第5話第3節 みんなにバレて大ドンテン!! 樹成ミノリは普通の男のコになります!?

 

「ぷ、ぷ、プロデューサー!?」

 萌菜は何をド勘違いしているのか、オレのことをプロデューサーと呼んだ。

「あのな、萌菜。オレはプロデューサーじゃないぞ!」

「いいんですよ、いいんですよ。そういうウソは」

 完全に何かおかしい。

 世界がひっくり返っている。


「上村にはバーチャルユーチューバーをプロデュースする才能あるんだな」

「CGアニメとか詳しくなさそうなのに」

「樹成ミノリちゃんと仲いいのいいな」


 クラスメイトからポツリポツリと雑談が聞こえてくる。

 しかし、どれもオレが樹成ミノリだと気づいているモノはない。

「いったい、何なんだ……、これ」

 状況が把握できず、気持ち悪い。

 周りの環境に思考が追いつけず、オレはポツンと立ち止まっていた。

 そんな世界から置き去りにされていたオレの元に、河北さんがやってきた。

「上村さん、これを見てください」

 オレは河北さんのスマホを見る。

 そこには樹成ミノリの公式ツイッターがあり、こんなことをつぶやいていた。


『すいませーん! プロデューサーが出ちゃいました! 今度からデシャバリしないように強く言い聞かせます』


 生配信中に出たのは樹成ミノリのプロデューサー。

 つまり、顔バレしたのは……プロデューサー?

「上村さん。ツイッター見てましたか?」

「スマホ断ちしていたから、……ちょっと」

「あれから上村さんの姉さんと相談して、すぐツイッターで書き込んだんです。とりあえず、プロデューサーってことにしようって」

「ああ」

「わたしもそれでうまくいくかなと思っていました。事実、ネットのヒト達は半信半疑で、上村さんを樹成ミノリにしようという流れになっていました。そこで、『オレ、コイツ知っている』というコメントがあって、学校で確かめる! と書いていて」

「じゃあ、この中にそいつがいる?」

「はい」

 クラスメイトの誰かが、オレが樹成ミノリの中のヒトだと確認しようとしたわけか。

「でも、この様子だと、上村さんは樹成ミノリのプロデューサーということになったみたいですね」

「えっと、どういうこと?」

「みんな、樹成ミノリちゃんの声を当てているのは――他のヒト、と、思っているんです」

 やっと合点が言った。

「オレは樹成ミノリちゃんのプロデューサー。声を当てているのは別のヒトってこと?」

「はい」

 オレは大きなため息を吐くと、思いっきり気が抜けた。

「きっとクラスメイトの誰かが、上村さんは樹成ミノリのプロデューサーだったと書くはずですよ」

 ――河北さんのプロデュースでオレの人生は救われ、樹成ミノリも救われた。

 河北さん、ありがとう。


「まっちゃ、終わった?」

「ええっと、だいたい終わりました」

 萌菜はオレと河北さんのひそひそ話が終わったことを確認する。

「ミノリちゃんのツイッターを見てなかったんだね、プロデューサーとして失格だよ」

「ハハハ」

「でも、許す」

「許す?」

「だって、みのる、マジ告白したから」

「え?」

 マジ告白?

 マジ告白ってなんだ?

 マジ告白って?

 マジ告白……、あ。


「ミノリちゃんが好きだから?」

「ミノリはオレそのものだから!」

「……それって、愛しているってこと!?」

「――それ以上だよ!!」


 さっきまでのことを思い出したオレは身体中の血液が凍りついた。

 ――血の気が引くってことはこんなことを言うのだろうか。

 細胞が冷たい。神経がとがる。

 空気が肌にひりつき、おぞましい悪寒に襲われる。

「ミノリちゃんのプロデューサーがミノリちゃんの声を当ててるヒトが好きっていうなんて、公私混同もはなはだしい! でも、許す! だってマジ告白したから!」

 オレ、何言ったんだ……

 樹成ミノリの中のヒトを説明しようとして、樹成ミノリの中のヒトを大好きだって、勝手に解釈されてる。


 萌菜の恋愛脳はあらゆる物理現象を凌駕りょうがし、恋愛推論を打ち立ててしていく。

「相思相愛だよね~。二人」

「相思相愛?」

「気づいていないの! このドンカン!」

 と言って、萌菜はスマホを取り出し、動画を再生する。

 そこには昨日の樹成ミノリの生配信の動画が映し出されていた。


「ワタシが好きなヒトはプロデューサーです。気づいていないのかもしれませんが、いつも言葉の端々に、ワタシに気づいて欲しい気持ちを置いていました。でも、やっぱり振り向かせることはできませんでした。こうしてバーチャルユーチューバーをすることで振り向かせることができるかもしれない。今はそんなことを考えて、バーチャルユーチューバーをやっています」


 あ、あ、あ、あ。

 なんだよ……これ……。

 なに、トチ狂ったこと言ってるの? オレ。

 オレ、遠回しに自分を自分で愛の告白してる。

 間接ナルシズム――愛の自給自足。

 オレが命を吹き込んだ二次元キャラに現実にいるオレに気持ちを伝えて、オレがこの教室で二次元キャラに対して愛の告白をしてるよね。

 ……あ、あぁ、あぁあ

 

 全身の毛穴がキュッと引き締まり、ボワッと鳥肌が立つ。

 

「上村って、中のヒトとどこまで進んでいる?」

「アイツとオレは一つなんだよと言っていたよな?」

「それってさ、卒業、したってことだよな?」


 やめろ!! やめろ!!

 これ以上、オレを誤解するのはやめろ!!

 

 クラスメイト達もまた、オレと樹成ミノリが相思相愛の仲だと勝手に理解していく。

 

「さいごにー、これ!!」

 萌菜は極めつけと言わんばかりに、別の動画を再生する。

「好きなのは柿ピー!」

 樹成ミノリが最初に投稿した動画。

「プロデューサー!! カキP! カキP! プロデューサー!!」

 樹成ミノリの生配信中の、オレがトチった動画。

「いつも言葉の端々に、ワタシに気づいて欲しい気持ちを置いていました」

 そして、樹成ミノリの好きな相手を告白した動画。


 萌菜はそれらを再生することで、樹成ミノリがオレに気持ちを伝えていたのだ、と、勝手な理屈でオレを追い詰めていく。

「樹成ミノリちゃんの中のヒト、プロデューサーに気づかれないように、愛を隠していたんだよ。バーチャルユーチューバーなのに、リアルな恋のピースを端々に置いていたなんて。……ホント、やり手だよ。このコ」

 すべての要素が偶然に組み合わして、それが愛の結晶として析出せきしゅつしていた。


「なんていう恋愛テロリスト! 爆破力がありすぎて、愛の爆風に吹き飛ばされる! もうこのままの勢いで誰かにコクりたいって! こっちも恋の二次被害を受けてるよ!!」

 ――オレ、死にたい。

「樹成ミノリちゃんの中のヒトは、バーチャルユーチューバーになることで、自分の恋愛をプロデュースして、そして実行した。それに気づいたみのるは生配信の終わりで顔出しした!」

 ――オレ、消えたい。

「でもね、それで隠そうとしてもムダ!! まあ、そんなことわかっていたから、大声で照れ隠ししたんだよね?」

 ――命、断ち切りたい。

 ――この世から消滅したい。

「だから応援してるよ!! 二人の恋がうまくいくの!」

 誰か仮想と現実の糸が絡みついたオレの人生をほどいてくれ……。

 

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