第6話「 性欲を我慢できる奴なんて、いるわけないっしょ?」

 性欲を我慢できる奴なんて、いるわけないっしょ?

 レーヴの信念は、人間とのファーストコンタクトで音を立てて崩れ去った。

 セックス。

 人間を魅了してやまない間の単語。それが例え性別を意味する場合で使用されようとも、想像力を無駄にかき立てられるのが人間というもの。

 少なくともレーヴはそう信じていた。だって自分がそうだし。

 だからこそ、レーヴは今、目の前で倒れ込む少年の姿を見て、

「おおおおお、そんなに嬉しいんだなそうなんだな!? よし、セックスしよう!」

 薄皮一枚程度の布きれを脱ぎ捨て、レーヴは目にハートマークを浮かべる。

 その光景たるや、さながらエロ同人。

 エッチなサキュバス♂に襲われたいんだが!?

 みたいなタイトルでもぶち上げてCG集でも作れば臨時収入程度にはなるかもしれない。

 そんな姿だったが──、

「…………」

 ベッドに倒れた少年は、ぴくりとも動きやしなかった。

 レーヴははたと正気に返り、裸のまま、倒れている少年の頬に手をやる。

 温かい。

「死んじゃいないか。おーい、生きてる? 起きろよー。今から気持ちいいことしようぜ」

 ぺちぺち。

 少年の頬を軽く叩くが、反応は無し。

 しばらくそうしていたが、レーヴはやがて腕を組み、唸った。

「意識の無い奴をセックスしてもなぁ」

 何というか、楽しみがない。

 行為の最中に声を上げないなどレーヴにとっては論外だった。セックスたるもの、楽しまなければならない。もちろん、世の中には様々な性癖がある。仕事のためにそれらを満たす職業意識くらいレーヴも持ち合わせているが、それはそれ。初めての仕事くらい、一生の思い出にしたかった。

「仕方ない、出直すか」

 もはやレーヴの意識は、完全に少年へと釘付け。

 せめて名前くらい……。

 ベッドの名札に視線をやれば、そこには小難しい文字が書かれている。

「何て書いてあるんだこれ」

 レーヴの日本語力を超えているその文字は、八重樫夢芽と書かれている。

「は、は、はちじゅう……えーっと?」

 何とか読もうとするレーヴだったが、その答えは思わぬところから与えられた。

「八重樫さーん、入るよー」

 やえがし。

 レーヴの耳に飛び込むと同時、個室の扉が開かれる。

「検査のじか……ん……」

 それは、年配の看護師だった。

 彼女は驚いた顔をした後、視線を徐々にレーヴの下半身へと下げていき、

「あら、まぁ」

「────!?」

 ぞくり、とレーヴの背筋が震えた。

 肉食獣に狙われた草食獣かの如く。

「お、お邪魔しました-!」

 次の瞬間には、服を掴んで窓から飛び出していた。

 空を飛ぶレーヴの背に、

「ちゃんと服を着ないと、可愛いおちんちんが丸見えよー」

 と優しい言葉が突き刺さる。

「くそおおおおお!」

 人間界は厳しい。


 レーヴはひとり、真っ裸で慟哭したのだった。

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いんきゅばすは友達が欲しい あさき れい @asakirei

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