Answer15・二人で過ごす時間

 球技大会が終わってからしばらくすると、花嵐恋からんこえ学園は文化祭の準備期間へと入り、そこから十一月中旬前の本番を終えるまでは学園も文化祭一色の楽しげな雰囲気をまとう。

 私が中学生の時もこんな感じの催し物はあったけど、やっぱりこの学園と比べるとまったく違って見える。本番までにかける時間もそうだけど、イベントに対して一切の妥協を感じさせない学園側の姿勢が素晴らしいと思う。

 学生の本分は勉強だろうけど、この学園はそれ以外の人との繋がりとか、何かを一緒に作り上げていく楽しさや大変さとか、そんな人として基本的で大切な事をもう一度教えてくれているような気がする。


「お姉ちゃんどう? 大丈夫かな? どこかおかしいところは無いかな?」


 可愛らしい白のフリルを揺らめかせながら、白と黒を基調としたメイド衣装を私に見せて小さくそう聞いてくるちえり。


「大丈夫よ。ちゃんと似合ってるし、おかしなところも無いから」

「良かった……」


 その言葉に安堵の表情を浮かべるちえり。そんなちえりを見ていると、私までにっこりと笑顔が浮かんでくる。

 今日は花嵐恋学園の文化祭本番初日。

 ちえりの所属するクラスは執事メイド喫茶というお店をやるらしいんだけど、こういう格好って最近の流行なのだろうか。私が死んで領域へと来てから二回程この花嵐恋学園の文化祭を目の当りにしたけど、やはりこんな感じの奇抜な衣装を身につけた生徒達の喫茶店は多かった。

 こう言ってしまうと全国の喫茶店を経営している人達に怒られそうだけど、文化祭というイベントでは喫茶店という出し物はある意味定番で、学生にとっては色々と想像しやすく、やるには手頃な出し物なのかもしれない。


「さあ、ちえり、そろそろお客さんが来るからしっかりね」

「うん。私頑張る!」


 ちえりは両手をグッと握り込んで気合を入れる。

 頑張ろうと意気込むのはいいんだけど、昔からちえりは気合を入れた時に限ってドジをする事が多いから心配になってしまう。


「――きゃっ!」


 文化祭開始から一時間。本日三回目になるちえりの短い叫びが教室内に響く。


「ご、ごめんなさいっ!」


 何も無い所で転んだちえりは、転んだ時に転がって行った丸型トレーを急いで拾い上げてから立ち上がり、店内に居たお客さんに向けて素早く頭を下げている。

 私が心配したとおりにちえりは持ち前のドジっ子を発動させていて、はたで見ている私はちえりが注文の品を持って現れる度に、ドキドキと緊張してしまっていた。

 幽霊なので汗はかかないけど、手に汗握るという言葉はまさにこういった状況の事を言うのだと思う。

 今のところは転んだりしても注文された品をお客さんに届けた後なので大きな問題は無いけど、いつそんな場面がやってきてもおかしくはない。昔っからバスケの試合以外では人に注目されると緊張してドジっ子になっていたちえりだけど、それは高校生になった今でも変わらないみたいだった。

 とりあえず今はドジをしても不幸中の幸いと言える状況だけど、もう少し落ち着かないとちえり自身も危ないから困る。


「ちえり、緊張するのは分かるけど、もう少し落ち着いて」

「う、うん……分かってる……」


 震える声でちえりはそう言うものの、その表情にはリラックスのリの字も感じない。今のちえりはまさに、緊張という名の鎖に雁字搦がんじがらめにされているアンドロメダのようだ。

 それからお昼を過ぎるまでの間、私はそんな緊張に支配されている妹の姿を冷や冷やしながら見守り続けた。


「――はあっ……」


 お昼も過ぎた十三時頃。

 今日のお仕事当番を終えたちえりと共に、私は学園の中庭へと来ていた。

 大勢の人達が行き交い、木枯らしが吹き抜ける中庭。そんな中庭にあるベンチに座ったちえりは、本校舎外にある出店で買ったたこ焼きを静かに口へと運びながら、それを飲み込む度に大きな溜息を吐いている。


「ちえり。色々と失敗しちゃったから落ち込むのは分かるけど、いつまでも暗い顔をしてちゃ駄目よ?」

「分かってるよ……」


 私は落ち込むちえりの後ろからそう話しかけるけど、ちえりは返事をしながらも、俯かせている顔を上げようとはしない。

 いつまでも俯かせた顔を上げようとしないちえりの隣へと移動して座り、私は再び口を開いた。


「ちえりは昔っから人に注目されるのが苦手だったもんね」

「だって、恥ずかしいんだもん……」

「気持ちは分かるよ? でも、あのメイド衣装はちえりが一番良く似合ってたし、みんなの注目を集めちゃうのは当然だと思うよ?」

「そ、そんな事は無いよ……」


 その言葉に顔を紅くするちえり。こういうところもいつまでも変わらず可愛らしい。


「でもまあ、緊張してたのにちえりはよく頑張ったよ。実質的な被害を出したわけでもないし。ただ、ちょっとドジっ子のイメージがみんなについただけで」

「むう……それが一番の問題なんだよ……」


 ちえりはそう言うと、頬をぷくっと大きく膨らませた。

 私に実体があるなら、すぐにでもその膨らんだ頬の空気を両手で挟んで抜くところだけど、それができないから残念だ。


「大丈夫よ。ちえりはそういうところが可愛らしいんだから」

「もう、人事だと思って……」


 そう言うとちえりはプイッとそっぽを向いてしまう。どうやらちょっとねてしまったらしい。


「ごめんごめん。でも、こうしてちえりと文化祭を一緒にできて良かったよ」

「うん、私もそう。お姉ちゃんと一緒に文化祭を迎えられて良かった」


 私がちえりと中学生時代にこの学園の文化祭を訪れた時、この明るく楽しげな雰囲気をまた味わいたくて、この学園への入学を一緒にこころざした。

 でも、残念ながら私が死んでしまったので、生きて一緒に入学したり部活をしたり、文化祭を一緒に回るという事はできなかったけど、幽霊とは言えこうして一緒に居られる時間があるのは不幸中の幸いと言えるのかもしれない。


「ねえ、お姉ちゃん。明日の文化祭最終日だけど、私の代わりに文化祭に参加してみない?」

「えっ? 私が?」

「うん。前みたいに私の中に入れば、お姉ちゃんと一緒に文化祭を楽しめるし」


 ちえりは名案だと言わんばかりに笑顔を溢れさせながらそう提案する。


「でも……」

「いいじゃない、お姉ちゃんと一緒に文化祭を思いっきり楽しみたいし。ねっ? お願い!」


 ちえりは両手を合わせて可愛らしくお願いしてくる。

 正直、ちえりに対して憑依をする事に抵抗はある。今までが平気だったってだけで、次が何も無いとは言えないから。

 でも、こうしていつまでもちえりの側に居られない事は分かっているから、できるだけちえりのお願いは聞いてあげたい。だけど、ちえりに憑依するのはかなり躊躇する。

 しかし、私の中にある最後の未練がちえりのお願いと合致していると言う点も、私を大いに迷わせた。


「…………分かった。ちえりの言うとおりにするよ」

「本当!? やった!」


 ちえりはその言葉を聞いて大いに喜んだ。

 そしてそんなちえりを見ながら、私はちょっと寂しい気分になっていた。なぜなら、明日が私とちえりが一緒に居られる最後の日になると思ったから。

 にこやかな笑顔を浮かべて喜んでいる妹を見ながら、私は別れの瞬間が訪れる明日が来なければいいのに――と、そんな事を思ってしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る