後編
バラバラと雨粒が屋根にぶつかる音が続く。
それとは別に、水がぶつかる音がする。バラバラとシャワーの水はタイルの床に叩きつけられ、排水口へと流される。シャワーの水音が途切れたのを確認して、扉の向こうへ声をかける。
「タオル、洗濯機の上に置いときますね」
「ありがとうございます」
「ちゃんと暖まって出てきてくださいね」
「はい」
微笑んだような声が反響して聞こえた。少しでも笑ってくれたなら、それでいいと思えた。
僕が脱衣所から出て数分後に、洗濯機のお陰ですっかり乾いた服を着て、首からタオルをかけた彼女が出てきた。
「暖まりましたか」
「お陰様で」
「乾燥機、使えたみたいでよかったです」
「大丈夫でした」
「……良かったら後で使い方教えて貰えませんか」
「はい、喜んで」
祖母がまだ元気だった頃に、なにかしてあげたくて、母の日にドラム式の洗濯機を贈った。前の洗濯機は二層式で、調子が悪くなる度に祖母が叩いていたけれど、近頃のもっと便利な洗濯機にしてあげようと思って。
機械に弱いと思っていた祖母は意外にもすぐに使い方をマスターしたけれど、機械に弱かったのは僕の方だったらしく、何度教えて貰ってもなかなか覚えられなかった。どうにか洗濯の一連の流れだけはできるようになったけれど、祖母には四苦八苦している姿をよく笑われて言われたものだった。
「まだまだおばあちゃんは死ねないねぇ」
と。
未だにこにことしてそう言う祖母の姿を洗濯の度に思い出し、恋しくなる。典型的なおばあちゃんっ子なのだ、僕は。
祖母が亡くなってからも洗濯しかできていない僕は、
「僕は乾燥がよく分からないんですがご自分で使えますか」
と言って先程彼女にくすくすと笑われた。
「お風呂、入ってください」
「そう、ですね」
言われて、自分も濡れていたことを思い出した。
「でもなんか――」
――大丈夫そうです
そう言おうとした所で、ギャグの様にくしゃみが出た。お決まりの展開すぎる。作り話の中だけだと思っていたけれど、冷えると本当にくしゃみは出るらしい。
束の間、家主と来客者しかいない居間に静寂が訪れる。
「――大丈夫じゃないですね」
見惚れた。自分の言わんとしたことを継がれてドキリとした。くしゃりと笑いながら言った彼女の頬は、雨に濡れていた小一時間前とは打って変わって、薄紅色に上気していた。
やっと見られた。
この花が咲くのを。
考えるよりも心が先に動いた理由がやっと分かった。
僕は今日という日が終わっても、この花を見続けることが出来るのだろうか。
シャワーを浴びながらその後の算段をしようと目の前の彼女を見ながら心に決め、僕は脱衣所へ向かった。
雨の日には傘をさして 蒼野海 @paleblue_sea
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