2.
きらきらと朝の光が射しこむ雑木林の中を、少年はひとりで進んでいた。
薄手の上着一枚でも、もうじゅうぶん暖かい。肩から提げた布袋には、おばさんが――正確にはおばではなく、もっと遠い親戚だったが――作ってくれたサンドイッチが入っている。
この村には、少年の住んでいた『まち』にはないものがたくさんあった。
そして何より、少年がどこまで行こうと、止める人はいなかった。
辺りに人の気配はなく、頭上で鳴きかわす小鳥の声と、少年が下生えを踏み分ける音だけが響いている。柔らかな光の中を、少年は進みつづけた。
ふいに、ぽっかりと開けた窪地に出た。
少年は眩しさに目を眇める。日当たりのためか窪地には春の花々が咲き誇り、風をほんのり甘く染めていた。
ここで休憩にしよう。
少年は、瑞々しい草の中に身を投げ出した。ふっと、花の
ゆっくりと、意識が溶けていった。
再び少年が目をひらいた時、日は真上にあった。半ば夢に浸ったまま、寝惚けまなこで身体を起こす。
窪地の中、少し離れたところで、見知らぬ少女が一人、花を摘んでいた。
「あ、と……え?」
何もわからずに声を上げてしまう。刹那、ここがどこなのかすら分からなくなっていた。
少女が、顔を上げてくすりと笑んだ。緩く波打つ金茶色の髪が、日射しに光っていた。
「あ、ようやく起きた」
「よ、ようやく?」
そうよ、と少女は頷いて、摘んでいた花を地面にそっと置いた。傍らの、少年からは草の陰になって見えなかったところから、画板と、その上の画用紙を取り上げる。頭の上で結んだ白いリボンが揺れた。
「ほら。描いている間、きみ、ずっと寝ていたのよ?」
少女は画板を、少年に向かって掲げてみせる。白い紙に、眠っている少年の姿が淡い線で浮かび上がっていた。上手かった。
少年は口をひらいたが、言うべき言葉が見つからない。仕方なく、代わりにため息を吐きだした。
「まあ、いいけど……」
それよりも、ごはんにしよう。
少年が文句も言わずに話を終わらせたのを見て、少女も画板を置いた。再び花を摘みにかかる。少年は、布袋の中からサンドイッチの包みを取りだした。布巾を開く。
ぴくん、と、少女の白いリボンが揺れた。
それを視界の端に認めて、今にもサンドイッチにかぶりつこうとしていた少年は、視線を手許から少女に移した。少女の瞳は、じっと少年のサンドイッチに注がれている。
「お腹すいてるの?」
こくり。リボンが大きく揺れる。
少年はやれやれと笑って、持っていたサンドイッチをさし出した。
「りんごジャムのサンドイッチ。食べる?」
「いいの?」
少女は嬉しそうに叫んだ。花を持ったまま立ち上がる。
「ぼくはもうひと切れ持っているから」
「ありがとう!」
少女は満面の笑みを浮かべて、少年の傍に腰を下ろした。そこで、あ、と声を上げる。受け取ったジャムサンドを膝の上にのせて、少女は手の中の小さな花束をさし出した。美しい、すみれの花束だった。
「サンドイッチと、絵を描かせてくれたお礼に」
少年も昼食の包みを置いて、花束を受け取った。
「どういたしまして。こちらこそ、ありがとう」
少女が、すみれの瞳でにこっと笑んだ。
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