金の馬

青瓢箪

第1話 金の馬


 むかし、ある国に三人の兄弟がいました。


 一番上の兄は乱暴者でした。

 二番目の兄はなまけものでしたが、とてもずるがしこい男でした。

 一番下の弟は働き者でやさしい若者でした。


 上二人の兄は一番下の弟が働き者なのをいいことに仕事をさぼって遊んでばかりいました。

 ですが弟はちっとも怒らないのです。

 毎日の食事の支度も、病気のお母さんの世話も怪我をしたお父さんの世話も、馬の世話も全部弟がしておりました。


 ある日、寝たきりのお父さんがいいました。


「息子たちよ、もう私は先がながくない。はやく、お嫁さんをもらってわたしを安心させておくれ」


 一番上の兄が言いました。


「ならば、お嫁さんを探しに行きます」


 一番上の兄は馬を連れて別の国へお嫁さんを探しに出かけました。

 馬はいやいやついていきました。自分の世話をしてくれない一番上の兄が嫌いだったからです。

 旅の途中、一番上の兄は馬が疲れていても休ませてくれず蹄の手入れもしてくれませんでした。

 野を越えて、山を越えて、ある国についた一番上の兄は美しい女の人を見つけました。

 このひとをお嫁さんにしようと思って、一番上の兄は女のひとを抱き上げると馬にのせて連れて帰りました。

 お嫁さんを連れて帰った一番上の兄に、お父さんとお母さんは喜びました。

 しかし、お嫁さんは泣いてばかりいました。

 乱暴者の一番上の兄のお嫁さんになりたくなかったからです。

 お家にかえりたかったのです。

 かわいそうに思った一番下の弟は、女のひとをお家に帰してあげようと思いました。

 ある晩、皆が寝静まると一番下の弟は女のひとを起こして馬小屋に連れていき、馬にいいました。


「このひとをお家まで乗せていっておあげ。お家まで送って行ったら帰ってきなさい」


 馬は夜中に女のひとを背中に乗せて出ていきました。


 次の日の朝、馬とお嫁さんがいないのに気づき、一番上の兄は怒りました。


「お前がしっかりお嫁さんと馬を見張っていないからだ」


 そういって一番下の弟をひどく殴りました。

 一番下の弟は殴られましたが、なにも言いませんでした。お嫁さんがお家に戻ることができて良かったと思っていたのです。


 何日かして馬が戻ってきました。

 馬はたいそう肥えていました。そして見たことのないような立派な金の鞍をつけていました。


 どうしたことだろう、と一番下の弟は不思議に思いました。

 でもわかりません。

 お父さんとお母さんは喜びました。

 金の鞍を売ったお金で薬をかいました。薬を飲んだお父さんとお母さんは、みるみるうちに元気になりました。

 元気になったお父さんが息子たちに言いました。


「息子よ、そろそろお嫁さんをもらって私たちを安心させておくれ」


「じゃあ、今度は僕が行こう」


 二番目の兄が言いました。

 二番目の兄は馬を連れて旅に出ました。

 馬はいやいやついていきました。怠け者でずるい二番目の兄が嫌いだったからです。

 旅の途中、二番目の兄は干し草代を出すのを惜しんで、馬に十分な草をくれませんでした。

 馬はおなかがすいてふらふらになりながら旅を続けました。

 野を越えて、山を越えて、二番目の兄はある国に着きました。

 畑で一生懸命働いている美しい女のひとを見つけました。


 二番目の兄は怠け者だったので働き者のお嫁さんが欲しいと思いました。


「私のお嫁さんにならないか」


 二番目の兄は女のひとにたずねました。


「いいでしょう」


 女のひとは答えました。


「ですが、わたしのお家にお金を払ってください。お金を払ってくれたら、私はあなたについて行きましょう」


 二番目の兄はお金を払うのが惜しくなりました。


「わかった。あなたのお家に行こう。馬に乗りなさい」


 二番目の兄はそういって女のひとをだまして馬に乗せました。

 そのまま、女のひとを自分の家まで連れて帰りました。

 お父さんとお母さんはお嫁さんを連れて帰った息子に喜びました。

 しかし、女のひとは泣いてばかりいました。

 無理もありません。騙されてつれてこられたのですから。


 一番下の弟は女のひとをかわいそうに思いました。

 この女のひともお家に帰してあげようと思いました。

 夜になり、一番下の弟は女のひとをこっそりと起こして馬に乗せました。

 馬はこっそりと出ていきました。


 次の日の朝、二番目の兄はお嫁さんと馬がいなくなったのに気づいて、怒りました。

 一番上の兄に頼んで一番下の弟をひどく殴らせました。

 一番下の弟はひどく殴られましたが、満足でした。女のひとが無事に帰れて良かったと思ったのです。


 しばらくして馬が戻ってきました。

 馬はたいそう肥えていました。そして、金の手綱をして金のハミをくわえていました。


 どうしたことだろう、と一番下の弟は思いました。

 しかしわかりません。


 馬は一番下の弟に何があったのかを話したかったのです。でも、馬は言葉をしゃべれませんからね。

 一番下の弟にやさしく甘噛みするだけでした。


 金の手綱と金のハミを売って、羊をたくさん買いました。

 一番下の弟は羊の世話に大忙しでした。生活が楽になったので、上の二人の兄は弟に羊の世話を押し付けて遊んでばかりいました。

 お父さんとお母さんが一番下の弟に言いました。


「息子よ。お嫁さんを探しに行きなさい。お嫁さんと二人で羊の世話をすればいいだろう。お嫁さんを連れてくる間は、わたしたちが羊の世話をしよう」


 弟はそれはいいな、と思いました。羊の世話を一緒にしてくれる女のひとを探しに行こうと思いました。

 一番下の弟は馬を連れて旅に出ました。

 馬は喜んでついて行きました。馬は一番下の弟のことが大好きでしたからね。

 かわいい、働き者のお嫁さんをご主人様と一緒に見つけようと思いました。


 野を越えて、山を越えて、ある国に一番下の弟はたどりつきました。


 ある木の下で、おじいさんが困っているのに出会いました。おじいさんは、転んで足に怪我をしていました。お家に帰りたいけれども、足が痛くて歩いて帰れないのです。一番下の弟はかわいそうに思って、おじいさんを馬に乗せてやり、おじいさんのお家まで連れて行ってあげました。


「なんとやさしい若者だろう」


 おじいさんは言いました。

 おじいさんは不思議な力をもったおじいさんでした。おじいさんは親切な若者のために何かしてあげたいと思いました。


「若者や。ありがとう。私は不思議な力を持っている。なにか、してほしいことはないかね。その馬を金色にしてあげようか。お金を吐き出すようにしてあげようか。どの馬よりも早く走れるようにしてあげようか」


 一番下の弟はびっくりしましたが、しばらく考えて答えました。


「では、馬をしゃべれるようにしてください」


 一番下の弟はとても馬を可愛がっていました。馬と話すことができたら、と常々思っていたのです。


「お安い御用だ。それでいいのかね。ついでに金色にもしてあげよう」


 おじいさんは呪文を唱えました。そして、魔法の粉をふりかけました。

 魔法の粉をかけられた馬はたちまち金色になり、美しく輝き始めました。


「ご主人様」


 と馬は言いました。

 言葉が話せるようになったのです。

 一番下の弟は喜びました。

 若者はおじいさんにお礼を言ってから馬とお嫁さんを探しに出かけました。


 言葉が話せるようになった馬は一番下の弟に言いました。


「ご主人様。いまから、あなたをある国へ連れて行きます。あなたのいやしいお兄さんたちがお嫁さんを見つけた国です。あなたにぴったりのお嫁さんがいるのです」


 一番下の弟はうなずきました。そんなことよりも、可愛い馬と話せるようになったことが一番下の弟にはうれしくてたまりませんでした。


 また、野を越え山を越え、一番下の弟と金の馬は兄たちがお嫁さんを見つけた国へ来ました。

 馬が言いました。


「御主人様。この国の女の人はとても働き者なのです。この中から、一番優しくてきれいな女のひとを選びましょう。でも、お姫様以外の人でなくてはいけませんよ」


 馬がそう言ったとき、この国の王様の行列が通りました。お姫様もいました。

 一番下の弟は、一目見てお姫様を好きになってしまいました。お姫様はこの国で一番美しかったからです。


「ああ、なんてきれいなひとだろう。あのひとがお嫁さんになってくれたら、どんなにいいだろう」


 馬がだめだと言ったのに、一番下の弟はお姫様をお嫁さんに欲しいと思いました。

 馬はびっくりしました。

 羊飼いの御主人様にお姫様がお嫁さんにきてくれるわけがなかったからです。

 でも、馬はなんとかして御主人様の願いを叶えてあげたいと思いました。馬は一番下の弟のことが大好きでしたからね。


「わかりました。御主人様。私のいうとおりにしてください」


 馬は一番上の兄が連れて帰ったお嫁さんの家に、一番下の弟を連れて行きました。

 お嫁さんのお父さんは、この国で一番のお金持ちでした。

 娘を助けた若者にお父さんは恩返しをしたいと思いました。


「若者よ、ありがとう。何かして欲しいことはないかね」


 馬がこっそりと言いました。


「上等な服がほしいと言いなさい」


 一番下の弟がそう答えると、お父さんはそれはそれは上等な服をくれました。


 次に馬は一番下の弟を二番目の兄が連れて帰ったお嫁さんの家に連れて行きました。

 お嫁さんのお父さんは、この国で一番強い剣士でした。お父さんも娘を助けた若者に何かして欲しいことはないかと言いました。


「立派な剣と兵士をくださいと言いなさい」


 馬がいうとおりにして一番下の弟は剣と兵士を手に入れました。


 馬は、次には王様のお城に一番下の弟を連れて行きました。

 王様は立派な服を着て、強い兵士を連れた一番下の弟を見て、なかなかの若者だと思いました。礼儀正しい若者をすっかり気に入ってしまいました。言葉を話す不思議な美しい金の馬も気に入りました。

 お姫様も優しい心を持った若者を好きになりました。

 王様は、若者とお姫様を結婚させました。


 馬は嬉しくてたまりませんでした。

 大好きな御主人様が、お姫様と結婚したのですからね。


 一番下の弟が遠い国のお姫様と結婚したと知って、二人の兄たちは悔しく思いました。

 一番上の兄が弟に会いに来ました。


「弟よ。お前が帰ってこないから、畑は荒れ果てて羊たちは逃げてしまった。どうしてくれるんだ」


「それは申し訳ありませんでした、兄さん」


 弟は兄にたくさんのお金を持たせました。

 兄はその金を持って帰らず、途中の宿屋で飲めや歌えと遊んでしまいました。


 次には二番目の兄がやってきました。


「弟よ。お前が帰ってこないせいで、お父さんとお母さんは病気になってしまった。どうしてくれるんだね」


 弟は申し訳ないと思い、兄にたくさんのお金を持たせました。

 二番目の兄も一番目の兄と一緒になって宿屋で遊びほうけてしまいました。

 しかしあんなにたくさんあったお金もそこをつき、とうとう二人は一文無しになって宿屋から追い出されました。


 二人は途方にくれました。下のずる賢い兄が悪だくみを思いつきました。


 二人は弟のところにやって来ました。


「弟よ。お父さんが死にそうだ。お前に会いたいと言っている。顔を見せてやってくれないか」


「それは大変ですね。わかりました。今から帰ります」


 弟は王様とお姫様に訳を話して、兄たちと共に帰路につきました。

 途中、二人の兄は弟を高い崖から突き落としてしまいました。

 兄たちは何食わぬ顔で王様とお姫様のもとに戻り、一枚の手紙を渡しました。

 そこには、自分にもし何かあったら兄のどちらかと結婚するように、金の馬を兄たちに与えるようにと弟の名前が書いてありました。

 実はその手紙は下の兄が書いたものでした。

 お姫様は嘆き悲しみました。


「おお、あの人が死んでしまったなんて」


 金の馬の首にすがって、お姫様は泣きました。馬も悲しくてたまりませんでした。


 次の日、一番上の兄とお姫様の結婚式が行われようとしました。ですが、お姫様の姿は見当たりません。

  お姫様はどこに行ったのかと、一番上の兄は金の馬に聞きました。金の馬は


「あなたの様な男にお姫様はふさわしくありません。私もあなたには仕えません。諦めて大人しく家に帰りなさい」


 と答えました。

 一番上の兄は怒って、金の馬の皮を剥ぎました。

 さあそれを見て更に怒ったのは王様です。お姫様がいなくなり、大事にしていた金の馬の美しい皮を剥いでしまった上の兄に腹を立て、王様は上の兄の皮を剥いでしまいました。


 下の兄は逃げ出してしまいました。逃げ出す途中で、下の兄はかつてのお嫁さんに会いました。

 お嫁さんは逃げるのを手伝ってあげるから、家に来なさいと言いました。

 これ幸いと思い、お嫁さんの家に行った下の兄は待ち構えていたお父さんに皮を剥がれてしまいました。


 さて、一番下の弟は生きていました。

 崖から落ちて大怪我をしていましたが生きて自分の家にたどり着きました。


 家に帰ると、お父さんお母さんはとっくに死んでいました。二人の兄は病気になった二人の世話を全くしなかったからです。あんなにたくさんいた羊も、兄たちが世話をしないので病気になったり、狼に食べられてしまって一匹もいなくなってしまいました。

 悲しんでいる弟のもとに、一匹の馬が来ました。

 おおかわいそうに、金の馬は皮を剥がれたまま、弟に会いたくてここまでやって来たのです。今にも死にそうな馬は弟に言いました。


「かわいそうなご主人様。悪い兄たちに騙されて、なんて酷い目にあったのでしょう」


 馬を抱きしめる弟に馬は最期の力を振り絞って言いました。


「私が死んだら、私の首をお切りなさい。いいですね」


 そして金の馬は死んでしまいました。


 弟は泣きました。

  お父さんもお母さんも羊もいなくなり、大好きな金の馬も死んでしまいました。ひとしきり泣いたあと、弟は金の馬の言葉を思い出しました。

  弟は金の馬の首を切りました。

  すると、あたりにまばゆい光がさし、お姫様が姿を現しました。


「おお愛しいひと。私はあなたが死んだとは信じられませんでした。金の馬に頼んで不思議な力を持つ老人のもとへ連れていってもらったのです。老人に、馬の中に隠してもらったのです」


  お姫様は言いました。


「私をあなたのもとに置いてください。あなたのそばにずっといます」


  一番下の弟はお姫様を抱きしめました。

  自分は幸せだと思いました。


  金の馬から出てきたお姫様は、とても美しい金の心を持ったお姫様でした。

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