引き潮の様に

 これは登場する人物がほぼ故人となっている事と、入手出来た情報が断片的に過ぎる為、時間経過に合わせ、その内容を書いて行く事しか出来ないが、そこから何かを察して頂ければ幸いである。




 朝晩のみであったバスの路線が先頃無くなった、ある山奥の農家の話である。

 大酒飲みで度々入院する事から、伴侶からも子供からも疎まれていた彼は、耳が遠くなって久しかった。

 周囲から見て幸いだったのは還暦を越えてからそうなった事だが、同じく周囲にとって不幸だったのは、やる事が次第に滅茶苦茶になっていった事だった。

 彼は望まずして農家になったという経歴があり、それは耳が遠くなってからも続いていたのだが、田畑で作業をする上で非常に邪魔になる位置に、何かの樹木を植えた。

 土地としては豊かなせいで、その木は非常に大きく生い茂ってしまった。腰を痛めながらも畑に立つ伴侶の不満には耳も貸さず、大人になった子供達の意見も効果はなかった。

 と言っても、田畑を継がせる為か、10人近く子供を生ませるも、末っ子以外は全て女の子だった事で嫁をいびる義母の盾になる事もなかった彼は、上記の理由をさておいても、見切りを付けられていたのだが。

 時代的に今よりもずっと、実家に帰る事は禁忌とされていたのだろう伴侶が、身を置ける場所はそこしかなかったのだ。


 更に、かつては畜舎だった建物に、何故か何匹も犬を飼い始めた。畜舎とは言え、そこは馬を二頭飼える程度のスペースなので、広さは6畳あるかないか。

 そんな所に閉じ込められ、ろくに散歩にも出してもらえない犬達は、昼夜を問わず吠え立てる。

 迷惑に感じていないのは耳が遠い彼だけだった。

 そんな適当な飼い方をする彼に懐いていないのは、餌をやりに行っても吠える声が止まない事からも明白だった。


 山の中腹辺りにある畜舎から少し下った辺りに彼と家族の今の住居がある。

 そこには二匹の猫が餌をもらえる為に住み着いていた。可愛がっていたのは伴侶だった。

 農家として、近所の家から田畑の手伝いを求められれば出かけていた彼女の慰めは、恐らく猫達だった。

 倒れる一か月前までそう生きた彼女は、果たして天寿を全うした。


 犬達はどうなったのか、そして家にいた猫達ですらどうなったのかは結局の所不明なのだが、彼女が亡くなって間もなく、住居の周辺で次々に、飼われていたのとは別の猫の死骸が見つかった。

 その数、結果的におよそ20匹。

 野良猫はたまに見かける程度の土地での突然の事態に、家族達は穏やかならぬものを感じたという。




 彼はと言えば、客観的には大往生を遂げた。

 彼の生きた時代的に家を継ぐ事に逆らえなかった立場とは言え、耳が遠くなってからのあれこれや、連れ添いが亡くなった時のそっけなさには子供達も閉口していた。

 彼がそもそも気にかけていた自分の土地は、山奥過ぎて手を付けられず、値段が付くどころか固定資産税ばかりかかる場所であったので、誰も目を付けてなどいなかったのだ。

 様々な無念を飲み込んだ土地を捨て、一族が離散した現在、そこがどうなるのかは責任者のみぞ知る。

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影…… 躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ) @routa6969

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