「そうだね。割りと好きな花だし嬉しいな。他には……へー誕生酒なんてあるんだ。なんかおしゃれだね」
「ほかにもお寿司とかあるんだよ、おかしいよね」
「本当に色々あるんだ! ねぇ、エリーのはどんなの?」
「私? 私はね六月三十日で、ビヨウヤナギ。花言葉は気高さだよ。花はあんまりメジャーじゃないけど格好いいでしょ」
「うん! 楽器やってるエリー格好いいし、わかる気がする」
「そうかぁ? オメーのどこに気高さなんてあるんだ?」
後ろから声がして振り替えると内田がいた。
「ありますー。ちょっと乙女の会話に入らないでよ」
「どこに乙女がいるんですか~」
「ここにいるでしょ~。目が悪いんですか~」
「こらこら喧嘩しないの。……ねぇ、内田君、誕生日いつ?」
「えっー水野、こいつも調べんの?」
「いいじゃん、折角だし。で、いつ?」
「……五月六日」
パラパラと捲り読み上げる。
「オダマキ、勝利への誓い。アンタには程遠い花言葉だね」
「そんなことねぇよ! 誓ってるわっ!」
「否、意味わかんないよ内田君」
「あーもう、うるせぇ! 吉田! お前いつだっけ!」
丁度どこからか帰ってきたらヨッシーにまで飛び火した。
「え? は? 何が?」
状況が飲み込めていないヨッシーは、きょとんとした顔であたしたちを見つめていた。
「誕生日。今、皆の誕生日花を調べてるの」
水野がフォローすると納得いったのかいってないのかわからないが、「十二月二十九日」と答えた。
「えーと、鬼灯、ごまかし。あー、ヨッシーだわ」
二人もヨッシーの顔をみて「あー、わかる」と同意した。
「えっ、何その反応。傷つくんだけど」
不本意ですという言葉を隠そうともせずに顔に出ているヨッシーを笑ったところでチャイムが鳴った。
「次なんだっけ?」
「理科でしょ、小橋先生の」
「あれ、今日移動教室じゃん」
「やばくない? 急ご」
慌ててバタバタと準備して、皆で教室を飛び出した。そんな落ち着きがなくて、笑いがあって、皆がいる当たり前の日常が楽しかった。
「やっぱ広報班は飽きないなー、楽しい」
水野が笑って言っていた。
「ずっと続けばいいのに」
「受験したくねー」
内田の叫びにあたしたちは笑って同意した。
「ねぇ、水野!」
「なぁに?」
「お酒のめるようになったらさ、さっきの誕生日酒、一緒に呑みに行こうよ」
あたしの提案に水野は嬉しそうに笑っていた。
「良いね、タイミング的には、成人式の後のクラス会かな? 自分の誕生日のお酒を呑むなんて憧れる」
「卒業しても会おうね。約束だよ」
「うん、もちろん」
確かにあの六月にあたしたちは約束した。
それが果たされることは永遠に無くなってしまったけど。
**
「だから、生川はカクテルを二つ頼んだのか」
ヨッシーが納得したような顔をした。成長しても思っている事が顔に出る事が変わってなくて安心する。
「うん、折角皆でいるし、成人したんだし。約束果たせたかな?」
手元には私の誕生酒の青色のカクテルと水野のレモン色のお酒がキラキラと光を反射してテーブルを彩っている。思いやりに満ちた白馬の王女、それが水野のお酒の言葉。水野らしい言葉だと思った。
成人式の後のクラス会。皆が近況を楽しく語り合っている中、あたし達広報班はなんとなしに、会場の隅っこに集まって飲んでいた。このホテルは料理はイマイチで、だがお酒は豊富な御蔭で会話は弾んだ。その流れでひょいと水野との約束を思い出し、あたしはバーテンにカクテルを二つ頼んだのだ。皆と再び集う、だけど一度しかないこの機会にあたしは、どうしてもあの子を呼びたかった。だってあの子がいないと広報班じゃないじゃん。
「いいんじゃねーの? 水野も喜ぶだろ」
内田はそう言うとビールを一気に飲み干す。こいつも中学時代からあんまり変わってない。
「そうだ、小谷。知ってる?」
あたしの向かいでちびちびと日本酒を呑んでいた小谷に声をかける。彼は、ヨッシー達と違って大人びた、落ち着いた雰囲気に成長していた。しかし、どこか少年の面影を感じて安心する。
「あんたとあの子の誕生日花、誕生日が違うのに実は一緒なんだよ。凄い偶然だよね」
小谷は少しだけ痛そうな顔をして、それから
「くだらね」
と、吐き捨てて水野のカクテルを勝手とって呑み干した。
彼岸花と葬送 小谷華衣 @tessen-hina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます