終わりに
フレデリック・アンダーソンによる一家殺しは、その手口の残虐さから決して新聞の一面を飾ることはなかった。せいぜい小さな欄に載っただけだったし、その内容も実に簡素なものだったということを記憶している。
枢野猫が提示した確たる証拠というのは、フレデリックが一カ月間隠れていた洞窟と、そこに残された四つの遺体の発見だった。
遺体からは僅かに睡眠薬が検出され、被疑者の手口というのは家族の飲み物に睡眠薬を混入し、眠ったところを車で洞窟に運び、殺害。そして車を例の事件現場に戻し、犬がいたという偽装工作を施し、そして自身は洞窟に徒歩で戻ったというものだった。
「しかし、よく洞窟なんて見つけられましたね」
「きちんとした捜索がされていなかっただけですよ。その気になれば誰でも見つけることができたでしょう」
と、枢野先生は解決後に答えた。
事件の動機も含めてさらに細かい経緯を伝えると、以下のようになる。
まず事件当日、アンダーソン一家はキャンプに行くことになった。これはホームズさんたち警察の見解通りだったということになる。
問題があったのはその後で、キャンプ場に向かう途中の車内で父親のゲイリー・アンダーソンが、家を継がせるのは長男であるフレデリックではなく、次男のジェフリー・アンダーソンだと発表したのだ。これに対して自分が後継ぎだと思っていたフレデリックが憤慨しないわけがない。
彼は母親が精神安定用に睡眠薬を処方されていたのを知っていた。そして何かに利用できるのではないか、と考えた彼は日頃からこっそりとそれをくすねていたのだ。
フレデリックは次男の相続に賛成するふりをして睡眠薬を飲み物に混ぜ、家族に飲ませた。
睡眠薬で眠った一家は車で洞窟まで運ばれ、そこで殺害される。車を道中に戻し、まるで巨大な犬に襲われたかのような偽装を施す。そして徒歩で洞窟まで戻った。殺害された一家の死体は、そのまま干され、一カ月分の食料となったのだった。
「でも、まさか、人が人を食べるなんて……」
パトカーに乗せられるフレデリックを見ながら、私は呟いた。その凄惨たる様子を想像するに、まさに吐き気を催す凶行と言っても過言ではないだろう。
「ね。ディナーの後で良かったでしょう?」
「……まあ、確かに」
どちらにせよ、食欲は限りなく減退するけれど。
「あの、枢野先生」
と、ホームズさんが呼びかける。
「今回は本当にありがとうございました。先生にお知恵をお貸し頂けなかったら、凶悪犯罪を一つ見逃してしまうところでした」
「いえ、こちらこそお礼を言いたいです。今回の件があったからこそ、世の中にはああいった無慈悲な殺人鬼がいるのだと再認識することができました」
そう言って差し出した彼の右手に、ホームズさんは晴れやかな笑顔で応えるのだった。
さて、今回この事件を改めて記録しようと思った経緯はというと、つい先日、シャーロット・ホームズ刑事が警部補から警部へと昇進したからだった。彼女の日頃の仕事ぶりは周知の事実だと思うが、おそらく彼女の刑事人生において今回の事件ほど大きなものはそうないだろうと判断したのだ。
加えて大変めでたいことに、ホームズさんは来月結婚予定であり、遂に自身で忌み嫌っていた名前から解放されるというので、その記念になればと思ったのだった。つまりこれは間違いなく“シャーロット・ホームズ”最後の事件となるわけだ。
願わくは次に名前が変わるのは私であって欲しいという思いながら、この度の記録を終了したいと思う。
とある推理作家に関する報告書 冬野氷空 @aoyanagikou
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