第8話 ワイルドフッド
「あぁ、そりゃ確かに英雄アサルト・ブレイクが復活するのは俺だって嬉しいさ。倅どもに自慢話の一つも出来て、涙が出てくる。感激するぜ。だがな、これはちょっとやり過ぎじゃねぇのか?」
結局の所、ジェラールはブレイクの勢いに飲まれ、それについていくことになった。今のブレイクは頭に血が上っている。ジェラールはそう感じていた。
だから、このような無茶な事をしでかそうとしている。
「アーミーズをかっぱらうだと?」
そう、アーミーズを強奪しようなどというバカげた事を、本気で実行しようとしているのだ。
「ジェラール、俺は一刻も早く子どもたちを助けたいんだ。彼らは戦争を知らない、いや体験させたくないんだよ」
機体を確保する。避難所を飛び出たブレイクはジェラールにそう告げた。未だ混迷を極めるボストン市街は乱雑し、混雑し、それらを規制するように警察隊のポリスモービルや軍の車両、兵士があちこちに姿を見せている。
二人はその合間を潜り抜けるように市街地を走っていた。作戦区域内に入らなければ、とやかく言われる事もないらしい。
というよりは、警察隊も軍の兵士らにもそこまでの余裕はないように見えた。
「そりゃ、まぁ、わからんでもないぜ? だがなぁ……」
「ジェラール。文句があるなら、降りても良い」
後ろでぶつぶつと小言を繰り返すジェラールにブレイクは多少の怒りをぶつけた。
しかし、言った後で、冷静になったのか、顔を伏せて、「すまない」と呟く。
「けど、理解してくれジェラール……俺たちが戦ってきたのは、こんなことが起きないようにする為だったんだ……」
「いや、良い。お前さんが生徒を大切に思ってるのは、俺だって知ってる。わけのわからんテロリスト連中に好き勝手されて怒り心頭なのもわかる。俺だって若い頃は名誉あるアメリカの軍人だった男だ。国民、それもガキに手を出すような連中はぶん殴ってやらないと気が済まねぇ。だがな、ブレイク。何をどうしたって、今の俺たちは一般市民なんだ。それに、機体なんてどこにも……」
そこまで言って、ジェラールはふと気が付く。ブレイクに後をつけて歩いてきたが、その方角にぴたりと当てはまるものが彼の脳裏によぎっていた。
「お前さん、まさかと思うが……」
何をバカなことを。
ジェラールは本気でブレイクは頭がおかしくなったんじゃないかと不安になった。
だが、当のブレイクはにやりと笑みを浮かべて、ジェラールの肩を叩いた。
「あるじゃないか。ずらりとアーミーズが並んだ、絶好の場所が」
「おいおい、マジかよ、冗談じゃねぇぞ。おい、ブレイク、お前、それやってることが連中と……」
「ジェラール」
ブレイクはがしりとジェラールの両肩を掴んだ。
「今は、緊急事態だ」
それだけを伝えると、ブレイクはズンズンと進行を再開した。
「なるほど、突撃野郎って事だな」
もうどうにでもしろと言いたげなジェラールであったが、彼自身も、わずかながらに口角が吊り上がっていた。
***
ブレイクとジェラールはまるで中世の城を思わせるような作りをした建物の前にたどり着いていた。だと言っても、その建物が事実、そのような時代に作られたわけでないのは誰が見てもわかるもので、そこは正しくは博物館と呼べるものだった。
しかし、展示されるものはその都度変わる。ある時はそれらしく美術品、ある時は企業用のブースが立ち並んだり、車のメーカーが自慢の新製品を並べたりもする。
そして、今の時期、その博物館に展示されているものは、アーミーズだったというわけである。
「マジでやるつもりかブレイク?」
ブレイクとジェラールは物陰に隠れながら、博物館の裏口へと回っていた。周囲に人の気配はないが、絶対とは言えない。まして、今は非常事態である。今から火事場泥棒をしようという二人だが、当然それに対する見回りというのもある。
それに、場合によっては博物館内部にまだ職員が残っている可能性もあったのだ。
「ここまで来て、引き返すわけにもいかないだろ」
「まぁそりゃそうだが……」
「行くぞ」
「おい、待てよ」
ブレイクは周囲に人影がないことを確認すると、そのまま裏口から侵入する。博物館内部はしんと静まり返っていた。
響いて来るのは外からの反響音ばかりだった。がらんどう、無人の施設特有の妙な肌寒さもある。
「こいつぁすげぇ……」
暫く道なりに進み、ホールに出る。
ジェラールはその瞬間、ずらりと並んだ多種多様なアーミーズに圧倒されていた。そこに展示されているのはどれも本物だった。
レプリカではない。正真正銘、戦場を駆け抜けた機体ばかりだった。
「おぅおぅ、こいつは傑作の呼び声が高いファルコンレーザーじゃねぇか! 隣にあるのはファントムブル、おぉ日本のタクロウまであるじゃねぇか!」
かつては軍人だったジェラールもそれらを見れば目を輝かせるのである。
赤と銀の装甲を持った細身の機体、ファルコンレーザーはその名の通り、高速戦闘を得意とした軽量型の機体であった。整備性も高く、極度の負荷にも耐えられる剛性を持ち合わせていた。
漆黒のファントムブルは重装甲ながらステルス性を重視した機体であった。真っ向から相反する思想を持ちながらも、一部特殊部隊では重宝された機体でもある。
白一色の日本製のタクロウは主だった性能に尖りはないが、多様なオプション兵装を装備することが出来る器用な機体であり、軍用から民間にかけて今なお現役で活動している。
その他にもアーミーズは様々あった。軍用、民間、それこそデモストレーション用の機能性を度外視した見た目だけの張りぼてだってあった。
「しかしなブレイク。こいつは壮観な眺めだが、こんな所に飾ってあるものがどんな役に立つんだ。鉄砲の一つだってありゃしないぞ」
そんなマニアなら涎が止まらないはずの光景を目の当たりにしながら、もくもくと先に進むブレイクの後を追いかけるジェラール。
ブレイクにしては珍しいと思った。
「そもそも燃料電池はどうするんだ?」
アーミーズの動力はバッテリーである。単純計算、連続十二時間の稼働が可能となる大容量パックであるが、実際に戦闘機動を行うと三時間程度のものとなってしまう。
そのあたりは未だ技術不足であるとされていた。
「この手の展示会には必ずパフォーマンス用にいくらか用意されてるはずだ。推進剤は怪しい所だが、アーミーズの基本は歩行だ。考えなくても良い。それに、武器なんてのは現地調達すれば良い……見つけた、やっぱりあったか」
淡々と説明をしていたブレイクはとある一機のアーミーズの前にたどり着いた。
「ワイルドフッド」
ブレイクが見上げる機体の名である。
アーミーズの基本はどこか細身であるが、この機体は下半身だけは異様に肥大化しているようにも見えた。上下のバランスの釣り合いが取れていないからそう見えるのだが、それを差し引いても、奇妙な姿をしている。
ずんぐりとした両脚はいかにもマッシブで、その名の通り『逞しい足』であった。
「ジェラール、近くに作業のワークモービルがあったはずだ。そいつを使ってかたっぱしから使える部品を集める。電池も探すぞ。時間がない」
アーミーズに限らず二足歩行のマシーンの要は足である。となれば、その足を強固に、そして拡張すれば安定性が増すのではないかという安易な発想の下で開発されたある種の実験機であったが、一時期はこれこそがアメリカが誇る主力として採用されていた時期もあった。
そして何より、この機体こそが、ブレイクのかつての愛機、そのシリーズであるのだ。
「連中め……何を考えているか知らんが、俺の生徒に指一本触れてみろ……ただじゃ置かない」
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