解答編

08 五つのアクション

「まず、犯人の動作をおさらいしようか。

 大畑さんの不在時、立会人席から鍵を盗る。給湯室に入って金庫を開錠し、投票用紙を盗む。金庫を施錠し、立会人席に鍵を戻す。――ここまで良いかな?」


 黒板にうねった文字が並ぶ。


『1 鍵を盗る』

『2 金庫を開錠』

『3 投票用紙を盗る』

『4 金庫を施錠』

『5 鍵を戻す』


 ナンバリングしたのは、説明しやすくする為だろう。シャツの袖をまくった祈は、オレが作った表を隣に貼り付けた。


☆大畑の不在及びその間給湯室へ出入りした人物のまとめ


(1)10時50分~11時頃

・給湯室に入った人物  

 穂波(お茶淹れ)


(2)12時30分~12時40分頃

・給湯室に入った人物

 雷宮・松山(昼食)


(3)14時40分~15時頃

・給湯室に入った人物

 穂波・葦月(お茶淹れ)、梅沢(砂糖)、野巻(カップ返却)


(4)17時10分~17時20分頃

・給湯室に入った人物

 枡条(栄養ドリンクを飲む)、穂波・早乙女(コンタクトを外す)、葦月(手洗い)


※17時半 事件発覚 



「おお。館シリーズの裏染天馬みたいだ」

「館シリーズといえば、中村青司やろ。それとも沼四郎?」

「それは堂シリーズでしょ」

「茶化すな」

 ミステリファンのさがで興奮するオレと葦月に釘を刺し、祈は古い黒板に向き合う。会場隅に放置されていた年代物だ。


「松山」 

 枡条の声は不安げだった。

「さっそく分からないんだが。そこまで行動を細かく分ける必要あるのか? 2~4ひっくるめて『金庫から用紙を盗む』で済むんじゃ?」

「何故こうしたかはすぐ分かる。時間が無いから質問はなるべく後にして」

 枡条がむっと頬を膨らます。


 時間が無いのは本当で、投票者が来たら話を中断しなければならない。受付係の早乙女君が入口を見張っている。会長選の投票用紙も残りわずか。代わりの用意は出来るかもしれないが、事件の解決にはならない。


「さて。五つの動作アクションを検証する前にまず、『計画的共犯』について否定したい」

「計画的共犯?」

 幾人かが首をかしげる。

「例えば、AとBがあらかじめ打ち合わせて、1~4までの動作をAが行い、5をBが行うといったケースだ。

 これには根本的に矛盾がある。なぜなら、大畑さんが席を空けたのは偶々たまたまで、誰にも・・・予想が・・・つかなかった・・・・・・からだ。次の機会があるかも分からない状況で、共犯を企てるなんてエスパーじゃあるまいし無理だ」

 オレに説明したのと大体同じ内容である。


「本当にそうかな?」

 枡条が大畑をチラと見て、「失礼ですけど、あの電話本当にかかってきた・・・・・・ものだったんですか? 着信音を鳴らして電話に出るフリとか出来るよね」

「はあ? 自作自演だって言いたいのかよ? 着信記録見せただろうが!」

 選管委員長の逆襲だ。まあまあと祈が割り込んで、


「どちらにせよ大畑さんが犯人、という解釈にも無理があるんです。会場ここに唯一ある金庫の鍵は立会人が保管する決まりになってる。その彼が犯行に及ぶのは、『自分は犯行に関わってます』と自白するようなものだからだ」

 確かに。疑いの目が向くのは避けられないだろう。立会人犯人説はひとまず置かれ、話が進められる。


「じゃあ、さっそく検証していきましょうか。いつの時点でどの動作が行われたか」

 論理の攻防が始まった――。



(1)10時50分~11時頃

・給湯室に入った人物  

 穂波(お茶淹れ)


「大畑さんの第一の不在。このとき給湯室に出入りしたのは穂波さん。この間、1~5が行われたとします」

 すかさず葦月が「待った」をかける。

「『4 金庫の施錠』はいらんやろ。だって、17時半・・・金庫の鍵は・・・・・開いていた・・・・・んやから。 省いたらあかんのか」

「あきまへんな」と祈。


「なぜなら15時・・大畑さんが・・・・・弄ったとき・・・・・金庫は・・・施錠されていた・・・・・・・からだ」

 うっ、と呻く葦月を尻目に続ける。

「だが先輩のおっしゃる通り――犯行をここで終えたとしたら、17時半に金庫が開錠されていた事実に反する。

 重要なのは、(1)の時点で犯行がされたとしても、動作は完結しない・・・・・・・・ということなんです。15時施錠されていた金庫が17時半開錠されていたのだから、この間に動作があったことは確実だ。

 穂波さんに機会があったか? ありましたね。彼女は(1)以降も給湯室に出入りしている」


 穂波の文字の横に、△が追加される。容疑者残留。穂波さんの唇も、三角の山みたいにへの字になった。

 次いきますか、と探偵役がマイペースに続ける。



(2)12時30分~12時40分頃

・給湯室に入った人物

 雷宮・松山(昼食)


「第二の不在。このとき出入りしたのは雷宮さんと俺だが。

(1)と同じく、この間犯行のすべてがされたとしたら17時半金庫の鍵が開いていた事実に反するし、『4 金庫を施錠』以外がされたとしても15時施錠されていた事実に反する。

 犯行が未完結のまま、この・・二名は・・・より後・・・給湯室に・・・・出入りがない・・・・・・んです。よって、容疑者から除けるわけだ」


 雷宮、松山。それぞれの横に×が付される。

「なんだよ自分だけあっさり容疑者から外れよって」

 先輩の野次は無視された。

 オレは拍子抜けしていた。口を挟む余地がないほど単純なロジックが繰り返されている。



(3)14時40分~15時頃

・給湯室に入った人物

 穂波・葦月(お茶淹れ)、梅沢(砂糖)、野巻(カップ返却)


「第三の不在。この場合は――」

「あっはいはい! アタシわかる!」

 野巻さんが無邪気に割り込む。

「絆くんと私も同じ要領で除外できるよね? (3)より後、給湯室に出入りしてないから」


「そうともいえないんじゃない?」

 首をかしげた穂波さんが、ごめんね、と演劇部の後輩に前置きして、

「大畑さんが戻った15時までに『1 鍵を盗る』~『4 金庫を施錠』を済ませて、彼が金庫を弄った後、盗んだ鍵・・・・金庫を・・・開錠する・・・・。これだったら、(3)で全て済むのでは?」


「穂波ちゃんが言ってること分からないなぁ」

 枡条がねぐせ頭を掻き回す。

「施錠した金庫を何故また開ける必要がある? だいたい発見時、鍵が開いてたのはどうして? 気が緩んだ犯人が施錠し忘れたとか?」

「まあまあまあ」

 海外ドラマならカームダウン、とでも言う場面か。討論会の様相を呈してきた座に、探偵役はうんざり気味だ。


「大畑さんが金庫を弄った後、開錠する機会はあったと思う。でも、それだとやっぱり(3)で動作は完結しませんよ」

「なんで?」

「だって、大畑さんが・・・・・席にいる・・・・んだから・・・・。『5 鍵を戻す』が出来ない」


 鍵を盗ったのが大畑の不在時ならば、鍵を戻すときも同様でなければならない。

 唖然としていた穂波さんが「あっちゃあ!」と額を叩いた。リアクションが古典的だ。

「ふうん」推理研の副部長がまとめる。

「(3)の時点で『1 鍵を盗る』~『4 金庫を施錠』とさらに『2 鍵の開錠』が行われた場合、『5 鍵の返却』が次の機会に持ち越されるわけやな。

 (3)ですべてが行われた場合は、『鍵の開錠』が宿題として残る、と」


 葦月が面白くなさそうにオレを見た。(3)より後、給湯室に出入りしなかったオレと野巻さんは容疑者から外れたことになる。

 自然と、皆の注目は『第四の不在』に集まった。



(4)17時10分~17時20分

・給湯室に入った人物

 枡条(栄養ドリンクを飲みに)、穂波・早乙女(コンタクトを外す)、葦月(手洗い)


「皆さん気付いていると思うけど。

 15時金庫の施錠が確認され、17時半開錠されていた以上、(4)で犯人の動作アクションがあったのは確実です。さて、どんな動作が行われたのか?

 たとえば、『4 金庫の施錠』以外が行われた場合。(4)で初登場した枡条さんと早乙女君はこれに当てはまりますね。全員可能性があるパターンだ」

 ひいっ、と早乙女君の怯える声が響く。気の小さい男だ。


「(3)以前に『1 鍵を盗る』~『4 金庫を施錠』+『2 金庫の開錠』が行われた場合は『5 鍵の返却』。

 1~5のすべてが行われた場合は、『1 鍵を盗る』『2 金庫を開錠する』『5 鍵の返却』。これらは(3)以前に出入りがあった穂波さんと葦月先輩に限定されますが。

 どうでしょう? 四人とも犯行可能に見えます」


 そう。ここで袋小路に迷い込んだ。道を開くには起爆剤が必要だった。


「――が、先ほど新たな事実が判明しました。〈大畑の爪事件〉です。絆、説明頼む」

「っ!? なんだよその都合の良い助手的キャラの押し付け!」 

 いいからやれ、と顎で促される。


 周囲のプレッシャーにも耐えかね、オレは、大畑の割れた爪が開閉レバーに挟まり、17時半金庫が開いた際それが落ちたくだりを説明した。

「金庫は開錠後にレバーを押し下げることで開く仕組みになっています。

 もし、15時~17時半の間にレバーが下げられていたら、爪は落ちていた筈です。それが無かったということは、この間に金庫は・・・開かれなかった・・・・・・・ということなんだ」

「つまり、(4)に『3 投票用紙を盗む』は無かったと分かる。当たり前だな。金庫を開けないことには用紙は盗めないから」


 後に続いた祈の言葉で、聴衆はようやくまとを得たようだった。とりわけ安心した笑顔を見せたのは早乙女君だ。

「じゃあ、(1)~(3)に給湯室に出入りしてない僕と枡条さんは容疑者から外れるってことですよね!?」

 頷く探偵役に、当然という表情の枡条。


「――おいおいおい」

 情けない声を上げたのは我が副部長だ。

「残ったのは穂波さんと俺やんか。俺を最後の二人にしたからには、今後もしっかりした根拠があるんやな?」

「当然だ」

 前を向いたまま探偵役が断言する。


「15時~17時半の間に金庫が開かれなかった――これによって、投票用紙が・・・・・盗まれたのは・・・・・・15時より前・・・・・・であることが分かりました。となれば、考え得る犯人の行動は次の二パターン。

 一つ目は、15時より前に1~4を行い、大畑が金庫を触った後『2 金庫の開錠』、そして(4)に『5 鍵の返却』を行った場合。二つ目は、15時より前に1~5を行い、(4)に『1 鍵を盗む』『2 金庫の開錠』『5 鍵の返却』を行った場合」


・15時より前1~4+2 &(4)5 

・15時より前1~5 &(4)1+2+5 


 数字と記号が黒板に並ぶ。この方程式が犯人へと導いてくれるのだろうか?

 固唾かたずを呑んで見守るなか、探偵役はあっさりと上の式に傍線を引いた。


「はあ? どうして消すんだよ!」

「あり得ないからだ」

 苛立たしげに言う。

「上の式だと、15時に大畑が戻ってから(4)で便所に立つまで、鍵は犯人の手元に在ったことになる。それがあり得ないって言ってんだよ」


 とりわけポカンとしていた大畑が「意味わかんねえ」と呟いて、

「鍵はプリントの下敷きになってたから。正直在ったかどうかも覚えてねえんだけど」

「まさか加害者が覚えてないとはな――大畑ぁ!!」

 突然呼び捨てされた当人がびくっと姿勢を正す。


「テメエが外から戻って選管委員長にヤキを入れられた後だよ! 性懲しょうこりもなく俺に鍵を投げつけただろうが!」

「ちょっ、祈!?」

 拳を振り上げた幼馴染を後ろから羽交い絞めにする。豹変し過ぎだ。

「……そういえばそんなことあったかも」

 枡条が呟く。オレも思い出す。


 正確には、大畑が指で回していた鍵が勢いあまって空中散歩の末、祈の頭に命中したのだ。


「謝れ! あらためて俺に謝罪しろ!!」

「どんだけ根に持ってたんだよ!?」

 突如巻き起こった茶番は、怖気づいた大畑が「ごめんなさい」と謝罪し、あっけなく幕を閉じた。

 祈はフンッと背中を向ける。大人げないにも程がある。

「……というわけで、15時大畑が戻った直後の《鍵のアリバイ》は成立している。よって、一つ目のパターンは消去できる訳だ」

 残るはひとつ――


・15時より前1~5 &(4)1+2+5

 

 文字に置き替えるとこうだ。

 15時より前に〈鍵を盗む〉→〈金庫を開錠〉→〈投票用紙を盗む〉→〈金庫の施錠〉→〈鍵を戻す〉及び(4)で〈鍵を盗む〉→〈金庫を開錠〉→〈鍵を戻す〉


「なんだよこれは……」

 混乱したように枡条が唸る。

「投票用紙を盗んで施錠した後に、金庫をまた開錠するなんて……この犯人は一体何がしたいんだ?」

 慄然りつぜんとした響きだった。


 オレも――。背中に嫌な汗が伝っていくのがわかった。

 ついに犯人の行動が導き出されてしまった。に落ちない、としか表現しようのない形で。


「投票人が来ました!」

 早乙女君の呼びかけに各自が持ち場に戻る。

 謎解きはいったん中断された。

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