なんかのクエストっぽい猫(猫短6)
NEO
猫クエスト
ある世界ある王国……すいません、また猫です。たった今、国王様より直々に命を拝領しようとしていました。
「あー、特に害はないんだが、魔王とかいうのが領内に住み着いてな。一国に二人の王は要らぬ。ちゃちゃっと倒しておいて」
なんともやる気のない声で国王様が言うと、控えていた鎧姿が長剣を持って前に出た、
「それは、デモンスレイヤーといってな、魔王や魔王に連なるものを一撃で叩き斬る力を秘めている。貸してやるから上手く使え」
おっと、いきなり最強装備っぽいものが登場です。そして、どこまでもやる気のない国王様です。
その剣を受け取ったのは……猫ではなく、隣にいた人間の青年でした。当たり前です。人間ですら両手持ちの剣を、猫が扱えるわけがありません。代わりに、身の丈にあった杖を持っています。そう、猫は魔法使いでした。
「では、一応勇者とか言っとく? まあ、なんだ、そんな感じで期待しているぞ」
最後までやる気のない国王様の声を聞き、青年と猫はその場を辞したのだった。
「なぁ、ミケ。どう思う?」
どうやら、猫の名前はミケというようです。しかし、柄はキジトラでした。
「どうもこうもなかろう。相手は国王だ。受けてしまったものは、やるしかなかろう」
椅子に座ると届かないので、不作法を承知でテーブルの上に乗せてもらい、オトオギスという赤身魚のカルパッチョを食べながら、ミケは青年に言いました。
「断れるわけないじゃん。あの空気だよ?」
青年はジョッキを煽りました。ミケはお酒を飲みません。下戸な上に酒癖が悪いのです。
「そういう弱気がいかんのだ。国王だって、ぶん殴って見せるくらいの気概を持て」
カルパッチョをむしゃむしゃやりながら、ミケは青年の顔面に軽く猫パンチを放ちました。爪を出していないので、痛くはないはずです。
「国王様を殴ってどうするんだよ。意味があるなら、前向きに検討したけど」
「意味ならあったぞ。今回の命は国王の我が儘だ。ぶん殴って、よくものを考えさせるべきだった」
カルパッチョが好物のミケ、意外と過激派のようです。
「あはは、僕はまだお尋ね者にはなりたくないよ。そうだね。やるしかないか……」
青年は床に置いた、国王様から借りた長剣を見つめたのでした。
「たぁ!!」
気迫の声と共に、青年が振るった長剣はゴブリンを真っ二つにしました。
ゴブリンとは人に似た亜人と呼ばれる魔物の一種で、一体一体は弱いが集団で襲いかかってくる傾向があり、決して油断は出来ません。
五体いたうちの二体は倒しました。残る三体は……。
「ファイア!!」
ミケが掲げた杖の先から巨大な火球が生まれ、ちょうど固まっていたゴブリンを纏めてなぎ払いました。
「フン……」
杖をトンと地面に突き、ミケは軽く決めポーズなどを決めましたが、青年は見ていませんでした。いつものことだからです。
「この剣、凄いよ。普通の剣としても凄い」
先ほどのゴブリンは「土着」の魔物であり、魔王とは関係がありません。つまり、デモンスレイヤーの能力とは全く関係ないのですが、それでも恐るべき切れ味を発揮したのです。
「フン、お前には過ぎたオモチャだな。せいぜい、『ひのきのぼう』辺りがお似合いだ」
相変わらず口が悪いミケでしたが、青年との付き合いも長く、その非凡な剣の腕は誰よりも認めていました
要するに、素直でないのです。
「あはは、相変わらずだね。さて、すこし休もうか」
「うむ、それは名案だ」
朝から移動し続けで、太陽の位置からみてもうお昼くらいでしょうか。このカサス平原には身を休めるような場所はありませんが、適当な地面に腰を下ろしての簡単な食事となりました。
「ほぅ、今日は金印か、何か企んでいるのではあるまいな?」
猫の携帯食と言えば、昔から猫缶と決まっています。青年が取り出したのは、標準的な黒印より少しランクが高い金印でした。
「なにも企んでないよ。特売で黒印より安かったから、全部買い占めたんだ」
ミケは小さく笑みを浮かべました。猫の笑みなど、そうそう見られるものではありません。
「買い占めるとはやるな。お前にしては上出来だ」
まあ、無駄話しているのももったいありません。ミケはさっそく開けられた缶に口を突っ込みました。この濃厚な味わい。やはり、黒印とは違います。
そんなミケの様子を微笑ましく眺めながら、自分は干し肉を囓りながら地図を確認する青年。問題の魔王城までは、このカサス平原を南下し、迷いの森を抜け、神秘の湖を渡たる必要があります。地図によれば、湖には立派な橋が架けられており、迷いの森さえ抜けてしまえばイージーなはずです。
「それにしても、まさか君と魔王討伐なんて大それた事をやるとは、全く予想いていなかったよ」
青年がミケに言うと、ちょうど食後の顔掃除をしていたミケが、ふと手を止めた。
「温厚な魔王を、わざわざ討伐する事もあるまい。国王には本当に困ったものだな」
ミケはため息を吐きました。
「それは僕も思うよ。なんて言うか、やりにくい」
青年は苦笑しました。暴れる魔王ならともかく、なにもしない相手に剣を向けるというのは、青年でなくとも嫌でしょう。
「そういう問題ではないぞ。もし、これを口実にして、魔王が王国に攻め込むような事態になったらどうする。浅はか過ぎるぞ」
ミケの言葉に青年は表情を引きつらせました。そこまで考えていなかったのです。
「まあ、そうなっても俺たちは知らん。正式に王令を受けて、討伐に出たのだからな。手ぶらで帰れん事は確かだ。だから言っただろう。ぶん殴ってでも考えるようにさせろと」
ならばその場で言ってやれというツッコミが入りそうですが、あの時のメインは青年であり、脇役である魔法使い、しかも猫の言うことなど誰が聞いたでしょうか。
分かっているから、ミケは何も言わなかったのです。
「ますます気が重くなったけど、行こうか……」
「うむ、さっさと済ませよう」
こうして、青年とミケは再び旅を続けたのでした。
「なぁ、ここさっき通らなかったか?」
どこまでも同じような光景が続く森の中、青年はミケに問いかけました。
「問題ない。順調に進んでいる」
ミケは辺りの様子を確認し、青年に答えました。
迷いの森とはよく言ったものです。似たような光景がどこまでも広がる深い森林地帯。普通に進んだのでは、たちまち迷ってしまうでしょう。
しかし、ミケにかかれば造作もないことでした、その動物的な感覚で、森の奥深くへと青年を誘っていきます。魔物もそれなりに出ましたが、場所柄一番強力な効果がある火炎系の魔法が使えないというハンデはあったものの、青年の剣技との連携で危なげなく切り抜けていきました。
そして……。
「ふぅ、抜けたか……」
目の前に満面の水を湛えた湖が見えた時、青年は大きく息を吐きました。
「おい、ちと怪我をしている。念のために治療しておこう」
青年もミケも、ここまでの戦いでかすり傷程度でしたが怪我をしていました。この先はなにがあるか分かりません。ミケは初歩の回復魔法で青年と自分の怪我を治しました」
「ありがとう。さて、橋はどこかな……」
見渡す限り湖です、その向こうに、立派な城がある島が見えました、あれが、魔王城です。
「取りあえず、湖を回ってみるしかなかろう」
さすがのミケも、橋の位置までは分かりません。二人は一応警戒しながら、広大な湖の周りを回ってみました。
「おっ、これだな……」
魔王城に向かって一直線に伸びる橋を見つけたのは、一時間ほど経った頃でしょうか。
「気を付けろ。どうも嫌な予感がする……」
ミケの声に従い、青年はデモンスレイヤーを構えました。その刀身が青く輝いています、今までにないことでした。
「これって……」
「ああ、魔王もバカじゃないってことさ。行くぞ!!」
ミケの声に押されるように青年は橋に足を踏み入れ、やや後をミケが走ります。それはすぐにきました。
まるでカラスの鳴き声のような声をあげ、石で出来た鳥のようなものが行く手を塞ぎました。
「ガーゴイルだ。面倒だぞ!!」
ミケが叫び、青年が剣を繰り出しました。その切っ先がガーゴイルに触れた瞬間、その体が粉々に砕けてしまいました。
「おぅ、凄いな。その剣」
ミケが思わず感嘆の声を上げました。さすが、最強装備っぽいものです。破壊力は抜群でした。
「よし、一気にいくぞ」
「わ、わかった!!」
その後もガーゴイルが度々襲ってきましたが、青年の剣がすべからく撃退してしました。
本来であれば、魔法も効きにくく、剣などは全く受け付けないほどの強敵なんですけれどね。ずるいです。
そして橋を渡り終えると、固く閉ざされた城門が行く手をを阻みます。これは、剣ではどうにもならないですが。
「しゃらくさい、ファイア・ブラスト」
ミケの放った最大級の火炎魔法によって、木製の城門は呆気なく焼け落ちました。いちいち、過激派なミケです。
「突入!!」
「分かった!!」
二人は城内になだれ込み、さっそく出迎えた魔物との戦闘になりました。歩く骨格標本ことスケルトン、動く死体ことゾンビ、なんとも形容いがたい姿をしたスパンキーという魔物、吸血鬼として有名なバンパイア、その他色々……まさに死闘でした。
ようやく魔王と対峙した時、青年もミケも見る影もなくズタボロでした。
「ほぅ、ただの青二才と猫と侮っていたか。ここまで来られるとは大したものだ」
魔王は肌色こそ青いものの、姿形は人間そのものでした。
「私は戦を好まぬ。しかし、我が首を取ろうとする者を受け入れるほど、寛容ではない。私もここの王城には間者を放っておってな、貴様たちの意思ではないにせよ、全力で排除させてもらおう」
間者とはスパイの事です。
魔王から強烈な圧力すら感じるほどの、もの凄い力が解放されました。
青年は剣を構えたまま、一歩も動けなくなってしまいました。彼我の力量差は明白でした。
「……彼の者の力を鎮めたまえ!!」
その時、ミケが呪文の最終節を叫びました。
魔王の体が光りに包まれ、圧倒的な力が一瞬でかき消えました。
「なに!?」
魔王が声を上げました。
「お前が長口上している間に、ちょっとした魔法を使わせてもらった。『破邪の魔法』だ。今のお前は、顔色の悪いただのオッサンにすぎない。ミシェル!!」
ここにきて、やっと青年の名前が分かりました。ミシェルは弾かれるように剣を構え、勢い任せに魔王の体を貫きました。
声すら上げさせずに、魔王の体は霧散しました。これで、任務完了です。
清々しさはありませんでした。残ったのは、妙な後味の悪さだけ……。
「おぅ、帰ったか。その剣はくれてやる、まあ、好きに使え」
任務完了の報告を聞いても、国王様は相変わらずやる気がありません。いい加減、腹が立ってきました。
「はい、国王様。ありがとうございます。時に、一つだけやれねばならぬ事があります。ミシェルは不敬を承知で立ち上がり国王様に近寄ると、とっておきの右ストレートをその顔面に叩き込んだのでした。
「おぅ、やるじゃねぇか。文句あるヤツはかかってこい」
ミケは杖を構えて威嚇しましたが、辺りから聞こえてきたのは賞賛の声。国王様の護衛である近衛兵すら、拍手している有様です。
こうして、ミシェルとミケはちょっとした国の英雄となったのでした。
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