私刑裁判って見たことある?

ちびまるフォイ

それだけが私刑裁判の楽しみ

『この度、あなたが私刑裁判官として抽選されました。

 つきましては今後の私刑裁判でご出席ください。

 なお、理由なく断られる場合は賠償金を請求される場合があります』


恐ろしい通達にびくびくしながら裁判所に行くと、

待っていたのは犯罪者だった。


「この人は、お酒を飲んでいるにも関わらず車に乗り

 帰宅途中の会社員をひき殺してしまいました。

 私刑裁判官、刑の内容はどうしますか?」


「えっ、俺!?」


「ええ、あなたが私刑を決めるんです」


傍聴席にいる人たちも初の私刑裁判ということで注目している。

刑が軽過ぎれば批判されるだろうし、重すぎても批判されそうだ。


「じゃ、じゃあ……この人の刑は

 同じく車に引かれる私刑とする」


「かしこまりました」


「ひええ! 助けてくれ! ほんの1杯なんだ!!

 そんな気はなかったんだ!! 許してくれ~~!!」


犯罪者は裁判所から連れ出された後に車でひかれた。

一命は取り留める結果とはなったが、深く反省していた。


「被害者はこんなに痛い思いをしたのか……もう酒なんて飲まない……」


初めての私刑判決で緊張はしたものの、

俺の出した判決は特に問題なかったらしく批判は起きなかった。

妥当な判決だったのだろう。


それからもやってくる私刑犯罪者に俺は判決を下し続けた。


「あなたは、無力な老人を痛めつけたようだな。

 なので、抵抗できない状態で痛めつけられるといい」


「君は自分が少年だということを逆手にとって

 金銭目的の犯罪を多くやっていたようだから、貧乏生活を体験しろ」


「モテない男に近寄っては、意識を失わせ写真をもとに金を脅し取る。

 あなたのような悪い女は自分の恥ずかしい写真を強制公開の私刑だ」


私刑判決の内容はいつだって、その人が犯した悪いことを等価で味わせる。

だんだん私刑裁判に慣れてきたころに、極悪人が連れてこられた。


「あはははは!! オレは子供を何人も殺してやった!!

 どうせ死刑だろ!? さぁ殺せよ!! 私刑裁判官さんよ!!」


「あなたは……反省をしてないんですか?」


「反省? そんなことしてどうする。

 俺様が反省すれば死んだ子供が帰ってくるのか? ん?

 ごめんなさい殺して悪かったです~~。ほら、生き返らねぇ!!」


遺族は辛くなって裁判所から退廷した。


「ほら殺せよ! もうオレは生きてるのが嫌なんだ!!

 死刑になるために殺したんだよ!! ほら殺せ!!」


「このっ……!!」


挑発的にあごを向ける犯罪者に我慢ができなくなった。


「殺してやるさ!! 望み通り殺してやるとも!!

 体を少しづつ燃やして、地獄の苦しみを味わせて殺してやるさ!!

 私刑!! こいつをなぶり燃やしの刑に処す!!!」


「な、なんだ……!?」


私刑は執行内容を自由に決められる。

男は体が動かないように固定されて、足の先に火をつけられた。


最初は痛みをこらえながら笑っていた男だったが、

一気に体を燃やさずに部位ごとにじわじわ燃やしていくうちに限界が来た。


「ぎゃあああ!! やめてくれぇ!! 早く殺してくれ!!!」


「だまれ!! お前みたいな人の心もない奴に未来のある子どもの命が奪われたんだ!

 子供たちがうけた死の数だけ、ここで苦しみぬけ!!」


足が灰となり、腕が灰となり、体が燃やされ、順に焼き尽くされて男は死んだ。

真っ黒焦げになったソレを見て、自分の中に不思議な高揚感があった。


「やった。やってやった、ははは。ざまあみろ。

 これが私刑制度だ。どいつもこいつも、自分の思い通りに死ねると思うな」


だんだんと私刑内容が変容してきたのもこれがきっかけだった。


「お前の私刑は、被害者の流した血の数だけ

 自分の体を傷つける私刑とする」


「お前は、口の中にこの針がついた球体を飲みこみ

 死ぬまで体内を傷つけ続ける私刑とする」


「お前は、首にパラシュートを巻いてスカイダイビングをし

 空中で首を吊る私刑とする」


いまや俺の私刑を見るために傍聴席には人がごった返す。

犯罪者たちも俺の私刑怖さに悪さできなくなっていた。


「私刑裁判官、今日もお疲れさまでした。

 みなさん本当に喜んでいましたよ」


「それはよかった。判決下したかいがあったよ。

 毎回私刑を考えるのは大変だけどね。それじゃお先に失礼するよ」


裁判所をあとにしたとき、後ろから強い衝撃を感じた。

あっという間に意識を失った。


目を覚ますと、どこか見知らぬ部屋に閉じ込められていた。

部屋には見覚えのない死体がある。


「なんだこれ!? どうなってる!?」


外から騒がしい足音が聞こえたかと思うと、まばゆい光に照らされた。


「警察だ!! 殺人の現行犯で逮捕する!!」


「ちょっ……待っ……!」


有無を言わさず俺は取り押さえられて、

ろくな調査もされずに殺人事件の犯人と断定された。


刑務所に入ると看守が嬉しそうな顔でやってくる。


「よぉ、お前、元私刑裁判官なんだってな。皮肉なもんだ」


「どういうことだ?」


「お前の裁判はどうやら私刑裁判になるらしいぜ。

 皮肉なものだ。私刑裁判官が私刑になるなんてな」


「……そんな!」


このまま冤罪で裁かれるなんて納得いかない。

でも、俺には無実を証明する方法なんてない。刑務所にいればなおさら。


「いや、あるぞ! 無実を伝える方法が!!」


そうこうしているうちに、私刑裁判の当日となった。

いつも俺が座っていた場所には新しい私刑裁判官が座っている。


「では、私刑の内容を決めます」


「待ってください、私刑裁判官。

 俺の刑なんですが、俺が冒した犯罪だけの罰を与えてください」


「……どういうことだ? 死にたい、というわけか?」


「殺され方も、殺される手順もすべて被害者と同じだけ与えてください。

 俺は被害者の受けた痛みを完全に味わって死にたいのです」


「よしわかった。望みどおりにしてやる」


裁判人たちが道具を裁判所へと運び込む。

執行人がナイフを手に取り近づいてくる。


「被害者はまず腹部に刃物を突き立てられていた。

 死なない程度にその苦しみを味わってもらおう」


「待ってください。私刑裁判官」


「なんだ。今さら命が惜しくなったのか?」


「いえ、そうではありません。俺は当日そのようなナイフは持っていません」


「は?」


「あの日は裁判所の帰りでした。裁判所への武器の持ち込みは禁止です。

 このような刃渡りの武器を、俺は持ち込めようがないのです。

 ちゃんと再現してください、私刑裁判官」


「……では、腹部への刺し傷は別の人間がやったとして

 被害者は首をロープで縛られて命を落とした。お前にも同じ目に合ってもらう」


「待ってください」


「またか。ロープくらいは裁判官だって持っていても不思議じゃないだろう」


「いえ、実は俺は先日に片腕を骨折しているんです。

 動かすことはできますが、窒息させるまでしめることはできません。

 やるからには、俺の手口を完全再現してもらえますか?」


にぶかった裁判官もやっと気が付いた。

私刑裁判官を逆恨みした誰かによって俺が冤罪されていたということに。


どう頑張っても、俺がやった犯罪をこの場で再現することは不可能。

それが俺の無実の証明になる。


「さぁ、裁判官。俺を裁くのか、裁かないのか決めてください。

 裁くからにはちゃんと俺の手口を完全に再現してくださいね。

 もっとも、ナイフもないのに腹部を刺して、

 骨折した腕で首を絞めて殺すことができるのならね!」


「……わかった」


私刑裁判官はうなだれながら納得した。




「私刑判決。お前は、首をつられながら腹から出した血で

 失血死させる私刑に処す」


「なっ……!?」


俺の判決が出たとたんに傍聴席からは歓声があがった。

誰もがみな目をらんらんと輝かせて、その時を待っている。


「どうして!? 俺が無実なのは明らかでしょう!? なのにどうして!?」


首吊り台へと連れて枯れながらも必死に抗議した。

私刑裁判官はおびえた目で俺を見つめた。



「だってみんな……誰かが罰を受けるのを楽しみにしてるんだもの」



裁判官の目は、俺が私刑裁判官になったときにしていた批判を恐れる目だった。

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