最終話 図書室の彼のひみつ
彼のひみつの全てが明かされた、翌日のこと。
「由花。図書室って、一応、公衆の面前なんだけどそのことは知ってた?」
お昼休み。購買で買ってきた焼きそばパンを呑気にほおばっていたら、ともみが唐突にこんなことを言ってきた。
「へ?」
首をかしげると、意地悪な親友は、豪速球を投げてきた。
「金曜日の放課後に図書室にいた友達から聞いたの。月島くんが、由花を堂々と抱きしめていたって」
「……!」
一瞬にしてトマトも驚きの赤さになったあたしは、脱兎のごとく逃走した。
*
放課後。
隣を歩く月島くんの横顔は、どこか晴れ晴れとしているように見えた。
「硝子は、あの時、図書室で自分の話を聞いていた人の記憶は消しておいたと言っていました。だから、綾乃と僕が付き合っていたという噂が広まる心配はありません」
それを聞いて、ほっと胸をなでおろした。
あの時は状況が状況だったし、感情的になっていたから周りのことを気にする余裕なんて微塵もなかったけれど、よく考えてみると、私たちの他にも利用者がいた。会話の内容が内容だったから、聞き耳を立てていた人も多かったと思う。
「じゃあ……月島くんの能力のことは?」
聞いた話では、矢吹さんの記憶を消す能力というのは、その時、彼女の視界に入っている人物だけを対象とするらしい。
つまりそれは、矢吹さんが去った後のあたし達の会話は、あの時、図書室にいた全員対して筒抜けになっていたということを意味する。
「そっちは、硝子では対処できないぐらいに、広まっているかもしれません。今日は一日中、みんなから遠巻きに眺められていたような気がします」
落ち込んでいる様子もなく淡々とそう口にした彼に、心が痛くなった。
「ごめん……あたしのせいだね」
拒絶された過去を持つ彼にとって、そういう噂が立ってしまうことは、どれだけの恐怖だろうか。また、抉られるような痛みを伴ったかもしれない。
月島くんは、落ち込んで肩を落とすあたしに視線をやると、やさしく微笑んだ。
「謝らないでください。今の僕は、以前よりも、ずっとずっと幸せです」
「そう、なの?」
「はじめから、みんなに受け入れてもらおうだなんて思っていませんでした。それよりも、大切だと感じる人に、ありのままの自分を認めてもらえたことが嬉しくて、舞い上がっています。先輩が、僕の真実を知ってなお好きだと言ってくれたことは……僕にとって、奇跡そのものでした」
心臓が飛び跳ねた。
さらりとこんなことを言えてしまうなんて、彼はずるい。
この先もあたしは、月島くんに、心臓を揺らされっぱなしなのだろう。
どんどん熱を帯びていく顔を隠すように、そっぽを向いて言った。
「……ねえ、月島くん」
「はい?」
「あたしが、月島くんに飴をあげた時のことを覚えている?」
あたしが、調査という名の下に月島くんをはじめて尾行した時のことだ。
まぁ、初っ端からばれてしまっていたのだけれども。
「ええ。勿論、覚えていますよ」
実は、一つだけ、まだ心に引っかかっていることがあった。
「あの時、どうして月島くんは、飴の味を『少し酸っぱくて、とても甘い』と言ったの?」
もしかしたら、月島くんは自分がそう言ったことは覚えていないかもしれない。それくらい、些細なことだ。
でも、単に想像であの飴の味を言ってみたのだとしたら、ただ『甘い』だけの方が無難だったと思うのだ。
真意を探るようにじっと月島くんの瞳を見つめると、彼はあたしから視線を逸らした。
「あー……えっと、それはひみつです」
また、ひみつ!?
「なんで隠すのっ」
「じゃあ、忘れちゃったことにしましょう。忘れちゃいました」
「ええっ! なんでよ!?」
「だって――」
――あの時、恋の味がしたから。
そんなことを言ったら、先輩は照れて怒ってしまうでしょう?
その時、風が吹いて、月島くんの言葉をさらっていった。
【図書室の彼のひみつ 完】
図書室の彼のひみつ 久里いちご @mikanmomo1123
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