第7話 くすぶる魂
アサルト・ブレイク。
それは若き頃のブレイクの二つ名だった。がむしゃらに戦場を駆け抜け、生き残る為に奮闘していた。それが気が付けばそんなこそばい名前と英雄という大きすぎる肩書を手に入れてしまった。
その時の自分はまだ二十になったばかりだったと記憶している。
期待の星、エース・オブ・アメリカ、新時代の幕開け、その他にも自分を含め、戦場を駆け抜けた多くの兵士たちは様々な言葉で称された。良い思い出だった。
確かに、あの頃の自分は輝いていたのかもしれない。
もし、あの頃の自分であれば、今頃は……だがそれはありもしないイフの話にすぎないのだ。
一教師である自分には、この状況を打破することなど、不可能なのだから。
「軍は迂闊には動けなくなったみたいだな……チクショウ、ガキどもを盾にしてやがるんだ」
ジェラールはどこからか持ってきたラジオの電波を調整しながら、毒づいた。ノイズ交じりのせいでうまく音声が聞き取れないのだが、良い情報はなかったのだ。
「くそったれ、政府ももう少しましな場所を用意しろってんだ。俺たちゃ戦災者なんだぜ?」
ジェラールのぼやきは延々と同じ事を繰り返している。
彼らがいるのは簡易的な避難所だった。占領されたボストン市内から離れたスポーツセンターの体育館を一時的に開放しているのだ。多くの市民が不安な表情を浮かべていた。
しかしとりわけ、顔色が悪い集団がいた。女たちは目を真っ赤にして、まぶたを腫れさせ、うなだれているし、その傍らにいる男たちは女の肩を抱いたり、背中を撫でたりして、同じようにうつむいた表情を浮かべていた。
「あれは……」
ジェラールの小言を聞き流しながら、ブレイクはその集団に視線を合わせた。
ブレイクは彼らを知っている。子どもたちの保護者だ。面談や家庭訪問で見た顔がそこには集まっていたのだ。
「すまん、ジェラール。ここで待っていてくれ」
「ん? あぁ、わかった」
ジェラールも彼らの存在に気が付いたのか、頷いてくれた。
ブレイクは他の避難者たちの合間をすり抜けながら、保護者たちの下へとたどり着いた。
「みなさん……」
ブレイクはどう声をかけてよいのかわからなかった。
そんなブレイクに気が付いたのか、保護者の面々はその絶望に沈んだ顔を上げて、ブレイクを認めた。一人の男が立ち上がり、会釈をした。
「先生、ご無事だったのですか?」
その男はパーシーの父親だったはずだ。目元がよく似ている。ブレイク以上に大柄な男なのだが、物腰の柔らかい男で、温厚だった。
「えぇ、学校へ向かう途中、巻き込まれてしまって」
「そうですか……」
「あの、みなさんは……」
「見ての通りです……パーシーは、今日は社会見学だとはしゃいでいて、朝早くから学校に行きました。それが、こんなことに……」
パーシーの父は大きな肩を震わせて、顔を両手で覆った。そこにいる両親たちもみんな同じだった。
ブレイクはその光景を目の当たりにして、ますます言葉を失った。こんな時、かけられる言葉を彼は知らない。
「子どもたちは大丈夫です」、などとは口が裂けてもいえなかった。
(なんなんだ、これは……なんだ、この状況は……これじゃ、まるで戦争時代に戻ったみたいじゃないか)
フラッシュバック。今、その瞬間、ブレイクはかつての戦場に立っていた。今朝来ていた外出用の私服ではなく、アーミーズパイロットの軍服、そして小脇にはヘルメットバイザー。そして自分を見つめるのは、無数の子どもたちだ。言葉はわからない。虚ろな瞳で自分を見つめる子どもたちに感情らしいものはなかった。
子どもたちの周囲には死体の群れが折り重なっていた。みな、銃を持っていた。それは子どもたちの親だったかもしれない。兄弟だったかもしれない。子どもたち自身だったかもしれない。
そうだ、これは、過去の記憶だ。戦場を駆け抜け、敵を倒し、そして自分は……。
「おい、ブレイク!」
「え?」
背後からジェラールの声が聞こえて、ブレイクは我に返った。気が付けば、ぐっしょりと汗が全身から噴き出ていた。
「ジェラール?」
「ラジオを弄ってたらよ、また奴さんたちの演説が始まったんだ。そしたら……」
ジェラールはラジオの音量を上げながら、ブレイクに聞かせた。相変わらずノイズが酷いが、先ほどよりは声が聞き取れる。
『愚かなアメリカ国民よ。我らの要求はただ一つ。同志たちを解放せよ、即刻我が祖国から軍を撤退させよ。この要求が受け入れられない限り、我々はあらゆる手段を講じる。我らは怒りの鉄槌。神の怒りは、裁きとなり、貴様たちに試練を齎すだろう──』
機械で声を変えているのが丸わかりのものだった。
「ついさっき、軍が第二陣を出撃させたらしい。今度はアーミーズを使わない特殊部隊だったらしいが、それも全滅したようだ」
ジェラールはブレイクの肩を掴み、耳元でささやくように言った。その内容が保護者たちに聞こえないようにする配慮だった。
ジェラールはちらっと保護者たちを見て、聞こえていないことを確認するとまたブレイクに詰め寄る。
「どこで、そんな情報を仕入れたんだ?」
ブレイクは驚いた。ジェラールは噂に早い男だが、時々こういった信じられない情報までどこからか仕入れてくる。
「そこらへんウロチョロしてる兵士たちがいるだろ。あぁいう連中は戦友ってものをちらつかせれば警戒心を解く。親父だの爺さんだのの戦友だっていえばな。それに、あいつらも不安で仕方ないのさ。そこをつつけばな」
ジェラールはニヤリと笑った。ブレイクは呆れと感心が混ざった感情を浮かべた。こんな状況になってもジェラールのバイタリティは見習う所がある。
「ほら、あのいかにも新米って顔の兵士。あいつの爺さんはアフガニスタンで戦ってたらしくってな。俺も『アフガニスタンを思い出すぜ』って声をかけたら、イチコロだったよ」
ジェラールは自慢げだった。
彼は出入り口付近で見守りをしている兵士をあごで指し示した。その兵士は緊張で顔がこわばっているのがブレイクにもわかった。
「ジェラール、あっちで話そう。すみません、みなさん……その、すみません」
ブレイクは保護者たちに慰めの言葉の一つもかけられない事に後ろ髪を引かれつつ、ジェラールともといた場所へと戻った。
「第二陣が全滅したって話だが?」
着くなり、早々にブレイクは話を聞き返した。
「あぁ。派手に動けねぇって事で、歩兵戦力による潜入作戦があったらしんだが、潜入場所めがけてズドン。一発でお陀仏だったらしい」
「それはおかしい」
ブレイクは話を聞きながら言い知れぬ違和感を感じ取った。
「潜入、特殊部隊だろう? なんで、そんな情報が末端の兵士まで出回っているんだ」
「……あぁ、確かに。普通、ねぇわな」
「だろう? それに、そういう極秘の作戦がこうも簡単に筒抜けになるものなのか? 潜入作戦なんだろ、情報封鎖は厳重だ……いや、待てよ。そうだ、おかしいぞ」
「おいおいおい、ブレイク、何一人で盛り上がってんだ。俺はさっぱり話が見えてこねぇぞ」
「なぁジェラール。あの、怒りの鉄槌とかいう連中だが、どこのテロリストだ? 多少なりとも関係をにおわせる言葉があるはずだが」
「そりゃ、テロといや……あぁ、いや、待て、待てよ……どこの連中だ?」
ブレイクもジェラールも、そしてこの場にいる多くの人々もテログループの名前が『怒りの鉄槌』であることは知っている。それはなんども放送で本人たちが言ってきたことだ。
だが、彼らはどこの所属、どこの国か、などの言葉は使っていない。
「祖国だ、同志だという割には、具体的な指示がない。こんな大それたことをしでかす癖にだ……十五機のアーミーズ……いや、待てよ。確かいくつかおかしい動きがあった……あれは間違いなくタージェットではない……六機……六機だと?」
その瞬間、ブレイクの頭の中で信じられない線が浮かび上がった。
「そうか!」
「おい、どこに行くんだ!」
ブレイクは立ち上がり、避難所から駆け出す。ジェラールもその後を追う。
途中、兵士たちに止められるがブレイクは構う事なく、彼らを押しのけ、外へと飛び出す。
「ブレイク、どうしたんだ!」
「ジェラール、軍だよ」
「あぁ?」
何を言ってるんだという顔を浮かべるジェラール。彼にはブレイクの意図がいまだつかめないでいた。
一方のブレイクはもう己の中で確定した事実に息巻き、興奮していた。一秒でも早く、なんとかしなければいけないという義憤に駆られていた。
「あのテロリストは、軍人だ。それも、アメリカのな! だから、情報が漏れていたんだ。いくらテログループが入念な準備をしていても、ここまでの事は出来ない」
それこそが、ブレイクがたどり着いた、答えだった。
他人が聞けば何をバカな事をと一蹴されるような答えだが、ブレイクは確信していた。
「軍には任せておけない。情報が筒抜けじゃ、いくらやっても敵うはずがない。だったら……!」
そして、ブレイクは一つの決断をした。
「俺がやる!」
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