第5話第2節 みんなにバレて大ドンテン!! 樹成ミノリは普通の男のコになります!?
一人だけ学生服で地下鉄の列車にいる。
昼の正午ということもあり、列車の中はおじいさんおばあさんが多く、オレはその中に紛れてポツンと立っている。
だけどなぜか、このときが、すごく安心感に包まれている。
彼らはスマホを手にしていない。図書館で借りた本を読んだり、隣にいる友人と大声で談笑して、乗車時間を潰している。
――もし、いつものどおり、朝の満員電車でスマホを持っている学生や社会人がいたら、オレの気持ちは気が気ではなかっただろう。彼らの誰かがスマホから視線をズラして、「樹成ミノリちゃん?」とか言い出したらオレの心臓は停止していたはずだ。
そう思うと、ガラガラ列車の中にいる今が色んなことを考えられる。
オレは列車の手すりに身体を預けると、頭を動かした。
「ネットの方は私の方でやるから、オマエは学校へ行け」
姉さんからそう言われ、オレは学校に向かっていた。
「何か解決策があるの?」と聞くと、「ない」と返答された。
まあ、正直、もうこんな状態じゃ何を言ってもムダなことはわかっている。世間は人間が不幸になって転がすことの方が喜ぶに決まっている。樹成ミノリは男が演じていました! なんて予想は容易い。
――けど、せめてオレが通っている学校だけはなんとかしたい。
おそらく学校のクラスメイトはオレをからかうネタができて、大喜びしているはずだ。なんせ、バーチャルユーチューバーの中のヒトがクラスメイトにいて、それが男が演じていたと知ったら、大爆笑だろう。オレだって、笑いのネタとして、一晩中笑い続けてたい。
「はあ……」
……やっぱりオレ、頭脳系じゃないな。
そんなことを思いつつ、オレは列車に揺れていた。
地下鉄から学校までの通学路、オレは学校までトボトボと歩いていると、同じ学校の女子の学生服を目にした。河北さんだ。
「上村さん!」
河北さんは小走りをし、オレの真正面に立つ。
「なんで、ここに来たの」
「上村さんの姉さんから聞きました。上村さんが学校に来る、って」
「いや、そうじゃなくて、授業!!」
「今、昼休みですよ」
――ああ、そうだった。今、昼だった。
「だからわたしは外出届を出して、あなたの元に来ました」
上村さんはオレのことを思ってここまで来てくれた。
――なのに、オレ、こんなコにあんなまでをしてしまったのだろうか……。
「……上村さん! あの、き、昨日のことは」
「わかっています。顔バレを隠そうとしたことは聞いています。だからあんなことになったって――」
「ゴメン!」
オレは謝った。
「ホント、ゴメン」
必死にゴメンと謝り続けた。
「大丈夫です、わたしは平気です。それよりも、上村さんの方が――」
「オレの方は大丈夫」
「けど」
「みんなにすべてのことを話そうと思う。イケボを作っていた理由とかも――」
「上村さん」
上村さんはオレを強く見つめる。
「わたしにいい考えがあります」
「いい考え?」
「はい!」
上村さんの明るい顔はオレのどんよりとした暗い気持ちに光を与えてくれる。
「これからわたしがあなたをプロデュースします。樹成ミノリちゃんと一緒にあなたも救いたいと思います」
学校に着き、靴を
その間、オレの気持ちは
――ホントに、それだけで通じるのか。
それは先ほど河北さんとの会話の中にあった。
「――これからあなたは上村実として演じてください」
「どういうこと?」
「いつものイケボ。つまり、いつもの上村実の声で生活してください」
「それで何ができるの?」
「……私の予想と言いますか、そうなってほしいなという図があるんです」
「図?」
「はい。ただ、それをあなたに言うと、きっとそうならないと思うので、今は秘密にします」
……一体、何を考えているんだろうか、カノジョは。
上村実をプロデュースすると言ったが、することはただ一つ。
――いつものオレを演じろ。
それで一体何ができるのだろうか。
……オレの曇天空はまだ晴れずにいる。
クラスメイトの視線をかいくぐりながら、教室へと入る。
そして、オレは何も言わずに自分の机の椅子に座り、机に伏した。
――喉は抑えた。
少しだけ発声練習する。
あ、あああ、ああ。
そうそう、これがいつものオレの声、上村実の声だ。
オレが声を出すのをやめると周囲をうかがう。
教室は静かだった。
その沈黙が、オレが樹成ミノリの中のヒトであることを説明していた。
……これはもう無理だな。
それでも、わずかに残った
オレの机の前の席に誰かが座る。
「みのる……」
萌菜だ。いつもと違って真剣な声だ。
「ゴメンだけど、樹成ミノリちゃんのことで質問いい?」
オレは頭を上下に動かす。
「多分、アタシ以外のヤツが聞いたら、みのるは何も喋らないと思う。だから、アタシが質問するね」
オレは「ああ」と返事した。
「樹成ミノリの生配信に映り込んだのは、みのる?」
オレは頭を上下に動かす。
「わかった。みのるは樹成ミノリの中のヒトなの?」
「樹成ミノリはオレだよ。オレが作っていた」
「アニメーションとか声とかは?」
「それは聞かないでくれ」
「……わかった」
萌菜はその件についてはそれ以上追及しなかった。
「樹成ミノリのこと、どう思っている?」
「どうって?」
「みのるは、ミノリちゃんを守ろうとして、あんなことをしたと思うんだ。今でも、こうやって中のヒトをかばおうとしている」
――どういう意味だ? 萌菜は何を言っている?
「答えて。ミノリちゃんの中のヒトのこと、どう思っているの」
オレは考えることをやめ、ホントのことを萌菜に告げる。
「樹成ミノリはオレだよ」
「わかっているって」
「オレなんだよ、あのコは。樹成ミノリはどんなキャラを演じればみんなに好かれてもらえるか、朝から晩まで考えていた」
「ミノリちゃんが好きだから?」
「ミノリはオレそのものだから!」
萌菜は椅子をガタッと鳴らして、思わず立ち上がった。
「……それって、愛しているってこと!?」
「――それ以上だよ!!」
オレは思っていたことを大声でさらけ出す。
「あれはオレだよ! オレなんだから! 樹成ミノリはオレそのもの! アイツとオレは一つなんだよ!! みんな、気持ち悪いよな!? こんなオレ、気持ち悪いよな! でもな、それはアイツじゃなくてオレだけに言ってくれ! オレは必死にその声を受け止める!!」
姉さんのためにも、河北さんのためにも。
「だから! これ以上、樹成ミノリを傷つけるのはやめてくれ!」
オレが盾になって、みんなからの非難を受け止める。それがただ一つ、オレのできることだ。
オレが大声を出した後、驚いていた萌菜はオレに近づく。
「本気なんだ……」
「当たり前だろう」
オレの人生、仮想通貨ショックの損失補填のためにガンバっていたんだからな。
「そうなんだ……」
萌菜はオレの気持ちをわかってくれたみたいだ。
「みんな、みのるは本気だよ、本気で樹成ミノリちゃんのことが大好きみたい」
好きとかそういう感情じゃない。
だって、オレ、樹成ミノリ――。
「だからみんな、二人の恋に拍手しよう!!」
――へ?
いきなり教室中からパチパチと拍手が鳴る。
パチパチ
パチパチ
パチパチ
拍手は雨あられとなり、大きな音を鳴らす。
その音に気になり、オレは机の伏すのをやめ、起き上がる。
パチパチ
パチパチ
パチパチパチパチ
歓声に似た拍手が、オレの周りで起きている。
しかも、クラスメイトのみんなが笑顔でパチパチと手を叩いている。
――なんだ、これ。
――何が起きている?
クラスメイトのヤツらが、樹成ミノリがオレだということがわかって、気持ち悪がるところか、突然、拍手しやがった。
――一体何が、何が起きている?
オレは何が起きているのか予想できなくて、この原因を作った萌菜に駆け寄る。
「萌菜! なんだよ! これ!!」
「え?」
「なんで拍手してるの!?」
「だって、二人の恋が成就したから」
「ふざけているのか!」
「アタシは本気だよ。樹成ミノリちゃんの気持ちを考えたら拍手したくなるでしょう?」
「どういうことだよ!! オレの気持ちを考えたら、ここは普通に無口になるだろう!?」
「みのるの気持ちよりも、ミノリちゃんの気持ちを考えるよ。だって、本気で恋しているみのるだけじゃなくて、ミノリちゃんの方もだし」
「はい?」
――ホント、コイツ、何を、考えて……。
オレの思考に大きな穴が生まれると、その穴を埋めるように萌菜はあることを口にする。
「樹成ミノリのプロデューサーなんでしょ? みのるは?」
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