第2話「ツトム in ダイヒロイン!」

 星の海へと今、聖杯せいはいかかげられる。

 母なる子宮の名をかんした、それは人の姿。少女をかたどる巨大な聖杯……タラスグラール。そのコクピットで、天地英友アマチヒデトモは見た。

 地球への落下コースをたどる、巨大な物体を。

 背後では、一緒に乗る瑪鹿真心メジカマコロの息を呑む気配が伝わった。


「おいっ、何かデカくねえか? 宇宙ステーションの残骸ざんがいってレベルじゃないぞ!」


 背後で大気圏を離脱した三機のサポートメカからも、仲間達の緊迫した声が響いた。その中でも、冷静だったのは姫小狐ヂェンシャオフゥでもアーリャ・コルネチカでもなく……若倉ワカクラツトムだった。正規のパイロットがいないマリンアークに座らせるため、一日のレンタル契約でパイロットをやらされているのだ。


『ヒデ、確かに中心に宇宙ステーションの残骸があるみたいだ。でも……周囲のデブリを引き寄せどんどん巨大になっている』

「ツトム、原因はわかるか?」

『磁力や重力じゃない……ただ、どんどんデブリが吸い寄せられてる』

「……っし、ならやるしなけえ! 行くぞっ、真心!」


 緊張に身を強張らせながらも、背後の真心がうなずく。

 同時に、英友の右手にセットされたU-DEVICEユーデバイスが光り出した。

 電子音声が響く中で、英友は地球圏最強ヒーローの力を解放する。


YOUユー GETゲット NOWナウ!! U-CONNECTユーコネクト!! OPENオープン UTERUSユータラス!! OPENオープン UTERUSユータラス!!』

「ヒデ君……合体、しよ?」

HEROヒーロー ENTRYエントリー!! HEROヒーロー ENTRYエントリー!! ……AREアー YOUユー READYレディ?』

「行くぜ、真心! そして、みんなっ! うおおおっ、ヒーローッ! インッ!」


 鉄魂勇者てっこんゆうしゃタラスグラールと、三機のサポートメカの合体……動力源である真心の『孤性ロンリーワン』によって生み出される、その名も鉄魂合体てっこんがったい

 最強の大勇者、ダイヒロインの力ならば……一縷いちるの望みを託して、英友は気迫を叫んだ。

 合体レバーを渾身の力で握って押し込む。


「ドッキングッ、フォーメーションッ!」

「んっ、ああああっ! っく!」

「耐えろ真心! 俺がついてる!」

「う、うん……がん、ばる!」


 真心の『孤性』……それは、ビッグバンに匹敵する莫大ばくだいなエネルギー。それをケーブルで直結して動くのがタラスグラール、そしてダイヒロインだ。逆に、常にケーブルであふるパワーを逃し続けなければ、真心は自分の力に飲み込まれて死んでしまう。

 彼女が死ねば、たパワーは宇宙を消し飛ばしてしまうと言われていた。

 そして、ダイヒロインへの合体には、その力を彼女が振り絞る必要があるのだ。

 いつも英友は、その背に恋人の苦悶と激痛を背負っている。


『シャオフゥ君、アーリャさんも。ぼくは何をすれば……うわっ! け、結構揺れるね』

『ツトム君っ、落下物の観測データを管理してもらえるかな。僕が出力調整、アーリャが火器管制をやるから、お願いっ!』

『あと、マリンアークね……合体時、すっごく大変だから。揺れるけど、気を付けなさいよ!』

『ちょっとアーリャさん! 気を付けろって……どうやってですか、っとっとっと!?』


 あっという間にタラスグラールを、鋼鉄の鎧がおおってゆく。

 ほどいたリボンが長い黒髪を解き放ち、そのまま全身が合体するサポートメカによって膨らんでゆく。可憐な美少女のナイスバディは今、いかつい鋼の巨神へと変貌していた。

 リボンが最後にかぶとへ変わって、それを両手で被る。

 そこには、美しき戦いの女神の表情があった。


「大丈夫か、真心……やれるな?」

「う、うん……うんっ! 世界の全てを守って戦うっ! 鉄魂大勇者てっこんだいゆうしゃ! 私とみんなの、ダイ! ヒロ! インッ! 鋼の女神は、無敵、なりっ!」


 すぐ目の前にもう、落下コースに入った巨大構造物が迫っている。

 迷っている暇はなかった。

 最大出力の必殺技で、破壊する。

 ダイヒロインの力を信じて、英友は全員の命を預かり叫んだ。


「全力全開で行くぜっ! ヒーローッ、インフェルノォォォォォッ!」


 ダイヒロインの胸部に、苛烈かれつな光が集束してゆく。

 あっという間に、紅蓮ぐれん業火ごうかほとばしった。

 1,000億度の獄炎ごくえんが、文字通り煉獄れんごくほむらとなって照射された。

 煌々こうこうと輝く光の中、英友は苦しみにあえぐ真心の声に奥歯を噛み締める。ダイヒロインの圧倒的な力を使えば使う程、そのエネルギーを供給し続ける真心への負担は増える。

 だが、それでも彼女は世界と皆を守るし、そんな彼女を守ると英友はちかったのだ。


「やったか!」

『ヒッ、ヒデ君っ、それ駄目……!』


 シャオフゥの悲鳴と共に、爆炎の中に巨大なシルエットが浮かぶ。

 信じられないことに、最大出力のヒーローインフェルノを浴びてなお……宇宙ステーションの残骸はそのままの姿で落ちてくる。

 次々とデブリを合体させながら質量を増大させる、それはどんどん膨れ上がっていた。

 すぐ眼前へと迫る構造物を、自然とダイヒロインは両手で受け止める。

 全身のスラスターが青白い光を放ってあらがうが……無情にも重力がダイヒロインごと、落下物を地球へと引っ張り始めた。


「やべぇぜ! ……悪ぃ、真心! もっと力、使っていいか?」

「うん……いい、よ。ヒデ君、となら……私、頑張れる、から」


 背後に座る真心はすでに、己自身を抱きしめるようにして背を丸めている。そこから伸びる真っ赤なケーブルが、脈打ちながら中空にのたうち回っていた。

 現状でも、かなりの力を振り絞っている。

 だが、まだ足りない……圧倒的な質量差を前に、ダイヒロインの力でも足りないのだ。

 突如とつじょとして声が走ったのは、そんな時だった。


『よぉ、ヒデ……派手にやってるじゃねえか!』


 この危機でさえ楽しむかのような、野性的な声が響く。

 それはとても頼もしい巨影きょえいをダイヒロインの隣へと浮かべた。悪魔デーモン……否、魔神デビル。その名も、鬼神ルシフェルだ。そして、そのコクピットに座る男の名を思い出して、ついつい英友は張り詰めた緊張を緩めてしまった。


サクラの兄貴ッ!」

『情けねえ声出すなよ、女の前だぜ? さあ、気張きばれヒデェ! これしきのことで、終わっていい地球じゃねえんだよ……うおおおおっ!』


 わずかに構造物の落下速度が落ちる。

 ツトムの声がそれを教えてくれた。

 同時に、英友も必死でダイヒロインを操る。

 そして、雄々おおしき姿で絶叫する鬼神ルシフェルから、静謐せいひつなる声が響いた。鬼神ルシフェルに選ばれし御門桜ミカドサクラを、あるじと呼ぶ少女の声は穏やかで優しい。


『瑪鹿真心……聴こえますか? 内なる力に負けないで……りっしてごyさねば、溢れ出る力は貴女を食い破ってしまいます』


 とても清らかな声に、真心は荒い息で返事もままならない。


「リリス、さん……」

『さあ、気持ちを強く持って……私も主様ぬしさまと死力を尽くします。主様は今、魔神降臨デビル・オン……その身に悪魔の力を招き、鬼神ルシフェルの全てを引き出しています。貴女も……英雄合一ヒーロー・イン、ダイヒロインの力を出し切って』


 徐々に巨大な構造物が、表面の熱量を高めてゆく。

 今、機体の外は真空の灼熱地獄しゃくねつじごくだ。

 だが、勝機はある……背後から首に抱き付いてくる真心が、さらなる力を使う気だ。それをあの神秘的な少女、リリスが大丈夫だと言ってくれたのだ。

 そして、無数の警告がウィンドウとなって溢れる中、助っ人の声が響く。

 データの収集と解析をしながら、ツトムが声を張り上げた。


『聞いてください、皆さん! 下から押し上げても、無理です。むしろ……逆転の発想ですよ。今、計算しましたけど……押し返すんじゃなくて、!』

「ま、待ってくれツトム! それじゃ、こいつが地球に落ちちまう!」

! 限られたパワーを効率よく使うには、そっちの方が! 後ろから押して重力を振り切るんですよ!』


 即座に鬼神ルシフェルが飛び立つ。

 その背を追って、英友もダイヒロインを飛翔させた。

 見下ろせば、さらに巨大になった構造物は、直系10km程まで肥大化していた。それはまるで、衛星軌道上の全てのデブリをむさぼう魔物のようだ。

 背後へと回って、その尻を押すべく二機のロボットが光の尾を引く。

 そして、この危機に集ったのは英友達だけではなかった。


『グッモーニンアフタヌーンイブニナイっ☆彡 戦う女装ウィーチューバー“MARiKAマリカ”、華麗に見参! さあ……ルアちゃんのお陰で全地球配信だよ? 超弩級ちょうどきゅうのライブ・ストリーム・バトル! 始めちゃうから!』


 新たに三機の機体が飛んできた。

 全力で巨大構造物を押す英友の、その周囲を支えてくれるのはアーマード・ドレスと呼ばれるロボットである。多くが謎に包まれた、ドレスの力で着替えて戦う機体だ。

 英友はツトムから、彼の雇用主である八頭司ヤトウジルアの意志を伝えられる。

 今、こうして戦うヒーロー達の全てが、世界中に配信されていた。


鞠華マリカさん! 嵐馬ランマさんに、百音モネさんまで!」

『やほー? 地球が駄目になるかならないかなんだ、やってみる価値はありますぜ! ってヤツだよん。さあて……全力で行くよ! Showショー Mustマスト Goゴー Onオン!! 熱狂ライブはこれからだっ!』


 五機に押された巨大構造物が、ゆっくりと加速を始めた。

 このまま押し続ければ、地球の引力圏を振り切って押し出せるはず。そして、ツトムの声が視聴者のコメント数と再生数を教えてくれる。駆けつけてくれた逆佐鞠華サカサマリカ、そして古川嵐馬フルカワランマ星奈林百音セナバヤシモネの協力のおかげだ。

 そして、一人の男が仲間達を鼓舞こぶしてはげます。

 桜の言葉に、皆が奮い立った。


『っしゃあ、このまま押し切るぜ! 隼人ハヤト弁慶ベンケイもあとで来てくれる……気合を入れろっ、野郎共っ!』

『おうっ! ……おい、百音っ! お前も全力を出せよ!』

『もう、やってまーす。嵐馬君、余裕のない女の子は嫌われちゃうぞ?』

『俺は男だ! くっそおおお! お前、あとで覚えてろ、よおおおっ!』


 真空の宇宙を震わせる、雄叫おたけび。

 だが、落下コースから押し出されつつある巨大構造物は、徐々に質量を増やしてゆく。この衛星軌道上には、人類が捨てたデブリが大過ぎたのだった。





登場人物紹介

♠魔神閃鬼デビルオン

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054882730026

・御門桜:高校生。巨大ロボット、鬼神ルシフェルを駆る熱血少年。

・リリス:桜を導く、謎多き神秘的な美少女。


👗聖女禁装ゼスマリカ.XES-MARiKA

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883341204

・逆佐鞠華:ウィーチューブの女装配信主。根は熱い頑張り屋。

・古川嵐馬:歌舞伎の女形おやまの青年。女装コンプレックス。

・星奈林百音:ニューハーフの青年。お気楽な小悪魔キャラ。


💴労基ラブコメ ぼくとツンベアお嬢様

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884554542

・若倉ツトム:高校生。借金返済のため、八頭司ヤトウジルアに雇われている。


🔥機動彼女ダイヒロイン

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884085967

・天地英友:高校生。無能力者だが、美少女型巨大ロボ、タラスグラールを駆る。

・瑪鹿真心:高校生。地球圏最強のヒーローにして、タラスグラールの動力源。

・姫小狐:高校生。無能力者だが英友の親友で、ヒーローオタク。

・アーリャ・コルネチカ:高校生。無能力者で、口うるさいクラス委員長。

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