第1話「唐突に世界は今日で終わるようです。」

 佐倉英雄サグラエイユウは焦っていた。

 今、突然の大災害で都内は……否、世界は戦慄せんりつに震えている。

 誰もが予想だにしなかった、日常の崩壊。閑散かんさんとした校舎内は今、既に自衛隊や消防、警察といった各機関が避難所への整備を始めている。

 そんな中、英雄は走る。

 たった一人の少女を探して。


英雄えーゆ! ねーねー、えーゆ! やっぱ屋上だよ、屋上!」

「ああ、まだ探してないのはあの場所……いつもの俺等の屋上だ!」


 友人の星宮ホシミヤしおんと、磯出克己イソイデカツミも一緒だ。

 そして、英雄以上に真剣に探してくれている。

 大事な友達で、英雄にとってはそれ以上かもしれない少女……その姿が、避難指示で閉鎖された学校から消えたのだ。

 階段を駆け上がる脚も、全速力なのにどこかもどかしい。

 そして、重いドアを押すと視界が開ける。

 暗雲あんうん垂れ込める空の下で、その少女は振り向いた。


「英雄くん……みんなも」


 彼女の名は、巻波真姫マキナミマキ

 英雄と同じ精霊使せいれいつかいだ。

 都庁から世界樹せかいじゅが見守る街で、今日は精霊達も騒がしい。恐れ慄き、悲しみに暮れているのが伝わってくる。英雄にはそれが、ダイレクトに肌を通して感じられた。

 だから、同じ力を持つ真姫が心配だった。

 彼女の純粋な力も今、多くのなげきに包まれているだろうから。

 だが、そんな真姫の周囲に二人の人物が立っている。

 見慣れない顔だが、片方は同じ学校の制服を着た女子。そしてもう一人は、同世代に見えるが黒地に金のジャケットスーツに身を包んでいた。凛々りりしい少女の名は有名だったので、すぐに思い出せたが……穏やかな笑みを浮かべる少年に心当たりはない。

 その少年が、静かに語りかけてきた。


「佐倉英雄、だね? 彼女と同じ精霊使いの」

「は、はい……あんたは」

「俺は守和斗スワト。端的にいうと、さ。天敵のようなものなんだ」


 優しげな微笑びしょうを湛えてはいるが、守和斗の瞳は笑っていない。

 そして、突然突飛なことを言い出す彼の言動にリアリティがあるくらい、今は緊急事態だった。

 何故なら、あと半日ほどで地球の歴史……人類の世界が終わるかもしれないから。

 そのことを守和斗は確認させるように手を伸べる。

 指差す先で流れる黒雲の隙間から、破滅の使者が見えた。

 肉眼でもはっきりと見える、太陽の中に浮かんだ影。


「もう少しであれが落ちてくる……旧世紀の宇宙ステーションの残骸なんだけどね。勿論もちろん、阻止するために仲間達が動いているし、僕もこれから事件の首謀者を追うつもりだよ」

「……そのために、真姫を使おうってのかよ。なあ、あんた!」

「まあ、そうだね」


 思わず声を荒げてしまった英雄に、真姫が「英雄くん」と不安げな視線を送ってくる。

 精霊使いは超能力者ではないし、異能の力を持っている訳ではない。

 ただ、周囲に満ちる精霊達とのコミュニケーションができるだけだ。精霊がえて、言葉は通じずとも気持ちを共有することもできる。特別に精霊を使役させる招精術しょうせいじゅつなども使えるが、とりたてて特別な人間ではないのだ。

 だが、真姫の真剣な表情を見て、背後でしおんと克己が声を上げる。


「まきまき! そんなことより一緒に逃げよーよ。なんか、人工衛星? 落ちてくるんだって。こういう時は、おはしだよ、お・は・し!」

「押さない、走らない、し……尻を触らない。うん、まぁ……一緒に逃げようぜ? そっちのあんた達も」


 だが、守和斗は小さく首を横に振る。

 そして、同じ意思表示を英雄は真姫の表情にも見て取った。


「すまないけど、少し彼女が……彼女の力が必要なんだ。俺は俺でやることがあるし、他のことはルアにお願いするつもりだけど」


 守和斗の言葉に、隣の少女が小さく頷く。

 彼女の名は、八頭司ヤトウジルア。この学校では知らぬ者などいない存在だ。洗練された美術品のような美貌に、抜群のスタイル。女子高生という概念を超越した美少女は、自分で事業を運営する資本家でもある。

 ようするに、有り体に言えば学園のマドンナだった。

 もっとも、今まで数多あまたの男子が挑んで散っていった、完全無欠の乙女ヒロインなのだが。

 そのルアが、守和斗の言葉を補うように口を開く。


「うちが出資してる関連機関が今、動いているわ。ただ、どうしても精霊使いの子が必要なの。巻波さんには都庁の世界樹に行ってもらうわ」


 まるで楽器が歌うような声音だ。

 同じ人間の発した言葉とは思えなかったが、怜悧れいりな表情で彼女は話を続ける。


「勿論、国連や各国も動いているけど……こういう時はの方がフットワークが軽いわ。組織が対策を取る前に、あれはもう落ちてくる。私達の頭上にね」


 そう、落ちてくる。

 かつて太古の昔、地球上の生態系を一変させた規模の天変地異が起こりつつあるのだ。ニュースでは原因は不明としながらも、どこのチャンネルも冷静になるよう訴えかけていた。震えた手でペーパーを読むキャスターの表情が、すでに冷静さを保てない現状を一番よく表していた。

 そんな中で守和斗とルアは、真姫の力が必要だと言う。


「そういう訳なんだ、佐倉君。できれば君もいてくれると嬉しいけど……とりあえず、彼女だけでも借りれたら――」

「真姫はものじゃない! 貸し借りなんてできない……!」


 思わず強い声が出た。

 背後でしおんや克己も驚いている。

 他ならぬ英雄自身が、びっくりしていた。

 声を荒げることなんてなかったし、日々の暮らしは穏やかで温かくて、何もかもがゆったりと周囲に広がっていた。そんな中で、普通の日常を送り、普通に学び遊んで……そして普通の恋をした。

 その全てが奪われつつある中でも、英雄の恋は大事ななにかを守ろうとしていた。


「ただ……ただ、もし真姫がお前達に力を貸すなら……俺も一緒に行く」

「……それは助かるね。俺もルアも、これから忙しくなる。この混乱した都内で、真姫を世界樹まで連れてってもらいたんだけど」


 英雄はもう一度、確認するように真姫を見詰めた。

 そして、うなずきと同時に彼女の意志が決意に変わる瞬間を目撃する。


「私、ね……英雄くん。どうしてもやっぱり、精霊使いだから。最後の瞬間まで、精霊使いでよかったって、そう思える選択をしたいの」

「……わかった。俺も、真姫と同じ精霊使いでよかったと思いたい。これからも、ずっと」


 そして、再度ハッキリと守和斗に告げる。


「世界樹まで、俺が真姫を連れて行く。

「そういえば……以前も、俺にそう言い放った少年がいたね。それが君の……君達の最後通告アルティメイタムか。うん、助かるよ」


 気付けば、隣で真姫が手を握ってくれていた。

 それで初めて、自分の手が震えていることを思い出す。

 だが、強く握り返せば、彼女の手も恐れに強張こわばっているのが感じられた。

 守和斗とルアは、互いに納得したような、少し寂しげな笑みで言葉を交わした。


「決まり、ね……私はこれから、予定通りアイドル部に合流するわ。少し人数が足りてないんだけど……もう、後戻りしてる時間もないの」

「ツトム君はどうかな? 彼なら、女装すればあるいは」

「今、出向中しゅっこうちゅうなの。業務内容は……

「なるほど、そっちは任せていいみたいだね? 俺は……この災厄さいやく元凶げんきょうを追うことにするよ。ユウトやクヌギ先生にも協力してもらうつもりさ」

「じゃあ、始めましょうか。ちゃっちゃと地球を守るわよ? 全て、生のライブで配信しながら」


 人知れず始まる、この星の明日を賭けた戦い。

 その中で英雄は、真姫を守って都庁を……世界樹を目指す。

 意外にもしおんは残り、ルアとアイドル部を手伝うと言い出した。そして、克己も守和斗への協力を申し出る。

 今、失われつつある日常、平和な毎日が手からこぼれ落ちていた。

 指の隙間から逃げるように、小さな悪意へと吸い込まれている。

 その痛みを止めるために、英雄は自分ができるベストを選んだと思いたい。そして、最後にはそうだったと思わせて欲しい。

 真姫の手を引き、英雄は走り出した。

 その先に今、小さな大冒険が待ち受けているのだった。





登場人物紹介

🌲都庁上空の世界樹は今日も元気なようです。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884487981

・佐倉英雄:高校生。精霊を視る力を持つが、周囲には秘密にしている。

・星宮しおん:高校生。英雄が精霊視ができるという秘密を知っている。胸が豊か。

・磯出克己:高校生。しおんと同様、秘密を共有している。金髪片耳ピアス。

・巻波真姫:高校生。強い力を持つ精霊使い。


🆘アルティメイタム~冒険生活支援者ライフヘルパーはレベルが上がらない!?( #アラレない )

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883806205

・守和斗:冒険生活支援者。元・救世主。数多の異能力を持つ。


💴労基ラブコメ ぼくとツンベアお嬢様

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884554542

・八頭司ルア:高校生、実業家。ウェブサービス企業の経営者。

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