第5話 レイド・デイ・モーニング

 翌朝。

 ブレイクは早くに目が覚めていた。とはいえ、学校に行くにはまだ早すぎる時間でもある。コーヒーを淹れ、朝食のトーストをかじりながら、ブレイクは今日の社会見学の日程を再確認した。


「バスは八時に出て、電車は九時発……」


 運賃の計算はもう終わっているのだが、この手のものはもう一度確認しないと不安になる。まぁどちらにせよ、金の管理は自分ではなく別の担当教諭がやっているので、今更心配しても仕方のない事ではあるが。

 テレビの電源を入れると、ニュース番組がやっていた。


『……このように、ルーファス大佐はテロリズムに対して怒りを述べていました。ルーファス大佐は今回の事件で六名の部下を亡くしており』


 そういえば、エネルギープラントがテロで爆破されたという事件が大々的に報道されていたなとブレイクは思い出す。昨日の職員会議でもその事は話題になった。気にしていないのは子どもたちぐらいなものだ。


(テロか……)


 コーヒーを飲みながら、ブレイクは作業の手を止めた。ニュースも半分以上は聞き流している。


(世界戦争は、なくなったと思いたいが……それでも火種は未だにくすぶっているか)


 かつて、軍にいた頃はスクランブルなどしょっちゅうであった。それほどまでに諸外国の軋轢は大きく、利権、政治思想などのややこしい問題が多発し、それが武力衝突にまで発展していた。

 各国は表立った対立はしていなかったが、それでも水面下では代理組織を結成しては戦争行為を誘発していた。

 そんな中で、ブレイクはパイロットをやってのけたのだ。


「ルーファスか……こいつもずいぶんと出世したもんだ」


 残り少なくなったコーヒーを一気に飲み干したブレイクはテレビ画面で繰り返し流される一人の若手将校の顔を懐かし気に見つめていた。

 ルーファス大佐だ。しかし、ブレイクは彼と直接顔を合わせたことはない。戦線が全く別だったし、指揮系統も違った。お互いに顔と名前ぐらいは一致しているかもしれないが、それもブレイクの勝手な憶測にすぎない。

 確か、自分と同い年で、同じ時期にパイロットとして活躍していた男だ。軍に残っていたというのは知っていたが、大佐にまでなっていたとは思わなかった。


「俺も今頃はあぁなってたのかね」


 自分も軍に残っていた場合、どうなっただろうか。

 階級章を肩に下げて、こんな具合にテレビに映っていたのだろうか。


「いや、ないな」


 ありもしない妄想を断ち切るように、ブレイクはテレビを消し、食器を流し台へと運んだ。手早く水洗いしてから、自動洗浄機に放り込む。科学の発展は一人暮らしの男の生活すらも快適にした。家に戻ってくる頃にはピカピカになっているというわけだ。


「なんだ?」


 自宅の外からいくつかのクラクションが鳴った。だいぶ焦ったような感じがした。ブレイクは荷物をリュックに詰めて、キーを片手になんとなしに外へ出た。自宅近くの交差路、信号のあたりで二人の男が言い争いをしているのが見えた。

 大方、どちらかが信号を無視したのだろう。それに釣られたのか、数台の車も同じような事になったらしい。どうやら接触事故は起きてないようだ。

 朝からそんな喧嘩が聞こえてくるなんて少し、気が滅入る。俺は注意しないとな。ブレイクはそんなことを思いながら、愛車に乗り込んだ。


***


 その日。三機の空中輸送機がボストンの領空内に侵入していたが、民間の航空機関はおろか、周辺基地ですらその情報を掴めていなかった。

 輸送機はするすると防空圏の合間を潜り抜けるように、上空を飛行していた。機体はステルス機能を搭載しているが、それでも、レーダーというのは日々進歩している。完全なステルスは期待できない。

 だが、輸送機は大胆にもローガン空港への着陸を試みていた。

 通常、そのような事態はありえない。しかし、そのありえない事が起ころうとしていた。


「……?」


 初め、その異常に気が付いたのは若い管制官であった。まだ配属されて日も浅く、緊張故に情報の取り逃がしのないように勤めていた。だから、ほんの一瞬だけ捉えた異常に彼は気が付く事が出来た。


「先輩、これ――」


 その刹那、管制塔は炎に包まれた。

 若い管制官も、声をかけらた先輩も、その一瞬で何が起きたのか理解できないまま、消えていった。

 そして、その燃えさかる管制塔を蹴り上げるように、十五機のアーミーズが輸送機から続々と降下していた。

 黄土色に塗装され、丸っこい全身を露わにしたのはタージェットと呼ばれる旧式の機体である。その丸みを帯びた装甲は防弾性能に優れており、正面装甲も厚い。だから、管制塔の残骸にぶつかったところで、びくともしない。


 十五機の大部隊からなるタージェットは各々に装備したアサルトライフルを四方八方めがけて乱射した。餌食になるのは飛行待機中であった旅客機が三台のみ。

 それが終わると、アーミーズたちは真っすぐに空港を駆け抜けるように突き進む。

 それは、わずか二分足らずの出来事であった。


***


 同時刻。


「渋滞なんて、冗談じゃないぞ」


 ブレイクはいら立っていた。早めに出発したはずなのに、なんでこうも渋滞にまきこまれるのかがわからないからだ。


「あぁ、やかましい! クラクション鳴らせば空が飛べるわけじゃないだろ!」


 道路のあちこちからは苛立ちを加速させるクラクションが鳴り響く。既に車外に出て取っ組み合いを仕掛けている連中もいた。

 普段、この道はここまで混雑するような場所ではない。確かに、今日は色々とイベントの多い日だが、それでもこれは異常だ。


「時間は……まずいな」


 ブレイクは腕時計を確認した。時刻は7時15分。ギリギリだった。

 これは、少し遅れるかもしれない。最悪、自分は置いていってもらって現地集合の方が良いかもしれない。


「こんなことなら、自転車通勤にするんだったよ。お袋の言ってることは間違いじゃないな」


 遠いコロラドの田舎に住む母からそんなことを言われた事を思い出す。口うるさい母だが、今まで彼女の言ってきたことに嘘はなかった。

 そんなことを思い出しながら、ブレイクはとにかく学校へと連絡を入れるべくスマートフォンを取り出す。履歴から学校を選んでコール。


「……ッ!」


 バババ! とノイズが走った。その音が鼓膜を震わせるせいで、ブレイクは思わずスマートフォンを手放す。


「なんだ?」


 今朝から、何かが変だ。言い知れぬ不安感がブレイクを包んでいた。信号の故障が原因の衝突未遂事故、ありえない渋滞、そして電波障害。

 ブレイクはスマートフォンの通話を切りながら、窓をあけ、車外を覗く。渋滞の原因かどうかはわからないが、信号がめちゃくちゃだった。赤青とランダムに切り替わっている。

 いやそれだけではない。よくよく見れば、その場にいる全員が携帯機器に異常をきたしている様子だった。しかも街中の家電製品もノイズまみれだ。


(これは……電波妨害じゃないか?)


 その時、ブレイクは無意識にそんな単語を思い浮かべていた。


「おい、ブレイク!」

「え?」


 ハッとなったブレイクは声の方へと振り向いた。そこにはジェラールがいた。


「ジェラール? なんで、ここに」

「あぁ? 知るかい、そんなこと。待てど暮らせどバスがこねぇからよ、仕方なく足を引きずって電車で学校に向かう所だったんだが、その電車もこねぇと来た」


 ジェラールは憤慨しながら、杖で地下鉄の入り口をさした。そこからは同じように顔をしかめた人々が上がってきていた。


「立往生してる所におめぇさんの車を見かけたもんでな。で、何が起きてんだこりゃ」

「わからない。だが、これは異常だ、単なるシステム障害じゃないぞ」

「なんでそんな事がわかるんだ」

「いや、根拠はないが……携帯が通じない、周囲一帯に無線妨害は敷かれている」


 その時、ブレイクはなぜ自分が車から降りたのか、わからなかった。ただ、直感というべきか、それに乗っていては不味いと思ったのだ。


「妨害電波か?」


 ジェラールもブレイクが車を降りたことに対しては何も言わなかった。

 二人は、その判断が正しいと感じたのだ。


「……何か聞こえる」


 その時、ブレイクの耳には街中の喧騒を切り裂くような、そしてどこか聞き慣れた飛翔音が聞こえるような気がした。その音は街の外側、空港側から聞こえてくるように思えた。

 ブレイクはすぐさま振り向いた。他にも何人か耳の良いものがいたらしい。彼らも振り向き、そして、目にした。


「脇に逃げろ!」


 ブレイクはそう叫びながら、ジェラールを引っ張り、走りだした。その場にいては危険だった。

 似たような悲鳴があちこちから上がったが、多くの人々は何が起こったのかわからずに、動転していた。

 混乱のどよめきが街に広がる。だがそれを黙らせるように、現れたのはタージェットの部隊であった。

 丸っこい全貌がまさしく弾丸のようにボストンの市街地を疾駆する。ビルとビルの合間、細い道路を削るようにタージェットたちが走る。足元に群がる車を押しつぶし、時には蹴り上げながら、突き進む。そこに、人がいようがいまいが関係なかった。


「ジェラール、大丈夫か!」

「お、お、お!?」


 ブレイクとジェラールは素早く道路わきに逃げ込むことで、難を逃れた。先ほどまで自分の愛車があった場所は、タージェットによって踏み潰されていた。あと、三秒行動が遅ければ、死んでいたことにブレイクは気が付き、ゾッとした。


 バッバッバッ! とライフルの発射音が聞こえる。その轟音が人々をさらに恐怖の底へと突き落としていく。何かが撃たれた、破壊された、人々はそんな悲鳴を上げていた。


(違う、何も撃ってない! 威嚇だ!)


 ただ一人、ブレイクは道路わきに隠れながら、我がもの顔で突き進んでいくタージェットの奇怪な動きに注目していた。派手な音が響き渡るが、タージェットたちのライフルは空砲だった。

 タージェットたちはやたらめったらに空砲を放ち、わざとらしく大きな物音をたてて着陸する。大半の機体は衝撃を逃がすように少ししゃがみこむのだが、数機程、その衝撃を脚部と腰部に備えたスラスターで軽減し、見事な着地を見せた。

 その降り立つタージェットめがけて、発砲音は木霊した。それは警ら中のポリス・モービルからのものだった。だが、ポリス・モービルに搭載された火器は軍用ではない。通用するはずもなく、相手にもされなかった。


「ジェラール、ここから離れるぞ!」

「あ、あぁ!」


 このままここにいては不味い。ブレイクとジェラールは互いに顔を見合わせ、頷きながら走る。右足の不自由なジェラールをブレイクは肩を貸して走る。既に逃げ出そうとする人々も大勢いたせいで、思うようには進まなかったが、二人は賢明に駆ける。

 そんな二人と正反対に、十五機のタージェットは再び車や人々を蹴散らしながら、前進した。


「おい、待て、待て、あの方角は……!」


 走った後に、ブレイクは気が付いた。いや、そんなまさかと思った。

 あの方角には、学校がある。もはや引き返せないのはわかっていたが、ブレイクは後悔した。


「冗談だろ、なんでこんな所でアーミーズが……!」


 その疑問は、誰もが知りたいことだった。


「ブレイク、あっちの道が空いてる!」


 ジェラールはこの混乱の中で人々の動きをよくみていたらしく、人の流れが少ない道を探し当てていた。


「あぁ、ジェラール。わかった」


 ブレイクも、今はそれに従うしかなかった。


「六機だけ、動きが違った……あれは、タージェットじゃない」


 逃げながら、ブレイクは自分で確認するように言い聞かせた。

 それは先ほどのタージェットの動きだ。多くの機体はしゃがんでいたが、その内、確認できただけでも六機は『本来装備されていない』スラスターで衝撃を緩和していた。

 だとしても、その情報は、今は何の役にも立たなかった。

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