第5話「機神鳴動」

 暗黒の宇宙に光が広がる。

 宇宙ステーションの残骸ざんがいを中心とした、巨大な物体が発熱で輝いていた。

 大気との摩擦まさつによる熱量だと、この膨大なエネルギーは長らく思われていた。だが、実際には落下する物質が進行方向で圧縮する空気が、分子の運動を速めているために熱を放っているのだ。

 御門桜ミカドサクラは、外の灼熱地獄しゃくねつじごくを前に汗を滲ませる。

 古き神々の力を宿した鬼神ルシフェルの中にも、逃しきれぬ熱が這い上がってくる。

 だが、周囲の仲間達には緊張感のない言葉が行き交っていた。


『わぁ、いいんですか!? あ、あのっ、僕、前から鞠華マリカさん達のファンで』

『もちのもち、もちもちオッケーだよっ! サインくらいお安い御用さ、シャオフゥ』

『そういえば、鞠華さん達って、服とかどこで買ってるんですかぁ?』


 ダイヒロインへと合体したグランドアークの中から、姫小狐ヂェンシャオフゥの声が響く。それに堂々と受け答えしているのは、逆佐鞠華サカサマリカだ。そして、若倉ワカクサツトムも話に加わっている。

 皆、事情は違えど女装する美少年ばかりだ。

 どういう訳か、地球存亡の危機に集った戦士達の中に、5


『ったく、緊張感ねえのかよ! あ、悪ぃな、桜』

『まあまあ、嵐馬ランマくうん。ちなみにおねーさんはね、オススメのお店が渋谷にあってえ』

百音モネっ! お前もなあ!』


 周囲にも笑いが満ちる。

 これもまた人間の強さだと、桜は学園で多くを学んだ。

 世界の終わりを背負っていても、人は笑い、泣き、歌い、踊る。人の心は形がなく、ただ存在するというだけで全てに作用してゆくのだ。心が曇れば世界に闇がさし、心の柔らかさや温かさは世界を照らす。


「へへ、豪気な連中だぜ。この状況で笑ってやがる」

「頼もしき者達です……それより、主様ぬしさま。少し、ほんのわずかばかり力が足りません」

「何っ? おいリリス、どうして」

「先程から鬼神ルシフェルを中心に、皆で凶星まがつぼしを押し出そうとしてますが……こちらの力は精一杯なのに、凶星の質量は増え続けてますので」


 桜は首をひねった。

 そもそも、本来は直径100mに満たない小さな宇宙ステーションの残骸である。それが今、周囲のデブリを吸い上げ取り込み、直径10kmを超える巨大構造物と成り果てた。

 原因は今持って不明だった。

 今、この瞬間まで。

 リリスは冷静に、表情一つ変えずに喋り続ける。


「あの中に……宇宙ステーションの中に、

「何っ!? あの中に人間が?」

「人かどうかはわからない。実験動物の可能性も……だが、その生命は地球への回帰かいきを願っている。その望郷の念を……地上で誰かが、よこしまな術で増幅しているのだ」

「じゃあ、周囲のデブリを吸い込んでいるのも」

「全てはもとは地球のもの、あらゆる物質は地球より生まれた。帰還を望む強力な思念が、地球の名残とも言えるデブリを巻き込んでいる」


 全く想定外の事実だった。

 問題の宇宙ステーションは、旧世紀に廃棄されたものだ。

 冷戦構造の中で宇宙開発競争が加熱し、大軍縮デタントの中で予算を削られていった。それでてられた人工衛星のたぐいは、枚挙にいとまがない。

 件の宇宙ステーションも、その一つだ。


「つまり……中にいる誰かを、その何者かを」

「そう、救い出さねばなるまい。軌道上に浮かぶデブリを無尽蔵むじんぞうに集められては、いずれ落ちる。その時には人類はまた――」

「また?」


 赤いドレスでコクピットに浮かぶリリスが、言葉をにごした。

 だが、彼女は憂いを帯びた顔に寂しげな笑みを浮かべる。


「世界は無数に分岐し、数多の可能性は無限大……その一つ一つが、生命の輝きに満ちている」

「おいおい、何を言い出すんだよ」

「……その全てに、等しく光と闇とが内包された。そして、人の心はどちらにも容易たやすく染まる。この瞬間も生まれ続ける可能性は、同時に滅び続けているのだ」


 それが、連理れんり

 連なり続く終わらないメビウスの輪だ。

 そして、リリスは驚くべき言葉を告げてくる。


「可能性は、その全てが未来。そして、交わらぬ道……しかし、その流れを繰り返し飛ぶ鳥がいるとしたら……その翼が、行き着く先もなく永遠に流離さすらうとしたら」

「それが、リリス……お前だっていうのかよ」

「皆、同じこと。主様が今いる場所、今の名前……それはこの世界だけのこと。そして、聖女禁装アクトゼス……禁忌きんきの礼装をまとえば、人は神さえもよそおう。そして、子宮をつかさど聖杯機グラール……特異点とくいてんの少女をそのコアとする、この世界線の鍵」


 リリスの言葉は、まるで歌うように響く。

 だが、意味不明な単語の羅列が、桜には不思議とわかる気がした。

 理解ではない……直感でそう思ったのだ。

 同時に、回線を通じて聴き慣れた声が飛び込んでくる。


『フッ、桜……見ちゃおれんな。少し手伝ってやる』

『僕ちんが手を貸してやんだ、下手こいたらブッ殺すかんな!』


 学園の仲間、神谷隼人カミヤハヤト牛若丸弁慶ウシワカマルベンケイだ。二人の鬼神、ラファエルとウライエルが戦列に加わり、押す力が一段と強まった。


「お前等……いいのか? 俺を手伝って」

『勘違いするなよ、桜。地球の危機は、地獄門だけじゃない。なら、その全てと鬼神は戦うべきだ。それに』

「それに?」

男の娘オトコノコもいいが、俺はボインちゃんが大好きでね……地球圏最強ヒーロー、タラスグラールの真心マコロちゃんなら、手伝うこともやぶさかじゃないのさ』


 隼人の言葉に弁慶が笑う。

 普段はなかなか素直になれず、互いが背負った宿命が対決をいてくる。

 そんな中でも、皆で人知れず世界を守ってきた自負が、桜にはあった。

 そして、それは皆も一緒だ。

 さらに、もう一機……地上から上がってきた小型の機体が、ブースターをパージした。


「ん? ありゃ……練習機!? だが、ありがてぇ! 今は猫の手も借りたいからな」

「主様」

「ああ、わかってる……任せろ、リリス。他の世界線なんざ知ったこっちゃねえ! けど、俺とみんなの世界は、守る! ここを、お前の泣かなくていい世界にしてやるぜっ!」


 より一層の力を振り絞り、誰もが必死で巨大構造物を押す。

 その間も、いびつに膨らむ悪意が、徐々にその姿を変えようとしていた。

 ほぼ球形で固まり続けている落下物は、徐々にその先端が伸び始めた。

 その時にはもう、教習用SVサーヴァントのビシューMK2マークツーが飛び出す。

 白く輝く熱の中で、少女の声がりんとして響いた。


『少し、削らなきゃ……今のままじゃ、重過ぎるから!』


 彼女の声に呼応する用に……突如、紅蓮ぐれんの炎がぜた。

 それが、高速で飛翔する物体だと気付いた時には、桜の鬼神ルシフェルをかすめて何かが通り過ぎる。

 それは、獄炎を纏った魔神のような頭部だ。

 広域公共周波数オープンチャンネルで、雄叫びのような声が走った。


『マコトォ! ジーオッドの力を使え!』

『言われなくても……ッ! ガイさんっ!』


 頭部だけの魔神が、ビシューと重なる。

 そして、桜は目撃した。

 激しい発火現象の中、燃え盛る巨大構造物の上に……業火の化身たる魔神が姿を現す。腕組み立つ姿は、先程のジーオッドと呼ばれた頭部がビシューに合体していた。

 それだけではない、両腕もパーツが合体して膨れ上がっている。

 そこには、簡素な訓練用の頼りない姿はなかった。


『そこの悪魔っぽいのの人! 私は真薙真サナナギマコト、メガフロートから来ました』

『おうっ、助かるぜ!』

『これから私のビシューで……ゴッドグレイツでデカブツの質量を減らします!』


 ――ゴッドグレイツ。

 偉大なる神々ゴッドグレイツの名を冠した、栄光への道を照らす炎が燃え上がる。

 文字通り燃えたぎほむらそのものと化して、ゴッドグレイツが両手を突き出した。苛烈な光は、あっという間に結びついたデブリ達を溶かしてゆく。

 大気圏すれすれを飛ぶ中、燃え盛る灼熱地獄をも吹き飛ばす圧倒的な熱量。

 噴き上がるマグマにも似た烈火れっかが、徐々に巨大な凶星を小さくしていった。

 そして、援軍はそれだけではなかった。

 不意に、巨大な質量反応が真上に現れる。


『見てっ、アヤ! あれ……地球! えっ、何!? ここ、宇宙!?』

『そう、見たい……どうして? 光に吸い込まれて、それでさっき』


 少女の声だった。

 そして、その清らかな純真さが似つかわしくない程に、禍々しい巨体が降りてくる。それはまるで羽虫のようであり、ゴッドグレイツという名の灯火ともしびに群がろうとするにも見える。

 だが、桜は敵意を感じなかった。

 そして、リリスの驚きの呟きを聴く。


「まさか……異なる世界から呼び出したのか。煌燐こうりん禍津神まがつがみを」

「何だそりゃ、リリス!」

「ここではない時、いまではない場所……凍れる煉獄を灼く力。それだけの召喚をする対価を、使ったというのか? いや、違う……守和斗スワトの力だけではない。ああ、そうか……


 真空の宇宙に、歌が響いていた。

 そして、その想いが身を寄せ合うような震えが、巨大な異形の神を変形させてゆく。巨大な両手が、激しい振動と共に凶星をつかんだ。

 交わした言葉より先に、少女達が操る巨神が力強く後押ししてくれる。


『見て、ハナ……あの地球、明かりがあんなに。人があんなに住んでる! 生きてるんだよ!』

『これが落っこちちゃ、駄目だよね。何かの本で昔、呼んだ……核の冬……太陽が見えなくなって、氷河期がくる』

『それって、わたし達みたいになっちゃう! 止めなきゃ!』

『えっと、ちょっと待ってね。あの、そこの皆さん! 私達、敵じゃないです! こんな姿だけど』


 見るも異様な威容、それは圧倒的な存在感で原初の記憶を呼び覚ます。

 サヴァイブと呼ばれる特殊なマン・マシーン・インターフェイスを使う桜も、繋がった鬼神ルシフェルを通じて感じた。

 鬼神ルシフェルは知っている……あの邪神のことを。

 灼火しゃっか焔王えんおうにも等しいその姿は、圧倒的な力で構造物を押し始めた。

 周囲の鞠華達からも声があがる。


『いけるっ、これならいけるよ! ……じゃあ、こっちもちょっぴり本気、出しますかっ』

『おうこら、鞠華っ! 本気出してなかったのかよ!』

『もう、嵐馬くーん? これからは、本気と書いてと呼ぶやつだよ? ……マジ、超やばいから……本当のっ、全力全開だよっ!』


 それは熱を超えた光に包まれた。

 この場に集った戦士達のエネルギーが、熱量が支配する物理法則を書き換えてゆく。あまりにも不可解な現象の中、ゆっくりと巨大な落下物が衛星軌道上へと持ち上がる。

 徐々に落下コースを離脱し始めたのだ。

 だが、ゴッドグレイツが削る速度を超えて、歪な芽が伸び始めていた。

 それはまるで大樹のように、どんどん枝葉を広げてゆく。


「やはり……中に残された生命、その願いが利用されている」

「くっ、じゃあ……その生命を……断つしか、ないのか? そういう道しかねえのかよ! リリスッ!」


 その言葉に応えたのは、以外な人物だった。


『桜さんっ、僕が行きます! ダイヒロインからマリンアークを切り離してください……ここに宇宙服もありますし。……この、全身タイツみたいなピッチリ、着たくはないですけど』


 誰もが機体の制御で必死な中、声をあげたのはツトムだった。

 そして、合体を解くダイヒロインから、マリンアークが浮かび上がる。すぐに桜は鬼神ルシフェルにそれを拾わせ……真っ直ぐ巨大なへと飛び出したのだった。





登場人物紹介

😷鎧装真姫ゴッドグレイツ

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054882022630

・真薙真:高校生。巨大ロボSV操縦の訓練生、あだ名はベイルアウター。


👭魔導少女リリウス☆セレナーデ

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883363547

・アヤカ:中学生。太古の遺産リリウスで、凍った世界のために戦う。

・ハナ:中学生。アヤカと共にリリウスに乗り、生命を削って戦う。


♠魔神閃鬼デビルオン

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054882730026

・御門桜:高校生。巨大ロボット、鬼神ルシフェルを駆る熱血少年。

・リリス:桜を導く、謎多き神秘的な美少女。


👗聖女禁装ゼスマリカ.XES-MARiKA

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883341204

・逆佐鞠華:ウィーチューブの女装配信主。根は熱い頑張り屋。

・古川嵐馬:歌舞伎の女形おやまの青年。女装コンプレックス。

・星奈林百音:ニューハーフの青年。お気楽な小悪魔キャラ。


💴労基ラブコメ ぼくとツンベアお嬢様

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884554542

・若倉ツトム:高校生。借金返済のため、八頭司ヤトウジルアに雇われている。


🔥機動彼女ダイヒロイン

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884085967

・天地英友:高校生。無能力者だが、美少女型巨大ロボ、タラスグラールを駆る。

・瑪鹿真心:高校生。地球圏最強のヒーローにして、タラスグラールの動力源。

・姫小狐:高校生。無能力者だが英友の親友で、ヒーローオタク。

・アーリャ・コルネチカ:高校生。無能力者で、口うるさいクラス委員長。

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