転生先はスラムの孤児でした

恵まれた生まれ

第1話

『うわぁぁぁぁ!!』


 ついさっきまで俺達を威嚇するように取り囲んでた奴らが、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。


「追え! 捕まえろ!」


 喧嘩っ早いバドが、逃げ遅れた奴を殴り飛ばしながら周りの奴に命令してる。


 俺は、足元に転がる血に塗れた汚い死体を道の端に蹴り飛ばし、魔力切れによる倦怠感からその場に倒れるようにして座り込んだ。


「勘弁してくれ……マジで……」


 スラム街十三番地区。

 別名を『熟した肥溜め』とも呼ばれる地区で起こった孤児同士の集団闘争は、俺達『シャングリラ』の勝利という形で終わりを迎えた。

 原因が十二番地区の孤児集団『マシラ隊』が俺達の縄張りに侵入して来た事だとは言え、向こうのリーダーであるマシラという少年は思ってた以上に強かった。

 何せ、簡単な物ではあったが魔法を使えるとは思ってもみなかった。

 お陰で、俺の切り札である『部分的身体強化』の内、『腕力』と『脚力』の二重強化をする羽目になった。


「だぁぁぁっ、くそ! これで飯にありつけなきゃ、完全に損じゃねーか!」


 ドゴォッ、と地面を殴りつけながら叫ぶと、ビクビクとした様子のラミが俺の側に近寄って来て言った。


「シンくん……お兄ちゃんが女の子を捕まえたって……」

「こっちに連れて来いって言って……」


 遣る瀬無い気持ちを前面に押し出しながらぶっきらぼうに言うと、ラミは小走りにバドの方に駆け寄り、何事かを伝えてから同じ孤児仲間の方に向かって行った。


「おう、シン! マシラの女ってのを捕まえたぞ!」

「痛いっ! やめてっ……いやぁ!」


 ラミに呼ばれたバドは片手に亜麻色の髪の少女を引きずっており、その少女はそれなりに整った容姿をして、服装も清潔感のある物を着ていた。


「取り敢えずいでいいよ。その服はラミにでも渡せば?」

「いいのか!?」

「どうぞ……」


 そう言うと、嬉々として少女の服を剝ぎ取り、素っ裸になった少女を放置してラミの方へと走って行った。


 流石シスコン。なんの躊躇いもなくよくやるよ。


 無理やり裸にされた少女の方は、俺の前で蹲り、すすり泣いている。

 色々と聞かなきゃならない事があったけど、優しく聞くのも面倒だったので、怠い体を無理に動かして道の端に転がってた死体を少女の前まで引っ張って来た。


「ヒィッ───」


 突然目の前に現れた見知った人物の死体に、少女は息を飲み込み、恐る恐る俺の顔色を伺う様に見上げる。


「こうなるか?」


 そう聞くと、ブンブンと首を横に振って拒絶の意を露わにする。


「じゃあ、どうしたらいいか分かるよな?」

「………はい」


 地面に土下座をするように頭を擦り付けた少女は、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返していた。


 今更だが、俺の名前はシン。

 年は13ぐらい。

 生まれた時から父親は居ないし、母親も逃走生活と不摂生が祟って数年前に死んだ。

 現在はスラムの奥地、掃き溜め中の掃き溜めである十三番地区で、やりたくもない孤児達のリーダーをやってる。

 特徴としては、迫害対象である黒エルフの血が半分混じってる事と、前世の記憶がある事ぐらい。

 「事実は小説よりも奇なり」とは、良くいった物だと思う。

 あんな物語みたいに恵まれた環境に生まれるのなんて、ほんの一握りだ。

 後の奴らはうだつの上がらないド平民か、はたまた俺のようなゴミを漁る卑しいクソ餓鬼になるのが落ちさ。

 倫理観や道徳なんてとっくの昔に捨てたよ。

 あんな物で腹が膨れるのは、金持ちだけだし。

 今は、今日を生きる為にどうやって他人を出し抜くかを考えなきゃ、あっという間に死体の仲間入りだ。


 未だ足元で謝っている少女を蹴り起こして質問する。


「上納金の備蓄って何処?」


 スラムってのは何処までいっても縦社会だ。

 孤児はギャングに、ギャングは大人に、大人は組織の人間に。

 そうやって搾取されるのがお決まりであり、唯一の例外である十三番地区を除いて、どの地区の孤児達もバックには何処かしらのギャング集団が付いている。

 十二番地区は確か……『梟の尖兵』とか言う、数だけが取り柄の集団が居たはずだが……。


「し、知らない……私は、連れてってもらった事が無かったから……」

「チッ……」


 クソの役にも立たない女の頭に腰を下ろして、剥き出しの尻を平手で打ち据えてやった。


「うぐぅ……! あぐッ!」


 バチンバチンと大きな音を立てて叩いていると、ラミに服を渡したバドがこっちに戻って来た。


「何してんだ?」

「お仕置き。こいつ、何にも知らねーみたいだし」


 叩き過ぎで尻が真っ赤になって来たが、遠慮する事なく思いっきり引っ叩いてやった。


「ふーん……」

「バドもやるか?」

「いや、いい。興味ねーし」


 そうか、と返しながら、今度は真っ赤になった部分を撫でさすりながら、少女に向けて優しく言ってやった。


「聞いたことに答えられないと、こうなるからな?」

「ぅ……ごめん、なさぃ……」


 弱々しく俺の服の裾を掴みながら、もう限界だと言う風に裾を引っ張る。


「あァ?」

「ごめんなさい……許して……」


 死なれても困るので、目の前に転がってるマシラの死体から衣服を剥ぐように命じてから腰を上げた。


「どうすんだ?」

「リバの奴が勝手にやってんじゃない?」


 戦闘中に何処かへ飛んでいったどす黒いターバンを探しながら、バドの質問に答える。


 お、あったあった。

 これがないと、一発でアウトだからな。


 またもや血を吸って変色した、元は綺麗な若草色だったターバンを頭に巻き直し、『シャングリラ』の面々が俺の元に集まってくるのを待った。


「シンくん。リバさんは向こうのアジトを襲撃してから帰るって」


 集まったメンバーの内の一人が、そう報告して来た。


「……帰るか。待ってても仕方ねーし」

「おう! てめーら、戦利品をまとめろ!」


 俺の呟きに、隣に立ってたバドが年少組に荷物を括り付けながら他の奴らに指示を出し始めた。

 俺やバド、後もう一人のリバって奴が中心になってる孤児集団『シャングリラ』は、人様から爪弾きにされたスラムの人間の中でも、更に爪弾きにされた底辺中の底辺が寄り集まって出来た集団だ。

 重犯罪者を親に持つ奴や、違法奴隷に逃亡奴隷の子供。他にも、迫害対象にあってる種族。怪我で満足に働けない兵士崩れや冒険者崩れ。病気で明日を生きれるかも怪しいジジイや娼婦の女など。

 『肥溜め』と呼ばれる、王都の闇の部分でもある十三番地区にしか行くところの宛がない奴らが自然と集まって出来た結果がこれだ。

 メンバーの大部分は10歳にも満たない。

 バドがせっつくように指示を出してるが、満足に動けていないのが現状だ。

 10歳以上も居るにはいるが、四割近くは10歳になる前に死んで行く。


「準備出来たぞ。帰ろーぜ」


 ぞろぞろとチビ共を連れたバドを先頭に、年長組が相手側の子供を縄で縛って連れ、最後尾に俺がマシラの女を引っ張って進む。

 血でドロドロになった服を着た少女は、俺に手を引かれるままに歩くし、年長組に連行されてる子供の内、女の子は大体ぐずりながら歩いている。


「チチ姐さんの所によってくか!?」


 そうやって、のろのろとアジトに向けて帰ってると、先頭のバドがアホみたいな大声を上げながら聞いて来た。


「行かねーよ、面倒くせぇ! 大体あの人、ショタコンじゃねーか!」

「……分かった!」


 そんな会話をしながら街を囲う城壁の側まで来た俺達は、俺を中心にして周りから見えないように人の壁を作った。


「【さっさと開けろ、土の精霊】」


 握り拳を作りながら全力で地面に振り下ろすフリをすると、ゴゴゴ、と音を立てながら地面が左右に割れ、その下に石畳の階段が現れた。


「ほら、早く行け」

「おう! しっかし、いつ見てもシンの魔法はすっげーなぁ……」


 これが、俺達十三番地区の孤児達が誰の干渉も受けずに存在出来ている理由。

 この王都に存在するスラム街。その地下に網の目状に掘り広げた地下道が『シャングリラ』の根城。

 6歳で母に死なれた俺が、孤児狩りに会わないように4年の歳月をかけた縄張りであり、いつの間にかやり過ぎてた結果でもある。

 過去、スラム街の奴らだけじゃなく、歓楽街に存在する一桁地区のクソ餓鬼共も襲撃に加担して起こった大規模な抗争すらも退けた、難攻不落の地下坑道が俺達の帰る場所だ。

 勿論、地上部分にも十三番地区と呼ばれる部分はあるが、アレは住めたもんじゃない。大部分が墓地とゴミ処理場になってるし、残りの部分も違法薬物の保管庫や違法奴隷の取引所になってるから、糞尿と腐肉と生ゴミだらけで、居るのは死にかけのジジイや立ちんぼの娼婦ぐらいのもの。

 大半の奴らは、『シャングリラ』に協力する代わりに地下坑道で生活している。


「【いいぞ】」


 全員が入ったのを確認して、入り口をしっかりと閉める。


 リバの奴らは表から入って来るだろうから、開けた所は閉めとかなきゃマズイし。


「何処、ここ……?」


 俺に手を引かれた少女が、真っ暗な坑道を見て怯えたように呟いた。


「お前らの死に場所だよ」

「へ……?」


 思いの外食料が奪えなくて苛立ってた俺の口は、勝手にそう喋ってた。


「ぃ、いや……! 死にたくない!」


 ぶるぶると震える手で、俺の袖を掴みながら必死に懇願して来る。


「ごめんなさい! あなたの言う事聞くから! 何でもする! 他のメンバーの事も喋るから!」

「………」

「分かった……! ウリでも良い。ちゃんと出来る! 食料だって集めるから!」


 遂に足元に縋り付くようになった少女の髪を掴んで引きずりながら、俺は黙々と坑道を進む。


「助けて……お願い……。お願いします……何でもしますから……」


 暫く歩くと、ランタンの光に照らされたそれなりの規模の空間に辿り着いた。

 そこでは、数十人規模の子供達が天幕や布などで仕切りを作り、各々が割り当てられた活動をしていた。


「おい」

「……!」


 放り投げるようにしてその光景を見せてやると、少女は口をあんぐりと開けて固まった。


「許して欲しけりゃここで働きな。何したら良いかは居る奴に聞け」


 俺はそう言って区切られた天幕の一番奥、ここらの区域を仕切ってるメンバーの天幕まで進んだ。


「おい、マーサ。女一人追加だ。こき使ってやれ」

「お! お帰り! バド達なら先に奥に行ったよ」


 天幕の中に居たのは、赤色の髪に赤色の眼をした狼系の半獣人であるマーサと、マーサの補佐をしてる年長組の奴らだった。


「何してんだ、こんな所で?」


 俺がそう聞くと、マーサ達は互いに顔を見合わせた後、地面の上に置いてあったのアクセサリーと一緒に、こんな事を言って来た。


「この子がね、見回りの時に、表口近くの地面の上に置いてあったのを持ってきたんだ。シンくんにはこれが何か分かる?」


 リバの奴しくじったな……。

 いや、これは予想できないか……。


 アクセサリーを受け取った俺は、苛立ちそのままに握りつぶしながらそう思った。


「皆殺しにしてやる……」


 ギョッとした表情のマーサ達の前で、俺はふつふつと怒りを煮え滾らせていた。

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