第5話 みんなにバレて大ドンテン!! 樹成ミノリは普通の男のコになります!?

第5話第1節 みんなにバレて大ドンテン!! 樹成ミノリは普通の男のコになります!?


 ――今何時だ?

 枕のそばにあるはずのスマホを手にする。

 しかし、オレはスマホをポイッと捨て、また横になる。

 ――何時でもいい。もう何時でもいい。

 カーテンがやわらかい光を退け、オレの部屋は真っ黒、おそらくカーテンの向こう側は光に満ちた青空であるはず。

 しかし、今のオレの心は曇天どんてん空で息するのも辛い。

 ……嫌われた。……バレた。

 河北さんを守るために馬乗りになった。

 そして、カノジョから離れた時カメラと目があって、上村実は樹成ミノリの中のヒトだということがバレてしまった。

 ……最悪だ。……最低だ。

 どうして、ああなってしまったのだろう。

 どうして、ああしてしまったのだろう。

 強い後悔が胸に広がる。

 ……なんで、オレ、バーチャルユーチューバーになったんだろう。

 仮想世界で現実を取り戻そうとしたら逆に現実を手放すことになるなんて。

 ……もう何もしたくない。

 身体が温まる布団だけがオレの心を癒しだった。


「実。入るぞ」

 姉さんはオレのことわりなく勝手に入る。

「学校から電話が来た。風邪ってことにしていた」

 姉さんはオレのベッドの端に座る。

「生配信動画を見た。オマエのカオ、はっきりと映っていた。部屋干しの学生服も」

 顔バレだけでなく、身バレもか。

「けど、幸いなことに河北さんの顔は映っていなかった」

 オレはホッと安心した。

「私は河北さんに説明したよ。オマエがマジになって、カノジョを守ろうとしたこと、すべてな。それを聞いたカノジョは、わかりました、ありがとうございます、と返答してくれた。少なくとも、カノジョは実のことを嫌っていない」

「……姉さん」

「なんだ?」

「ありがとう……」

 最低な人間じゃなくなっただけでもよかった。

「これからどうする?」

「これから?」

「樹成ミノリの誤解を解かないことには後にも先にも行くことができない」

「ああ」

「画面に映ったあの男は何者なのか? みんなそれが気になっている」

「そんなの、樹成ミノリの中のヒト以外に何があるというの?」

「わかっている。だが、それを話さないことには次へは進めない」

「何を話せばいいの?」

 樹成ミノリの中のヒトと言えばいいのか……。

「……今回の生配信の動画はアーカイブとして残している」

「なんで残すの。消せばいいのに」

「変な話が広まらないのを止めるためだ。生配信の動画を黙って消せば、みんな何かあると思うだろう」

「いいじゃないか! もう黙って消せば!」

「そうもいかない。生配信後、すぐにオマエの顔バレ動画は動画投稿サイトとかにアップされた」

「……なんで、そんなことするの」

「楽しいからな。バーチャルユーチューバーの中のヒトがバレる瞬間が」

 萌菜も言っていたな。バーチャルユーチューバーの中のヒトが見たいから見てるって。

「仮想世界のキャラクターを見ているはずなのに、いつの間にか現実世界の人間が見たくなっている。やっぱり、人間、何処か作り物の限界を感じているんだ。その限界を超えたモノを見ようとして、中のヒトを見ようとする。本来なら仮想世界で揺られているのが一番なのに、なぜか現実を追い求めてしまう」

「現実で困っている人間を見るのが楽しいってこと?」

「オマエだってわかっているはずだ、仮想通貨ショックの動画が受けたのは人間のそういうのが刺激されたからだ」

「……不幸になる姿を見たいから?」

「いや、気になるからだろう。どうして、あのヒトはこんなことをしたのだろうかっていう、そういう好奇心。ただその無邪気な好奇心が相手を幸せにしていないだけだ」

 なんとなくわかった気がする。なんとなくだけど……。

「実が樹成ミノリの中のヒトだとバレた今、身バレは時間の問題だ。さて、どうしていこうか?」

 オレは心の中にあったことを姉さんに告げる。

「……オレはもうこれ以上何も失いたくない。クラスで一番好きなコとの絆をこういうカタチで壊したくない」

「だから、あのコの変わりにカメラに写ったわけか」

「ああ! 河北さんはオレが樹成ミノリになった理由を知らない。オレはすごくくだらない理由で樹成ミノリになったのだから!」

「くだらない理由か」

「樹成ミノリの責任はオレにある。だから! 身バレするのならオレが!!」

「オマエの心を重くしているのは樹成ミノリか?」

「……ああ」

「わかった。じゃあ――」

 姉さんはベッドから立ち上がる。

「――樹成ミノリを壊そうか」


 姉さんの部屋のパソコンには樹成ミノリの姿があった。

 笑うわけでもなく、怒るわけでもなく、悲しくわけもなく。

 ただ両手を横に出して、データの空に浮かんでいた。

「一ヶ月前、カノジョはここで生まれた。まあ、正確には何ヶ月以上も時間をかけたのだけどね。最初、CGなんてわからなくて、少しずつカノジョのカタチができてきたとき、なんていうか嬉しくなった。このコがこうやって動いたら面白いだろうな。このコがどんな声を持っているんだろうな、と考えながら作っていた。そしてカノジョが完成して、バーチャルユーチューバー動画でも作ったらどうかなと思ったとき、ちょうどオマエのことを思い出した。ユーチューバーになりたかったオマエならこのコを大切にしてくれるってね」

 そういえば、姉さんにユーチューバー動画撮って! お願いしていたことを思い出す。それを覚えていたんだ。

「でも、逆にそれがオマエの心を重くのしかかるとは思わなかった。オマエの気持ちを利用して、私の欲が前に出した。きっと、オマエが顔バレしたのはそういう自分勝手な私に対する神様からの罰だったんだろう」

 姉さんは椅子に座ると、すっとマウスを持つ。

「元々、カノジョはデータにすぎない。架空の存在なんだ」

 樹成ミノリの身体を回転させ、拡大・縮小を繰り返す。

 その姿は動画作業に取り掛かっている職人ではなく、ただパソコンデータ上にあるおもちゃをイジっているような姿にも見えた。

 そして気がすんだのだろうか、姉さんは軽いため息を吐くと、マウスから手を離した。

「壊していいよね。動画もデータ、全部」

 十分動かしたからもう未練がないとそう言っているのだろうか。

 もしそうなら姉さんが言うのなら――、

「ダメだよ」

 ――ダメに決まっている。

 姉さんは表情何一つ変えず、オレの方を向く。

「樹成ミノリは多くのヒトが見てくれた。コメントとかも残してくれたんだよ。なのに、オレのミスで壊すなんて自分勝手過ぎる」

「……現実で樹成ミノリの中のヒトと言われるぞ」

「それでいいよ。元々オレの失敗から始まったことなんだ。自分の失敗を取り返そうとして必死になって、ああなった」

 仮想通貨ショックで失った損失分を取り戻そうとしてバーチャルユーチューバーになって、ここからという時に顔バレした。

 ……なんだよ、やっぱ全部オレが悪いじゃないか。

 なのにオレ、自分の失敗を受け入れなくて、それを埋め合わそうとして、また失敗して、今度は家族にそれを背負ってもらおうとしていた。

 最悪だよ。ホント、誰かにダメって言える人間じゃない……。

「……姉さん!」

 突如、大声を出したオレに姉さんはビクッと驚く。

「オレこそ姉さんに謝らないといけない!」

 オレは自分のすべてをさらけだすように、頭を下げた。

「ごめんなさい! 姉さんにオレの失敗をなすりつけるマネをして」

「……実」

「姉さん……、オレの失敗、受け止めなくていいよ! オレの人生の関係なく、樹成ミノリを演じるから!!」

「……一体何だよ。あれだけ樹成ミノリになるのをイヤがっていたのに」

「イヤじゃない。いや……、女のコになるのはイヤだけど、ユーチューバーになって、誰かに自分が考えた面白いことを伝えることは好きなんだ」

「あのな、実。オマエ、面白いこと考えたか」

「姉さんがオレを困らせていた黒歴史ノート」

 姉さんは口を閉じる。

「あれ昔、オレが本気で考えた面白いと思った気持ちそのものなんだよ」

 じゆうちょうに書いた黒歴史ノート。あれもいわば、オレの心が置き去りにしてきたホントの気持ちだ。心はズキズキとしていたが、ホントの気持ちは昔の自分ができなかったことができて喜んでいた。

「だから、面白いことをやる意味じゃ、ユーチューバーもバーチャルユーチューバーも同じだよ」

 姉さんは小さく笑い出す。

「――ぜんぜん違うって」

 姉さんはいつもと同じテンションで笑いだした。

「違わない」

「じゃあ、樹成ミノリになれるの? 顔バレした後も」

「ああ!」

 オレはおもいっきり声を出す。

「オレ、樹成ミノリになる! 樹成ミノリになって、カノジョを動かしたい! 名一杯演技して! カノジョの思う声をオレなりの考えで言葉にしていきたい!」

「樹成ミノリは女だよ」

「架空の女の大半はおっさんが作っている。それが男子高校生になっただけ!」

「まったく、言ってくれるね。ホント」

 姉さんは部屋にある窓を見つめ、何かを考える。いつもは計算高く何かを勘定しながら話す姉さんが、そのときは一人の女性として見えた。自分の気持ちを一生懸命探すそんな女性に見えて気がした。

 そして、その考えがまとまったのか、再度、こっちの方へ視線を寄越す。

「……実」

 姉さんは頭を下げた。

「私こそゴメンね」

 今まで頭を下げた姿など見せなかった姉さんがオレの前で謝った。

「オマエは別に失敗なんてしていない。私の甘さがオマエの顔を全世界にバラしてしまった」

「いや、オレこそが――」

「カメラのケーブルを切ったり、パソコン電源を切るとかいろんなことが思いついたはず。それをできなかった私が悪い」

「姉さん……」

「……もし、実の失敗を受け止めていいのなら、私はそれを受け止めたい」

「別にいいって」

 姉さんのその言葉がオレの重たかった心を軽くしてくれた。

「樹成ミノリは私だけのモノじゃない。実、河北さん、他の視聴者がいて、樹成ミノリとして存在できた。私の気持ちはこれで十分」

「姉さん」

「樹成ミノリを取り戻そう。私達の手でね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る