お題:「明るい未来が見える」

「あー!? やったなー!」

 きゃいきゃいと子供たちが雪を片手に駆け回る様を、ヘンドリックス少尉は兵舎の壁にもたれかかりながら見ていた。

 ゆらりと冬の寒空に紫煙が立ち上る。

「君には何を言っても無駄なようだな」

 ちらりとヘンドリックスがうろんな目を向けると、そこには古木といった風情の老人が立っていた。

「……大佐がこんなところに何の御用でしょうか」

 大佐と呼ばれた老人は腰のポケットからシガーケースを取り出すとヘンドリックスの横に立ち煙草を口に加える。

 そのまま、ちらとヘンドリックスを見て、何かを待っているようだった。

 火を付けろ、ということだろう。

 グラスが空いたら注げだとか、先輩より早く起きろだとか、縦社会というものはかくもめんどくさい。

 ため息をつくと、ヘンドリックスはライターを取り出し大佐の煙草に火を付ける。

 深い皺がきざまれた顔が照らされ、煙が大量に吐き出された。

 誰に言うともなく、大佐は前を見つめている。

「先日での戦闘では、20人超の同輩が亡くなった」

「えぇ」

「その前は11人だ」

「そうですね」

「このままでは、悪魔ディモニアに地上を占拠される日も近いだろう」

「それだから激励に周っているということですか。こんな最年末のお寒いなかご苦労なことですね」

「私は、君のそのおもねらないところを好ましく思っているよ、ヘンドリックス」

 ヘンドリックスは肩をすくめると、ちびた煙草を地面に落とし踏み消した。

「……上は、天使セラフを増産するつもりらしいですね。加速度的に増える孤児を使って」

「実験部隊の成果がすばらしいものだったからな。頭の堅いお偉方も重い腰を上げたという事さ」

 不本意であるような、安堵したような複雑な顔で、ヘンドリックスは雪合戦に興じる子供たちをみつめる。

「どこぞの国では人間を爆弾に詰めて発射したと言いますが、人間、ほんとに追い詰められればなんでもやるんですね」

「人間ではない、我々が使っているのは兵器だ、ヘンドリックス」

 ひく、と唇の端をひきつらせたヘンドリックスは、壁から背を離した。

「あれらは、兵器に過ぎないのだヘンドリックス」

 大佐が、煙草で指し示した先にいるのは、雪合戦に興じているこどもたちだ。

「非情でなければならない。幾つあれらを使い潰してでも我々は勝たなければいけないのだ」

「あなたは前線に出ていないからそんな事が言えるんだッ!!!」

 思わぬ怒声に子供たちが騒ぐのをやめ、二人の方をぎょっとした目でみている。

 ヘンドリックスは振り向かずにそのまま肩を震わせていた。

「片腕が吹き飛んでも薬を打てば元通り……、無理やり再生させて、また戦場に放り込んで……子供だぞ!? それに、あの薬は打てば打つほど人格が……!」

「……私も、昔は君のような将校だった。だが、我々は幾ら手を汚しても掴まねばならないものがある。それが、”勝利”だ。我々は勝利しなければいけない。負ければ、我々の背後にいるもの達は蹂躙と殺戮を免れない。何が目的かを忘れるな。我々は、勝たねばならないのだヘンドリックス。判断を誤るな。逝く先が例え地獄であろうとも、お前は冷酷な鞭を振るわなければならない」

 背中に刺さる圧は、ひどく重いもの。ヘンドリックスも、綺麗ごとだけで済む状況ではないのは理解していた。

 だが、どうしても、どうしても納得が出来ない。

「ヘンディー、どうしたのー!?」

 遠くから駆け寄ってくるのは、この世界で悪魔に唯一対抗しうる存在。

 今わの際に藁をもすがる思いで参加した実験で、兵器にされてしまったヘンドリックスの妹、アンリエッタだった。

「お前が踏み外さない限りは、今の生活は保障してやる。良いな」

 そういって大佐は踵を返し、去っていく。

「来年の春には、新しい天使セラフを配備する。早く使いこなせるようになりたまえよ。明るい未来が見えるように、な」

 どさっと、ヘンドリックスは膝をつく。子供に頼るしかない自分がふがいなかった。汚れた手でしか生き延びれない世界を呪った。

 いっそ、滅んでしまえば良いと思った。だが、ふわりと優しい小さな腕がヘンドリックスの頭を包む。

「大丈夫、大丈夫。だいじょうぶですよ、ヘンディー。怒られてもまた次がんばりましょう、ね?」

 ぐっとあふれ出しそうな涙を押さえて、ヘンドリックスはアンリエッタを抱きしめ返す。

「ごめんな、駄目な兄貴で」

「なにを言ってるんですか。私にとっては……、最高のお兄ちゃんですよ」

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【短編集】御題小説&ワンライ 麻華 吉乃 @asage_yosino

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