第2話

「ど、どうしたの……? そんな恐い顔して……」


 おずおずと俺の頬に触れて来たマーサが、心配そうに尋ねる。


「リバが攫われた。多分、相手は『マシラ隊』の残党と『梟の尖兵』だろう」

「えぇ! そんな!」


 俺の言葉に、マーサだけじゃなく天幕の中に居た全員が驚きに目を見開いた。


「多分嵌められた。『マシラ隊』は俺らを釣る餌で、戦力の大半がそっちに偏ったから残りの奴らを狙われたんだろ」

「ど、どうするの!?」


 年上で、しかも人よりも優れた身体能力を持つ狼系の半獣人のクセに、こいつは全く戦えない。

 ここに置いてるのも、戦わすより赤ん坊をあやす方が得意だから任せてるだけだ。

 と言うより、『シャングリラ』の大半は碌に戦えもしない。

 俺みたいな万能型な種族や好戦的な種族の血を引く奴もいるが、そんなの全体の一割程度だ。

 ここに来る様な奴らは、俺も含めてスラム街での生存競争に負けた者ばかりだから、必然的に負け犬根性が染み付いてる。例外は、ここで育った生え抜きの奴らぐらいだけど、さっきも言った通り、そいつらを合わせても戦えるのが全体の二割。

 リバが連れてったのはその内三割で、さっきの戦闘で負傷したのが四割近くいるから……残りは三割。

 数にして十数人。

 笑えるね。この数で、どうやって二十代前後で構成されるギャング集団と戦えば良いんだよ。

 しかも、俺の魔力はもう底を付きかけてる。

 少なくとも、明日までは戦いたくないとは思うくらいには。


「はぁ……。俺が行ってくる」


 とんだ貧乏くじだ。

 リバの奴、連れて帰ったら女装させてウリ子でもやらせようか……。


「大丈夫なの……?」

「幸い今から夜だ。何とかなるだろ」


 なるわけねーのになぁ。

 あー、死にたくねー。


 涙目のマーサの頭を撫でながら、俺が出て行った後の指示を出す。


「第一種警戒態勢を取れ。少なくとも、俺が戻ってくるまでは罠を起動させとけよ」

「うん………気を付けてね……」


 そう言って天幕を出ると、すぐ外で俺が連れて来た少女が佇んでいた。


「何だよ」

「あの……」


 俯き加減でボソボソと何か言ってると思ったら、バッと顔を上げて話しかけて来た。


「あの……! ギャングの人達と戦いに行くんですよね?」

「あぁ、お前らのせいでな」


 嫌悪感をたっぷりと込めた口調で嫌味ったらしく言ってやったが、少女は俺の目を見て話を続けた。


「あのギャングのリーダーって、女好きだって聞きました。普段はアジトから全く出ないって。だから、その……生きて帰って来て下さい」


 どの口で言ってんだこのアマ……!

 てめーらのせいでこんな事になってんだぞ、マジで……。


 イライラが頂点に達した俺は、乱暴に少女の胸ぐらを掴んで引き寄せた後、こう言ってやった。


「助言にもなってねーよ、バカ。帰ってきたら犯してやるから覚悟しとけ……」


 潤んだ瞳に思いっきりガンを飛ばした後、天幕の方に突き飛ばしてその区域を後にした。


 クソッタレ!

 アジトで女と戯れてるからどうしろってんだ。

 第一、ギャングが孤児の争いに首を突っ込んでんじゃねーよ。


 ぶつぶつと殺気混じりに呟いていると、俺の周りに闇の精霊が集まってきた。


『クスクス』

『恐い顔』

『クスクス』

『美しい顔』

『クスクス』

『美味しい感情』


 死んだ母さんが言うには、精霊とはそれぞれに好む感情と司る力があるらしい。

 確か……闇の精霊は『負』の感情を好み、『分解』や『消失』を司るんだったっけか……?


 普段は使い辛い精霊の登場に、より一層の苛々を募らせながら十二番地区の真下の通路までやってきた。

 俺がその気になれば、一月ぐらいで一つの地区を地下に落とす事は出来るが、それをやると後処理が面倒だし、ここは土の精霊に命じて地上までの道を作って貰う。


 帰ってきた時と同じ様にゆっくりと地面が二つに割れて行くが、さっきとは違い音は全く出ていない。


「【助かった】」


 思ったより魔力も持って行かれなかったし、恐らくは、俺の周りに集まっている闇の精霊に遠慮でもしたんだろう。

 それに、そんなに集まってるなら、夜の闇もあって俺の姿はかなり認識され辛くなってるはずだ。


 階段を上って地上に出ると、外は完全に暗闇に覆われていた。

 地下道もかなり暗いが、外に至っては月明かりが無いとスラム街なんかは特に何も見えなくなる。

 現代みたいに街灯なんて高尚な物を設置しても、俺達みたいな奴らが折り倒して灯りを持ってっちまうから、街灯があるのは歓楽街と貴族街、後は平民街に少しと言った所だ。

 今は都合が良いけど、こんな夜は孤児狩りも仕事時だろうから、気を付けないといけねーな。


「さて……何処から行くかな……」


 ボロ屋の窓から明かりが漏れてる所は、ほぼ例外なく男女の嬌声が聞こえてくる。

 そんな声を聞きながら、道の端にうずくまる様に集団で眠っている孤児達の前を通り、元『マシラ隊』のメンバーがアジトにしていた廃屋の前までやってきた。


「ここか……?」


 人気の全く無い静まり返った廃屋からは、濃密な死の気配だけが漂って来ていた。


「はぁ……死んだ? 報告する時、面倒な事になりそうだな……」


 お粗末に仕掛けられた罠を避けながら玄関を通り過ぎ、別の場所に空いていた穴から中に足を踏み入れると、中は死臭に満ち溢れたかなり居心地の悪い空間になっていた。


「うわぁ……流石にコレは引くぞ……」


 短刀で両手を壁に縫い付けられたまま腹を裂かれた子供の死体や、首を切り落とされて口に男性器を詰め込まれた少女の死体。他にも、股から血を流して顔がぐちゃぐちゃになっている死体など。

 少なくとも、今生で見て来た中で一番悲惨な死体のオンパレードだった。


「ウチの奴らのじゃねーな……」


 だが、この場にあった死体はどれもこれも『マシラ隊』の餓鬼の物だった。

 俺達『シャングリラ』は、構成メンバーの大半がな人間じゃ無い。

 その為、顔を覆う様なターバンや布を巻いてるのが殆どだ。


「うへぇ……。頭おかしいんじゃねぇの? 『尖兵』のリーダーって……」


 それ程広くもなかったので、ごく短い時間で全ての部屋を見て回れたが、結局、生存者は一人もいなかった。


「『尖兵』の方のアジトかよ……」


 そう呟きながら入った場所と同じ穴から外に出ると、何処からか視線を感じた。


「………」


 ゆっくりと動きながら廃屋の周りを観察してみると、丁度廃屋の玄関から死角になる位置に二人の男が身を潜めているのを発見した。


 見ーつけた……。

 アホが二人、玄関をガン見してるじゃん。


 多分、リバ達を救出に来た俺達がここに来ると踏んでの監視役だろうけど、俺にとっちゃ何の障害にもならない。

 音を立てない様に片方の男の背後に回り込み、血で錆びついた剣で思いっきり腹部を殴りつけた。


「ぐッ───ごハッ!!?」


 隣に突っ立ってた奴と一緒に敷居の壁にぶつかった男は、地面にのたうち回りながら血反吐を吐いていた。


「な!? おい! どうした!」


 馬鹿だねー。

 せっかくの視覚的アドバンテージを音で無くすなんて。


 案内役は一人いれば十分だから、地面に崩れ落ちた方の男を必死にゆすり起こそうとしてる奴は殺しとくか。

 相手の視界に入らない様に慎重に間合いを測って、男の死角から頭部に剣を振り下ろした。


「あぺッ──?」


 相手の頭部に半分程めり込んだ剣は致命傷を与えるのに十分過ぎたのか、一度ビクンと反応した男はそのまま地面に倒れ臥した。


「ぁ、あ、あぁぁ……」


 仲間の死体を見た男は、ゴフゴフと血を吐きながら俺の事を恐怖の篭った眼差しで見つめていた。


「さて……俺の仲間、何処に攫ったのか教えてくれよ」

「──!!」


 脇腹を抑えながら必死に首を縦に振る男を引きずって、俺は廃屋の方に踵を返した。

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