オーナー猫の一日 (猫短2)

NEO

深海の……

 あらゆる種族が宇宙にまで版図を伸ばしたこの時代にあって、いまだに神秘のべールに包まれている世界。それが海です。

 ここ「始まりの星」と呼ばれる、今や宇宙中に散った様々な種族が生まれた星にも、広大な海があります。これだけ技術が進んでも、一番深いと言われる海底には、無人機すら到達出来ていません。水圧は甘くないのです。


 さて、その海。サング・リーフ海にある、アロアナ海溝と呼ばれるそこそこ深い場所。その中程くらいに、世にも奇妙な「モノ」が鎮座していました。

 建物正面はガラス張り、その前面は駐車場完備……ですが、もちろんコレはただ特殊耐圧鋼にペイントしただけのイミテーション。七百十一メートルの深海でこんな事をしたら、あっという間に粉砕されてしまうでしょう。

 その裏にある、球体を繋いでまるで亀の形のようになって、海底にへばりついている建物こそが本物です。

 そして、建物の上と推定正面には、多分誰でもどっかで見たことのある看板と同じ柄が、特殊塗料でペイントされています。

 この建物がある水深、さっき出しましたよね? あれがヒントですが、ここはついに異世界にまで進出したアレの深海支店なのです。バッタ物ではありません、ちゃんと店番が振られています。つまるところ、深海のコンビニなのです。

 オーナーは、毎度お馴染みの猫。店員は他にいません。彼にここに店を作った理由を聞くと、決まってこう言います。「競合店がないから……」。当たり前です。どこに深度七百十一メートルの深海に、コンビニを作ろうと思う人がいるでしょうか? 明らかに赤字です……が。


 この猛烈に風変わりなコンビニは、世界中で大変有名でした。技術の向上で軍用の潜水艦はもちろん、民間の潜水艇も千メートル付近までは潜れるようになっていました。

 海中の旅はとかく退屈なものです。そこで、この深海のコンビニに息抜きに訪れるお客さんが意外と多く、結構な賑わいとなっていました。

 潜水艦や潜水艇との接岸は、耐圧鋼を使用したチューブ状の通路をハッチに接続して行うのですが、これが腕の見せ所で一発で決めると拍手が起きるほど。

 民間艇はいいのですが、軍の潜水艦ともなれは数百人がどっと押し寄せるのです。これを一人で捌くレジなど神業レベル。値段の読み上げなど、ほとんど呪文です。

 その間にも、コーヒーこぼしたとか、コピーの使い方が分からないとか、万引きとか色々起きます。その全てに対応して「ありがとうございました~」とお客さんがいずこかに出航し、店はまるで嵐が去ったかのような静けさに包まれました。

 しかし、オーナー猫の仕事は終わりません。乱れた商品を整えるフェイスアップを行ったり、掃除したりと地味に忙しい作業が続きます。

 オーナー猫はチラッと時計を見て、つぶやきました。

「そろそろか……」


 その瞬間、潜水艦映画でお馴染みの「コーン……」という音が聞こえてきました。

 これはアクティブ・ソナーといい、自ら音波を発する事で……面倒ですね。要するに、水中での「目」に当たりますが、別に魚雷を撃ち込まれるわけではありません。代わりに、違う物が撃ち込まれました。

「おはようございまーす!!」

 ガラガラと台車の音も高らかに、うず高く番重……弁当などが入っているプラスチックの容器の事です……を積み上げた、オッチャンが入ってきました。そう、納品です。ここまでは大型潜水艇で運ばれてきます。先ほどのソナー音の主がこれです。

 オーナー猫は……名前を言うとチェーンがバレそうなので、ハンディバーコードスキャナとでもしておきましょうか。それで、ズバババと検品作業を進めていくオーナー猫。これが終わらないと、陳列出来ないので大忙しです。まだ売り場に出していないのはサボりではないので、出来れば触らないで欲しいオーナー猫です。

 全て片付けると、やっと休憩。カウンター裏においた折りたたみ椅子に座り、ゴロゴロ言うのが至福の一時です。

 一人なので二十三時閉店になります。最後に牽引式アンテナを海面に出して本部にデータを送信して終わりになります。これが、オーナー猫の一日です。


 ある日の事でした。いつも通り本部にデータを送信し、アンテナを引っ込めようとした時です。国際緊急無線を受信しました。聞いてみると、六人乗りの小型ジェットがトラブルで着水を試みるようです。その海域がこのほぼ真上……行かないわけにはいかないでしょう。

「残業か……」

 オーナー猫は建物の裏手に急ぎます。ここには、非常時に備えて中型潜水艇が係留されています。六人程度なら余裕で収容出来るでしょう。

 通路と潜水艇の防水ハッチをしっかり閉め、オーナー猫は一気に海面に向かいます。

 まるでクジラのジャンプのように海面に浮かぶと、オーナー猫はありったけのライトをつけました。真っ暗な海面では、一際目立つはずです。

「RX-JJBH7、聞こえるか?」

 オーナー猫は水上航行用の無線で、姿すら見えない問題のジェットに呼びかけました。

『ああ、聞こえる!!』

 かなり切羽詰まっているようです。

「よし、海面に明かりが見えるか?」

『ああ、見える』

「よし、その近くに着水しろ。風はほぼ無風、ベタ凪だ。ラッキーだったな」

『分かった!!』

 程なく、明るい着陸灯をつけた小型機が降りてきました。片方のエンジンから派手に火を噴いています。オーナー猫も知っていました。着水の難しさを。前職はパイロットですから……。

 派手な水しぶきを上げながら小型機は着水しました。

「……パーフェクト。いい腕している」

 呟きながらも、オーナー猫は潜水艇で飛行機を追いかけました。飛行機は浮くように作られてはいますが、そう長くはありません。

「急げ」

 慌てて機内から出てきた六人を潜水艇に放り込むように乗せ、全速力で小型機から離れて数秒後、飛行機は爆発しながら海中へと消えていきました」

「コンビニより沿岸警備隊へ。小型機の乗員は全員救助した。重傷者なし。もう夜も深い。一旦、こちらで預かる。明日の朝迎えに来てくれ」

『沿岸警備隊了解。頼んだぞ』

 無理はするな。といういう意味もありましたが、オーナー猫には二つの目論見がありました。

 潜水艇は再び深海のコンビニへと戻ったのでした。

「これが噂の……」

 救助した飛行機の面々は、興味津々といった感じです。

「怪我はないか?」

 オーナー猫は誰とも言わずに聞きました。

「ああ、若干擦り傷があるくらいだ」

 一人が答えました。奇跡的に、誰も怪我らしい怪我はしていません。

「ふむ、消毒薬と絆創膏くらいならあるぞ。『本部』のお達しでな、無料提供は出来ないが……」

 オーナー猫は意味ありげに笑みを浮かべました。

「……お前さん、さすが商売人だな。よし、買おう」

 一人が苦笑しながら返しました。これが目論見その1、「商売」。この状況では断りにくい。そこを突いて、ここぞとばかりに売り込む。ちょっぴり犯罪臭いオーナー猫です。

「他にも入り用のものがあったら言ってくれ。文字通り、売るほどあるからな」

 売れるときに売る。これがオーナー猫の哲学のようです。


「なにも、弁当を全部食べることはなかったのだがな」

 商魂たくましいオーナー猫ですらビックリの食欲で、六人は残っていた弁当を全て食べてしまいました。どうせ廃棄だったのでいいのですが……。

「さて、これは俺の奢りだ。酒でも飲んで忘れろ」

 オーナー猫は自分で酒瓶を何本か買い取ると、それを六人の前に置きました。

 こうして、賑やかなお酒の場が出来上がりました。これが、オーナー猫の最大の目論見でした。好きでここに店を開けたとはいえ、やはり一人は時々寂しくなるのです。

 こうして、結局ベロンベロンになるまで酔いつぶれた六人に、オーナー猫は小さく笑みを浮かべたのでした。


 営業時間、七時から二十三時まで。水深七百十一メートルに潜った時は、ぜひお越し下さい。無愛想なオーナー猫が、凄まじい速度でレジを売ってくれるはすです。

 ああ、弁当の温めはヌルめです。オーナーが猫舌なので。

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