この小さな城で
手が真っ赤だ。
数十分前まで話しかけていた命の歯車も、今やリョウの手を汚すただの汚いものに成り下がっている。
リョウと少年は、2人でサープの体を持って家へと帰った。止まらない血液が柔らかい土を汚して、2人の掌と洋服を汚して、サープはただの抜け殻へと変わっていく。
家へと着いたリョウは、小さな花が咲く庭へサープを横たえた。庭の隅にある両親の形だけの墓の隣に穴を掘り、サープのお腹にキスをしてから、そっと埋めた。
リョウがサープの墓の前で目を瞑り続けているあいだ、少年は伏せがちな目でただその光景を見守っていた。
「あなたも、家に入れば?本当は入って欲しくはないけど。サープを運んでくれたし、ここで見捨てたら私夢見心地が悪いの」
「いいの…?ありがとう。でももう少し、君の家族の そばにいさせて。そしたら、入ってもいいかな」
「…。じゃあ私は先に入ってるから、入る時はそのシャツは脱いできて。血の匂いが家に移る」
「ありがと。ごめんね」
この少年はやけにありがとうやごめんなさいを使う。
リョウが一番なりたくない人間
哀れみや、同情を誘う人間
リョウは家に入ってまず服を脱ぎ、体を拭いた。シャワーを浴びている間にあの少年が入ってきたら何をされるか分からなかったからだ。まだ心は許していない。そそくさと新しい白いワンピースを着て髪の毛を1本に縛りあげた。さっきまで血を浴びて発狂しそうだった少女とは思えないほど聡明で、美しい顔や肌をさらけ出す。
ふと窓から庭を眺めると少年はまだ盛り上がった土の前に膝をついて手を合わせている。サープを殺した時とは打って変わった、泣きそうな、終わりのなさそうな悲観的な表情。
「あの人、まだ外にいる。汗かいてるし…何を考えてるの」
「ーーーーー」
少年の口が何かを発している。窓のうちからでは聞き取れない
「??」
「ーーーーーー」
「お ね がい た す け て」
たすけて。そう言っていた気がして、胸がざわめいた。
「あ、あの。おじゃまします。この服…どうしたらいい。」
数十分後、少年は恐る恐るドアから顔を出した。顔を赤くして、まるで1回も人の家に踏み込んだことのない人見知りな子供のような顔をしている。まだシャツを着ているからなのか、1歩もドアの内側に踏み込んでこようとしない。
「捨ててもいいなら捨てて。家の外の木の箱がそれだから。捨てちゃだめなら、落ちないだろうけど洗ってあげるわ」
「うん。別に捨ててもいいんだけど、着る服がなくて…」
「多分大きいTシャツなら家のどこかにあったはずだから探してあげる。じゃあ、シャワー浴びてきて。案内するわ。」
「うん……本当にありがと」
感謝はされるものの、やはり中に入ってこない。無駄な緊張感と沈黙が、二人の間にぎこちなく走る。
「…すぐ脱ぐならその服きててもいいから!」
「あっ」
驚くように、そして安堵するように声を漏らし、少年は恐る恐る家の中に踏み込んできた。
やっぱりそういうことだったのか。
少年を風呂場に案内し終わると、少年は戸惑いながらも会釈をし、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。
慌ててリョウはその場から離れようと体を翻した瞬間、リョウは見た。
あの時と同じ横顔。サープを狂気的に、快楽的に殺した瞳を。そしてまた、口を小さく動かしたのだ
「ころさないと」
向こう側の貴方へ 水樹朔也 @ai2002
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