あの子は天邪鬼

新成 成之

彼女の名前は天野さん

 ぼくたちの学校では昼休みの前に掃除の時間がある。昼休みが待ち遠しくてたまらない人たちにとって、そんな掃除の時間はじゃまな時間でしかない。


「先生!また神谷かみや菊池きくちがほうきで野球してます!」


 音楽室の掃除をしていた神谷と菊池がいつものように、ほうきをバットに、机の中に入っていたプリントをボールにして野球をしていた。まじめに掃除をしない二人に怒ったのか、同じく音楽室掃除の天野さんが、先生のいる教室に行ってしまった。


「うわっ!また天野のやつ先生にちくりに行ったよ!」


「あいつ、めんどくさいんだよな」


 掃除をしていない自分のことは棚に上げて、天野さんの悪口を好き勝手言っている。まったく、困った二人だ。


 天野さんは少し変わった人で、よく男子に注意をしている。学級委員でも何でもないのに、男子が何かをしていると、どこからともなく天野さんの声が聞こえてくる。つまり、天野さんはぼくたち男子が嫌いなんだ。


 ぼくたち4年3組は男子が15人、女子が15人。その男子のほとんどが天野さんを嫌っている。でも、ぼくはそんなことは思っていない。だって、天野さんは男子に色んなことを言ってくるけれど、とっても可愛い女の子なんだ。肩くらいまで伸びた髪に、大きな目。ぼくはクラス替えで初めて天野さんを見た時から好きになっていた。


 教室から先生と一緒に天野さんが戻ってきた。だけど、神谷と菊池は床の掃き掃除をしていた。



*****



 ある日の放課後、ランドセルを背負い、教室を出ようとしたところを天野さんに呼び止められた。


「ねえ、平野ひらの。ちょっと、いいかな」


 ぼくはこの時初めて、天野さんに声をかけれた。まさか、告白でもされるんじゃないか、そんな期待をしていたけれど天野さんの話はそんなものじゃなかった。


「あのさ、ちょっと頼みがあるんだけど、神谷の好きな人って知ってる?」


 ぼくはあまりにも突然のことで、天野さんが一体何を言っているのか分からなかった。


「えっと・・・、神谷の好きな人・・・?えっと・・・、なんで?」


 神谷はクラスでもよく目立つ、やんちゃなやつだ。勉強はできないけど、体育はできるスポーツマンだ。たしか、サッカー少年団に入っているとか何とかで、よく昼休みもサッカーをしている。そんな神谷の好きな人を聞いてどうするんだろうか。だって、天野さんはいつも神谷のことを注意したり、馬鹿にしてたりしたじゃないか。


「なんでって・・・、平野はよく神谷と一緒にいるでしょ?だから・・・、その、知ってるのかなあって・・・」


 たしかに、神谷とはよく一緒に遊んだり、帰ったりしている。掃除場所だって一緒だ。だけど、それだからって神谷の好きな人なんてぼくは知らない。


 まさか、天野さんは神谷のことが好きなのか?いや、だとしたら、何でいつもあんな神谷にばっか注意しているんだ?


「うーん・・・、さすがに知らないな、ごめんね」


 ぼくがそう言うと天野さんは少しほっとしたような表情をみせた。その表情を見た瞬間、ぼくの心は寂しくなった。


 ぼくの好きな人は、ぼくの友達のことが好きで、ぼくのことは何とも思っていない。この時、ぼくの恋が叶わないものなのだと、そう感じた。


「あのさ、私って男子の前になるとついつい思ってることと違うこと言っちゃうんだよね。今日も神谷に変な事言っちゃったし」


 思っていることと違うことというのは、本当は好きだけど、その逆で、まるで嫌っているみたいなことを言っちゃうってことなのかな。だとしら、やっぱり天野さんは神谷のことが好きなんだな。できれば、こんな話を本人の口からは聞きたくなかった。


「どうしたら、もっと素直に話せるかな?」


 もういっそのこと、神谷に「好きです」、と言ってしまえばいいんじゃないかな。それが一番素直な気がするけど、そんなことを突然言われても神谷だって戸惑うだろう。いつも自分に強く言ってくる天野さんが実は自分のことを好きだなんて、いくら何でも信じてもらえないだろうし。なるほど、それでぼくのところに聞きに来たというわけか。


「だったら、もっと自分に素直になってみれば?」


 素直になるにはどうすればいいのかと聞かれても、素直になる以外、ぼくは方法を知らない。


「でも、何か怖くて・・・」


「大丈夫だよ。天野さんはかわいいんだからさ。もっと自信持って!」


 女の子に向かってはじめて「かわいい」と言った。こんなにも照れる言葉だったなんて知らなかった。僕の耳が真っ赤になっているのもお構いなしに、天野さんは嬉しそうな顔をしていた。


「本当に?!そんなことはじめて言われたよ?でも、平野のその言葉信じてみよっかな」


 ぼくに話しかけた時は暗かった表情が、いつの間にか明るくなっていた。きっと、天野さんの中で何かが変わったのだろう。その手助けができただけでも、ぼくには意味があったのだろう。


「何か、ありがとうね。私、男子と話せるように頑張ってみるよ」


 天野さんの言う「男子」とは、きっと神谷のことなんだろうな。そう考えると、胸の当たりがチクチクした。


「じゃあね、平野!」


 そう言って、赤いランドセルは僕から遠ざかっていった。


 ところで、何で男子の前だと反対のことを言ってしまうと言っていた天野さんが、ぼくの前では自分の思っていることを素直に話していたんだ。さっきの話がどれもこれも反対だったなんてことは考えにくいし、むしろ、どれも真剣に話をしていた。


 なんでぼくには大丈夫だったんだ?


「おい!遥佳はるか!一緒に帰ろうぜ!」


 菊池に呼ばれ、ぼくは教室を出た。

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あの子は天邪鬼 新成 成之 @viyon0613

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