第8話  神戸マラソン

 そして約二週間の時は流れ、神戸マラソンの当日を迎えた。

「トムズキャットの皆さん、本日はどうかよろしくお願いします」

 地元ラジオ局の女性アナウンサーが挨拶に来た。地元テレビ局のカメラマンも一緒である。ラジオ局といってもインタビューのアナウンサー一人に、付き添い一人、テレビ局に至ってはハンディーカメラを持ったカメラマン一人であった。インタビューはラジオ局アナウンサーが行い、映像はテレビ局のカメラマンが撮るという、ローカル局ならではの持ちつ持たれつである。

「こちらこそよろしくお願いします。私はキャサリンです。後、こちらがナンシーで、それからカレンとミッシェルです。ジェーンはマラソンに出走するのでこちらにはいませんが。それから、トムズキャットエージェント総監督のベッキーと、トムズキャット候補生のジェニファーとアリスも、応援に来ているので紹介します」

 キャサリンが一通り紹介をする。

「ところでトムさんは?」

 女性アナウンサーはまだ見ぬトムに好奇心丸出しで質問した。

「ごめんなさい。トムさんは公の場所には顔を出したがらないので、今日も何処かで見てはいると思うのですが、どこに居るのか私達にも分らないんです」

「そうなんですか? トムさんてとてもシャイなんですね」

 その女性アナウンサーは、トムがどんな人物なのか直に確認することができず、とても残念がるのである。

「トムズキャットのみなさん。こちらにお願いします。マラソンは誰が走るのですか?」

 女性アナウンサーは、そう言ってインタビューを開始した。

「今回マラソンに出場しているのは、004のジェーンです」

「えっ! 004ですか? 001のキャサリンさんと002のナンシーさんは、有名なんですが、他のメンバーについて、ご紹介いただけませんか?」

 女性アナウンサーは先程の挨拶で知っているにも拘らず、視聴者の為に敢えてそう質問する。

「現在、003のカレンと今回マラソンをする004のジェーン、それに005のミッシェルが新メンバーとして加入しています」

 キャサリンはそう紹介しながら、ジェーン以外の二人を手で示した。

「他にトムズキャットエージェント総監督のベッキーと候補生のジェニファーとアリスがいます」

 やはりそれぞれ手で示しながら紹介した。

「トムズキャットエージェントって?」

「トムズキャットにとって新しい取り組みになるのですが、私達の『世界平和を願う精神』に賛同いただきながらも自分の仕事を持っていて、その仕事を大切に思っている人にも、外部からエージェント(代理人)として私達の活動に参加していただこうという取り組みです。ベッキーはその第一号で総監督になります。現在はまだ一人だけですが将来はいろいろな職業から、又、全国の地方を代表するエージェントを募集していきたいと思っています」

「そうですか……ところで今日はお揃いのTシャツですね?」

「ええ、私達の平和精神を合言葉に表した『PEACE SPIRIT IS IN MY HEART』をデザインしています」

 キャサリンは説明しながらも、本来の目的を忘れてはいない。

「ジェーンがこのTシャツを着てマラソンを走ることで、私達は同じく応援することで、世界平和の精神をPRしていきたいんです」 

「トムズキャットにピッタリな、メッセージ性のある良い合言葉ですね。それに、デザインもとても素敵ですね」

「ありがとうございます。これはカレンのデザインなんです」

 キャサリンがそう紹介すると、カレンは照れて頬を両手で挟み、真っ赤になってしまった。

 一通りのインタビューを終えると、『また後ほど』との言葉を残して、インタビュアー達は他のインタビューをすべく立ち去った。

その頃トムは、美里と心音と美由紀と一緒に、少し離れた場所からメンバーを見守っていた。

「トムさんも心配ならメンバーのところに行けばいいのに……結構面倒くさい性格なのね」

 美由紀はずけずけと言う。逆に美里と心音はトムの事を知り尽くしているだけに、敢えてなにも言う事はなかった。

「俺は表舞台に立ってはいけない人間なんだ……きっと彼女達の晴れ舞台に水を刺す事になるから」

 トムは過去の失敗をまだ引きずっていて、負い目に感じているのであった。普段トムズキャットのメンバーに見せているポジティブな側面とは打って変わって、ネガティブな自分をさらけ出している。メンバーにはこんな姿を見せられないと思う反面、何故か美里や心音、そして美由紀には安心して自分をさらけ出せるのであった。

「心音。神戸マラソンのテーマって知っているか?」

「えっ、マラソンにテーマってあるの?」

「それがあるんだな。大きなテーマは『感謝と友情』だけど、もっと分りやすくいうと『自分の為に走る』ことはもちろんのこと『人々の為に走る』マラソンを目指しているんだ」

 トムには何か共感するところがあるようだ。

「阪神大震災という災害が切っ掛けにはなっているのだけれど、それだけではなく国内外であらゆる場面で被害を受けている人々に『エールを送る』ということをテーマとしているんだよ」

「心音には難しい事は分んない」

「心音は今は分らなくてもいいんだよ。大人になっていろんな経験を積んでいけば、自然と分るようになるのだから」

 トムは自身も被災した阪神大震災だけでなく、三年前の東日本大震災や福島原発事故、その他あらゆる災害被害者を思い浮かべ、更に自分も含む個人的な災いに嘆く人々にも勇気を与えることができればと願っていた。そういう意味で、神戸マラソンのテーマに大いに共感していたのである。

 午前九時。神戸市役所前。フルマラソンの部がスタートした。約三十分遅れて、九時半にジェーンのいるクォーターマラソンの部もスタートした。

 キャサリンをはじめ、ナンシー、カレン、ミッシェル、それにエージェント総監督であるベッキー、そして候補生のジェニファーとアリスは、スタート地点付近でジェーンを応援しながら見送った。

「さあ、次の応援地点の長田にいくわよ。電車で行けばランナーより早く行けるから」

「キャサリンさん。長田っていうと、鉄人28号があるところですよね」

 大阪出身のミッシェルは、まだ長田の鉄人28号を見た事がないのである。

「そうね。確か阪神大震災の復興シンボルになっていたはずよ」

 キャサリン自身も地方出身であり、阪神大震災の時はまだ神戸にいなかったので詳しい事は知らない。

「キャサリンさん。復興のシンボルなら、世界平和のシンボルにもなり得るんじゃないですか? みんなで見に行きませんか?」

 神戸出身のナンシーが誇らしげにそう提案した。

「そうね。ジェーンの応援ついでに是非、世界平和のシンボルとして見に行きましょう」

 電車の中でそんなやり取りをしている内に、早くもJR新長田駅に着いてしまった。

 鉄人28号モニュメントのある若松公園は、駅から五分も行かないところにある。駅から西南方向に少し行くと鉄人アーチがあり、そこをくぐると鉄人ストリートにでる。ストリートの街灯は、全て鉄人28号の頭になっていた。

 この一帯は新長田が生誕地と言われている故横山光輝氏に因んで、鉄人28号一色である。長田には他に同じく横山光輝氏の、三国志に因んだ地域もあるのだが。

 鉄人ストリートを過ぎ若松公園に着くと、直立時の設定が十八メートルという鉄人28号の巨大モニュメントが迎えてくれた。

「キャサリンさん。これが鉄人28号ですよ」

 ナンシーが自慢げにキャサリンに紹介する。

「本当に立派で大きなモニュメントね。こんなロボットが世界平和の為に戦ってくれたら、どんなにか心強いことでしょうね」 

 阪神大震災の復興シンボルとして作られたものではあるが、トムズキャットのメンバー達は世界平和のシンボルとしても見ているのだ。

 広場のステージではサンバやフラダンスやよさこいや阿波踊りなどのイベントが催されており、その周辺では焼きそばや焼き鳥、豚まんやラーメンなどの出店も軒を連ねていた。

「キャサリンさん。何かこういうところにくると、ウキウキしてきますね」

「ナンシーは、食べ物の売っているところならどこでも、ウキウキするんじゃないの?」

「も~。キャサリンさんたら~」

 ナンシーが可愛く、ふくれっ面をする。

 そんなやり取りをしているところに、南北テレビ一番人気の女子アナである狭山由梨がカメラマンや数人のスタッフを引き連れて現れた。

「あ~、良かった。何とか間に合った」

「あっ、由梨さん。いったいどうしたのですか?」

 キャサリンは、先日インタビューを受けたばかりの、女子アナ人気NO.1の狭山由梨が、又突然現れたことに驚いている。

「遅れてごめんなさい。でもトムさんが悪いのよ」

 そう言って、事情を話し始めた。

「トムさんが急に『神戸マラソンに参加することになった』なんて言ってくるから、うちの局でもてんやわんやになって、スケジュール調整が大変だったんだから」

 南北テレビはトムズキャットのステルススポンサーになって以来、トムからトムズキャットに関する情報を得て、次のステップにどうやって進むかを検討していた。

 それがいきなり神戸マラソンに出場するとの連絡が入り、上層部から是非インタビュー対応すべしとの方針が出た為、いったい誰が行くのかということと、その人物のスケジュール調整が大変だったのである。人気NO.1の狭山由梨のスケジュールなら尚更調整が難しい。その結果、このように小規模な撮影クルーになってしまったのだった。

「何か私、トムズキャットの番記者っていうか、番アナになってしまったような感じね」

 由梨はそう言ってキャサリン達に気軽に声をかけながら、ここに来た顛末を話し出した。

「神戸に着いてからトムさんに連絡したんだけど、もうスタートした後だということで、メンバー達は次の応援場所の長田に行っているって聞いたの……それで急いで追いかけてきたのだけれど……そしたら一際目立つ団体がいたのですぐに見つけることができたわ」

 そんなやり取りをしていると、クウォーターマラソンのランナーが次々とコースを通過しだした。

「ジェーンはまだかしら……あのTシャツは目立つから、来ればすぐに分かるはずなんだけど」

「あっ、キャサリンさん、来ました。ほら、あそこで手を振っていますよ!」

 いち早くナンシーが見つけてそう言った。ナンシーは何でも見つけるのが一番早いのである。

「もう半分以上も走っているのに、手を振っているところを見ると、まだ元気そうね」

「でもこれからですよ、キャサリンさん……ジェーンは五キロ以上、走ったことがないって言っていたから……」

 ナンシーはジェーンが最後まで今の調子を維持できるのか心配しているのである。

「北さん。撮影始めるわよ」

 由梨がカメラマンの北に声をかけて、南北テレビの現場レポートが開始された。

「こんにちわ。南北テレビの狭山由梨です。本日はトムズキャットの新メンバーである004のジェーンさんが、神戸マラソンでクウォーターマラソンのランナーとして出場しているとの情報から神戸にきています。現在、中間地点の長田ですがクウォーターマラソンのランナーが次々と通過しています。あっ、ジェーンさんも今見えてきました。胸に大きく『PEACE SPIRIT IS IN MY HEART』とデザインされたTシャツを着ています。こちらに他のメンバーが応援に来ていますが、全員お揃いのTシャツです。あっ、今手を振って元気良く笑顔で通過いたしました。このままゴールの須磨浦公園までがんばって完走できるように応援したいと思います」

 由梨はここで一旦撮影を中断して、次に改めて応援に来ているトムズキャットのメンバーについて、朝の地元局がしたのと同じようなメンバー紹介や世界平和のPRに関するインタビューをした。

 一通りインタビューが終わると次を考えなければならない。

「次はゴール地点の須磨浦公園に移動しなきゃならないけど、ナンシー、どういうルートで行く?」

 キャサリンは、地元神戸出身のナンシーに尋ねることにした。

「そうですね。須磨浦公園駅は、山電(山陽電気鉄道)なんですが、ゴール地点は須磨駅との中間点なので、JRで新長田から須磨まで行って、そこから約五・六百メートルを歩いて行くのが一番早いと思います」

 地元出身ということもあるが、流石に意外性のナンシーの本領発揮である。

 南北テレビのクルーを含めた総勢十二人は、早速電車でゴール地点へと移動することにした。

「由梨さん、ごめんなさい。タクシーを使えれば良いのですけど、多分須磨浦公園へ行く国道二号線は渋滞するので、電車での移動しか無理みたいなんです」

 キャサリンは、由梨をはじめ南北テレビのクルーに、電車移動させてしまうことに引け目を感じていた。

「気にしなくても大丈夫よ。マラソン大会だから当然二号線も交通規制されているはずだから」

 由梨は流石に才女である。キャサリンの言葉の裏事情まで察していた。

 一行がゴール地点の須磨一の谷プラザに到着すると、すでにクウォーターマラソンの先頭集団はつぎつぎにゴールし始めていた。

 キャサリン達がゴール地点にほど近い場所を確保してジェーンの到着するのを待っていると、朝インタビューを受けた地元局の一行が再び現れた。

 期せずして東西の放送局が出くわしたのである。

「あのう……紹介します。こちら東京の南北テレビの狭山由梨さんとその撮影スタッフです」

 キャサリンは地元局のスタッフに、狭山由梨達一行を紹介した。

「えっ、あの有名な、南北テレビ女子アナの狭山由梨さんですか?」

 地元局のスタッフは、あまりにも有名な人を目の前にして自分の立場も忘れて絶句してしまう。

「今日はトムズキャットのメンバーが神戸マラソンに出場すると聞いて、取材をしに来ました。ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」

 できるだけ地元局との摩擦をさけようと思い、由梨はそう挨拶をした。

「こちらこそ、南北テレビさんの邪魔にならないようにしますのでよろしくお願いします」

 地元局の女子アナも、そう言って恐縮するのである。

 東西の放送局がそう言ってお互いに譲り合いをしている間にナンシーがジェーンの姿を見つけた。

「キャサリンさん。ほら、ジェーンが来ましたよ」

 ナンシーの指差した方向には、苦しそうな表情ながらもしっかりとした足取りで、ジェーンがゴールへ向かって走っていた。

「ジェーン、ジェーン」

 カレンとミッシェルが大きな声で呼びかける。ベッキーもジェニファーもアリスも手を振りながらゴールで待ち受ける。

「ジェーン、後少しよ。がんばれっ」

 キャサリンとナンシーもジェーンにそう声を掛けて応援した。

 東西の放送局のカメラマンは、その様子をただひたすらカメラに収めている。

 ジェーンはその声援に応える為、微笑もうとするのだが、成功せず苦笑いのような表情になってしまった。過去五キロ以上走った事のないジェーンだから、その倍以上を走ってきたので無理もない事である。そして引きつった微笑みのままゴールして、キャサリンの胸に飛び込んだ。

「キャサリンさん……グスッ……ふえ~ん……グスッ」

 ジェーンはゴールするなり、キャサリンの腕の中でむせび泣いてしまった。過去経験のない距離を孤独の中、走りきったことで感極まったのである。

「ジェーン……本当に良く頑張ったわ」

 キャサリンは左手をジェーンの背中に置き、もう片方で頭の後ろをそっと撫でながら、トムズキャットのメンバーを代表してクウォーターマラソンを完走したジェーンを労わった。

「こちら南北テレビの狭山由梨です。神戸マラソンのクウォーターマラソンゴール地点、須磨一の谷プラザに来ています。たった今トムズキャット新メンバー、004のジェーンさんがゴールいたしました。キャサリンさんと抱き合いながら、完走を喜びあっています。他のメンバーも、祝福に駆け寄ってきました。『自分の為に走る』、そして『人々の為に走る』という神戸マラソンのテーマ通り、ジェーンさんはトムズキャットのメンバーとして世界平和精神のPRをしながら、自身の完走記録の倍以上の距離を完走いたしました。感動のゴールシーンです」

 由梨は、二台のカメラの前でそうレポートした。地元ラジオ局アナウンサーは、このシーンを狭山由梨へ譲っていた。

 そして地元テレビ局カメラマンは、編集でカットされてしまうであろう狭山由梨の映像を、只無心に撮影しているのである。

「それではジェーンさんに、インタビューしたいと思います」

 由梨は、急いでインタビューを開始した。

 帰りの新幹線の時間を気にしているのである。無理なスケジュール調整をした結果だった。

「ジェーンさん、完走お疲れさまでした。五キロ以上の距離を初めて走ったとの事ですが、大丈夫でしたか?」

「ありがとうございます。トムズキャットとして世界平和のPRをするのに、途中リタイアだけは絶対にできないと思って何とか頑張りました」

「キャサリンさんやナンシーさん、その他のメンバーも応援していましたね」

「そうなんです。みんなが応援してくれたので、頑張れたのだと思います」

「キャサリンさん、ジェーンさんのマラソンはどうでしたか?」

「ジェーンは立派にトムズキャットの使命を果たしてくれました。世界平和のPRも、そして神戸マラソンのテーマである『感謝と友情』についても、マラソンを完走することで見事に表現してくれたのではないでしょうか」

「そうですね……ところで、新メンバーであるジェーンさんの早速の活躍ですが、他の新メンバーも、これからの活躍を期待して良いですね」

「ええ。他のメンバーも、ジェーンに大いに刺激されています」

「それではトムズキャットのますますの活躍を期待しながら、神戸からお別れしたいと思います」

 由梨はそう言って早々とインタビューを打ち切った。

「ごめんなさいね。スケジュールの都合ですぐに東京に戻らなくちゃならないの……北さん、新幹線の時間、大丈夫?」

 そう言ってまるで台風のように西から東へと、慌ただしく去っていったのである。

 後に残された地元ラジオ局のアナウンサーは漸く気を取り直し、改めてジェーンとトムズキャットに、インタビューを開始した。

 こうしてトムズキャットは、東西のテレビ局からインタビューを放送されることになり、今回の神戸マラソン出場は大成功の元に終わった。

 ジェーンは終わってみると、完走できたことと共に自分が主役になれた喜びを感じ、あの時『ズッコケ』はしたがキャサリンから指令実行者に指名してもらったことを心の底から感謝するのだった。

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