Last answer・お互いの進む道へ
冬の空気が冷たくも清々しい朝。私は
季節は冬だと言うのに太陽の陽射しは暖かく、コートなどの防寒具が必要無い程にぽかぽかとしている。こうして陽の暖かさを感じるのは、ちえりが倒れて憑依していたあの夏休みの日以来。
あの時に過ごした数日間は、ちえりの心配ばかりをしていて生活を楽しむ余裕は無かったけど、今日は色々な事を楽しむ余裕がある。
『ちえり、大丈夫?』
『うん、全然平気だよ』
『何かあったらすぐに言うのよ?』
『分かってるって。お姉ちゃんは相変らず心配性なんだから』
意識の中にあるちえりと会話をしながら、私は生きて訪れる事が無かった高校への通学を楽しんでいる。幽霊としてちえりと何度も通った道だけど、こうして生身の身体で色々なものを感じながら通学するのはやはり心地良い。
死んでしまった私には、もう二度と体験する事ができないはずだった感覚。それをこうして味わう事ができるのは、妹のちえりのおかげ。
姉妹で並んで歩いているような錯覚さえ感じながら、私は通学の一時を楽しんだ。
『――はあっ、大丈夫かなあ……』
『お姉ちゃんなら大丈夫だよ』
昨日ちえりが着ていたメイド衣装を着た私は本番を前に緊張し、女子トイレの鏡を見ながら変なところは無いだろうかとチェックを入れていた。
そんな緊張を隠せない私に対し、ちえりが何とも呑気な声をかけてくる。
『もうっ……人事だと思って……』
『そんな事ないよ? 妹としては、お姉ちゃんに思いっきり文化祭を楽しんでほしいんだから』
ちょっと悪戯っぽい感じの言い方をするちえりだけど、言ってる事に嘘は無いと思う。
『あっ、何笑ってるの? お姉ちゃん』
『ううん。何でもないよ』
『本当? 怪しいなあ……』
『本当に何でもないって。ほらっ、そろそろ行くよ』
『そうだね』
ちえりとのやり取りで緊張がほぐれた私は、気合を入れ直してからトイレを後にし、ちえり達のクラスがやっている喫茶店へと戻った。
「――いらっしゃいませ!」
文化祭の最終日が始まってから一時間が経った。
最初こそ動きがぎこちなかったと思うけど、段々とこの喫茶店の雰囲気にも慣れ、スムーズに動けるようになってきた。
「ちえりー、何だか今日は楽しそうだね。何か良い事でもあった?」
「そ、そうかな? 別に普通だと思うけど?」
ちえりのクラスメイトからそう話しかけられ、私はちょっとだけ焦ってしまった。こうして生きている人に話しかけられるというのは、死んでからはちえりと家族を除いて無かったから。
だから、こうして何かしらの反応があるというのはとても嬉しく思う反面、やはりちょっとした違和感を覚えてしまう。でも、こうしてみんなで何かをするというのは純粋に楽しかった。
「すみませーん! 注文お願いしまーす!」
「はーい! すぐにお伺いします!」
お客さんからの声を聞いて笑顔を浮かべながら振り向き、私は注文票を持って小走りで駆け出す。
店内はお客さんの楽しそうな声で賑わいを見せ、そんな雰囲気に釣られて更に楽しくなってくる。絶対にできないと思っていた高校生活を私は体験している。それだけで私の心は満たされていた。
それから忙しくも楽しかった喫茶店の仕事当番を終えた私は、メイド衣装から制服に着替えて文化祭を回り始める。
『ふうっ……ちょっと疲れちゃったかな』
『大丈夫? お姉ちゃん』
楽しくてちょっと張り過ぎたせいか、仕事が終わった瞬間に疲れが身体全体に押し寄せてきていた。
『あっ、ごめんね、ちえり。ちょっと張り切り過ぎただけだから』
『お姉ちゃん、凄く楽しそうにしてたもんね』
『そうかな?』
ちえりの言葉にちょっと恥ずかしくなり、思わず顔が熱くなってしまう。
そして熱くなった顔を誰にも見られないようにしながら移動し、私はお目当ての食べ物を買ってから屋上へと向かった。
「んー、美味しい!」
私はできたて熱々のたこ焼きを頬張りながら表情を綻ばせた。
お祭りに欠かせない食べ物の代表と言えば、たこ焼きと焼きそばは外せない。このジャンクフード特有のいけない美味しさが、本当にたまらなく感じる。
――そういえば、小学校五年生になった当初はよくちえりと一緒にファーストフード屋さんに行ってたなあ。一時期は通い過ぎで太ったから、ダイエットに苦労したっけ。
『こうしてると、何だか小学校時代を思い出すよね』
『ふふっ、そうね』
ちえりも私と同じ事を思っていたようで、思わず笑顔がこぼれた。
『…………ねえ、ちえり。ちえりは将来なりたいものとかある?』
『どうしたの急に?』
『何となくだけど、どうするのかなーって思っちゃったから』
『うーん、そうだなあ……。考えた事もなかったけど、私にできる事って何かあるのかな……』
ちょっと落ち込んだような声でそんな事を言うちえり。
将来を考えるには少し早いのかもしれないけど、こんなに落ち込んだ感じの言い方をされるのはちょっと心配になる。
『もちろんあるわよ』
『本当? それじゃあ、私にはどんな事ができそうかな?』
『そうね…………ちえりは人の話を聞いてあげるのが上手だし、カウンセリングの先生とか、学校の先生なんて向いてそうだけどなあ』
『学校の先生かあ……良いとは思うけど、でも、それだと頭が良くないとなれないよね』
『そこはちえりの努力次第って事だよ』
『うっ……』
しばらく二人でそんな会話を繰り広げながら、午後の一時は過ぎて行った。
こうしてちえりと楽しく過ごした文化祭の午後は過ぎ去り、私は最後の仕事として文化祭の後片付けをちえりのクラスメイトと楽しんだ。
そしてそれが終わった後、私は憑依を解いてちえりの身体の外へと出た。
「お姉ちゃん、文化祭楽しかった?」
「うん、思いっきり楽しませてもらった。ありがとね、ちえり」
学園の屋上で夕焼けが沈んで行く風景を二人で見ながら、私はちえりと最後の一時を過ごしていた。
こうしてここでちえりと話をしていると、初めて出会った春の日の事を思い出す。
記憶を失っていた私が妹のちえりとここで出会い、
今までの事をゆっくりと思い出しながら、私は心の中がふわりと軽くなっていくのを感じていた。
「あっ、お姉ちゃん、身体が……」
「えっ? あっ……」
驚きと戸惑いを感じさせるような表情を見せながらそう言うちえりを見て、私は自分の両手の平を見る。
すると私が見た手は段々と透けてきていて、最後には下にある地面が見え始めていた。
「…………ちえり、今日は――ううん、今までありがとね。お姉ちゃん、もう行かなきゃいけないみたい」
「やっぱりそうだったんだね…………」
ちえりは諦めにも似た表情を見せた後、とても辛そうで泣き出しそうな表情を浮かべた。
「気付いてたの?」
「うん……今日お姉ちゃんを受け入れた時から、何となくそんな気がしてた。何でかは分からないんだけどね」
「そっか……でも、今度はちゃんとお別れを言えるから良かったよ。事故で死んだ時にはお別れも言えなかったから」
「さくらお姉ちゃん……」
そう言うとちえりは、瞳に涙を溜めて声を震わせながら私の名前を口にした。
「本当にありがとね。ほんの少しの間だったけど、ちえりのおかげで高校生活を満喫できたよ」
「お礼を言うのは私の方だよ……さくらお姉ちゃんが私に命をくれたんだから…………」
そう言ったちえりの瞳から、大粒の涙がぽたぽたと
私は視線を
物悲しく沈んで行く夕陽から視線をちえりへと戻し、私は口を開く。
「ちえり、これから辛い事も苦しい事もあると思うけど、しっかりと生きてね。そして私の分まで幸せになって」
「うん…………うん!」
ちえりは涙を零しながらも、力強く何度も頭を縦に振ってくれる。
それを見た私は、ちえりはきっと大丈夫だと安心する事ができた。
「ちえり、私はいつでもここに居る。だから寂しがらないで」
私はちえりの左胸に手をやり、そこを撫でるようにしてそう言った。
――そう、私はいつでもちえりの中に居る。ちえりの中で大きく鼓動を打ちながら、これからもちえりと一緒に人生を歩んで行くんだ。
「さてと……それじゃあ、お姉ちゃんはもう行くね」
「うん…………」
「バイバイ、ちえり……」
「バイバイ、さくらお姉ちゃん……」
赤と黒のグラデーションの空が完全に黒へと染まった頃、私は笑顔で手を振りながら、愛しい妹が居るこの世界を去った。
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