第4話「Track 04. 一人じゃない、一つだから」

 八頭司ヤトウジルアは、目まぐるしく行き交う情報の中で働いていた。

 次々と更新される状況が、タブレットを通じて世界中に流れてゆく。

 今、宇宙で必死に仲間達が戦っている。自分の雇った従業員、若倉ワカクラツトムも一緒だ。そんな人達を仲間だと呼べるだけの一体感が、ルアを突き動かしている。

 そして、その興奮はこの上ない祝祭しゅくさい、熱狂的な神事にさえ思えた。


「ルア、再生数がどんどん上がってるみたいだね。でも、宇宙では少し膠着状態こうちゃくじょうたいかな? あれだけの機体が揃っても、どうしても少しだけ力が足りない」


 すぐ横で、嫌に落ち着いた声が響く。

 仮の避難所として開放された東京ビッグサイトで、守和斗スワトも一緒に都民達を見下ろしていた。二人の立つ場所からは、絶望の中に沈む市民達が一望できる。

 そして、皆が持つ携帯の中に、ウィーチューブ等の動画サイトを通じて希望が宿る。

 宇宙で破滅にあらがう者達の姿が、ウェイカー等のSNSで拡散してゆく。

 その熱気を感じて、ルアの顔には挑発的な笑みが鮮やかに浮かび上がっていた。


「そろそろ、彼女達の出番ね」

「ああ、頼むよ。これから俺がを呼び寄せる。宇宙には大いなる乙女の火と火をともして、それが炎と燃えれば……あるいは。そして地上には、鋼の賢人をもって世界樹へあの二人を導こう」

「あいかわらず達観してるのね。全て予定通り?」

「いや、そうでもないよ。俺の命以上のものが必要になったから……だから、彼女達の力が必要になったんだ」


 平然と守和斗は、自分の命を捨てると言い放つ。

 世界の敵の敵として、あらゆる異能の力をその身に収めてきた戦士……救世主メサイアとして造られた男の、かなしいまでの静かな覚悟があった。

 だが、それを引き止める権利はルアにはない。

 そして彼女は、助力を求めて拒めるような人間でもなかった。

 たぎる血潮が今、多くのオーディエンスを求めている。この絶体絶命の天変地異の中でさえ、絶望を希望へと塗り替える瞬間に興奮が止まらないのだ。

 そして、舞台に役者が揃う。

 背後に複数の少女達が現れた。


「あの……ルアさん。準備OK、ですけど」


 少し弱気な声は、リーダーの千葉華子チバハナコだ。

 そして、彼女達はルアの高校のスクールアイドル……グループ名は『ELEMENTSエレメンツ』。偶然にも、守和斗が精霊の力を借りるために集めた歌姫は、それぞれが自分の『個性オンリーワン』を秘めた少女達である。

 今、彼女達の歌に人類の存亡がかかっていた。

 だが、華子の瞳は不安げに揺れている。

 そして、メンバーのミナトマリナや網野アミノあいり、逆瀬川怜音サカセガワレオンといった面々もいつもの輝きがない。無理からぬ話だとルアは思った。

 だが、無茶で無謀と言われても、無理だとは言わせない。

 それだけは、ELEMENTSの皆が共有していると信じていた。


「じゃあ、お願いするわね……華子さん。そして、ELEMENTS+1のみんな」


 そう、プラスワン……本来いない筈の少女が声をあげた。

 星宮ほしみやしおんだ。

 人数不足を補うべく、急遽臨時メンバーとしての参加である。その歌唱力はぼちぼち、ダンスの振り付けなども詰め込めるだけ詰め込んだ。

 ただ、その圧倒的なやる気と根性、そして声量だけは本物だ。

 彼女は、隣の一年生の背中をバン! と叩きながら笑う。

 この状況下で笑えるしんの強さこそが、今のELEMENTSに必要だとルアは判断したのだ。


「だいじょーぶだよ! ね、結依ユイちゃんっ! わたし、脚を引っ張らないようにがんばる」

「そうです、皆さん……私達がELEMENTS……精霊の祈りと願いを束ねる者達だと、証明します」


 強く、熱い言葉だった。

 その心地よい熱量が、ルアの中で燃えるたかぶりを激しくあおる。

 少女の名は、火群結依ホムラユイ……スクールアイドルの業界では『灼熱のユイ』と呼ばれた伝説の少女である。否……伝説の少女だった、と言うべきか。実力派の子役として脚光を浴びながら、不幸な事故で華やかな表舞台を去った伝説。

 だが、彼女は灰の中から蘇る不死鳥フェニックスのごとく、自らの伝説を神話へと高めようとしている。それも、仲間達と共に。


「私がみんなのハートに火を付けます。そして――」


 一歩進み出る結依の先に、スポットライトの光が舞い降りる。

 精霊達の心と魂を繋げるべく、現代に蘇った巫女みこ達を呼ぶ光だ。

 人数の数だけ灯った、その光の真中へ結依が進んでゆく。それを見送る少女達の顔に、あっという間にいつもの力が戻ってきた。

 不安や恐れ、自分の弱さ……それを知るからこそ、乗り越える。

 今の気持ちを乗りこなして、少女は偶像ぐうぞうを超えた存在へと昇華しょうかするのだ。

 人はそれを、うたった。

 あのしおんでさえ、アイドル部の皆と並んで気後れしていない。

 ルアはタブレットを操作して、ゴーサインを出す。

 すぐにスタッフ達の音響と演出が、全避難民の視線を残らずさらった。


「みんなでハートに火を付けます! そう、私達は……この星のELEMENTS!」


 ルアは確信した。

 このライブは成功する。

 そして、もう隣に守和斗の姿はない。

 今、始まる……すでに始まっている。

 ルアが見送る先、光差すステージの上に少女達は集った。

 心地よい緊張感の中、彼女達の最後のつぶやきがわずかに聴こえる。


「ねえ、これ……スクールアイドルってレベルじゃないわよね」

「そ、そうですよ、マリナ先輩……えっと」

「全世界が見てる……ワールドアイドル? プラネットアイドル?」

「アースアイドル、とか?」


 だが、何十万人という人間の不安に彩られた視線を吸い込み、華子が断言した。

 その言葉を皆が、心に刻む。


「決まってるじゃない……私達は、この星そのものスターよ」


 大音響で前奏リフのメロディが走る。

 派手にスモークが吹き出す中で、ELEMENTSのステージが始まった。

 突然のことに呆気あっけにとられていた誰もが、ざわめき、呟きとささやきを交えたあとで……静まり返る。その静寂の中から、少女達の声と躍動とが手拍子を引っ張り出した。

 同時に、ルアは走り出す。


「回線を集めるだけ集めて! 全世界同時配信よ……それと、宇宙の中継にこの歌を重ねて!」


 冷たい真空の星海そらにさえ、この声は届くだろう。

 何もない空間をも震わせ伝わる、巨大な想いが燃え上がる。

 世界中の精霊が耳を傾ける、応援というレベルを超えた鼓舞こぶの歌。

 生きとし生けるもの全てへとささぐ、生命いのち賛歌さんかだ。

 センターで歌う結依の声が、澄んで透き通る。

 そして、静かに燃える炭火すみびのような温かさが広がった。


 ――今、もしも、もしも神様が見てるなら。

 この私を見ていてくれるなら――


 歌声が世界へと広がってゆく。

 ルアには確かめる術がないが、世界中の精霊達が安定してゆくはずだ。それは、精霊使いの二人が世界樹を目指す中で力になる。

 日本の、東京の世界樹を通じて地球の全ての世界樹が感応した時……奇跡が起きる。

 そう、奇跡を起こすのだ。


 ――ずっと、いつも、いつも神様がいるのなら。

 この世界を優しく包んでくれてるなら――


 ルアは神という存在については、無関心だ。

 ただ、都合のいい時だけ頼るような真似はしないつもりでいる。そして、信仰心への敬意だって忘れない。神様を信じられるかと言われると、今はまだ答えは出せないが……神を信じてベストを尽くす人間は、無条件で信じられる。

 勿論もちろん、それを信頼へと変えて積み重ねるのがビジネスだ。


「世界各地で世界樹が? ……何これ、光ってる。すぐに繋げなきゃ!」


 タブレットでルアは、世界中の中継を繋げてランダムで流す。

 このライブ会場のスクリーンに、無数に散りばめる。

 同時に、配信されるライブシーンへも織り交ぜ、そして宇宙での奮闘を一緒に流した。

 今、有史以来恐らく初めてかもしれない一体感が、地球と人類に満ちていこうとしていた。


 ――どうか、神様……お願い、神様。

 その手をお貸しにならないで。

 等しく優しい、その優しさで。

 何もできずに孤独な神様――


「今度は……何!? 海が……東京湾が」


 圧倒的なELEMENTSのライブで、東京ビッグサイトの無数の人々が一つになった。

 誰もがじゃない、だということを思い出した。

 この逆境、迫り来る破滅の中で誰もが祈る。

 その想いを歌がつむいでたばねれば、願いが形になろうとしていた。

 そして、ルアは不意に声を聴いた気がした。


『上手くいきそうだね。じゃあ、俺はここまでだよ。クヌギ先生に最後に会って、伝えなきゃいけない。この災厄の元凶……悪意の根源の存在をね』

「守和斗! ……あんた、いい仕事したわ。とてもいい仕事だった。だから」

『だから?』

「今度会ったら、雇ってあげてもいいわ。勿論、正社員待遇よ」

『君が世界の敵でない限り、俺は常に君の味方さ。じゃあ、また』

「ええ、また。またいつか」


 ――見守り、見詰みつめて、見据みすえて、そして。

 それしかできない神様、お願い。

 人を信じて、私に行かせて。

 その先が闇でも、歩かせて。


 おごそかとさえ言える空間の中、空気の振動が優しさを帯びる。

 ソロパートを歌い出した結依の声が、言葉の輪郭に翼を与えた。

 そして、彼女のほのおが聴く者全てに、小さな灯火ともしびさずけてゆく。


「――例えわずかな、小さな一歩でも――この足で歩かせて――」

「照らすしかできない神様の光で――どんな闇へも、歩いてゆける」


 そして、ルアは見た。

 その場の全員が見た。

 東京湾の中から、結依の声が点火した奇跡の業火ごうかを。

 それはとても巨大な、そして荘厳そうごんな姿。周囲の海水を蒸発させる白煙の中から、明日へと飛び立つ巨大なちょうが舞い上がる。そして、声が響いた。


「「――MAGICAL空間転移マジカルシフト!」」


 燃え上がる紅蓮ぐれんの蝶は、燐火りんかに飛び込むにも似ていた。

 その羽撃はばたきは、己を焼き尽くしてまで闇を照らす、神が与えた唯一の火にさえ思えるのだった。そして、600m程の巨体はあっという間に夜の闇へと消えていった。





登場人物紹介

💴労基ラブコメ ぼくとツンベアお嬢様

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884554542

・八頭司ルア:高校生、実業家。ウェブサービス企業の経営者。


🌲都庁上空の世界樹は今日も元気なようです。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884487981

・星宮しおん:高校生。英雄が精霊視ができるという秘密を知っている。胸が豊か。


🆘アルティメイタム~冒険生活支援者ライフヘルパーはレベルが上がらない!?( #アラレない )

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883806205

・守和斗:冒険生活支援者。元・救世主。数多の異能力を持つ。


🎤IDOLIZE -アイドライズ-

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884335211

・火群結依:高校生。元人気子役。事故で聴覚障害となるも、アイドルを目指す。

・千葉華子:高校生。アイドル部を一人で支えてきた。アイドル活動に打ち込む。

・湊マリナ:高校生。元チア部でアイドル部をいじめていたが、今は仲間。

・網野あいり:高校生。アイドル部新入部員で、引っ込み思案ながらも頑張り屋。

・逆瀬川怜音:高校生。歌劇の男役として教育を受けた、異色のアイドル部員。

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