第16話 手段はどうでもいい?

 


「で?」


 宿に戻っての第一声。アルドはオーギュストを問い詰めるべく口を開いた。


「そうですね……アルドがどうやら勘違いしているようでしたので、一計を案じさせていただきました。契約通り勤めていただけるとの言質を取るために」

「なにが言いてーんだよ。ベースキャンプに着いた時点で、契約は完了した、だろ」


 当然の如く主張すれば、オーギュストは首を横に振った。


「いいえ。依頼は道中の警護と迷宮神殿の案内です。まだ完了していませんよ」

「なにが違う? 迷宮神殿まで案内しただろ」

「ですから、迷宮神殿までの案内ではなく、迷宮神殿の案内です」


 オーギュストが淡々と訂正した。アルドはその言葉を脳裏で反芻し、そしてかっと目を見開く。


「はあ!? なんだよそれ!」


 ようやくオーギュストの言っている意味を理解した。アルドは慌てて記憶を探る。


 オーギュストの目的は迷宮神殿の調査と害獣増加の原因究明。そのために案内と護衛を引き受けてほしいと言われた。

 確か、「私の護衛兼内役を引き受けていただきたいんです」という言い方をされたはずだ。迷宮神殿の案内とは言われていないが、迷宮神殿までの案内とも言われていない。

 となると、重要になってくるのは契約書で。アルドではなくファブリスがサインしたその契約書には――。


「コルポッド渓谷ペルヴィエル遺跡群の案内および護衛……」


 ファブリスがした契約だからといって無視はできなかった。一定金額以上の借用書を持つ者には、その者への仕事のあっせんおよび代理契約が認められている。しかも奴隷契約こそできないが、ある程度であれば、それが不利な条件の契約であろうとも咎められないことになっていた。


 契約書はアルドも見ていた。そのときに気になったのは、期間が最長で半年となっている点のみ。だが、迷宮神殿までならどうあがこうともそこまでかかることはない。だから問題なしと判断してしまった。

 そのときにもっとおかしいと思うべきだった。迷宮神殿までの案内と迷宮神殿の案内とではまったくの別物だ。

 迷宮神殿の案内なら最長で半年というのは妥当……いやむしろ短いくらいだった。だがこれは、長期指定して断られるよりは、半年であっても契約できる方がいいと考えたためだろう。

 そう、この契約の仕方であれば、半年間の拘束は確実なのだ。どう甘く見積もろうとも、これまで多くの人が挑戦し敗れてきた、害獣増加の原因解明が一朝一夕で済むはずないのだから。


 神官という生き物がクズだということは知っていたはずだった。それを思えば気づけなかった自分の落ち度とも言えるが、この見落としは痛すぎる。


「おわかりいただけたようでなによりです」

「屁理屈だ。神官がそんなんでいいのかよ」

「ええ、神官だって人間ですからね。時には目的のために手段を選ばないこともあるでしょう」


 堂々と開き直るオーギュストが憎い。だが契約を盾に取られてはアルドのほうが分が悪かった。というか、現状では契約を完了したことにするのは不可能だった。

 こうなっては最終手段を使うしかない。出来る限り避けたい事態だったが、迷宮神殿探索や半年間、拘束されることを考えれば、比ぶべくもなかった。


「わかった。なら、契約は破棄する」

「解消ではなく破棄、ですか。随分あっさり決断されるのですね。よろしいのですか? 相当な違約金が発生するかと思いますが」

「よく言う。勘違いするように仕向けたくせに。むしろこっちが違約金ほしいくらいだっての」

「契約書に不備はありませんから無理ですね。まあ、褒められた手段でないことは認めましょう。……それで、本当に契約の破棄を?」

「ったりめーだろ。こんなのやってられっかよ」

「そうですか。わかりました」

「んあ?」


 予想外の答えに、思わず変な声が出た。

 言質を取るためだけに街の人までもを巻き込んだオーギュスト。そんな男があっさりと引き下がる――これほど不審なことはなかった。


「何企んでやがる」

「何も。私としては非常に残念ですが、無理に依頼を継続させて、いざという時に守っていただけなかったら困りますからね」


 アルドはさらに眉を顰めた。引き受けた上で見殺しにするようなことをするほど自分の信用はないのだろうか。もちろん引き受けるつもりはないが、もし引き受けたとしても、そんなことは絶対しない。この十日間の付き合いは一体なんだったのだろうかと虚無感に襲われた。


「……そうかよ」

「現状で違約金は払えないでしょうから、今すぐにとは言いません。金額がそろったら、王都のベルトラン家に届けてください。それまでは借用書という形にさせていただきます。ネボスケの店主、ファブリス殿が保証人になってくださっていますので、踏み倒さないでくださいね?」

「はぁ!? お前っ」


 あまりの準備のよさに愕然とする。まるでこうなることがわかっていたかのようだ。

 とはいえ、定住していない者は保証人なしに借金など作れないのは事実で。アルドはしぶしぶすでにファブリスの名が書かれている借用書に金額とサインを書いた。


「最低だよ、あんた」

「知ってます」


 それを最後の会話にして、アルドはオーギュストの部屋を出た。窓の外はもう暗い。今日の所は休むほかなさそうだった。




 翌早朝、アルドは荷物を持って南門へと向かっていた。薄暗い中、それでもかなりの人が活動を始めており、会話や生活音が耳に届く。


「これはこれはアルド殿。こんな早くからどちらに?」


 南門に着くなり、門衛に呼び止められた。見知った顔ではないが、どうやら相手はアルドを知っているらしい。


「どこだっていいだろ」

「よくないな。昨日、あれほど大勢の前で依頼の継続を同意したというのに、言を翻すのか?」

「は? あんたにゃ関係ねーだろ。ってか、その依頼人は納得済みだし」

「納得済み? 神官様が? ありえないな。誰よりもあなたを放っておけないと言っていたあの方が、あなたを手放すわけがない」


 勝手に決めつけるなと言いたかった。宿に戻ってからの話し合いで、オーギュストがあっさりと引いたのは事実だ。


「嘘じゃねーし。契約はちゃんと破棄した。だから通せ」

「駄目だ」

「横暴だ。チェックは入る時だけだろ。あんたに何の権限があって――」

「権限はあるさ。実は今日から出る際もチェックが必要になってな。契約違反の疑いがあるアルド殿は街から出せない」


 開いた口がふさがらなかった。明らかにこれはアルドを狙って作られた取り決めだ。この街の神官信奉者は異常なほど神官様に傾倒しているようだった。


「契約違反って、あんたらは関係ねーだろ」

「訴えがあがればすぐ犯罪者になる。知ってて通せるわけないだろ。まずは容疑を晴らすことだ」

「ああもう! わかったよ、あの馬鹿を連れて来りゃいいんだろ!」


 会話が面倒になってそう叫ぶ。この不毛なやり取りを続けるより、オーギュスト自身の口から事実を話してもらった方が話は早いだろう。

 そしてアルドは宿へととんぼ返りした。引きずってでも連れてこようと決意して。




「神官様、依頼はなくなったと伺いましたが、まことでございますか?」


 オーギュストを連れて戻ると、門衛が先ほどとは打って変わって丁寧な態度で尋ねた。


「……ええ。違約金の支払いという形で契約の破棄が決まりました」

「なんと」


 悲しげな表情を浮かべるオーギュスト。驚きながらも何やら策を巡らせていそうな門衛と相まって、アルドは非常に嫌な予感がしていた。


「ええと、そうだ。その違約金はすべて受け取られましたか?」

「いえ、まだです。借用書をしたためております」

「借用書……では、保証人もいらっしゃるのですよね? 身内の方でしょうか」

「いえ、彼がお世話になっていた方のようです」


 その途端、門衛の顔が輝いた。そしてずっとオーギュストに向けられていた視線がアルドへと移される。


「おやおやおや。それは困りましたね。そういうお話であればやはりお通しできません。身内の方に保証人になっていただくか――全額返済されてからでないと」


 困りましたね、と言いつつ彼は満面の笑みを浮かべていた。そうまでして自分に依頼を継続させたいのかと苛立ちが募る。


「いやはや借金とは大変ですな。ここでしたら護衛の依頼は山ほどありますからご紹介しましょうか?」

「いらねーよ! 要は返済すりゃいんだろ、返済すりゃ」

「ですが、それで返せま――」

「うるせぇ! きっちり耳を揃えて返してやるから待ってやがれ」


 アルドは怒鳴り、そのまま門を背にして歩き出す。


 なにが腹立たしいかといえば、オーギュストが相変わらず人のよさそうな態度を続けていることだ。こんなにも回りくどいことをして、周囲に迷惑をかけているというのに。それから、そんなオーギュストの策略にまんまとはまった自分にも腹がたっていた。


 ここまでくれば嫌でもわかる。昨日のオーギュストの過剰な演技。それは今日のこれを狙ってのものだった。宿では依頼を継続するという言質を取るためと言っていたが、むしろそれを周囲の人々に聞かせることのほうが本来の目的だったのだ。そうして門衛たちを確実に味方につけ、アルドを逃がさないよう企んだ。


「何が何も企んでないだ。思いっきり企んでるじゃねーか」


 武力に訴えればベースキャンプを出ることは不可能ではない。だが、たかだかそれだけのために追われる身になるのでは割に合わなかった。アルドは己が不運を呪った。


 

 

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樹海の如く、人の心に魔は住みて 露木佐保 @tuyukisaho

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