先生と破壊の神(その7)


 私と先生のすぐ前の空間に黒い穴が開き、山田先生が飛び出してきた。

 

 「よかった、間に合ったようだな、さあ急いでここを脱出するんだ! この世界はもうすぐ崩壊する」

 

 「先生、この光は?」

 

 「これは、古代悪魔が作ったウイルス兵器『アルテミスの弓』だよ。アスタロトとミカエルが送り込まれた無人島にある女神像に封印されていたんだ」

 

 後から分かったことだが、アスタロトとミカエルは島から脱出できるように、女神像に毎日祈っていた。おかげですぐに「アルテミスの弓」を見つけることが出来たのだった。

 

 「ぐわああっ、崩れるっ! 崩れていくっ!」

 

 タドミールは壊れていく自分の理想郷を見て悲鳴をあげている。自身の姿もボロボロと崩れ始めていた。

 

 タドミールが作ったポータルも消滅してしまった。ルシファーさんもソフィアを背負って戻って来た。

 

 「メフィスト、礼は言わんぞ。お前は、この娘を連れて先に行ってくれ。俺にはまだやることがある」

 

 「山田先生、私もやることがあるんです、終わったらすぐに行きますから」

 

 「だめよ、川本さん! これ以上危険な目に合わせられないわ」

 

 白姫先生が私の手を強く引っ張って連れて行こうとする。

 

 「先生っ、お願い! 後悔したくないんです。すぐに、すぐに行きますからっ!」

 

 「エヴァ、二人の好きにさせてやれ。今はソフィアの治療を優先するんだ。この子を運ぶのを手伝ってくれ!」

 

 「ルシファー様、川本さんをお願いします。必ず連れて帰って下さい!」

 

 「分かっている、もう行け!」

 

 山田先生がプログラム魔法で簡易担架を出すと、ソフィアを乗せた。白姫先生と一緒にそれを持ち上げるとポータルに入っていった。

 

 「ルシファーさん、行きましょう」

 

 「ああ、行くぞ」

 

 二人の目的は同じだ。それぞれにとっての大切な人を救うため。

 

 「我と勝負せよ! 魔界の王よ」

 

 ディミオス将軍が私達の行く手に立ちふさがる。

 

 「小娘、お前は自分のなすべき事をしろ」

 

 「はい、わかりました」

 

 私は、向かい合う二人を残して、タドミールを探す。リリスドリームに上書きされたアルカディアの世界が崩壊していくにつれて、見覚えのある風景が姿を現す。気が付くとお城の広間に立っている。何かに導かれるように、長い廊下を抜け、階段を降り、やがて中庭のような場所に出た。

 

 ――芝生広場?

 

 芝生の上にタドミールが立っている。体のパーツがタイルのようにバラバラと崩れて出来損ないの人形のようになっている。

 

 「かすみ先輩、こんな姿になっちゃいました。おかしいでしょ」

 

 彼女は、元はハンカチであっただろう、ボロボロの布切れを芝生の上に広げた。

 

 「さあ、先輩の場所ですよ。座ってください」

 

 私は、ポケットからお気に入りのハンカチを取り出して、布切れの隣に敷いた。

 

 「いっしょに座ろう、せいのー」

 

 私とタドミールは並んで座る。その間も彼女の体は少しづつ崩れていく。

 

 「かすみ先輩、わたし、ひどいことしちゃいました」

 

 「そうだね。ひどいことしたね」

 

 私は、タドミールの体をそっと抱きしめる。

 

 「先輩、お願いがあります」

 

 「うん」

 

 「最後に、一花って呼んでもらえますか?」

 

 私は、向かい合うと彼女の瞳を見つめた。そこには、一花の、真っすぐでひたむきな眼差しがあった。

 

 「あなたを封印するわ、私のなかで生きて……、一花」

 

 一花のくちびるにそっと自分のくちびるを重ねる。一花の命の火がぐんぐんと私の中に吸い込まれていく。抜け殻となったタドミールの体は私の腕の中で粉々の砂となり、土に戻っていった。

 

 「いつかまた、会えるよね、一花」

 

 

 

 ディミオスが容赦なく打ち込んでくる剣をプログラム魔法で作った剣で受け止める。川本とかいうあの小娘は自分の目的を果たせただろうか? あんな人間の小娘でさえ、困難に立ち向かっているのだ。魔界の王である自分も負けてはいられない。

 

 「母さん! お願いだ、思い出してくれ」

 

 「私は、『母さん』ではない! 訳の分からないことを言うな!」

 

 これでは、取り付く島がない。どうやったら、思い出してくれる? どうすれば。

 

 ――ユニコーン!

 

 ふと、ディミオスの側に控えているユニコーンが目に入った。ひらめいた俺はユニコーンに向かって猛然とダッシュする。ひらりと身をひるがえし、ユニコーンにまたがる。主以外が乗ることを嫌がった一角獣は、激しく体をよじり、飛び跳ね、俺を振り落とそうとする。

 

 「危ない――、うぐぐっ、頭が」

 

 思わず、声を出したディミオスが頭を抱えて苦しむ。何かを思い出そうとしているのかもしれない。子供の時、母さんに褒めてもらおうと野生のユニコーンを手懐けようとした俺は、振り落とされて大けがをした。母さんは、高熱でうなされる俺を何日も寝ずに看病してくれた。あのときの恩返しを俺はまだ何もしていない。

 

 「うわー」

 

 子供の時と同じように俺は振り落とされて、したたかに体を打ち付けた。

 

 「ル、ルシファーぁぁぁっ!」

 

 真っ青になったディミオスが俺に駆け寄って顔を覗き込む。

 

 「う、う、私は……、私は」

 

 俺は、ディミオスの手をしっかりと握る。

 

 「母さん、俺だよ、ルシファーだよ。あの時も何日も看病してくたよね。ずっと、ずっと言えなかったんだ。『ありがとう』って」

 

 自然と俺の目から温かいものが流れ出た。

 

 「ごめんね、ごめんね、ルシファー、あなたのことを忘れるなんて」

 

 母さんの目からもぽたぽたと涙がこぼれて、俺の顔を濡らした。

 

 「さあ、俺たちの世界に戻ろう、リリスも待ってるよ」

 

 立ち上がると、こちらにかけてくる川本かすみの姿が見えた。あいつも目的を果たしたのだろう。人間もなかなかやるじゃないか。

 

 

 

 ルシファーさんとディミオスが並んで立って私に手を振っている。お母さんを取り戻したのね。おめでとう。

 

 「世界が崩壊する、ポータルに向けて走るぞ!」

 

 私とルシファーさん、ルシファーさんのお母さんの三人は、どんどん消えていくアルカディアのなかをかけていく。脱出用のポータルが見えて来た、あと少しだ。はるか下の方に空間の谷間に飲み込まれていくアサシン達の姿が見えた。ルシファーさんが先にポータルの端に飛び込み、お母さんを引っ張り上げる、続いて私に手を差し出した。

 差し出された手を掴もうとした、その時、誰かが、私の足をつかみ思いっきり引っ張った。私は、バランスを崩してもんどりうって地面に倒れる。

 

 えっ? 振り返った私を、真っ黒い衣装に身を包んだアサシンが見下ろしている。

 

 「タドミール様のかたきめ、逃すかっ!」

 

 にじり寄るアサシン。武器は持っていない。

 

 「ポータルが閉じる! かすみっ、手を掴め!」

 

 すぐに立ち上がり、もう一度、手を伸ばす。今度は手を掴むことに成功して、体が引き上げられる。

 

 痛い! アサシンがまた足を掴んでくる。だめ、振り払えない、手が離れるっ!

 

 「うおおおりゃああ!」

 

 誰かが、ポータルから飛び出してきた。

 

 ――白姫先生っ!

 

 先生は、私を掴んでいるアサシンの顔面にキックを食らわせると、スローモーションのように地面に落ちて行った。

 

 「せんせーーいっ! いやあああっ」

 

 私の体はぐっと持ち上げられ、ポータルのなかに引き込まれた。ポータルの扉は閉ざされ二度と開くことはなかった。

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