エピローグ 樹成ミノリの恋は実らない


 ――バーチャルラブ ~恋の暗号通貨~

 

 バーチャルラブ バーチャルラブ

 見えない 触れない 引き出せない

 

 バーチャルラブ バーチャルラブ

 買えない 売れない 振り出せない

 

 マイニング マイニング

 パソコンで探している暗号通貨

 必死になって 電源つけて

 一晩かけて 見つけている


 でも それって 結局仮想

 誰も彼も 保証してくれない

 だから それって 恋と一緒

 ワタシの妄想も 誰も保証してくれない


 あなたはそれを手に入れた気になっている

 現実は違うのに

 価値が増え続けているだけで

 あなたは満足している 突然消えるかもしれないのに

 

 ワタシの恋は暗号通貨

 誰にも解読されないけど 悪いヒトには盗まれる

 あなたはネットの海を探して

 ビットな恋を取り戻してくれますか?


 ワタシの恋は流出通貨

 現実でモノにしたくて あの手この手

 あなたは世界中を旅して

 上書きできないデータを見つけてくれますか?

 


 オレは樹成ミノリのイメージソングのメモ書きを見ると、思わず無言になった。

「ダ、ダメですか?」

 河北さんは心配そうに尋ねる。

「いや、ダメじゃないけど、なんていうか……、こう……、バーチャルユーチューバーっぽく、画面の向こうにいるあなたを見ていますとか」

「オマエのこと、ずっと見ている?」

 ――姉さん、それじゃただのホラーモノだよ。


 樹成ミノリの顔バレ事件から早一週間、もう誰も樹成ミノリの中のヒトを気にする者はいなかった。生配信中で出てきたアレは樹成ミノリのプロデューサー、すなわち、樹成ミノリのプロデューサーはオレということになった。

 考えてみれば、個人制作のバーチャルユーチューバーの中のヒトは声兼編集兼プロデューサーである。樹成ミノリの中のヒトはチーム制作で、声はオレ、編集は姉さん、プロデューサーは河北さんだ。ただ、世間はプロデューサーがオレで、声は他のヒトだと思われている。

 オレが樹成ミノリのプロデューサーと思われたことで、オレの周りの環境は少しだけ変わった。バーチャルユーチューバーの男子高校生プロデューサー、として、一躍有名になった……! とは行かず、ああ、そういうのもいるんだなというのがネット上の認識である。

 プロデューサーと樹成ミノリの中のヒトがマジ恋愛しているとか広まっていたが、『あれこれ言ってるけど、ミノリちゃんはフリーだよな』の一言で、炎上は止まった。こんなものだ。


 学校では有名人になったのかというとそうでもない。むしろ、学校のみんなは樹成ミノリの中のヒトに興味持っている。

「樹成ミノリちゃんの中のヒト、教えてくれよ! プロデューサー!!」

「カワイイバーチャルユーチューバーのカノジョなんだろう!? どんな顔なんだ!」

「オマエの愛ってバーチャルなん?」

 こんなくだらない会話をクラスメイトと交わしている。イケボマンとして周りから距離を置かれていた時とは違って、こうして皆と接することができる点では、今の方がマシかもしえない。

「樹成ミノリの中のヒトなんてどうでもいいでしょう!? みのるはね、樹成ミノリの中のヒトの代わりに自分が盾になっているの! 顔出しは禁止なの!」

 萌菜はオレに気使っているのか気使っていないのかわからないが、樹成ミノリの中のヒトについて、クラスメイトからの追求を避けようとかばってくれている。

「みのるはね、マジで中のヒトのことが好きだから、顔出ししたの! みのると中のヒトはぞっこんラブなの!」

 こんな気持ち悪いことを言わなければ、助かるのだが……。

 まあ、とかく、樹成ミノリの顔バレは、オレが樹成ミノリのプロデューサーとして片付いたわけだ。なんにせよ、樹成ミノリはバーチャルユーチューバーとして活動を続けられるは嬉しいかぎりだ。


 一週間の自粛じしゅく期間を経て、バーチャルユーチューバー樹成ミノリは再開を始めた。皆が驚くような動画を作ろうとあれこれアイデアを出し、その結果、樹成ミノリのイメージソングを作ろうという案が決まった。

 そして、そのイメージソングの作詞を河北さんにお願いしたら、仮想通貨をイメージした詞ができていたわけだ。

「……カキP。なんで、こういう詞を書いてきたの」

「樹成ミノリちゃんを始めて見たとき、仮想通貨に傷ついている女のコだって思いました」

「ハハハ」

 ――そんなコじゃない。傷ついているのはオレだ。

「まあ、これで半分有名になったからね。仮想通貨ショックで大損をこいたバーチャルユーチューバーって言うのがネット上の認識だよ」

 ……姉さん、それ、なんか納得がいかない。

「でも、なかなかいいじゃないか。仮想通貨と恋は誰かに盗まれるものだと相場が決まっている」

「書いてない書いてない」

「書いてるって。ほら、カキPはちゃんと気になってくれる女のコの気持ちがうまく書けてるじゃないか」

「このコが気になっているのは仮想通貨だよ!!」

 ホント、頭が痛くなりそうだ。

「……ところで、これ、オレが歌うの?」

 実際に歌うのなら、もっと頭が痛くなる。

「いや。ボーカロイド、いわゆる、ボカロに任せようかなと思っている。そういうのできるヤツが友だちにいるから」

 よかった。――それではお聞きください、バーチャルラブ~恋の暗号通貨~と自分の曲を紹介しつつ、フリフリした衣装を着てアイドルっぽく歌うのはなんておことわりだ。

 ……しないぞ。

「イメージソングはこれでいいとして――」

 ホントにいいのか?

「――実、給料日だよ」

「給料日?」

「そうだ」

 姉さんはバックから財布を取り出す。

「クラスメイトがいる前に、そんな生々しいことを……」

「別にいいだろう? オマエが必死に働いてきた証明なんだから」

 ――一ヶ月間、真剣にやってきたんだ。

 ――給料の受け渡しを見られることは悪いことじゃないか。

 姉さんは財布からすーと紙幣を二枚取り出す。

 ――二万?

 少ないな、再生回数200万回だから1%しかない。

 あ、そうか。さすがに河北さんの前じゃ20万円とか渡したら引くからな。ハハ。

 オレはそう思いながら姉さんからお札をいただく。

 ――二千円、ホワイ?

「あれあれあれれ?」

 ――なにコレ、コワイ。

「再生数かける0.1%で計算している」

 脳みそ電卓で計算。うん、たしかに2000。

 ――って、うぇえっ?

「姉さん! あれだけ動画を作ったのに二千円ってないでしょう!!」

「来月なんだよ。実際に口座に振り込まれるの」

「じゃあ前金?」

「いや、普通の給料だけど」

「姉さん。ホントの金額、言ってよ!」

「私とオマエとカキPの取り分を考えたら、二千円って出たんだよ」

 一ヶ月、ほぼ毎日の声のお仕事で二千円。

 ……普通にバイトした方がいい金額だぞ。

「じゃあ、カキPの取り分は?」

「二千円」

「姉さんは?」

「それは言えない」

 したり顔でえヘヘと笑う。

「姉さん!!」

「実、考えてみろ。総再生回数が10億になれば、100万だぞ、100万」

 再び脳みそ計算をする。確かに100万だ。

 ――100万だけど、10億再生はキビシイ!

「無理だよ!! 姉さん!! ネットのみんながそんなに見てくれるわけが!」

「無理かどうかやってからにしろ」

 ブラック企業の上司並みに無茶なことを言いやがる。父さんが帰ってくる残り4ヶ月で樹成ミノリ動画を9億9800万回再生って、地球がひっくりかえっても無理って話だ!


 オレと姉さんがお金のことでもめていると、河北さんが割って入る。

「あの……、上村さんのお姉さん」

「あ、ゴメンゴメン。キミの分の給料は――」

「私の分のお金はいりません」

「いらない?」

「はい。元々、私は樹成ミノリをプロデュースしたかっただけですし。お金があるとその、純粋にプロデュースできなくなるというか……」

 ――河北さん。ホントにいいコだ。いいコすぎる。

「それもそうだね。じゃあ、カワPの給料はチーム樹成ミノリの軍事金にしよう!」

 ――それに引き換え、姉さんは悪魔だ。

「でも、そのかわりと言いますか……、その――」

「なに?」

「――二人にお願いしたいことがあります!!」

 


 教室の片隅で河北さんは自分のスマホを手にし、動画を再生する。

 そこには樹成ミノリがやさしげな表情で目の前のカノジョに話しかけようとしている。

「河北さん。ずっとミノリのことを応援していてありがとう!! あなたのおかげで今のワタシがいます!!」

 河北さんがお願いしたことは自分だけの樹成ミノリ動画を作ることだった。

「ワタシ、動画を作るのはいつも辛いけど、あなたがそばにいるからずっとがんばることができます!」

 河北さんは普段見せない笑顔で樹成ミノリの動画を見る。

「樹成ミノリは河北真知さんが大好きです!! これからも一緒に動画を作っていきましょう!!」

 樹成ミノリの動画は実った。

 オレの恋が実らない女のコが樹成ミノリの動画を見て、笑顔の花が咲いた。

 

 了

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バーチャルYouTuber樹成ミノリは恋も動画も実らない!? 羽根守 @haneguardian

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