先生は私達の味方です!(完)
季節は巡る。暑い夏が終わり、涼しい風が吹き始めた。サイコ学園の生徒達も元の平穏な生活を取り戻しつつあった。中庭の芝生広場に行くと、壊れた校舎の復旧工事が行われているのが見える。中庭を通り抜けて、保健室のある校舎へ入る。人気のない廊下を歩いていくと左手に保健室のドアが見えてきた。
ドアのノブを引っ張ってみるが、カギがかかっていて中には入れない。
ふぅーっ、とため息をつく。
白姫先生は、もうここにはいない。私を助けるためにアサシンと一緒に落ちて行った先生。アルカディアは崩壊し、消滅した。山田先生とリリスさんが、ポータルを使って先生を探してくれた。あらゆる方法で探したものの先生の行方は分からない。来月には新しい養護教諭がやって来るという噂もある。
廊下を元きた方に戻り、再び中庭に向かう。芝生広場のいつもの場所に、金髪の少女が立っている。
「また、保健室に行ってたの? かすみ」
ソフィアが、心配そうな声で尋ねる。
「うん、もしかしたらいるんじゃないかって、先生がね」
「そうか……」
ソフィアの背中に刺さっていた矢は、急所を外れて浅く刺さっていたこともあって命には係わらなかった。もしかしたら、一花が手加減してくれたのかもしれない。
アスタロトとミカエルは、お互いに世界の秩序を維持していくことで、条約を結んだ。この間もあの無人島に二人で行って、アルテミスの女神様にお礼を言ったそうだ。
ルシファーさんは、メフィストさん(山田先生)が、みんなを説得してくれたおかげで大きな罪には問われなかった。魔界の王の座は、アスタロトに譲って、妹のリリスさんとVRサービスの会社を設立したそうだ。お母さんにいっぱい親孝行できればいいんだけどね。山田先生はすっかり人間社会が気に入ってしまったみたいで、サイコ学園で教師を続けていくことになった。相変わらず、うっかりミスでソフィアに怒られている。
芝生広場に二人で腰を下ろす。広場のあちこちでくつろぐ生徒達を眺めながら、ソフィアと取り留めのない話をする。ふと、会話が途切れると、いなくなった人のことを考えている自分がいる。
学校からの帰り道、先生と待ち合わせしたコンビニに立ち寄るのが日課になった。初めて待ち合わせしたとき、サングラス姿の先生を見つけて急いで走っていったのを思い出す。
ちょードキドキしたよね。
先生と歩いたあの廃ビルへの道を歩く。そうそう、あの角を曲がると、とっても怪しいおんぼろビルが見えて、驚いたんだった。先生、必死で中は案外きれいなのよっ、て言い訳してた。思い出し笑いをしながら、角を曲がると――
――なにもない空き地だった。
ビルは解体され、更地となっている。分かっていた。そこにあるのは、もう思い出だけだってことを。フェンスで囲われた地面のところどころに雑草が生えている。
「ニャー」
声のした方を見ると、雑草の影から猫が少しだけ顔を出して鳴いている。山田先生がここで撫でていた猫に似ている。近づいて行って頭を撫でてあげた。人間に馴れているのか気持ちよさそうに頭を擦り付けてくる。
「お前、ひとりぼっちなの?」
「ニャー、ニャー」
と鳴いて、雑草の影から出て来た猫の後から子猫が二匹、とことことついて来た。
「そっか、お母さんなんだね、頑張ってね」
猫の親子は、道を横切ると反対側の家の塀の穴に入っていった。穴に入る前にこちらを振り返ると一言、「ニャー」と鳴いた。
「前に進みなさい」
そう言ったように感じた。みんな、自分の道を進み始めている。
「自信を持って、川本さん」
先生の言葉を思い出す。
先生、私も前に進むよ。先生が私に教えてくれたように。
次の日の午後は、久々に使い魔を操る授業だった。私は、いなくなってしまったカルラにかわる使い魔を、ソフィアは、フェンリルの兄弟を召喚することになった。始める前に戦って散ったカルラとフェンリルに感謝の黙とうを捧げた。私は、先生の使い魔だった夜刀にも黙とうを捧げた。
最初にソフィアが召喚の呪文を唱える。
「閉ざすものロキ、母なるアングルボザの子、大いなる精霊、ミッドガルドの大蛇、我の声に応え、今ここに現れよ」
黒い煙が立ち上り、緑の鱗に覆われた大蛇が炎に包まれて現れた。大蛇は、地面に降りると、とぐろを巻いて恭順の意思を示した。ソフィアはためらうことなく大蛇に近づくと頭を撫でた。
「よろしくね、ヨルムンガンド」
よかったね、ソフィア。フェンリルの分まで仲良くね。
さあ、次は私の番だ。呪文を唱えようとした私の頭の中で声が聞こえた。
(私に続いてください……)
えっ、誰? まさかまたアスタロト?
(いきますよ、せんぱい)
ああ、そうか。私のなかにいるんだね。
声に導かれるままに呪文を唱える。
「ポルキュースとケート―の名において、ステンノ―、エウリュアレ―の姉妹にして大地の女神。恐れられし大いなる力を示すもの、ここに戻り来たれ」
(てへっ)
「可愛くない」
白い煙が立ち上った。なかから人影がゆっくりと歩み出る。背が高くスラっとしたシルエット。切れ長の涼しげな目元に整った目鼻立ち、血管が透けそうな真っ白い肌。
「ただいま、川本さん」
彼女は言った。
「おかえりなさい、先生」
涙で視界がぼやけてくる。それでも決して見間違う事のない優しい眼差し。どんな時でも、何があっても見守ってくれた人。
そう、上手く言い表せないけど、この人は、白姫先生は――
私達の味方なのだ。
(完)
先生は百合カップルの味方です!(蛇) おあしす @Oasis80
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