第6話 囚われた学校

 多くの人々がそうであるように、小学生たちにとっても朝早くに学校にこないといけないのは苦痛以外の何物でもない。まずもって気持ちのよい朝に早く起きるなんてとんでもない事だ。そこからママに急かされて服を着替えて顔を洗って、漫然と朝食を食べる。

 全く持ってこんな憂鬱な事はない。

 しかし不思議な事にそこまですると気持ちの切り替えというものはできるようで、子どもたちの多くはそこから元気よく学校へと登校していくのだ。

 パーシーはぞろぞろとやってくるクラスメイトに対して笑顔で挨拶を言った。


「やぁ、みんなおはよう!」


 なにより、今日という日は多くの生徒が楽しみにしていた社会見学の日だった。間近で巨大ロボットが見られる。たったそれだけの事だが、これは重要だ。

 いくらマシンに興味がない子でも、実物を見られるとなれば話も変わる。


「でも、こんなに朝早くから学校に来なくてもいいよなぁ、どうせなら現地集合がいいのに」


 パーシーはいつも調子に良い事を言う。かくいう彼は誰よりも早くに教室へとやってきていた。


「何言ってるの。こういうのは集団行動よ。勝手な事したら、今度こそ本当に行けなくなるわ」


 そんなパーシーの軽口に突っかかるのはメリッサだ。

 彼女は二番目に教室へとたどり着いた。その時のメリッサはあの不真面目なパーシーが自分より早く教室にいる事に少し驚いている様子だったのだ。


「それに、迷子になったって知らないからね」


 メリッサの小言に乗っかかるように合わせるのはつい先日まで喧嘩していたはずのルアン。小学生にしては長身で、どことなく大人っぽく見えるルアンはニヤリと笑って、パーシーをからかった。


「誰が迷子になるもんか」


 パーシーはちょっとだけムッとした。小馬鹿にされていることはわかる。


「あら、それじゃ現地までのバスと電車の経路、わかるの?」

「そんなのは人に聞けばいい話じゃないか」


 当然だろ? と言うように得意げになったパーシーだが、メリッサは首を横に振っていた。


「知らない人に声をかけちゃダメだって言われてるでしょ?」

「あ、あのねぇ、メリッサ。それは私としてもどうかと思うわ」

 

 いくらなんでも幼すぎる意見にルアンは首を傾げた。

 メリッサは何がおかしいのかわからないという風に首を傾げる。

 それをやれやれとパーシーが眺めて、そこに他の生徒たちも乗っかってくる。

 大体、これがブレイクのクラスで見られる朝の光景なのだ。


「おはよ」


 ややすると明らかに新品の洋服でめかしこんだアニーが眠たげな目をこすって教室へとやってきた。

 見事にカールしたヘアースタイルを見るに、ぎりぎりまでセッティングしていたらしい。アニーは自分が納得するスタイルじゃないと学校へはいかないと公言しているぐらいだった。

 その為なら平気で遅刻だってする。


「遅いじゃないアニー!」


 ぷりぷりとメリッサは頬を膨らませて、アニーを問い詰める。

 もうじきホームルームが始まるからだ。


「もう怒らないでよ、私のせいじゃないわよ」


 アニーはあくびをしながら、手をひらひらと振ってかわし、席に着いた。


「パパに送ってきてもらったんだけど、道が渋滞してたの。これなら歩てきた方が速かったわ」

「あぁ、そういえばなんだか街中で大人の人たちが喧嘩してたなぁ。事故ですって」


 さっと会話に割り込むのはおしゃべりなジェシーだ。彼女はまず落ち着くという言葉が似合わない。誰かまわず会話に入ってくるのだ。


「怖いわよねぇ、それに何人か先生も遅れてるみたい」

「そういえば、ママも今朝から電話の調子が悪いっていってな」


 うんうんと頷くルアン。

 すると、他の生徒たちも同じような事を体験したらしく、口々に話題を上げた。


「テレビが映らないんだって」

「信号がおかしかったよ」

「電車もいくつか止まってるみたいよ?」


 などと、生徒たちは信憑性は定かではない情報に包まれていた。

 そうして教室がにぎやかになった頃、全校に放送が流れた。それは朝のホームルームの合図だった。

 

「みんな、今日は大人しくしててよね」


 と、メリッサがみんなの顔を見渡して言った。

 誰も何も答えなかったが、一応、大人しく席には座っていた。そして、こつ、こつと足音が聞こえる。


「……あれ?」


 その時、パーシーはガタガタと机が震えていることに気が付いた。


「なんだろ?」


 窓も揺れている。他の生徒も気が付いているはずだが、誰も気に留めている様子はなかった。でもパーシーはなんとなく窓の外を見た。

 その時だった。

 ドドン、と何かが爆発する音、そして砕けて割れる音が続く。それは衝撃を伴って教室を震わせた。

 女の子たちは一斉に悲鳴を上げる。

 そして、ガラガラと勢いよく教室のドアが開かれ、全員の視線がそちらへと集中する。


「先生、何がおきたんですか!」


 みなを代表してメリッサが遅れてきたであろうブレイク先生へと問いかけようと立ち上がる。しかし、彼女の顔はすぐさま真っ青になった。


「あー……その、みんな、大人しくした方がいいかも」


 そこにいたのは、ブレイクではなく肥満体系のフランクリン……そして、彼の後ろには覆面をして、ライフルを持った謎の人物が、いた。


「悪いが、これからここは占拠させてもらうよ」


 覆面の男がそういうと同時に学校の校庭を踏み抜くように数機のアーミーズが降り立つ。


「全員、体育館へ移動しろ。今すぐにだ」


***


 ボストンの街は混乱していた。突然、アーミーズが襲撃してきたのだから仕方のない事だった。人々は、とにかく何が起きているのかを知りたがっていた。

 混乱と恐怖は人々の理性を崩すのには十分なもので、人の群れが、今では規制線が敷かれ、中に入ることも出来ない街への入り口に殺到していた。


「なぁブレイク、ブレイク! 生徒が心配なのはわかるが、何をするつもりだ」


 その人ごみに紛れるように、ブレイクとジェラールはいた。彼らも情報が欲しかったのだ。


「タージェットは古い機体だ。推進用のバーニアはあっても細かな姿勢制御用のスラスターは少ない。そもそもの運用概念とは違う、あんなもの、砂漠じゃ使えないからな」

「お前、何言ってんだ。こんな時に趣味の解説してる場合じゃないだろ?」


 ブレイクのアーミーズ好きは彼を知る者ならみな理解しているものだったが、ジェラールはこんな緊急事態にうんちくを流すブレイクに冷ややかな視線を送っていた。

 しかし、ブレイクは構わずに続けた。


「タージェットは悪名が広まってしまった機体だ。中東諸国の環境下で万全に活動できるような造りになっている。防塵能力は新型とくらべてもぴか一なんだ。それは余計な設計を取り込まずにたたひたすらにシンプルを突き詰めたからでもある」

「お前なぁ……確かにタージェットは古臭い機体だ、しかも安価で作りやすい分、テロリストどもも愛用している。あのクソ野郎どもだってそうにきまってらぁ」


 ジェラールの考えていることは、その場に居合わせた多くの人々が思う事でもある。タージェットという機体は大規模な戦争が終わってからは不名誉な機体として世界から見られていた。そのシンプルながらも優秀な設計思想がテロリストの扱う兵器としては最も有能なものになってしまったからだ。


「それがおかしいんだよジェラール。あの十五機のタージェットの動き、洗練されてると思わないか?」


 しかし、ブレイクの思惑はその一般的な見解からずれていた。


「手前六機、部隊を率いているように見えた。あれは、軍隊の動きだ」

「そりゃお前、テロリストだって中には軍人から落ちぶれた連中もいるだろうが……」

「鮮やかすぎるんだよ。あいつらは、何か、こううまくは説明できないけど、普通じゃない」

「そりゃそうだ。アメリカの古き街、歴史あるボストンのど真ん中でドンパチやらかす連中だからな!」


 ジェラールは唾を吐き捨てるように言った。彼自身も怒りが渦巻いている。このような横暴な事を許せる程、ジェラールも呑気ではない。


「それにな、ブレイク。俺としちゃ、連中が誰だろうが何だろうが知ったことじゃないんだ。だが、こんな無法を許すわけにはいかんだろ。だが、俺たちはもう軍人じゃねぇ、一般市民だ。どうすることもできねぇよ」

「それは、そうだが……おい、ジェラール、あれを見ろ」


 不意に、ブレイクはヘリのローター音を聞いた。数は三台、空を見上げるとそこには大型の輸送ヘリが飛翔していた。軍が使っている輸送ヘリ、ドールハウスを大型化したものだ。

 そこには未だ軍の主力として活躍するスタンド・キャットの六機分隊が吊るされていた。


「近くの駐屯基地の連中か! 流石はアメリカだ、迅速な動きだぜ!」


 ジェラールが歓声をあげた。他の多くの人々も同じだった。

 声援を受けるように三台のドールハウスはボストンの街へと進行し、パージされる。


「へ、タージェットとスタンド・キャットじゃ世代差がありすぎるぜ。タージェットじゃ逆立ちしたってスタンド・キャットにはかなうわけ……」


 しかし、彼らの歓声は一発の号砲でかき消されることになる。

 それと同時に降下中のスタンド・キャットが二機諸共撃墜され、爆発炎上した。


「狙撃……!」


 ブレイクたちが唖然と眺める中、無防備な降下中を狙われ、もう一機が撃墜される。地上に降り立ったのが三機だけだった。たった数秒の事である。それで、分隊は壊滅的な被害にあったのだ。


『――は、怒りの鉄槌である』

「なんだ?」


 スピーカーを通した声が何かを言っていたが、ブレイクはうまく聞き取れなかった。声と共に新たな狙撃でまた一機撃墜されたからだ。

 残り二機となったスタンド・キャットは明らかに動揺していた。戦場は遥か前方の事なのだが、ブレイクはその動きを理解していた。


『我々は怒りの鉄槌である。アメリカ国民よ、我が神の怒りを受けるがよい。我々は怒りの鉄槌である……』


 あらかじめ録音されたテープを流しているようだった。なぜそんなものが聞こえるだろうかと思ったブレイクは、その声が複数の方角から聞こえてくる事に気が付いた。


「電波ジャックか……」


 それはラジオ、テレビ、とにかくあらゆる通信手段を通じて聞こえていた。テレビ画面には血にぬれたような赤い点で幾何学的な模様を描いた白い旗がはためいていた。


『愚かな国民よ、我らの神の怒りを思い知るがよい』


 撤退を決めたらしい二機のスタンド・キャットが背中を見せていた。

 ブレイクはそれを見て「素人か!」と罵倒した。案の定、彼が予想した通り、二機は背後からの狙撃を受けて、撃墜されていく。

 それを狙ったかのように、映像媒体には新たなシー映されて出されていた。その瞬間、ブレイクは言葉を失った。

 そこに映されていたのは、ウィット・ビークス小学校だったからだ。


「そんな……」


 学校を取り囲むように四機のタージェットがいた。他の機影は見当たらない。先ほどの狙撃を見ると、各機配置についているのだろうと推測出来た。


『我々は怒りの鉄槌である。アメリカよ、貴様たちは愚かだ。我が神の前では貴様たちなど無力に等しい。だが我が神は寛大である。我々の要求をのみさえすれば、子どもは解放しよう』


 その後、繰り出された要求は典型的なものだ。捕虜の解放、駐留軍の撤退、身代金。それがなされない場合は学校を破壊し、人質を皆殺しにするというものだ。

 しかし、ブレイクはそんな要求など聞いていなかった。


「子ども達が……!」

「お、おいブレイク! どこに行くんだ!」


 飛び出し、規制線を越えようとするブレイクをジェラールは制止する。しかし、右足の不自由なジェラールでは思うように力が入らず、ブレイクに引きずられていく。


「おい、誰かこいつを止めてくれ、冷静じゃない!」


 ジェラールの声に警察隊が駆けつけ、ブレイクを取り押さえた。


「放せ! 俺の生徒が危ないんだよ!」

「ブレイク、落ち着け、ここは軍に任せるかねぇよ!」


 軍隊に任せる? さっきあれだけの無能を演じた軍に? 冗談じゃない。

 ブレイクは頭に血が昇っていた。下手をすれば、生徒が危険な目にあう。目の前であっさりと倒された連中には任せておけない。そんな怒りが、ブレイクの冷静さを砕いていたのだ。

 しかし、数人の警察に阻まれては、ブレイクも何もできなかった。


「放せぇ!」


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