エピローグ


 

「ルイ様!おはようございます!」

「あ、う、うん。オハヨウ!」

 紺のジャケットを身にまとい、白いシャツに赤いネクタイを締めた類は街道を歩きながらもう何度もそんな声をかけられていた。

 声をかけているのは一般の市民であり、屋敷に勤めている使用人ではない。

 それなのに「様」づけされるものだから、なんとも落ち着かない。

 思わず片言になった類を見て、隣を歩くケイトがクスクスと笑った。

「……なんだよ」

「だって、ルイったらまだ慣れてないみたいだから」

 そう言いながらまだ笑っているケイトもルイと同じ服に身を包んでいる。

 念願だった士官学校の制服だ。

「そりゃ慣れないよ……。知らない人から急に声かけられるし、様づけだぞ?」

「ふふ、それは仕方ないよ。今じゃルイはみんなの英雄なんだから」

「だから、それは俺だけじゃないって何度も言ってんのに……」

「ふふっ」



 魔物討伐作戦からはや半年。

 意識を失った類が目覚めると、そこは屋敷の自室だった。

 一瞬すべてが夢だったのではないかと思ったが、全身に残る疲労感で起き上がることも出来なかった類のもとに、全身に包帯を巻いたルークがやってきてすべてが上手く行ったと伝えてくれた。

「そっか……じゃあ、もう生贄として死ぬ人はいないんだな」

 それにもう魔物に怯えて暮らす事もない。

 ほっと息を吐く類に「ありがとう」と礼を言うルーク。

「お前のおかげでこの国は救われた」

「何言ってんの、みんなの力だよ。俺なんて呪文唱えただけでなんもしてねぇし。それよりその怪我一体いつの?大丈夫かよ?」

「神殿が崩壊した時に少しな。フリードたちも皆、同程度の怪我は負ったがかすり傷だ」

「どうみてもかすり傷には見えないけど……」

「俺たちにとってはかすり傷だ。訓練ではもっと酷い怪我を負うことあるからな」

「うえぇ……マジかよ」

 できればそんな生活はしたくない。

 自分の進路も忘れてそんな事を思っていた類にルークが白い封筒を差し出した。

 宛名には類の名前。

 自分宛の手紙らしいと見て取って、受け取りながら「これなんだよ」とルークに問う。

 明らかな不審な目に、ルークはふっと楽しげに笑った。

「士官学校の学長からだ。ぜひお前とケイトに我が校へ入学して欲しいと」

「え?」

「よかったな。魔物を討伐したことで一気にお前の知名度と評価が上がった。今期からお前は士官学校の生徒だ」

「は、え?ちょっと待って、いろいろ急すぎてわかんない。俺、士官学校に入れるの?」

「ああ」

「試験は?」

「学長からの推薦ということで免除だ」

「それ逆に嫌だけど!フリードみたいなやつがいるとこに実力を伴ってない俺が行くとか地獄じゃん……。俺まだ騎士についての知識もそんなにないし」

「ははは!それを学ぶのが学校だろう。実力に関してはフリードの課題をこなしてきたお前なら十分勝負できる位置にいると思う。だから心配するな」

「そう、なのか?」

「ああ。推薦を貰えたことで入学試験をパスできるんだ。得したじゃないか」

「……そうかもしれないけど、命を張った代償が入学権利ってわりに合わなくないか?」

「まあそう言うな。それに未来は自分自身で切り開いていくのが普通なんだ。そこにチャンスが来たのなら掴んでおいて損はない。それに素直に学校にいけばフリードの指導からも離れられるぞ」

「俺、士官学校行くわ。すぐ行くわ」

「ははは!わかりやすいやつだ」

 フリードのスパルタ授業よりスパルタな授業などこの世には存在しないはずだ。

 フリードよりスパルタでなく、優秀な指導者に巡り合えたらいい。

(まあ、でも――)

「ん?どうかしたか?」

 急にうつむいた類の顔を覗き込むようにして腰を折るルーク。

 そんな彼に類はふっと笑って頬をポリポリとかいた。

「いや。なんだかんだ言って、フリードほど良い先生はいないかもしれないなと思ってさ」

 フリードは怖いし、これ以上ないくらいスパルタで、課題も山ほど出してくるけれど、いざという時は頼りになる男だ。博識で、剣も魔術も優秀。

 初めは思い切り嫌われていたけれど、努力はしっかり認めてくれたし、質問にはしっかり答えてくれた。

 強くて優しいフリードのもとで学べたことはこの先きっと活きてくると思う。

 彼がはじめての先生でよかった。

 そう素直に打ち明けると、ルークは「そうか」と優しく目を細めて笑った。

 それから腰を伸ばすと顔だけをドアの方へ向ける。

「だ、そうだぞマークス。よかったな」

「え?」

 まさか……恐る恐るルークの向こうを覗き込めば、どこか気まずそうなフリードがゆっくりと姿を現した。

 視線は類ではなく壁に向けたまま、歩み寄ってくる。

「え、今の、聞いてた……?」

 ルークの隣に並んだフリードにそっと問いかければ、「ウウンッ」とわざとらしい咳払いをされた。

それから表情を引き締め直したフリードがようやく類を目を合わせる。

「……どんな時も気配は常に読めるようにしておきなさい。でなければいつか痛い目に合いますよ」

「……はい、気をつけます」

 今まさに痛い目に合っただけに、フリードの言葉が心底身に染みた。

 反省して肩を落とす類の頭上から「ふぅ」と小さく息を吐き出すフリード。

 また呆れさせてしまったのだろうかとフリードの顔を盗み見れば、想像とは違い、フリードはルークのように優しく目を細めて微笑んでいた。

「士官学校への入学おめでとう。私の指導を受けた者として胸を張っていってきなさい。そして、立派な騎士となってきなさい」

 目の奥が熱くなる感覚に、思わず唇を噛み締めて堪えた。

 期待を込めて送り出される喜び。

 今日まで厳しくも優しく指導をしてくれた師のもとを離れる寂しさ。

 様々な感情が駆け巡る。

 気を抜けばこの場でみっともなく泣いてしまいそうだった。

 もう一度強めに唇を噛み締めて、類は力強く頷く。

「――はい」

 その言葉にフリードもルークも同じように頷き返してくれた。

 絶対に立派な騎士になって、今度は二人を支えられる存在になりたい。

(そう、思っていたんだけど……)



「ルイ様、今から学校かい?頑張ってね!」

「ルイ様!がんばってー!」

「ははは、ありがとう」

 士官学校の寮から学校までの道のりで歩くたびにかけられる声。

 応援してくれているのだから適当にあしらう訳にもいかず、手を振られれば律儀に振り返している。

「まさかまったく騎士に関係ないところで悩まされるとは思わなかった……」

 ぼそりと隣を歩くケイトにだけ聞こえる声で本音をこぼせば、またクスクスと笑われてしまう。

「――あ、ルイ。た、大変だ!今日僕、厩の掃除当番だった!」

「え!?今からだと走らないと間に合わないぞ!急げ!!」

「う、うん!」

 突然の告白に慌てて走り出すケイトを追いかける類。

 そんな類にまた街の住人から声援が飛ばされた。



 そんな様子をこっそりと遠くに止めた馬車の中から見ていたルークはフッと口角を引き上げて笑った。

「もうすっかり竜族の男だな」

 類が走り去るのを見届けると「出せ」と指示を出す。

「はい」

 ルークを乗せた馬車はゆっくりとその場を離れて行った。



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竜族の男 柚木現寿 @A-yuzuki

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