第4話第7節 人生賭けた生配信! バーチャルユーチューバー! まさかの恋の告白!!
テーブルの上には木のお椀一杯に入った柿ピーがあった。
オレと河北さんは缶ジュース、姉さんは缶ビールを手にしていた。
「それじゃあ、乾杯!!」
姉さんが乾杯の音頭を取ると、オレらはそれぞれの缶をぶつけあった。
「カンパイ!」
「かんぱぃ」
姉さんはごくりと缶ビールを飲む。
「こういうお祝いは苦手なんだが、まあ、一応、アレだね、アレ」
「宴会的なヤツ?」
「そうそう、宴会宴会。こういう下心ないヤツらと一緒に宴会をしてみたかったんだよ!」
姉さんはニヒヒと笑いつつ、もう一度缶ビールをぐいっと飲んだ。
生配信は成功だった。
どれだけの視聴者が来たのかは頭が吹っ飛んでわからなかったが、普段ビールを飲まない姉さんがこうして飲むぐらいだから、けっこうの数のヒトが来たはずだ。
「イヤね、成功だね。成功! バーチャルユーチューバー様々だ!」
姉さんは缶ビールをテーブルの上に置こうとしたが、うまく乗せることができず、中身がこぼれた。
「っと、まずいまずい」
姉さんは近くにあった服をタオル代わりにビールを拭く。
「って! これ! 私のお気に入りの服!!」
いきなり姉さんがダメダメになったことに、オレはため息をつく。
「……姉さんのパッシブスキル発動したか」
「あの? パッシブスキル? っていうのは?」
「姉さんはお酒が一滴でも入るとダメねぇになるんだ」
一度、姉さんがお酒を飲んで帰ってきたとき、大学生のクラスメイトっぽいヒトに肩を担がれて、帰ってきたことがある。酒を飲んでからの姉さんは笑いの神が降りてきたと、
事実、酒を飲んだ姉さんは、部屋中の壁にぶつかり、服脱ごうとしてブラまで脱いでしまうという本人には自覚ないベタな笑いを引き起こす。
――酒飲むと姉さんからシリアスが消え、代わりに笑いの神が舞い降りる。それが笑神憑依のダメねぇである。
「母さんが帰ってくるから缶ビールは一杯だけだよ」
「わかってるわかってる」
……ホントにわかっているのかな、このヒト。
オレはそう思いながら周囲を見渡すと、ホワイトボードが目に入った。
「ところで姉さん」
「何? ミノリちゃんは」
「……“樹成ミノリの大反省会”って何?」
オレは姉さんの部屋に入ってきてからずっと思っていたことがある。ホワイトボードに大きく書かれた“樹成ミノリの大反省会”、それを見るとオレの中で何とも言えない気持ちになっていた。
「普通、ここは打ち上げじゃない?」
「あのな、実。本番中、トチっただろう?」
確かに。樹成ミノリの好きなヒトは誰かという質問に対して質問用紙がなくて、頭の中がパニックになった。
「まあ、そうだけど」
「裏方の私らを信じればいいのに、オマエは
「あさってじゃなくてあせってだよ、なんで二日後行くの」
「とかく、実。本番トチらないように言っていた、あれ。台本、ちゃんと斜線引いていたか?」
「引いた」
「ウソだな」
「ウソじゃない」
「おそらく、やるのがめんどくさくなって、もういいやになってやめたに決まっている」
姉さんのいうとおり、オレは台本に斜線を入れるのを途中からやめていた。
「……ほら、図星だろ」
「図星じゃない」
「わかった。それなら、カキP」
「はい?」
一人、ポリポリと柿ピーの柿の種だけを食べるという邪道行為を働いていた河北さんが驚く。
「台本を持ってきてくれないかな。コイツの部屋にある台本を」
「姉さん!! 台本ぐらいオレが持っていく!」
「ダーメ! コイツが行かせたら多分、台本に斜線入れると思う」
「クラスメイトの女のコをオレの部屋に入れたくないって!」
「なら、私が行こうか? オマエの昔書いたじゆうちょう以上の宝物を大発見したいな」
まったく、このヒトは……。
「いいですよ、私。上村さんの部屋に行っても」
「いや、私がいいとかの話じゃなくて……」
「中とかイジクリませんよ。一度、カメラやマイクを設置するために入りましたし」
「まあ、そうなんだけど」
河北さんがオレの部屋に入ることを知ったオレは予め部屋の中をフローランスの香りでいっぱいにした。もしカノジョが今からオレの部屋に入るとしたら霧吹きでしゅしゅって、脱臭しておきたい。
「確か、台本は机の上にあるんですよね?」
河北さんの様子を見ると、男子の部屋を興味本位に入るんじゃなくて、親切心で台本を持ってくるようだ。その気持ちを傷つけるわけにはいかない。
「じゃあ、おねがいします」
渋々ながらオレは河北さんを部屋の中に入れることにした。
「それとカキP、柿ピーもなくなりそうだから台所にも行って補充お願い」
「姉さん、それが言いたかっただけだよね?」
「ハハハ」
やっぱり、このヒトにお酒を飲ましちゃダメだ。
河北さんがが姉さんの部屋に出ていってから、オレはヒマだったから自分の動画を見返していた。すると、こんな文字が目に入った。
――ライブ中。
ライブ中? 確か、樹成ミノリの生配信は終わったはず。
胸さわぎを感じたオレは樹成ミノリの生配信を視聴する。
そこには3Dアニメでできた空間ではなく、真っ暗な部屋が映っていた。
よく目をこすって見ると、そこはオレの部屋。
「……姉さん、オレの部屋映っている」
「なになに?」
姉さんはオレのそばに近づき、オレのスマホを覗く。
「これ、実の部屋?」
オレはゆっくりと頷きながら、生配信中のコメント欄を見る。
『樹成ちゃんの中のヒトの部屋?』
『マジマジ』
『音欲しいな』
生配信が終わったにも関わらず、物好きな視聴者が居残って、機材トラブルを見ている。
『女のコっぽい部屋かな』
『にしてもなんか普通の部屋』
視聴者はお互いコメントを書いて、この部屋は何なのかと想像していく。
「なんでオレの部屋が生配信されているの?」
「おそらく、ソフトが強制終了して、ウェブカメラだけが生きていて、お前の部屋をそのまま写している」
フェイスキャプチャーソフトの不具合が原因で、バーチャルユーチューバーの中のヒトが顔バレした事件を思い出す。
「けっこうアニメを動かしすぎたからな。まあ、生配信中でなくてよかった」
生配信にはトラブルが付き物。もし、生配信中だったらと思うとぞっとする。
「生配信の停止ボタン押してなかったの?」
「一度ボタン停止したら再開ができない。もし、ここで告知とか連絡を決めたら後でやろうと思ってな。見ているヒトだけのおまけみたいな感じで」
最後まで見てくれた視聴者プレゼントみたいなアレか。
「特に連絡したいこともないみたいだしな、ここらで停止しとくか」
姉さんはパソコンデスクに向かおうとするが、テーブルの
「ぐぅう……」
酒を飲んでいる今の姉さんはダメねぇだ。
「ひ、ひざ……」
と、言って、見事に転ぶ。ダメねぇ化している姉さんは何やってもダメだ。
「オレが停止ボタン押すから教えてよ」
オレがそう姉さんに尋ねると、廊下から足音が鳴り響き、そして立ち止まった。
隣の部屋を開けるドア音が聞こえると、生配信で映された真っ暗な部屋が明るくなった。
天井と部屋干しの男モノの学生服。
殺風景なオレの部屋が全世界で配信される。
しかし、それよりも今のオレの意識は、河北さんが生配信中の部屋の中に入ろうとしているこの状況をどうにかしないといけないという一点張りにある。
――これは顔バレになる!
――樹成ミノリがカノジョということになってしまう!
最悪の状況だ。
河北さんはオレの机にある台本取りに行こうとしている。
しかし、そこにはウェブカメラが置いてある。
カノジョが樹成ミノリの中のヒトになる!!
――止めなきゃ、止めなきゃ!
気が気でないオレは姉さんのパソコンから離れ、オレの部屋へと全速力で向かう。
「停止ボタン押した方が速い!」
「アイツを巻き込みたくない!!」
姉さんの部屋から出ていったオレはオレの部屋の中へと入る
そこにはオレの机の前に立とうとする河北さんの姿があった。
カノジョはカメラの視界に入ろうとする。
「河北さん!」
オレは二三歩、歩を進め、そこから手を伸ばす。
なんとしてもカノジョだけは守ろうと躍起になる。
「え?」
河北さんはいきなり飛び込んできたオレに気づき立ち止まる。
しかしオレの勢いは止まらず、河北さんの上にかぶさるように馬乗りになった。
「あ!」
河北さんは悲鳴をあげる。
「……」
「……」
お互い見つめ合う、この瞬間。
――最悪の状況が最低の状況を呼び寄せる
オレは心の中で――ダメだ! もう嫌われた!――と、絶望した。
しばらくの沈黙の後、河北さんは声をあげる。
「あ、あの、どいてくれませんか? その恥ずかしくて」
その声に、止まっていたオレはやっと動けた。
「ああ、ゴメンゴメン!」
オレは頭をかきながら起き上がり、カノジョを背にした。
――カメラと目があった。
――カメラはオレの顔を大きく映す。
そして、それはオレが樹成ミノリの中のヒトだということがバレた瞬間であった。
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