第9話 教師は行く
「ん? 音がしなかったか?」
「え?」
中年の警官はまだ若く新人の空気が抜けきらない後輩を引き留めていた。
厳戒態勢が敷かれているとはいえ、ボストン市内にはまだ多数の民間人がいる。避難誘導の為にはこうして市の警察も駆り出されるという事だ。
占拠された小学校の周囲十数キロはほぼ封鎖されているが、そこを境界線とした区域にはまだ人は多い。
「機械の音だ。重機でも動いているのか?」
中年警官はつぶさに周囲を確認していた。見渡す限り、そのような大きな音を立てるのは警察に配備されたポリスモービルぐらいだが、その貴重な機体も今では暴動を起こしかけた市民の鎮圧に忙しい。
だが、彼が耳にした音は、ポリスモービルが出すような音ではなかった。
「暴動を起こしてるバカが工事用のモービルを動かしたかもしれん。お前は、本隊に連絡しろ。俺は少し見てくる」
「わかりました」
中年警官は後輩に指示を送りながら、やれやれとため息をつきたくなった。
この数時間で、無茶苦茶だった。ここ暫く、ボストン市内は平和だった。騒ぎの好きなハイスクールの学生たちが酒に酔って暴れるぐらいしか事件もなく、それだって警官が駆けつければ大人しくなる程度のものだった。
それが、今では戦時下にあるような気分だった。彼自身、戦争を経験したわけではないが、崩れた街並み、怒号とサイレンの鳴り響く市街のありさまを見ると、そういうものなのだと理解はできる。
「全く、冗談じゃない。非番なんだぞ、今日は!」
愚痴を言いながらも職務に忠実なあたり、彼は良い警官なのだろう。彼は音の聞こえる方角を探した。それは、すぐに見つかった。
「美術館……いや、博物館か。なんで、こんな所から」
やはり作業用のモービルを動かしているバカがいるのか。
いや、それとも、実はテロリストが潜伏していて破壊工作をしているのかもしれない。どちらにせよ面倒であることに変わりはなかった。しかし、ここは市街地であり、未だ民間人が多く残る場所だ。問題の芽は早急に摘み取らねばならない。
「……ポリスモービルを待った方がいいか?」
博物館の入り口の扉は本来であれば、自動だったが、流石に今は電源が落ちているらしく、無理やりこじ開けないといけなかった。
彼はそのガラス製のドアに手をかけた瞬間、嫌な予感を感じた。
今、ここに入ると確実に面倒な事が起きる。そんな予感で頭がいっぱいになった。
「えぇい……!」
だが、そんなことも言ってられない状況だ。
彼は思い切って博物館の中へと踏み込もうとする。
その、瞬間であった。
彼のすぐ隣、轟音と共に博物館の壁が盛大に破壊された。
「な、なんだぁ!」
轟音と衝撃に煽られ、彼はその場で尻餅をつく。
驚く彼をしり目に、博物館の壁を突き破って出てきたそれは破片を踏み潰すようにして、分厚い右足を踏み出していた。
「あ、アーミーズ!? なんだってこんなもんがぁ!」
やはりテロリストか! いや、しかしなぜ博物館からそんなものが!
まさか、今日、博物館でアーミーズの展示会が催されていたことを、彼も知ってはいたが、その時はすっかり頭から抜け落ちていたのだ。
そして、彼がそのことを理解した時には、そのアーミーズ、ワイルドフッドは肥大化した両脚部のスラスターを吹かし、跳躍、一瞬にして規制線を飛び越えていった。
***
規制線を越えたワイルドフッドは着地すると、止まることなく駆け出す。機動兵器の基本は移動にある。立ち止まるなどという事は、自殺行為だ。
ワイルドフッドはその基本に従っているだけなのだ。
「やりやがったなぁ、ブレイク!」
ワイルドフッドのコクピット、コパイ用の後部座席に収まるジェラールは軽快に笑い、基盤を叩いていた。
「だが、スラスターの推進剤はこれで終いだ。連続二十秒、かき集めてこんだけたぁ、あの博物館もけち臭いな!」
ジェラールは負傷したとはいえ、元軍人だ。計器の見方ぐらいわかる。それに用務員になる前は自動車修理工も営んでいたのだから、この手のものには強かった。
特に彼の座るコパイ用のシートは主に、戦闘支援用のコントロールが集中しており、そこには各種燃料の残量や機体状況のチェック用のモニターがある。
その内、推進剤を示すメーターのメモリは真っ黒になっていた。つまり、カラである。
「しっかし、本当に大丈夫なのか? 鉄砲もないんじゃ、ハチの巣にされるぜ?」
同時にジェラールは武装チェックモニターに目を通した。だが、そこに武装の一つも表示はされていない。
それは当然ともいえる。いかにこのワイルドフッドがかつての主力兵器だったとしても、今は現役を退きさらには博物館送りにされたものだ。危険性のある武装が、装備されているわけがないのだ。
「問題ない。このワイルドフッドから続くアーミーズは基本的にユニバーサル規格だ。それに、工具がある。アーマーもな」
ジェラールの不安など鼻で笑うかのように、ブレイクは答えた。軍事型であれ、民間型であれ、アーミーズの基本は変わらない。細かなパーツ、形状の違いはあれど主となる部品は共通でないといけないのだ。
ゆえに、ブレイク達の乗るワイルドフッドは、少々風変りな姿をしていた。特徴的な肥大化した両脚はそのままであるが、特に上半身が見違えるように変化していた。
コクピット近辺を集中的に、両腕、関節を覆うようにごてごてと多様な装甲が張り付けられていた。それらはワイルドフッドの装甲ではなく、同じく陳列されていた他のアーミーズの装甲であった。
だが、それらの装甲は溶接されたわけでもなければ、そのような相互換性があるわけではない。いくつかはワイヤーで無理やり巻き付けただけであり、中には装甲を折り曲げ無理やり固定しただけのものもある。
不安定であった。事実、装甲越しにガタン、ガタンとぶつかる音や軋む音も響いて来る。
極めつけは各部にマウントされた工具であった。
「ハンマーに鉄筋用カッター、ノコギリ、ひえぇ削岩機まで持ってきたのかよ!」
ジェラールが上げたのは工事用のアーミーズが装備する工具である。その他にもワイヤーとフックも肩にぶら下げていた。どれも電源さえ流せば使用できる道具である。
「懲戒免職になっても知らねぇぞ」
「構うものか。そうれば今度は塾の講師にでもなるさ。いくぞ、ジェラール、舌を噛むなよ」
「へっ、誰にいってらぁ。お前さんこそ、見せてくれよぉ英雄の腕前をさ!」
「望むところだ……!」
ティーチャー・オブ・メタルアーミー 甘味亭太丸 @kanhutomaru
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