嘘つきは泥棒猫の始まり

プル・メープル

第1話 別れに血の涙

私は今、生と死の間を彷徨っています。



三年前、私はご主人様に拾われた。


前のご主人様に、

蹴られ殴られ刺され、

挙句の果てに捨てられた私を……。


こんなにもみすぼらしい私を見て、

涙を流してくれた。


ご主人様は私を病院に連れて言ってくださいました。


何とか一命を取り留めましたが、

私の心にはまだ、見えないナイフが

突き立ったままです。


病院でみてもらって、大丈夫だと告げられた帰り道、ご主人様は私を抱えて帰ってくれました。


元のご主人様の元には帰りたくない。


その気持ちが伝わったのでしょうか。


ご主人様は首輪を見て、私の名前を確認してこう言いました。


「ミィ、お前の傷はお前のご主人様にやられたのか?」


私には人の言葉がわかりません。


ですがご主人様の思いが伝わってくるようでした。


私が頷くとご主人様はひらべったい何かスマートフォンに耳を当てて話し始めました。


次に耳からそれが離れた時にはご主人様はさっきとは違う顔をしていました。


私にはできないけどあれはたしか『グー』というやつでしたか?


それを両手で作りながら震えていました。


そしてまた、涙が床を濡らしました。


でも、ご主人様は涙をふいて私の方を向いてこういって下さいました。


「お前のご主人様は……、いや!

お前の面倒は俺が見てやるからな!

お前はもう、俺の家族だ。」


その笑顔は私を勇気づけてくれました。


でも、それと同時に前のご主人様には捨てられたのだと察しました。


それからというものの、


ご主人様は私にとても優しくしてくれました。


傷ついた私の心を癒してくださいました。


しばらく暮らしてみて、ご主人様には家族がいないようです。


だから、暇な時には私と遊んでくれました。


そして私はいつしか……、


ご主人様に恋していました。


猫ながらに恥ずかしいです。


叶うはずない恋だなんて……。


でも、諦めるなんて出来ませんでした。


「ヒトになりたい」


いつしかそう思うようになりました。


でも、ご主人様はどうやら『ガクセイ』というやつらしく、『ベンキョウ』をしなくてはいけないのだとか……。


それで遊べない日も増えました。


一人の時間が増えました。


『もしかしてまた捨てられるのでは?』


その恐怖が蘇ってきました。


未だに私の何かがズキンと痛みます。


でも、ご主人様ならきっと大丈夫、


今は忙しいだけだ。


そう自分に言い聞かせて寂しい日々を過ごしました。


時が流れ今日の朝、陽気の心地いい朝でした。


私はいつもの通り、散歩をしていたんです。


人通りの多い交差点を歩いていた時でした。


大きなクラクションが響いて大きな何かが突っ込んできたのです。


ヒトはバラバラに逃げ始めました。


私もなんだか怖くなって逃げようとしました。


でも、マンホールに前足が引っかかって抜けません……。


人混みがバラけ、見えたのは『クルマ』でした。


ご主人様が教えてくださいました。


あれには気をつけないといけない、


あれにぶつかったら死んじゃうから、


お前には、ぶつかって欲しくない……と。


なんだか悲しそうな表情をしていました。


でも私はあんなのにはぶつかりません!


そんな気持ちでニャーと鳴きました。


強気でいた私も『クルマ』を前にすると


足がすくむほどの恐怖心に襲われました。


死ぬのが怖い


きっと死んでしまう


もう、会えない……


ご主人様に……会いたい


もう一度、もう一度だけでいい


抱きしめて欲しい


もう一度だけ……


その瞬間、私の体には激しい衝撃が走りました。


鳴き声では表せないほどの痛みが私の全てを奪っていきます。


私の体は自分で考えていたよりもずっと無力でした。


簡単に飛ばされてしまった私の体は高く舞い上がりました。


でも、私は見てしまったのです。


車を運転していたのは……


私の前のご主人様でした。


でも、三年前のとは違っています。


完全に目が逝っていました。


それと同時に人混みの中でこちらを見つめる

ご主人様の姿も見つけました。


数秒間、いつもならあっという間に過ぎてしまう時間がやけに長く感じました。


「ミィーーー!」

ご主人様の私を呼ぶ声、


久しぶりに聞いた大好きな声、


いつもの優しい声ではなく、叫ぶような声。


それが私の聞いた最後の音でした。


私の体は無機質な『トンクリーク』の地面に叩きつけられました。


車はそのまま去っていくのが見えました。


体を動かすことが出来ず、目もかすかにしか見えません。


駆け寄ってきたのでしょうか。


人影が目に映ります。


ぼやけてはいるけれど、

ご主人様だとわかりました。


ご主人様は口を動かしています。


何かを言っているようでしたが、

もう私の耳には何も届きませんでした。


私に何も届いていないことを察してくれたのでしょうか、


ご主人様はめいいっぱい私を抱きしめてくれました。


血まみれになった私の体を。


痛みさえも感じなくなってきた私の体に、


ご主人様の温もりが届いてくるような気がしました。


私が一番欲しかったものをご主人様は


ちゃんと忘れずに私に届けてくれました。


薄れゆく意識の中で私は、

ご主人様の真似をするように口をパクパク動かしました。


人の言葉は喋れないけど、精一杯に伝えました。


『愛しています』


……と。


ごめんなさい、ご主人様、


約束を守れなくて……。


ごめんなさい、ご主人様、


何も恩返しができなくて……。


でも、わたし……


ズットスキデイラレタヨ?


サヨウナラ……ダイスキナヒト……。


かすかだった視界がいつの間にか赤色に染まり、ついには暗闇に変わってしまいました。


わたしの意識はそこで完全に途切れました。





「ここはどこ?」


「ミィ、君はミィかね?」


見知らぬ場所で見知らぬ人が私の名前を呼びました。


「はい……。」


私がそう答えると見知らぬ人は頷いて持っていた本を開いた。


「ミィ、お前はご主人様に心から尽くしてきた、違うか?」


「……違いません。」


「心から愛していた、違うか?」


「…違いません。」


「ご主人様に幸せになってもらいたい、

いや、幸せにしてあげたい!違うか!」


「違いません!」


「よし!それならお前にもう一度だけチャンスをやろう、ご主人様のそばにずっといたい……、その想いはわしも同じじゃったからな……。」


「ちゃ、チャンス?」


「あぁ、そうじゃ、チャンスじゃ、

お前はすべての条件を満たしているからな!じゃが今の体はもう役には立たない、別の姿でも良いか?」


「ご主人様のそばにいられるのなら!」


「よし、分かった!

ではヒトに変えよう!いくぞー!」


見知らぬ人は持っていた杖を私に向かって振りました。


私の体は白い光を放ち、光の粒が心地よく、私の体を包み込みます。


その心地よさに私は自然と目を閉じていました。




目が覚めるとそこは見慣れた一室でした。


いつもご主人様と一緒にご飯を食べた

『リビング』です。


でも電気がついていなくてなんだか雰囲気が違います。


ご主人様はきっとご主人様の部屋にいるのでしょう。


私は『ドア』を開けて階段を登ります。


いつもは大きいはずの『カイダン』がなんだか小さく見えます。


階段を上った先にある1室、

これがご主人様の部屋です。


私は『ドア』に近寄ってみます。


中からなにか音が聞こえてきます。


耳をドアにくっつけて聞きました。


「なんで、なんでお前が死んじまうんだよ、なんでお前まで死んじまうんだよ!」


時折、すすり泣きが聞こえてきます。


「もっと構ってやればよかったよな?


もっと一緒にいればよかったな、


もっと一緒に笑えればよかったな、


……恨んでるよな。


拾っといてほったらかして、


挙句の果てに死んじまうなんて……、


俺が殺したみたいなもんだよな、


恨まれてもしょうがないよな……。」


そっとドアの隙間から覗くと、

ご主人様は私の亡骸を抱きしめて

泣いていました。


(違います、恨んでなんていません!

だから、自分を責めないで……。)


「ゴメンな!悪いご主人様で……、

ゴメンな!最低な人間で……。」


(ご主人様は最低なんかじゃありません、

悪いのは私の方です、悪い猫です!)


いくら心の中で叫ぼうとも、ご主人様は自分を責め続ける。


でも、それを止めたくても見知らぬ人は言っていた。


新しい姿になる……と、


なら、ご主人様に自分だと信じてもらえる確証はない。


信じてもらえないようなことがあれば、私は……、


その恐怖心が私を前へ進ませてくれない。


でも……、


目の前で大好きな人が泣いている、


例え、信じてもらえなくても、


気味悪がられても、


何もしないよりかは何倍もマシだ。


なら!


私はドアノブを握りしめました。


私は逃げたりなんてしない!


これは恩返しなんかじゃない、


大切な人を思うが故の行動、


『愛』だ!


私は一気に扉を押し開きました。


「ご主人様!」


「!?」


ご主人様の目は赤く腫れていました。


私は驚くご主人様をよそにぎゅっと抱きしめました。


私がしてもらったことを、私がご主人様にしてあげたいのです。


「泣かないでください、

私はここにいます……。」


すると、ご主人様も私をぎゅっと抱きしめてくれました。


「ミィ!ミィ!」


しばらくの間、ご主人様は私の名前を呼びながら泣き続けました。



ご主人様が泣き止んだあと、

私は抱きしめていた腕をはなし、ご主人様と目を合わせました。


「わ、私のことが分かりますか?」


「……なんとなくだが、

初めて会ったはずなのに、

ミィだって分かったんだ……。

人の姿してんのに不思議だった……。

それに……その胸の傷、ミィと同じだ、

首輪も同じだし……。」


「信じてもらえないかも知れません!

でも、私はご主人様と一緒にいたいです!」


私はすべてをぶつける想いでご主人様を見つめました。


「でも、どうして……」


私はご主人様に今までの事をすべて話した。



「そんなことが……、

簡単には信じられないが……」


「ですよね……。」


と、その瞬間、


ご主人様の抱えていた私の亡骸の首輪と


私のつけている首輪が光り始めた。


そして亡骸は私の周りを


光を放ちながらクルクルと回った後、


目の前で止まってこう言った、


「今までありがとう、

これからもよろしくね。」


そして光の粒となって、


それらは私の体に吸い込まれるように入っていきました。


その美しい光景に目を奪われながらも驚きを隠せないでいるご主人様が目に映る。


目の前で起こったことに驚きながらも、


ご主人様はいつもの笑顔で私にこういった。


「おかえり、ミィ」


私も笑顔で言いました、


「ただいまです!」


それだけ、

それだけを言えることが

私にとっては幸せなのです。


「あのさ、そろそろ服を来てくれないか?

目のやりどころに……、」


「猫は元々服を着ませんよ?」


「いや、今のミィは立派な女の子だ。

服は来てもらわないと……」


「ご主人様?照れてるんですか?

私ならいくら見られても大丈夫ですよ?」


「天然、いや、人間界のルールを知らないだけか……、とにかく服を着てくれ!」


「着たら嬉しいのですか?」


「あぁ、まあ嬉しいな……。」


「じゃあ着ます!」


まるで犬のような従順さ。


「……何を着ればいいんですか?」


そういえばうちには女の子の服なんてない。


「仕方ない、明日買いに行くか!今日はこれで我慢してくれ。」


ご主人様が渡してくれたのはご主人様の服でした。


ご主人様の匂いがして着るととても心地いいのです。


「匂い嗅がないでくれ!恥ずかしいだろ!」


「いいじゃないですか、あとすこしただけ……」


私はずっと嗅いでいたいと思いました。


でも、この体はまだ強くないようです。


ふらっと視界が揺らいだと思うと、


私の体は床に崩れ落ちてしまいました。


「ミィ!大丈夫か?」


「だ、大丈夫です、この体がまだ、慣れていないだけです……」


ご主人様よりもだいぶ小さな私は簡単にご主人様に担がれてしまいました。


ご主人様に連れられて私はご主人様のベッドに寝転びました。


ヒトになった私には前より狭く感じます。


「今日はゆっくり休んでくれ。」


「ありがとうございます。」


作られたての体は生まれたての赤ちゃんくらいの体力しかないようです。


ご主人様に頭を撫でられていると


すぐに夢の中に落ちていました……。

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