エピローグ・いつか探した私の答え
「宮下先生、ありがとうございました」
「ああ。もう遅いから気を付けて帰りたまえ」
「はい。失礼します」
すっきりとした表情を浮かべながら、廊下を歩いて帰って行く女子生徒。
私はその姿を見送ってから、保健室の中へと戻ってコーヒーを淹れる。
「ふうっ……」
淹れたコーヒーをゆっくりと飲みながら、窓の外に見える降り始めた白い雪を眺める。そんな冬の風景をじっと見ていると、遠い昔の事を思い出す。
事故で亡くなったさくらお姉ちゃんと春の暖かな日にこの学園の屋上で再会し、冬の風が寂しげに吹いていた屋上でお別れをしたあの日の事を。
私は窓の外に向けていた視線を机の上に移し、そこにある一枚の写真立てを見つめた。
「さくらお姉ちゃん……」
視線の先にある写真立ての中には、自宅前で撮ったバスケのユニフォーム姿の自分と、笑顔のお姉ちゃんが映っている。
この写真を撮ったのは小学校四年生の夏頃で、初めて二人がスタメンを獲得した日に記念で撮ったものだ。もうずいぶん昔の事なのに、今でも昨日の事のように思い出せる。
小学校五年生の頃に重い心臓の病気にかかった私は、闘病生活を重ねる内に少しずつ未来への希望を失っていた。
でも、それを口にすると、お姉ちゃんや親が辛い表情を見せるのが分かっていたから、私はそれを精一杯見せないようにしていた。だけど多分、お姉ちゃんにはそんな私の心の内は見透かされていたと思う。
だからお姉ちゃんは当時も沢山面白い話や興味を惹く話を聞かせてくれたし、未来への楽しみが増えるような事を色々としてくれた。
それも一重に、お姉ちゃんが私の事を気遣ってくれていたからだと思う。
あの日事故にさえ遭わなければ、お姉ちゃんと私は今でも一緒に仲良く過ごしていたんだろうと思うと、今でもやるせない気持ちになる。
だけど、それを考えると悲しみの袋小路に迷い込んでしまうのは分かっているので、すぐにその思考をシャットダウンする。人生で過ぎ去った過去に対し、もしもの話を考える事ほど虚しいものはないのだから。
そんな事を考えていると保健室の扉がゆっくりと開き、そこから一人の女子生徒が顔を覗かせた。
「宮下先生、ちょっといいですか?」
「何かね?」
「ちょっと聞いてほしい話があるんです……」
女子生徒は思い詰めたような表情で私を見てくる。
人生に悩みはつきものだが、それは若かろうと年老いていようと関係無い。みんなそれぞれに悩みがあって、いつでも大なり小なり悩みを抱えているのだから。
「分かった。私はちょっと職員室に資料を出して来るから、そこの談話室で待っていてくれたまえ」
「はい。分かりました」
女子生徒は返事をすると静かに保健室へ入り、隣の談話室への扉を開いて中へと入って行く。
私は急いで学園に提出する資料を机の引き出しから取り出し、職員室へと向かった。
中学生や高校生といった時期の子供の悩みは多い。
学校の事、友達の事、勉強の事、好きな人の事、性の悩み、数多くの悩みを若者達も抱えている。大人からすれば取るに足らない悩みでも、子供からすれば大問題なのだ。
そして子供達は、その悩みを簡単には打ち明けない。例えそれが親や友達であってもだ。いや、むしろ親や友達だからこそ、打ち明けないと言った方がいいだろうか。
だからこそ、子供達には親や友達とは違った話せる相手が必要なのだ。
そして私は自らその役目を引き受け、この
事故で亡くなったお姉ちゃんの心臓をもらってからしばらくの間は、私は人生に対して希望を失っていた。心臓移植を受けた患者が十年後も生きている可能性は、五十パーセント以下だと聞かされていたからだ。
だから私は、大人になったらどうなりたいとか、そんな事を考えてはいなかった。だけど、死んだお姉ちゃんと再会してからの日々を送る内に、その考えも少しずつだけど変わった。
でも、私なんかに何ができるのだろうかと大いに悩んだ。
そして探していたその答えは、探しても探しても一向に見つからなかった。それはお姉ちゃんと屋上でお別れした後もそう。
しかし、高校三年生になっていよいよ進路を決めなければいけなくなった時、私はあの屋上でお姉ちゃんと交わした会話を思い出した。
お姉ちゃんが『ちえりは人の話を聞いてあげるのが上手だし、カウンセリングの先生とか、学校の先生なんて向いてそうだけどなあ』と言ってくれた事を。
その事を思い出した私は、それを目標として勉強を重ね、養護兼カウンセリングの先生としてこの花嵐恋学園へと戻って来た。
いつか探した私の答えは、あの冬の日にお姉ちゃんから貰っていたという事になる。
「さて、今度はどんな悩みが飛び出してくるのかな」
職員室に資料を届けた私は、気合を入れ直して保健室へと戻って行く。
悩み多き若者達が、いつか答えを見つけて前へと進む手助けをする為に。
いつか探した私の答え~Fin~
いつか探した私の答え 珍王まじろ @marumagiro
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