7、


 そうして僕は彼女の笑顔に完敗して、あの日選ばなかった「森をつくる」という選択を今さらながらに実行することになった。

 彼女は森についてはまったくの素人だった。僕も「森づくり」に関しては専門家というわけではないけれど、元木こりとしての知識はそれなりに役に立った。

 もちろんのことだけど、森はそう簡単には育たなかった。少女が女性となり、家族を持ち、それでも、木はまばらに育てども森と呼ぶにはまだまだ長い年月が必要だった。

 なかなか結果が出ないことでたくさんの人が離れていった。今からでもそらの森を切りに行こうと言い出すものもいた。

 だけど彼女は投げ出さなかった。大人になったのに、わがままを貫いた。誰よりも大人になってもわがままと欲張りとをやめなかった。だけどそれらはいつだって子どものまま純粋で、大人の持つ強欲とは違っていた。



「みんなが幸せになるなら、私はなんだってする! ぜーんぶするわ!」



 だからこそ、彼女の姿を見て村に戻ってくるものもたくさんあった。

 少女の子どもがまた新たな家族を連れてきた。

 かつては去って行った人もあったが、村はかつてよりも賑やかで、活気と希望に満ちていた。




 それから、どれくらいの月日が流れただろう。

 人々が「人食い森」の話をもう忘れようとしていたころ。

 賑やかな街の近くはどこも同じで、当然のように大きな森が広がっていた。森は命を育み、人々に糧を与え、そして厄災を遠ざけてくれる守り神のような存在になっていた。

「ここの森も立派なものですねえ。そうよねなんたって始まりの森ですものね」

 この森の木から分けられた特別な苗が世界各地に広がったのは、もうずいぶんと昔の話。 

その苗から生まれた森があるところには、そらの森が近寄らない。だけどひっそりと、適度な距離感で人々を見守ってくれるという。

 その森には一人の少女の物語があった。

 みんなのためにわがままを貫いた、一人の女の子の物語。




一方、僕はというと。

相も変わらず空を覆う森の下で生きている。

最近では聖女の伝説のおかげで、まるで仙人のように扱われ、そらの森に閉ざされる季節には、遠路はるばるやってきて、わざわざお供え物置いていく人間もある。

僕は相も変わらず空を覆う森の下にいる。だけど、本当は少しだけ変わったことがある。

僕の日々には目的ができた。

何ができると言うわけでもないけれど、見守り続けることにしたのだ。

彼女のようにすべての子どもがわがままを言える世界であるかどうかを。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そらのもり 葛生 雪人 @kuzuyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ