第9話  完走祝いの女子会

 メンバー達がそれぞれ別れがたい気持ちの中帰り支度をしていると、心音と美里、それに美由紀が現れた。

「みんな、お疲れ様」

「あっ、美由紀さん。それに美里さんや心音ちゃんまで。来ていたのですか?」

 キャサリンは予期しなかった人達の登場に驚いている。

「朝からトムさんも一緒に、みんなを少し離れたところから応援していたのよ」

「えっ、そうなんですか。で、トムさんは?」

「それが……ジェーンがゴールするのを見届けてから『後は宜しく』と言って帰っちゃったのよ。きっと影から応援していた事をみんなに知られるのが照れくさいのね。本当に面倒くさい性格なんだから」

 美由紀がずけずけと言う。何故かトムは周りの人が言いたい事を言える雰囲気を持っているようだ。トムなら何を言っても許してくれそうな気がするのである。

「ところでみんなもう帰っちゃうの? せっかく明日は休みなのに勿体ないじゃない。どう、今から家に来てジェーンの完走祝いの女子会をしない?」

 美里がそう提案した。

「姉さん、賛成。私も明日の月曜日は休みだから」

 ベッキーがいち早く賛成した。

「えっ、『姉さん』って?」

 みんなベッキーが、美里の妹であることを知らなかったのである。

「そうなの。ごめんなさい……別に隠していた訳じゃないんだけど言う機会もなかったものだから」

 メンバー達はここで初めて、ベッキーと美里と心音の関係を知ることになった。

「だから心音にとっては、ユリ叔母さんになるのよ」

 心音が言わなくても良い事をつい口走ってしまう。いや、口走ったというよりは恐らくわざとなのだろう。

「心音、叔母さんて言わないの。それにユリじゃなくてユウリだから」

「ごめんなさい、ユウリ姉さん」

 そういって『ペロリ』と舌をだす。ここまでくると、もう『確信犯』としか言いようがない。(本来の意味ではなく、通俗的な意味で)

「でも姉さん、この人数で行っても大丈夫?」

 ベッキーは総勢十一人という大人数で押しかけて、果たして無事収容できるのかどうか不安になったのだ。

「リビング続きにある和室を開放すれば、多分大丈夫よ」

 美里はそう言って請合った。約十二畳のリビング兼ダイニングキッチンと八畳の和室を合わせれば、二十畳にはなるはずである。

「でも前にキャサリンとナンシーの二人と、一緒に女子会をした時と比べるとトムズキャットも大所帯になったものね」

 美里は感慨深く呟いた。確かに前回の二人から、今ではエージェントや候補生を含めると、四倍の八人にまで拡大しているのである。

 完走祝いの女子会が決まると、帰りの身支度を整えて、全員で移動をし始める。

 美里の家のある六甲道駅までは、須磨からJR一本で行ける。一行は歩いてJR須磨駅へ向かった。

 須磨駅に近づくと、赤と白を基調とした派手な造りのお店が見えてきた。例のホットドッグ店である。

「キャサリンさん。このお店、懐かしいですね。あれからまだ数ヶ月しかたっていないのに、何かもう何年も前のような気がします」

「そうね……あれからいろいろな事があったからそう感じるのかもね」

 キャサリンもナンシーも前に市場調査に来たことを思い出し、とても感慨深げにそのお店を眺めていた。しかし今日は神戸マラソンなので、大勢の客がひしめき合っている。

「あのおじさんにご挨拶したかったけど、今日はご迷惑になりそうだからまた今度にしましょうか」

 二人はそれでも少し気残りがあるのか、後ろを振り返り振り返りしながら駅の階段を上っていった。

 六甲道に着いた一行は、六甲本通商店街の中を通ってコープで買出しをすることにした。何しろ、総勢十一人である。いくら美里でもそんなに大量の買い置きはしていない。

 帰ったらすぐに始められるように、オードブルや惣菜の他、すしの盛り合わせを買うことにした。また、食材もさることながら、アルコールも必要だ。

「ジェニファーもアリスも学生だけどもう成人しているんでしょ? お酒大丈夫よね?」

 美里は念の為、二人に確認した。心音を除くと多分二人が最年少と思ったからである。

「大丈夫です。大学でもよく飲み会をやってますから」

 最年少のアリスだが、この返答から察するに、そうとう行ける口をもっているようだ。

 一行が家に着くと美里は、荷物のために不自由になっている手で心音に玄関の鍵を渡す。心音が鍵を開け中に入ると、玄関マットの上に真っ白子猫のミィーちゃんがいた。みんなの帰りを待ち構えていたのだ。

「ミィーちゃん、ただいま」

 心音がミィーちゃんを抱っこして頬擦りしていると、心音の声を聞いたナンシーが急いで中に入ってきた。

「ミィーちゃん、久しぶり。元気だった?」

 ナンシーも懐かしそうにそう叫ぶと、心音からミィーちゃんを譲ってもらい抱っこする。子猫に『元気だった?』と訊いても、返事のしようもないとは思うのだが……。

 その後から大勢の女子が、ぞろぞろと続いて入ってくる。

 今まで、初めての人に対する警戒心が強かったミィーちゃんだが、大勢の初めての人が押し寄せているにも拘らず今日は平気な様子である。長い時間留守番をさせられて寂しかったからなのか、それとも若い女性が好きなのか……結構助平な――いや失礼。ミィーちゃんは女の子でした。

 美里は家に入るとジェーンにシャワーを勧めた。ジェーンがシャワーを浴びている間に、みんなで手分けをして宴会の準備をする。

 ダイニングとリビングと和室の、それぞれのテーブルに買ってきた食材を等分に並べるだけなので、ジェーンが出てくるころにはすでに完了していた。

「キャサリン。みんなを代表して乾杯の音頭をお願いね」

「えっ、でも美里さん……私、そういうのって今までしたことがないんですけど」

「ダメですよキャサリンさん。キャサリンさんがしないと始まらないじゃないですか」

 ベッキーがそう言って促す。

「それでは僭越ながら……ジェーンのマラソン完走を祝って……そして世界平和とトムズキャットの今後のますますの発展を祈って……乾杯」

 キャサリンは緊張の為、何か変なことを言ったかなと思いながらも何とか乾杯にまでこぎつけた。

「カンパ~イ」

 一斉にグラスを掲げて、兎にも角にも女子会という名の飲み会が始まった。

 総勢十一人という女子である。この場にトムが居ないのは幸いだったのかも知れない。

 いくらトムでも十一対一では太刀打ちできないだろう。その中では、美里と心音だけはトムの側についてくれるかも知れないが。

「心音。あんた、私のワインを飲まないの。あんたは未成年なんだからね」

 宴もたけなわになっている中、心音が好奇心からベッキーのワインを盗み飲みしようとして咎められた。

「だってユリねえ……ユリねえがあんまり美味しそうに飲んでいるんだもの……」

 たった一人未成年の心音には、コーラとウーロン茶しか与えられていない。

「小娘の分際でお酒を飲もうなんて、十年早いのよ」

 こんな辛辣な言葉を投げかけることができるほど、実は二人は仲が良いのである。

「ところで、美由紀さんと美里さんはどういう知り合いなんですか?」

 このところ出番の少なかったミッシェルが、ふと疑問に思った事を口にした。新メンバーの中では少し出遅れ感がある。

「美由紀はね、若くは見えるけど実は私と同級生なの」

「えっ、美由紀さんて三十歳位じゃなかったの?」

「いやね~、歳のことは言わないでほしいわ……美里は早くに結婚してしまったけど、私はまだ花の独身なんだから」

 美里も若くは見えるけれど心音の母親と分っているので三十台後半と予測はついていた。しかし美由紀に関しては見た目だけで歳を判断していたので、みんな驚いてしまった。

「じゃあ、トムさんとも昔からの知り合いなんですか?」

 ナンシーが核心部分を訊ねる。

「そうねえ……昔は単に知っているっていうだけで、そんなに親しいっていうのではなかったわ。今回のコンサルティングの仕事は本当に偶然だったの」

 こんな風にたわいの無い話で、女子会は盛り上がっていた。特にここに居ないトムに関して、やれ指令が唐突すぎるとか無茶振りすぎるとか、でもその指令のお蔭でテレビにも出ることができて世界平和のPRという使命も果たせて達成感や充実感を味わうことができるなど、悪口なのか感謝なのかもうみんな酔っていて訳がわからなくなってきていた。

 みんながそんな風に、楽しくトムズキャットについて話していると、一人素面で蚊帳の外におかれていた心音が急に叫び出した。

「私もトムズキャットに入りた~い」

 トムズキャットのメンバーが、急に羨ましくなったのである。

「あんたはダメよ。まだ中学生だもの」

 ベッキーは容赦なく駄目だしをする。

「でも候補生として、コードネームくらいはいいんじゃない?」

 キャサリンが助け舟を出した。

「じゃあ、トムさんに頼んでつけてもらえば?」

「駄目ですよ。トムさんは『もうネタ切れになってしまったよ』って言って、考えようとしないもの」

 美里の提案をすかさずキャサリンが否定する。

「じゃあ、キャサリンさんが考えてくれる?」

 心音はコードネームだけでも欲しかった。

「そうね……じゃあ、シンシアっていうのはどう? 心音の心は音読みでシンとも読むでしょ?」

「シンシア? う~ん……結構良いかも?」

 心音はシンシアというコードネームが、とても気に入った。しかしそれと同時に母親の美里のコードネームも気になった。

「ママも、コードネームを付けようよ」

「そうねえ……それじゃあ……私はオリビアにするわ」

 美里は人任せにせず、自分のコードネームを自分で決めた。

 オリビアと言えば、まず、オリビア・ニュートン・ジョン。次にオリビア・ハッセーが思い浮かぶ。その後に杏里の『オリビアを聴きながら』という歌もヒットしていた。

 いずれにしても、結構古い話だ。今の若い人なら、分らないかも知れない。

 こういうところは、さすがの美里も歳を隠せないようだ。

「じゃあ……心音ちゃんはシンシアで、美里さんはオリビアね。 美由紀さんはどうします?」

「そうねえ……私は何にしようかしら?」

「美由紀さんならソフィアっていうのが、何か知的なイメージで似合うと思うのですが」

「本当にイメージピッタリ。美由紀さんもそれで決まりね」

 ナンシーの提案にすかさずキャサリンが賛成して、美由紀の返事を待つまでなく勝手に決めてしまった。

 その時、心音の膝に落ち着いていた真っ白子猫のミィーちゃんが、急に首を伸ばして『ミャー』と一鳴きした。

「どうしたの? ミィーちゃんもコードネームを付けてほしいの?」

 心音はそう言って子猫の頭を優しく撫でながら一人合点する。

「お願い。ミィーちゃんにも、いいコードネームを付けてあげて」

「そうねえ……じゃあ、心音の心(ココ)をとってココキャットっていうのはどう?」

「ココキャット? う~ん……何かいいかも」

「でも……『ココキャット』って、なんか堅いイメージがするんですけど」

「コードネームなんだから、少し堅いくらいがちょうどいいのよ」

 ナンシーの疑問にキャサリンはそう決め付ける。

「でも……こんなにちっちゃくて可愛い子なんだからもっと柔らかいイメージで……そうですねえ『ココにゃん』ってどうですか?」

「それならコードネームは『ココキャット』にして、通称っていうか愛称として『ココにゃん』という風にすればいいんじゃない?」

 美里が、ナンシーとキャサリンの意見を纏める。

「賛成。『ココキャット』の方が何となくコードネームっぽいし、でも呼ぶときは『ココにゃん』の方が可愛いし呼びやすいものね」

 ベッキーが逸早く美里の意見に賛成すると同じく全員が賛同し、改めて『ミィーちゃん』のことを『ココにゃん、ココにゃん』と呼び合った。

 楽しい『女子会』という名の大宴会もいよいよ終わりに近づいてきた。食材もアルコールもほぼ尽きている。しかしみんなまだ名残惜しそうにしていた。

 まだ夕方の五時と早い時間ではあるが、始めたのがお昼すぎなのですでに四時間以上も経過しているのである。

「トムさんから次にどんな突飛で無茶振りな指令が来るか分からないけど、みんなめげないで頑張ってね」

 美里は少し後片付けをしながら、そう言ってトムズキャットのメンバー全員にお願いをした。

「でも美里さん。私もミッシェルも、トムさんの次の指令が楽しみなんです。私達もジェーンみたいに活躍したいんです」

 カレンもミッシェルも最初こそトムの指令に戦々恐々としていたが、今回の神戸マラソンの事から自分達もジェーンみたいに主役となって活躍したくなったのだ。

 その時、ベッキーの携帯のメール着信音が鳴った。つい大きなストラップがたくさん付いているのを想像してしまうが、ストラップ類は一切付いていなくていたってシンプルだった。

「あっ、トムさんからだ。えっ、何々? 『エージェントについて相談したいので、明日午前十時に本部に来てほしい』だって」

「えっ、なんでベッキーさんだけなの?」

 キャサリンはトムがベッキーだけにメールして、自分達にはなかったことが不満だった。

「エージェントの事だからかなあ?」

「エージェントも立派にトムズキャットの一部よ。明日みんなで押しかけて、トムさんを取っちめてやりましょう」

 酔った勢いかもしれないが、久しぶりにキャサリンのS性が目覚めてしまったようだ。

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トムズキャットストーリー Ⅱ 大木 奈夢 @ooki-nayume

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