第3話「真打の登場 -Be Arise-」

 東京都内は大混乱だった。

 公共交通機関こうきょうこうつうきかん麻痺まひし、往来には避難民が溢れ出ている。

 だが、どこへ逃げようというのか……空から、恐竜を滅ぼした規模の巨大構造物が落下してくるのだ。爆心地は勿論もちろん、そうでない地域にも大量の粉塵ふんじんが舞い上がる。それは成層圏を漂う厚いカーテンとなって、地球を包むのだ。

 太陽の光が届かなくなる、これがかくの冬である。


真姫マキ、大丈夫か?」

「う、うん」


 佐倉英雄サグラエイユウは、背に巻波真姫マキナミマキかばいながら歩く。

 すでに、見慣れた町並みは普段の温かさを失っていた。寄り道して買い食いしたコンビニも、みんなで冷やかした書店も、人の気配はない。

 周囲を逃げ惑う人達は、誘導する警察官の声にもおびえた表情を向けるだけだ。

 そして、どうやら都庁の世界樹に向かう幹線道路は封鎖されてるらしい。


「まずいな、ルートを変える必要がある……でも、どうして世界樹へ?」


 あせりが英雄を多弁にさせる。

 英雄には莫大な富もないし、それを適切に運用する判断力もない。そして、あの守和斗スワトと名乗った異能者いのうしゃのような超常力ちょうじょうりょくもなかった。

 ただ、精霊達をて、気持ちを通わせることができる。

 それすらも、背後の真姫に比べれば未熟だった。

 だが、静かな声がはっきりと目的を教えてくれる。


「今……地球全土の世界樹が、呼んでるの」

「呼んでる?」

「そう、呼んでる……この世界に満ちた精霊達と共に、みんなの地球を守るために」

「何を……やろうっていうんだろう。俺にも……何か、できるのかな」

「それは、わからないよ? でも……でもっ!」


 グッと真姫は、英雄の背後から飛び出した。

 そして、となりで並んで手を握る。


「何かができるはず。そして……俺にも、じゃないよ? そこは、だよっ」

「真姫と、俺と?」

「他に誰かいるの? ……あー、いるんだ? ねえ、いるんでしょ。私の他に誰かが」

「いっ、いや! いないっ! いません! いてはなりません!」

「ふふ、よろしい」


 いつもの真姫がそこにはいた。

 そして、いつもの調子ではいられない現状がある。

 その中で、彼女が無理して普段の自分を演じてるのが伝わった。

 こんな時、どうしていいかわからない。

 だが、改めて英雄はちかった。

 必ず真姫を守ると。

 サイレンの音がジリリとけたたましく響いたのは、そんな時だった。


「な、何だ!?」

「見てっ、英雄くん! あそこ、銀行!」


 目の前の銀行から、突然覆面姿ふくめんすがたの男達が飛び出てきた。その手には、鉄パイプや角材かくざい丸太まるたが握られている。


「って、丸太ぁ!?」

克己カツミくんが言ってた! こういう時は『!』って言うんだって」

「真姫……今度からあいつの言うこと、まともに聞いちゃ駄目だぞ?」

「えっ!? ち、違うの!? 都会は変わってるなあって……てっきり」


 この非常時に、銀行強盗だ。

 いや、非常時だからか……逃げるのが無駄と知った、それは暴徒の所業しょぎょうだ。そして彼等は、ギリギリの理性で避難している市民達へと襲いかかる。警察も突然のことで対応が難しそうだ。

 そして、逃げようとする銀行強盗の一団がこちらへやってくる。

 思わず英雄は、真姫を抱き寄せた。

 身をていして庇う以外に、何ができる?

 精霊に頼んで、連中に何か……だが、何を? どうすれば!

 声が降ってきたのは、まさにその瞬間だった。


警護対象けいごたいしょうを発見……お前は、戦うな。戦っちゃ、駄目だ」


 咄嗟とっさに誰もが、空を見上げた。

 暗雲垂れ込めるビルから飛び出た、立て看板の上に人影がある。赤いマフラーを風に棚引たなびかせ、ジャンパーにジーンズを着込んだ少年だ。

 彼の左手には、が光っていた。

 そのまま、謎の少年は英雄と真姫の前へと降りてくる。

 その時にはもう、彼の腕輪は光と共に黒い篭手ガントレットを現出させていた。それは武具であるというより、何かしらの装飾品……美術品のような風格がある。


「精霊使いには初めてだな……ちょっと彼女を借りるぞ、英雄!」


 不意に少年は、真姫に触れた。

 その左の瞳が、真っ赤な光に満ちて彼女から呼吸も鼓動も奪う。

 あまりに突然のことに、英雄はただただ真姫を抱きしめてやるしかできなかった。

 そして……少年はなんと、真姫の中から、メモリのようなものを引っ張り出した。大きさは丁度、カードケース程度だ。それを篭手へとセットすると、無機質な声が響いた。


Clothクロース

「っと、なるほど……こいつで、巻き付けて、巻き取れ! ってね!」


 あっという間に少年は、篭手から現れた光の布を解き放つ。真姫から取り出したそれは、帯のように伸びて巻き付き、銀行強盗をその場に縛りあげた。

 悲鳴を上げて残りの悪漢あっかんが逃げ始める。 

 だが、余裕の笑みで彼は振り返った。


「佐倉英雄に巻波真姫、だな? 俺の名は吉野ヨシノユウト。守和斗さんに頼まれてきた。俺達があんた等を都庁まで……世界樹まで、守る」

「あ、ああ……えと、ありが、とう。でも、俺達?」

「ああ、が、だ」


 ユウトと名乗った少年の声を、激しいスキール音がかき消す。

 逃げ出した銀行強盗の数人が、待っていたトラックへと飛び乗ったのだ。共犯者のトラックは、荷台から荷物をこぼしながら走り出す。恐らくああして、あちこちで略奪をしているのだろう。

 なんてさもしい……英雄の心が暗く冷たくなってゆく。

 今、この瞬間の危機の中でさえ、己のエゴと欲を振りかざす人間がいる。

 一方で、ユウトのような毅然きぜんとした強さ、勇気をもって協力してくれる人もいるのだ。

 そして、トラックがこっちへ突っ込んでくる中、ユウトは余裕の笑みだ。


「お、おいっ! ユウト、後ろ! トラックが!」

「ああ、大丈夫。真姫さん? 俺達が守ると言った……


 刹那せつな、衝撃。

 激しい振動と共に、何かが頭上から降りてきた。

 そして、巨大な手が英雄と真姫を守る。その外側では、弾き出されたトラックが路肩ろかたへと乗り上げていった。そのまま建物に激突して、トラックがけむりをあげはじめる。

 ようやく警察官達が駆け寄る中、英雄は見上げた。

 そこには、守護神ガーディアンごとたくましい巨大なロボットがかがんでいた。

 そのコクピットが開放されて、眼鏡をかけた少女が叫ぶ。


「ユウト、平気? あんたまで面倒、見きれないよ! ……保護対象の安全は確保。って、ユウトー? あれ? 踏み潰しちゃったかな……」


 小柄な少女は、ユウトと同じメガフロートから来た真薙真サナナギマコトと名乗った。そして、この巨大ロボットは訓練用の旧型、ビシューMK2マークツーSVサーヴァントと呼ばれるカテゴリの人型機動兵器だ。

 メガフロートは現在、多くの先進技術や魔術等が研究される特区になっている。

 そのことを思い出すと、鋼鉄の手の影からユウトがい出してきた。


「あっぶねー、おいマコト! 俺じゃなかったら死んでるって!」

刹那セツナが、殺してもいいって。あんた、刹那の約束すっぽかしたでしょ?。……ま、正確には、死ぬ気で頑張れって話だけど」

「しょうがないだろ、こんな時だ!」

「こんな時だから……女の子の約束くらい、守ったら?」

「……こんな時だからこそ、俺は自分にしかできないことを選びたい。お前はどうだ? ベイルアウター」

「……やっぱ殺そう。うん、そうしよ」

「わーっ、ゴメン! 嘘だ! でも、来てくれて助かったぜ!」


 英雄は真姫が声をかけてくれるまで、呆然ぼうぜんとしていた。

 そして、言われて気付く。

 ずっと、彼女を強く抱き締めたままだった。

 あわてて放すと、ほおが熱い。


「ご、ごめん! でも……助かったあ」

「凄いね、英雄くん。さっきの、魔法? ちょっと聞いたことがあるけど、ルーンの腕輪の力かも。あと、このロボットは……しおんちゃんがオマケつきチョコ買ってる、あれかなあ?」


 周囲が騒然とする中、どうにか英雄は心を落ち着ける。

 また、何もできなかった。

 ただ、身を固くして真姫を抱き寄せるしかできなかった。

 そんな自分に、ユウトは言ってくれた……戦っては駄目だと。それは、どこか戦力外通告せんりょくがいつうこくのようにも聴こえるのだが、不思議と進む道を示してくれてるようにも思える。

 そう思っていると、見下ろすマコトも側のユウトも、緊張に身を正した。

 二人の視線を追って振り返ると、一人の少年が立っている。

 だが、彼の瞳には不思議な闇がよどんでいた。

 酷く老成した目が、一同を見詰めて笑っている。


首尾しゅびは上々だな、お前等」

「あ……! クヌギ先生!」

「へー、あれがレディムーンの言ってた……」


 椚先生……先生という敬称がぴったりの貫禄で、矮躯わいくの少年は歩み出てくる。その表情は不思議と、英雄と真姫には優しく見えた。


「ちょいと元凶がつかめそうでね。この馬鹿騒ぎをやらかしてる奴を、これから守和斗の小僧ととっちめにゃあならん。それと……お嬢ちゃん、宇宙に上がってくれるか?」


 マコトがうなずく気配を拾って、さらに椚は言葉を続ける。


「ユウト、お前さんは引き続き二人を警護だ。悪ぃが、死守しろ」

「わかりました! ……でも、精霊使いなんて探せば他にも」

「ま、そう言うなや。この土地の精霊、そして世界樹に一番身近な精霊使いが好ましいんだからよ。八頭司ヤトウジのお嬢ちゃんも動いてんだ、一つ頼まれてくれや」

「そういうことなら」


 そして、最後に椚は……先程クラッシュしたトラックにも声をかける。


「悪いなぁ、巻き込んじまって。巻き込まれついでだ、頼まれてくれねえか?」


 彼の声に、ふわりと白い影が浮かび上がった。

 その男は、透けた身体で呆然と自分を指差している。


「お前さん、名は」

「あ……有川楓路アリカワフウロ、です、けど……って、俺!? 死んでる!?」

「まあ、運がなかったなあ。さらに悪い事に……?」


 フウロが目をしばたかせる中、ニヤリと椚が笑う。

 頼もしいその笑みに、英雄は底知れぬ恐ろしさを感じずにはいられない。だが、悪意は感じられない……むしろ、椚と呼ばれた男の周囲では、不思議と精霊達も安堵あんどしているよいうに視えるのだった。





登場人物紹介

🌲都庁上空の世界樹は今日も元気なようです。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884487981

・佐倉英雄:高校生。精霊を視る力を持つが、周囲には秘密にしている。

・巻波真姫:高校生。強い力を持つ精霊使い。


🅾蒼眼の魔道士(ワーロック)

 https://kakuyomu.jp/works/4852201425154893854

・吉野ユウト:高校生。人の思念や想いを武器化して戦う魔法使い。


🐣鎧装真姫ゴッドグレイツ

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883341204

・真薙真:高校生。巨大ロボSV操縦の訓練生、あだ名はベイルアウター。


☯闘仙クヌギは鬼よりこわい

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883276139

・椚:大学生。妖魔や怪異に精通し、闇の仕事を請け負い邪を鎮める。


🎯魔法創造者の異世界人生 ~テンプレ世界を謳歌せよ!~

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884298797

・有川楓路:ラノベが大好きで異世界転生を夢見る青年。

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