3.

 風に舞う花びらのように、彼の脳裏を幾つもの情景がぎった。日だまりの窪地、甘いジャムと甘い香り、朗らかな笑い声、そして、すみれの花束と瞳――。

 それらが、目の前に座っている彼女に重なる。背も髪も伸びて、ずっと大人っぽくなったけれど、あの子だ。

 かつて少女だった彼女は、変わらない笑みを浮かべた。

「ようやく気づいたのね。ほら」

 くるりと画板をひっくり返す。白い紙には、本に没頭する彼の姿が、淡い線で浮かび上がっていた。

 ああ、本当に昔のままだ。

 くすぐったいような気恥かしさや、年月を隔てた故のぎこちなさがするすると引いていく。

 彼も、少年の頃と同じように苦笑して、でも、今度は迷わずサンドイッチをさし出した。

「りんごジャム。食べる?」

「食べる! お礼は村に着いてからね」

 彼女は顔を輝かせて、サンドイッチに手を伸ばした。仕草や表情の一つ一つが、相変わらずだった。



「そういえば、村に何か用事があったの?」

「いや……。ただ、すみれが見たくなったから」

 彼女はきょとんとして、すみれの瞳で彼を見上げた。

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すみれ咲く季節に 音崎 琳 @otosakilin

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