第3話

「あァ? じゃあ、リバ達はお前らのリーダーのアジトでマワされてるってのか?」

「あ、あぁ……ごふッ」


 最悪だよ……。

 この男の話によると、俺がマシラと殺し合いをしている隙にアジトを襲撃しようとしたリバ達一行は、ここで待ち構えていた『梟の尖兵』によって嬲られた後、男女別に連れて行かれたらしい。


「チッ……」

「やめっ──」


 用済みになった男の首を斬り飛ばして、頭の方だけを掴み上げる。


「あぁ……だりィ! 絶対、『楽園の檻ラビリンスプリズン』も一枚噛んでるな」


 このスラム街、と言うより、歓楽街も含めたここら一帯は三つの裏組織によって均衡が保たれている。


 賭博・用心棒系組織『銀の狼シルバーファング』。

 娼館・ウリ子系組織『血の薔薇ブラッドローズ』。

 違法取引・商売系組織『迷宮の檻ラビリンスプリズン』。


 この中で最もタチが悪いのが、他でも無い三番目の『迷宮の檻ラビリンスプリズン』だ。

 スラム街での孤児狩りなんかは基本的にここが主導でやってるし、衛兵や貴族に鼻薬を嗅がせてるのもこいつらだ。

 だからと言って泣き寝入りする訳にもいかない。


「『銀の狼シルバーファング』だけなら、どうにかなったんだけどな……」


 そもそも、『梟の尖兵』はその上位組織『梟』の手足。

 その『梟』も、元を辿れば『銀の狼シルバーファング』の配下。

 どう考えても、『迷宮の檻ラビリンスプリズン』が茶々入れて良い領域じゃ無いはずだ……。


 手を組んだのか、組まされたか……。

 どちらにせよ、リバ達を救うのに、面倒な組織が一つから二つに増えたのは確かだ。


 男から聞いた『尖兵』のアジトへ向かう途中、俺は今回の一連の出来事に対して、何処かキナ臭い雰囲気を覚えずにはいられなかった。

 そもそも、ギャングが孤児に過度に干渉するのは御法度の筈。

 ギャングも孤児も、全て組織が支配すべきだと言うのがここの暗黙の了解だってのに、『尖兵』は兵隊を動かしてまで『シャングリラ』の人間を攫った。

 三つの組織間の均衡が崩れたのか、それとも『シャングリラ』にいる異種族が入り用になったのか。

 三大組織の内、二つが手を組んで『シャングリラ』を潰しに掛かって来てるのは確実。

 組織の人間は使ってないだろうから、足が付かないよう、その下の一桁地区のギャングから人が派遣されてるんだろうか……。

 そうすると地下道の方も別の意味で心配になってくる。


 俺が帰った時、敵さんの死体処理なんてしたくねーんだけどな……。


 片手に持った首を弄んでいると、男が言っていた誘拐先の内、本命のリーダー君がいる方に到着した。


「さて……と。いっちょ助けてやるか」


 ぐるぐると腕を回しながら、手に持った首を振りかぶって全力でアジトの窓に叩きつけた。


「誰だッ!!」

「おい! 音がしたぞ!」

「何処のどいつだ!?」

「もう来やがったのか!?」

「見張りは何をしてるッ!!」


 おーおー。

 蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。


 未だ闇の精霊に包まれて認識すらされていない俺は、明かりを持って出て来た男達に合わせて、闇から闇へと移りながらアジトの中へ入っていった。


 確か、二階の一番奥の部屋だって言ってたような……。


 窓をカチ割った所為で少しグロテスクになってしまった首を引っ提げながら、無人となった一階部分を通り過ぎて二階へと上って行く。


「オラ! へっ、女みてーな面しやがって! 喘いでんじゃねーよ、ほら!」

「ぐっ……うぐッ! ウッ!」

「おいおい、嬢ちゃん。何泣いてるんでちゅかー?」

「いやぁ! うぐっ……うぇ、あぁぁッ! あンッ!」

「おい、ちゃんとこっち向け! オラッ!」

「おごっ……ごふッ…お、オグッ! ごぷっ」

「あァ? 何だって? もう一度行ってくれるかなぁ? 誰が助けに来るって?」

「いやぁ! ぐふっ……ゆ、ゆるして──」


 廊下を進み、扉の前まで来た俺の耳に聞こえて来たのは、何とも胸糞悪くなるようなゴミの声と泣き叫ぶ仲間の声だった。


「はぁ……」

『うわぁー、すごーい』

『クスクス』

『君はやっぱり美味しいよ』

『クスクス』

『それをどうするの?』

『クスクス』

『力を貸してあげようか?』


 すぐ近くで聞こえる精霊の声が耳障りだ。

 扉の向こうから聞こえて来る男達の声がひどく不愉快だ。

 扉の向こうで嬲られてる仲間の声に苛立ちが募る。


「【お前らの力を貸せ。ゴミを消す為に】」


 十三年というまだまだ短い人生において、俺が本気で闇の精霊の力を使ったのは、これで二度目。

 一度目は、二年前に起こった大規模抗争の最中、孤児狩りをしようとしていた組織の人間を秘密裏に消す時。

 正直、混血である俺には、こいつらの力は手にあまり過ぎる。


『いーよー』

『アハハハ』

『使って使ってー』

『アハハハ』

『消す消すー?』

『アハハハ』

『やっちゃえー』


 今俺の周りに集まってる精霊が全部下位の者だって聞いたのは、母さんが死ぬ前日だったな……。


 光の全く届かない漆黒の闇に包まれた扉は、次の瞬間には綺麗さっぱり消え去っていた。


「あ?」


 手始めに、扉に一番近い位置に居た男の首を消し飛ばしながら、部屋の奥でリバの尻に一物を突っ込んでる男に挨拶をする。


「どうも、『尖兵』の皆さん。俺の名前はシン。別に覚えなくても良い。直ぐに死ぬから」

「うお──っ!」


 この時の為に片手に持っていた首をリーダー格の男に投げつけると、顔に当たる寸前で叩き落とされてしまった。


「お前、誰? 心配しなくても殺してやるから待ってろよ」


 片手にバックラーを装備した、全身黒尽くめの男だか女だかにそう声を掛ける。


「シン。十三番地区の孤児集団『シャングリラ』のリーダー格の一人。驚異的な身体能力と幾つかの魔法を使う子供。殺しに対する忌避感はなく、敵となる者は躊躇いなく殺す。二年前の大規模抗争において、一・四・九・十一・十二番地区の孤児集団を壊滅にまで追い込んだ」

「ご丁寧にどうも」

「常にターバンを巻いており、種族は不明。腰に吊るした錆びた銅剣から『赤錆』の異名を持つ」

「あぁー、うるせぇ。ごちゃごちゃと喋りやがって、もう───死ねよ」

「───!」


 ペラペラとどうでも良い事を話す黒尽くめ。

 辺りを見ると、『尖兵』の兵隊も突然の出来事から立ち直りかけてるし、面倒になる前に終わらせないとやばいな。


 そう思った俺は、残り少ない魔力で『脚力』に強化を行い、黒尽くめとの距離を一瞬で詰めて頭部に蹴りを放った。


「くっ!」


 あ?

 こいつ、俺の蹴撃をピンポイントで防ぎやがった。


「お前、ただの兵隊じゃねぇな。傭兵か? 何処の犬だよ」

「………」


 黙して語らず、ね……。

 こいつの目的が分からないな。

 俺の始末か? そこのリーダー君のお守りか?

 まぁどっちにしろ、首投げを防いで俺の攻撃も防いだって事は、敵で間違い無いだろ。


 黒尽くめから距離を取ったついでに、近くにいた敵の頭を蹴り飛ばして数を減らしておく。


「リバさぁ……勘弁してくれよ、マジで」

「ぐっ……ごめん、シンくん」


 いつの間にか、他の女達を連れて部屋の隅に移動していたリバの方に顔を向けながら、部屋の掃除を進める。


「頭が出し抜かれてどうすんだよ。てか、他の奴らは?」

「多分、別の地区の倉庫に連れてかれたと思う」

「あぁぁァァ、もう! ──死ね」


 部屋に湧いてた最後の虫を始末して、改めてリバの方に向き直る。


「謹慎な、お前。暫く独房から出てくんな、アホ」

「……ごめん」


 リバの頭を小突いてターバンを女達に放り投げた後、律儀にも待っていてくれていた黒尽くめの方に声を掛ける。


「悪いな。待ってもらって」


 『尖兵』のリーダー君は、部屋の惨状にビビったのか、小便垂らしながら気絶してる。


「………」

「俺? 黒エルフとの混血だよ。知っても意味ないと思うけど」


 唯一見える両目が軽く驚きに見開かれたのを見て、先んじて言ってやった。


「お姉さんが何をしたいのか知んないけど、俺らに手ぇ出しといてタダで済むと思うなよ」


 俺が性別について言及した瞬間、動きが鈍ったのを見て、自分の考えが間違ってない事を悟る。


「ド素人のお姉さんに教えてあげるけど、胸でかすぎて、腕を上げた時、黒装束の胸元が突っ張ってたぞ?」

「──!」


 俺の言葉に軽く胸を庇う仕草をしたから、即座に距離を詰めてバックラー越しに胸を蹴り抜いてやった。


「ぐぉっ!」

「三流だな、お前。なに胸なんて気にしてんだよ」


 部屋の壁にぶち当たって咽せている隙に、さっさとリーダー君に近寄る。


「てやぁッ!!」

「お前も三流」


 腰の剣を抜いて、天井裏から大声を上げて降ってきた女を短剣ごと弾き返す。


「奇襲する奴が声を荒げてどうすんだ?」

「クソッ……」


 俺の斬り返しに手首を痛めたのか、片手をダラリと下げた状態で後退して行った。


「やっと分かった。お前ら、『迷宮の檻ラビリンスプリズン』の奴隷冒険者だろ?」


 『奴隷冒険者』。

 その言葉に、二人に増えた黒尽くめは今度こそ致命的な隙を見せた。


「……なんで」


 始めにいた方の剣士タイプの黒尽くめが初めて女らしい声を出した。


「どうせ、田舎から出て来たばかりで右も左も分からない頃に、優しげな先輩冒険者とやらに絆されて借金でもしたんじゃないの?」

「………」


 今度は斥候タイプの黒尽くめが過剰に反応した。


「薬漬けじゃないだけマシだろ。女の奴隷は何かと使い道があるからほっとかれてるだけだぞ? ここでの命令をこなしても、帰ったら借金が増えてるだろうよ」


 守るべき護衛対象者から離れた馬鹿共に溜息をつきながら、リーダー君の頸動脈を深く斬りつける。


「あぁ!」

「待って……!」


 俺の行動に衝動的に飛び出そうとした斥候女を、剣士女が引き止めた。


「あぁぁぁ、血がァァ……止まれねェよォ」


 足元では、斬り付けられた時に目を覚ましたリーダー君が、噴水のように溢れる自分の血を掻き集めていた。


「さ。後はお前らだけだ」


 血だらけの剣を無理やり鞘に納めて、無手で構える。


「待って! ホントに待って頂戴!」


 剣士女はそんな事を言いながら、バックラーの内側に隠した手斧を俺の前に放り投げ、掌をこちらに向けながらゆっくりと近付いて来た。


「こんな事やりたくなかったの。でも、ね? 借金のカタに奴隷になるくらいならって思って。だから、ね? 話を───」

「だから三流だって言ってんだよ、馬鹿女」


 媚びるような声音で喋っていた女の話を遮り、強化した脚力のまま踏み込んで首の骨を蹴り折る。


「へ──?」


 剣士女か斥候女か、間の抜けた声が部屋に響く中で、俺は即座に斥候女との距離を縮める。


「い───」


 続く言葉は叫び声だったのか、反射的に振るわれた短剣を受け流し、懐に入り込んだ俺は静かに教えてやった。


「生まれ変わる時があれば覚えとけ。『他人の言葉は信じちゃいけません』ってな」

「ごフッ!」


 喉元に貫手。脇腹にアッパー。最後に、鳩尾に横蹴りを叩き込んだら、フラフラと地面に崩れ落ちて痙攣しながら何事かを呟いた後、絶命した。


「いい加減、限界……」


 肉片やら血反吐やらで汚い地面に腰を下ろして、大の字で寝転がる。


「お疲れ……大丈夫?」


 犯されてた女の中でも比較的軽傷の奴が、俺のターバンを持ってきて抱き起こしてくれる。


「大丈夫じゃねーよ。全員殺しちまったじゃん。何処の倉庫か聞きそびれたし……」


 そうボヤいていると、ドタドタと喧しい音を立てて誰かが近付いてきた。


「ボス! 大丈夫で──」


 駆け込んで来た末端の男は、部屋の中の惨状に絶句して腰を抜かした。


「リバ……」

「分かってる」


 俺の腰から剣を抜いたリバは、尻から血を流したまま滑らかな歩法で男に近寄って頭をカチ割った。


「後の奴ら探して帰るぞ」


 その男を皮切りに続々と集まってくる『尖兵』の兵隊を返り討ちにしながら、俺達はアジトを後にした。

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転生先はスラムの孤児でした @itati_kb

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