第44話 決着




 急展開すぎて、自分でも何をやっているのかわからなくなってきた。

 しかし、この時点でモルガンはかなりの魔力を使っているし、王家の騎士団とも敵対したこの機会を逃すわけにはいかない。

 今、俺だけで戦うしかないのだ。

 どうせ、こんな即死攻撃しかないような奴は、俺が相手するしかない。


「君主たちを利用して、お前になんのメリットがあるんだ。わざわざこんなところまで出てこなくとも、魔大陸で大人しくしてればいいだろ」


 ホールから中庭に続く廊下でそんなことを聞いてみる。

 これから殺し合いになる相手の思惑を知って、少しでも心の枷を軽くしておきたかったのかもしれない。


「どうやって私の妖魔を防いだのか知らないが、対等なつもりで話しかけるな。お前ごときが私の考えを知る必要はない。ただ一つ教えてやるとすれば、この大陸はお前たちだけのものではないということだ」


 人間を奴隷にでもして、この大陸を乗っ取る気でいるのだろうか。

 魔大陸はかなり不毛な土地だと聞いている。人間には住めない程に土地は痩せ、生き物は他の大陸よりもはるかに少ないそうだ。

 ろくに話をすることもできずに中庭についてしまった。

 広間から渡り廊下一つで中庭に続いているんだから仕方ない。


 モルガンは中庭で戦うことを必要としたというより、俺が何を考えているのか興味を持ったという感じだ。

 エルマンとの戦いを見る限り、周りに被害を出さずとも俺くらい殺せると思っているに違いない。


「ここまでついて来てくれたことには感謝するよ」

「それでどうする。杭の一撃でお前は死ぬのだ。こんな場所を選ばずとも、気が付いたら死んでいるのだぞ。どうして周りに被害が出るなんて口ぶりで話せる。逃げる気でいるのなら悪い知らせがあるぞ。運よく逃げきれたとしても、我が一族と戦った者はその身に呪いを宿し、永劫の責め苦に苛まれることになる。この場で死んでおいた方がよかったと後悔するぞ」


 目に見えない鋭い針のようなものが俺の肩に刺さった感触がした。

 同時に俺の腕から毛深いネズミが顔を出して、シャーッとうなり声をあげる。

 傀儡の妖魔が勝手に出てきたようだった。


「それは呪いじゃなくてウイルスだ。俺には効かないけどな」


 傀儡がウイルスまで防げたのは偶然である。

 しかし、血液が暴走する呪いというのが、骨に異常をきたす病であることは予想済みだった。

 俺は石の欠片で出来た小さなナイフを構えた。


「どうしてお前はそんなに余裕でいられるのだ。たしかに、そのナイフなら私を殺せる可能性はあるだろう。よく調べたというしかないが、広間での戦いは見ていなかったのか。私に近づくことなど、人間には出来はしない」


 モルガンにも、だんだんと最初の余裕がなくなってきている。

 切り札をこうもあっさりと潰されて、さすがにまずいと感じているのかもしれない。

 モルガンが腕を上げたかと思うと、その袖口の中から血液の杭が飛び出してきて、俺の胸を突き抜けて行った。

 あまりのスピードに反応することもできない。


 身体に空いた穴はすぐ元に戻るが、衝撃波のせいか意識まで飛びかけたし、内臓をずたずたにされて傷を治すだけで魔力が400近くも失われた。

 とてつもないエネルギー量を持った攻撃である。

 これで体内に血液が残れば、勝手に動いて何をされるかわからないのだから嫌になる。

 かなり不味い状況だが、ここで余裕を失って相手に勝ち目があると取られるのは下策だ。


「気付いたら死んでいるなんてことはないようだな。次は何を試してみるんだ」

「な、なんなのだ、お前は。まさか、け、血界魔法が使えるというのか。我が一族の秘術を、なぜ貴様などが使えるのだッ!」


 こいつに呪われた男から奪った力だが、そんなことを教えてやる義理はない。

 動揺している今が、畳みかけるチャンスだ。

 俺は奈落を呼び出して、その先っぽの方を使って盾代わりにする。

 モルガンの攻撃力があまりにも大きすぎて、根元の方で身を守れば簡単に実体を消されてしまう。


 かなりの魔力を使う奈落を簡単に消されるようでは、俺に勝ち目は残らない。

 奈落はとにかく動きの速さだけはあるから、先の方から少しずつ盾にしていけばいい。

 体を自由に流体化できる相手では、拘束に使うことも不可能だ。

 遠距離攻撃に特化した戦い方に頼るモルガンなら、懐に潜り込めさえすれば十分に勝機があるだろう。

 さて始めるかと考えて心がざわついた。


 いくら蛮勇の力があるとはいえ、とてつもない恐怖体験をした直後ではうまく腹が据わらない。

 こいつの躊躇いのなさは、まさに心がないというやつだ。

 なにがなんでも、こいつはここで殺しておかなければならない。

 俺は心を奮い立たせて地面を蹴った。

 あらかじめ視界を塞ぐように配置してあった奈落の陰を走る。


 韋駄天の能力で出せる限界のスピードで、俺はモルガンの背後に回り込んだ。

 血液を作り出しているのは骨だ。

 そこが弱点だという確証はないが、それ以外に狙うような場所もない。

 俺は背骨があるであろう位置に向かって、ナイフを突き入れるた。


 背後から見たモルガンの姿が女の人のそれで、一瞬だけ躊躇の心が生まれたが、気が付いた時にはナイフの切っ先を突き入れた後だった。

 刃は突き入れると同時につばめ返しの力で斬り上げている。

 ナイフを扱う力が強すぎたのか鉱石の刃は折れてしまって、急に抵抗を失った柄に振り回せされてバランスを崩した。


 武器屋のオヤジも言っていたが、魔道体で作られたナイフは使い捨てなのだ。

 魔法への変換効率も高く、威力も出るが、難点として非常にもろく、真がずれただけでも魔物に付き刺さらずに折れてしまうことがある。

 いざというときのために切り札として持っておく、いわば御守りのようなものだ。

 魔力さえ残っていれば、目の前の魔物一匹だけは仕留められるという程度の作りだから、そんなもので斬り上げたこと自体が間違いだった。


 その時、モルガンの体を形成していた血液がいくつもの杭となり、小さな弾丸として俺の体に突き刺さった。

 頭をやられたのか意識まで飛んだ。

 意識が戻ると、目の前に苦しみのうめき声を発するモルガンが現れた。

 その姿は伝え聞いていた黒と赤の肌を持つ魔族の姿へと変わっている。

 しかし、その姿はどこかいびつで、完全に再生しているようには見えない。


 自分を形成していた血液まで飛ばしてきたのは、魔道体に血液が触れないようにするためもあっただろう。

 俺の方は奈落もなしに近距離で攻撃を受けて、体を治すだけでも魔力の減り方が尋常ではなかった。

 切れ端が吹き飛んでしまったのか、服の一部は再生していない。

 鎧も吹き飛ばされて、隠していた予備のナイフがむき出しになっていた。


 俺は奈落で身を守りながら予備のナイフを取り出すと、モルガンの位置に火柱を発生させた。

 焦げた血液は魔導体としての性質を失う。

 とにかく魔力を使わせるしかない。

 その時、太いワームのようなものが、俺の体を食い破って出てきた。

 また幻覚かと自分の目を疑うが、これはモルガンが血液の弾丸から作り出したものだ。


 また内臓をやられたのか息苦しさのようなものを感じた。

 自分の血液を使ってワームを締め上げるが、残り少ない魔力ではそれすら難しい。

 このままでは血界魔法が発動しなくなった瞬間に死んでしまう。

 俺は仕方なく、最後の無限を発動させて魔力を満たし、なんとかワームの動きだけは止めた。しかし、体から引きずりだすのは不可能だ。


 その間に、俺と同じくワームに食い荒らされて、奈落が一本消されてしまった。

 残った奈落で身を守りながら、俺は距離を一気に詰めた。

 もはや次で勝負を決めなければ俺に勝ち目はない。

 奈落の後から飛び出すときに、俺はナイフを自分の体の後ろに隠し、左手をまるでナイフを持っているかのように伸ばした。

 狙い通り、モルガンはナイフを狙って血液の杭を撃ち出してくる。


 ミンチにされながらも、俺は左手だったものでモルガンの首を掴んだ。

 いや、巻きつけたと言ったほうが正しい。

 モルガンの指先から血が噴き出して、真っ赤な爪が5本あらわれた。

 その爪が俺の首を狙ってくるが、必死で掻いくぐりながら懐に潜り込む。


 ほとんどタックルしながら体をモルガンに密着させる。

 まるでコンクリートにぶつかったような衝撃とともに最後のチャンスがやってくる。

 近距離で死角になった右手のナイフを、俺はモルガンの鳩尾あたりに突き入れた。

 モルガンの黒い肌に走った赤い線が、マグマのように熱を発し光り輝いている。

 その顔は近距離で見るとかなりの迫力だった。


 ナイフの周りからモルガンの体が崩れていく感触があった。

 突き入れたナイフに魔力を流し込むと、魔導剣の特性でモルガンの体が凍り始める。

 そして右手に集めた魔力に、魔力焔硝を発動させて炎に変えた。

 爆発が起こりモルガンの体が破裂すると、俺はその血液を全身に浴びてしまった。


 傀儡の妖魔が腕から飛び出してきて、俺の体中を駆け回る。

 一瞬ヤバいと思ったが、俺が浴びた血液に力は残っていなかった。

 モルガンの魔力が尽きたのだ。

 目の前には赤い血だまりに背骨だけが横たわっていた。

 最初の攻撃で折れたナイフがその背骨に深々と刺さっている。


 俺の能力はまだ増えていない。

 俺がその血だまりを魔法の炎で燃やすと、周りの空気をびりびりと振動させながら残っていた背骨が灰になった。

 そこでやっと、俺の状態表示に変化が現れる。

 血界魔法が真祖の血界魔法へと変わっていた。


 俺の能力でも妖魔までは奪う事が出来なかった。

 なんとか倒せたかと、俺はその場に座り込んでため息をつく。

 とにかく体に付いた血をなんとかしよう。

 魔力が残っているうちに何とかしないと、この厄介なウイルスに感染してしまう。


 血界魔法を発動させ、モルガンの血液を操って一ヶ所に集め、俺はそれを燃やした。

 このウイルスに感染すれば5倍近い寿命が手に入るが、人間では日の当たるところに出られなくなてしまう。

 中庭は城の日陰になっているが、モルガンに太陽の光を気にしている素振りはなかった。


 もしかしたらローブで太陽の光を防いでいたのかもしれない。

 いや、そんなことはもうどうでもいい。

 俺は倒したのだ。

 広間に戻ると、幻覚の妖魔が解除されたのか、意識を戻しかけている奴のうめき声が聞こえる。

 ローレルたちはまだ現実と幻覚の区別がついていないのか意識がはっきりとしていなかった。


 無理やりにでも立たせてみるが、怯えるばかりで要領を得ない。

 最初に正気に戻ったのはエリオットだった。


「どうなりましたか」

「全部終わったよ。なんとか倒したぜ。いい判断だったな。お前のおかげで俺は正気を取り戻せた」

「はあ、そうですか……。僕はさっきまで悪魔の角を生やしたヘンリエッタに追いかけられてましたよ。そちらの逃走劇も壮絶だったので、お見せしたかったですね」


 逃走劇という割に、最初の位置からほとんど動いてないエリオットの発言は不思議な気分にされる。

 1メートルくらいの逃走劇だったようである。


「俺は疲れたから後のことはお前に任せるぞ。怪我をした奴も多いし、要人ばかりだから治療も必要だろ。エルマンが怪我させた奴もいるから、それが原因で死なれたら厄介だぜ。それとエルマンが国王を殺したのは事実だから、とっとと逃げだした方がいいんじゃないか」

「わかりました。僕に任せてください。僕は幻覚剤を使った経験がありますから、もう意識はちゃんとしています」

「そうか、いつもの調子には見えないけどな。とにかく王家の騎士団が正気に戻る前に済ませてくれよ。今の状態で戦うことになるのは嫌だぞ」

「僕が妖魔で眠らせておきましょう。重症者だけ僕が治しますから、済んだらすぐに逃げだしましょう」


 俺は城の中で、魔力が濃そうな二階のテラスを陣取って目を閉じた。

 さっきまで気にしていなかったのに、あのエルマンが死んだという事が、今になって意識に上ってくる。

 不思議と、自分の手で殺すことになったモルガンのことは気にならなかった。

 大陸を支配しようと数百年かけて王家に取り入ったものの、自分が呪った男の執念で死んだようなものだ。


 モルガンにとっては不幸な運命が重なったが、人間側にとっては幸運というよりほかにない。

 エルマンに課されていたことは、すべて終わらせることができただろう。

 俺が得た真祖の血界魔法は、体を治す力においては今までのものと同等だった。

 しかし、血液の扱いに関しては、まさに次元が違うものだ。

 血液の爪の硬度は、優に鉄を上回る。


 もちろん固めておくあいだに魔力を必要とするが、その消費でさえ驚くほど少ない。

 俺がのん気にそんなことを考えていたら、ヘンリエッタがやって来て涙を流しながら俺にお礼を言ってくる。

 まだ少し言動におかしいところが残っていた。

 そんなに大したことかなと思いながら聞いていたら、俺を救世主だなどと言いだしたので閉口する。


「エルマンも立派に務めを果たすことができた。ハルトは全てを救ってくれたな。私の目に狂いはなかった」

「偉そうに言うよ。ずいぶん上からの言い分じゃないか。お前のために頑張ったわけじゃないぞ」

「こんな言い方しかできないんだ。私に教養はないからな」


 ヘンリエッタが椅子に座っていた俺の頭を抱きしめた。

 なんとも言えない気持ちになる。

 俺はこいつの口車に乗って魔族などと戦わされる羽目になったのだ。

 鍛えているせいかナタリヤもヘンリエッタに次いで回復し、俺を見つけてねぎらってくれた。


「きっとエルマンは、ヘンリエッタのかわりに死んでくれたんだね」

「おかしなことを言うな。どうしてそうなる」

「このままいけば、あれはヘンリエッタの未来だったよ。貴族とか王族とかの世界に足を踏み入れれば、いつかはああいうことになるのさ。それを止めてくれたのはハルトだね。感謝しなよ。それにしても、ハルトはよく魔族なんて倒したね」

「大した相手じゃなかったよ」


「へへっ、世界一強い魔族だって言うじゃないか」

「紅血族の話をエリオットに聞いてからは、私もさすがに勝てるとは思っていなかった」


 あんなものは勝ちでも負けでもなく、ただの結果だ。

 さて、そろそろ逃げ出さないとまずいかなと考えていたら、エリオットがやってきて、俺に頭のおかしい提案をしてくる。

 俺は仕方なくその提案を受けて、使い魔のコウモリを数匹創りだし、街に向けて放った。

 そのコウモリは街中の壁に、血文字を書くためのものだ。


 その文章はエリオットが考え、ナタリヤにより多少のアレンジが加えられている。




 愚王と配下の紅血族は、闇に逆らいし罪により死罪とする。

 刑はその正当なる代理人により執行された。

                             闇の王



 その気の狂った落書きを街中に残して、俺たちは逃げるようにして王都を去った。

 落書きの効果はわからないが、ベルトワール家が王殺しの罪を問われることはなかった。

 そして、伝え聞いたところでは、王位をついだ狂王の隠し子は、戴冠式のみを行って、伝統である大司教から光の王を神託される拝領式を行わなかったそうである。




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闇の王 塔ノ沢 渓一 @nakanaka1127

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